本田雅一のAVTrends

日本型の新音楽メディアを目指した「BDM」

CDより高音質を、CDより便利かつ高機能に




 BDMというメディアをご存知だろうか。

 名前から察するにBlu-ray Disc(BD)と関係がありそうだが、まさにその通り。Blu-ray Discを用いた音楽ソフトパッケージである。BDには制作時に作るマスター音源と全く同じ音質の音楽を収録・再生できる。

 一方で、今さら新しい音楽メディアが必要なのか? と、この話を冷ややかに見ている人も少なくないと思う。実は筆者も最初に話を聞いた時には冷ややかだった。すでに様々なメディアがクラウドに溶け込み始めているからだ。

 デジタルロッカーという考え方に基づけば、デジタル化した音楽や映像をクラウドにアップロードしておけば、いつでもどんなネットワークデバイスからでも、自分の持っているコンテンツを取り出せる。またクラウドの中に作られたメディアライブラリに、あなたが楽しんでもいいコンテンツはコレだよ! と印が付いていれば再生できるといった仕組みの管理も、すでに各方面で始まっている。こうした考え方をライツロッカーという。

 ザックリ言って、“メディアがクラウド化”する流れは止まりそうになく、物理メディアは駆逐されていくのが既定路線。映像で言えばUltraVioletやDisney Studio All Access、音楽で言えばMusic Unlimited、iTunes Match、Google Music、LISMO unlimitedなどが、メディアのクラウド化を象徴する動きだ。

音楽ソフトの新しい形としてBDMを提案したバーニーグランドマンマスタリング 前田氏(中央)、BD-Jアプリケーションの開発やサーバー提供という形で協力したソニー 照井氏(左)、BDMの提案にいちはやく手を挙げたエイベックス・エンタテインメント 古沢氏

 結論として、デジタルメディアがクラウドの中に溶け込んでいくのなら、今からBDMなど提案することに意味があるのだろうか? という疑問が出てくることになる。

 BDMを提案したバーニーグランドマンマスタリングの代表・前田康二氏は「いずれはクラウド化に向かうと思うが、音楽ビジネスの現状に即した形になるには、まだ時間がかかる。今のままクラウド型に市場が一気に傾けば、欧米でiTunesによる配信が普及したあとのように一気に市場が縮小してしまい、音楽業界が滅んでしまう」と話す。

 そんな前田氏が、手弁当で集まってくれた仲間とともに作り上げたのが、BDMだ。クラウド型のコンテンツ流通時代を見据えつつ、”今のビジネスと将来のビジネスをいかにスムースにつなぐか”を考えて作ったというBDMについて、同氏に話を伺った。

 なお、BDMはBDAが業界標準として音楽用フォーマットを提案しようとしているわけではない。あくまでもBDの一般的な機能を使い音楽再生に特化する形で作られた、BD-ROMの使い方の一種である。では、なぜBDMがCD時代とクラウド時代をつなぐブリッジになると、前田氏は考えているのだろうか。



■ 音楽ソフトのために開発したBD-Jランタイム

 BDMは、Blu-ray Discの分類で言えば、通常の市販ビデオパッケージと全く同じものだ。BD-J(Blu-rayの上で動くJavaアプリケーション実行環境)の上に、音楽を愉しむために特化した機能を持つ実行用のモジュールを作り、それを音楽出版社で共有しようという考えで開発された。特殊なフォーマットではないため、すべてのBDプレーヤーで再生することができる。

 現在はエイベックスが発売した浜崎あゆみの「FIVE(2011年11月9日発売/3,150円/AVXD-91641)」1本だけしかない。筆者はこの作品を、DEGブルーレイディスク大賞の審査で知ったが、新たな標準規格ではないこともあって、存在自体を知らない読者が大半ではないだろうか。

 音楽ソフトとしての振る舞いはDVD-Audioに極めて近い。ディスクを挿入すると画面表示を見るまでもなく、一曲目からCDと同じように自動再生が始まる。Javaのプログラムを読み込む時間分だけ再生までの時間がかかるが、それを除けばCD的に扱うことができる。もちろん、テレビなどを接続すれば、画面にも映像が流れる。”FIVE”の場合は曲名といくつかの写真が順次表示される仕様だ。

ライナーノーツはCD向けにデザインされたものがそのまま入る

 収録されている音源は24bit/48kHzの非圧縮PCMデータだが、これは”FIVE”の場合。Blu-ray Discの規格上、許されている音声フォーマットなら、どんなものも収録可能だ。実際に使うかどうかはともかく、容量の問題がないなら、24bit/192kHzの5.1チャンネル収録も不可能ではない。

 インタラクティブ機能も備えており、青、赤、緑、黄のカラーボタンを押すことで、リピートモードの切り替え、ライナーノーツの表示、ツイッターのタイムラインや公式サイトへの誘導QRコードの表示、歌詞表示といった機能を呼び出せる。

 さらにメニューを呼び出すと、各曲に対応したビデオクリップおよびそのメイキングビデオ再生ができるのはもちろん、ネットを通じた追加コンテンツのストリーミング配信、限定グッズ販売などの機能を利用できる。

 BDではリッピングが行なえず、ポータブルプレーヤーへ転送できないため、データフォルダ内にMP3データを収録しているほか、BDMのメニューからUSBメモリへとMP3を転送する機能も提供されている。パソコンやポータブルプレーヤでの用途だけなら、これで十分なはずだ。

リモコンで再生ステータスや歌詞、ツイッターのタイムラインなどを表示・消去可能メニュー表示。ビデオクリップやメイキングの再生、オンラインコンテンツの呼び出しなどが配置されたメニュー。ディスク挿入直後は自動的に音楽再生が始まるため、ディスプレイに映して操作する必要はないリモコン操作のヘルプ画面
MP3データはWebからのダウンロード(ダウンロード用のユニークコードが発行される)とBD-ROMエリアからのデータコピー、両方の手段が用意されているランタイムは機能追加が簡単に行なえるプラグイン構造になっており、アップデートで後から機能が増えることもアップデートの機能追加により、オンラインで提供される写真集にアクセス可能になった

 このように、BDMは

  • 高音質かつ高機能なCDの代替メディア
  • フルHDビデオクリップの収録
  • 写真やライナーノーツなど追加コンテンツ
  • インターネットを通じた動画・音声の提供
  • インターネットを通じたアーティスト関連商品の物販
  • ポータブル音源の提供

といった機能を、すでにある程度普及しているBDのプラットフォームを通じて提供する仕組みということだ。

 また今後、BDMが機能強化された場合には、実行モジュールのアップデートを行なえるよう更新する機能も組み込まれている。後述するが、前田氏はBDMの機能強化を通じて、クラウド型音楽配信への橋渡しを行えるよう、色々なアイディアを持っており、さらに発展させていきたいとしている。


■ BDMのポイントは“制作しやすさ”、今ある素材で作れる

 前田氏の本職はマスタリングエンジニアで、より高音質な音楽ソフトとなるよう、細かな調整を行ないながら音楽ソフトのマスターを制作するのが仕事だ。所属するバーニーグランドマンマスタリングの本社はハリウッドにあり、超大物アーティストが好んで使う、世界一と言ってもいい拘りのマスタリングファシリティだ。以前ITmediaで、ハリウッドの本社を取材した際のレポートを掲載しているので、ご存知の方もいるかもしれない。

 その前田氏がBDMを提案したのは、音楽産業が壊滅するのではないかという危機感を強く持っていたからだ。欧米ではパソコンを通じた音楽の電子配信が普及して以降、急速に音楽パッケージの販売が落ち込み、2008年には日米の売上げが逆転した。それ以降、日本は世界一、たくさん音楽パッケージが売れる国になっている。

 しかし一方で、CDというメディアに対する限界も感じていた。音質面の限界もあるが、インターネットとの連動ができず、新しいことを盛り込みたくとも機能追加はできない。日本の場合、封入物を増やすことで、ある意味“機能”を増やしている面はあるが、それもアイディアとしては限界に来ている。

「僕らは音に拘って制作をしていますが、それを伝える手段がなくなってきている。CDとともに色々な制作物を作りますが、それも活用の手段は限られている。Blu-ray Discを使えば、音質、機能、ネットワーク接続が利用でき、しかも新たにハードを売る必要もない」(前田氏)

 浜崎あゆみさんのアルバム制作を長年担当してきたエイベックス・エンターテインメントの古沢賢太郎氏は「CDと同時にビデオ制作もしますし、DVDも作ります。ライナーノーツを作り、スチル写真もたくさん撮ります。必ず作成するものばかりで作っているため、追加で用意するものはありません。文字通りのスタジオクオリティで、スタジオにある素材をそのままの形でBlu-ray Discで届けることができます」と話した。

 前田氏は「すべてスタジオにある素材ばかり。追加で作るものは何もなしです。マスタリングという観点でも、サンプリングもビットレートもBDにはそのまま入りますから、BDM収録時に音質を再調整する必要もありません。その上、再生できる装置はすでにたくさんあるんですから、これを活用しない手はないと思いました」と話す。

 ネックは開発に必要となる技術とコストだが、ここは同じ危機感を持つ仲間が現れたことで解決できた。2年前に前田氏が日本オーディオ協会主催の「ソフト・ハード研究会」で講師として参加した時、BDを活用して音楽ソフト制作を前進させなければ未来はないという話をソニーからの参加者が聞き、Java部分の開発を申し出た。このときに担当となったのが、ソニー・ホームエンターテイメント事業本部の照井和彦氏だった(ソニー・ミュージック・エンターテインメントは関わってない)。

 照井氏は前田氏から要望をヒアリングし、本社に持ち帰って音楽専用のインタラクティブ機能を開発していった。単に開発を行なっただけでなく、映像や音楽の電子配信用サーバをソニー側が用意するなど、かなり柔軟な姿勢で前田氏に積極的に協力したそうだ。


■ クラウド型配信とファンの間に入るクッションとして

 前田氏は「僕もBDMが何10年も使われるとは思っていません。しかし、新たにプレーヤーを普及させる必要もなく、また高音質でもあり、ネットにも繋がり機能拡張もできる。クラウド型の音楽ビジネスには、自然に移行していくのだろうと考えていますが、今ある音楽業界の構造を破壊するのではなく、クラウド上のサービスを日本型の音楽産業の受け皿となれるよう改良していかなければならないと思っています」と、BDMの意義について話す。

 日本のCDには握手会に参加する権利など、封入物を工夫することでファンとアーティストの絆をCDでつなぐやり方が定着している。「日本型CDビジネスを受け止めることができるクラウドを構築するには、間にBDMを入れて様々な仕掛けを開発、積極的にトライしていき、そこで得たノウハウをクラウドにも反映してく必要がある(前田氏)」

 またクラウド型でのエレクトロニック・セルスルー(クラウド型配信における売り切りの販売形態)をすぐに始めようと思っても、運用ルール、DRM技術、インフラ整備、対応機器の普及などを推し進めなければならず、時間がかかり過ぎてしまう。

 音楽業界の外にいる人間からすれば、CDを流通させることが負担になってきているのなら、なおさら電子配信へとスライドする方が楽ではないかと思うだろう。筆者も同じ考え方をしていた。しかし、実際には日本の場合は携帯電話向けの配信が増えたものの減少に転じており、電子配信があってもアルバムを物理メディアで買う傾向が強い。

 古沢氏は「Blu-ray Dsicがあれば、何か新しい事ができるのでは? という期待感は、会社の上層部から現場を含め気持ちとしてはありました。しかし、具体的にどうすればいいかわからない。そこで、まずは前田さんと話してアイディアを練り込もうと思い、今回のプロジェクトが進みました」と振り返る。

 BDMを作ろうという提案は継続的に前田氏から各社に行なわれていたが、どこも強い興味は示すものの、タイトル制作が具体的に進んだのは“FIVE”だけだった。「エイベックスを巻き込んで、新しいことをやっていくなら浜崎の新アルバムしかないと思いました。何もしなければ、何も始まりません。だから積極的取り組もうと。幸い、浜崎さんも“ファンとの交流が密になるメディアなら、自由にアイディアを盛り込んで欲しい”と理解を示してくれたので、プロジェクトを進めやすかった面もありますね(古沢氏)」


■ 春以降、BDMはタイトルを増やしながら“できること”も増やしていく

 BDMの販売に関して古沢氏は「(CD/DVDよりも後の発売だったため)想定数は多くありませんが、予想よりはかなり良い数字が出ています」と、プロジェクトの成功を強調した。すでにエイベックス社内では、BDMを使いたいという制作チームが手を挙げ始めているという。これは他レーベルも同じ。実物が出て、どのようなことができるのかが見えてきたことで、その先の発展性にまで想像力も働きはじめたからだ。

「今は決算期で、たくさんのタイトルを制作しなければならなかったが、春になって新しいタイトルの予算化を行なう段階で、BDMを制作しようという声は出てきています。BDM専用に何か制作しなくても、素材を渡すだけで作れることが大きいと思います。みんなCDのままでは限界とわかっていても、米英の音楽制作の現場が荒廃してしまったことも知っているため、電子配信に舵を切るのも難しい。そうした中で、BDMを使いたいという話も増えてきました(前田氏)」

 BDMの機能的な進化も、まだまだこれからと考えているようだ。アイディアはあるものの、具体例はまだ言えないという前田氏だが、実際にBDMをアーティスト自身が体験できるようになったことで、彼ら自身から新たなアイディアが持ち込まれているという。

「販売形態も、現在はCD+DVDで販売しているパッケージが、今後CD+BDへと変化していく中で、アーティストと相談しながらCD+BDMという販売形態を経由し、最終的にはBDM単体の販売を増やしていきたい(古沢氏)」


 さて最後に取材を通じて感じたことを簡単に付け加えて記事を終えたい。

 本文中の前田氏の発言にもあるように、ダウンロード型の音楽配信が急伸している米英で、音楽業界全体が壊滅的な打撃を受けているのを見て、身動きが取れないという意見はよく耳にする。ダウンロード配信への移行は売上げと利益率の両方に大きな打撃を与え、新人発掘やプロモーションなどにも影響しているという。

 音楽業界に身を置かない筆者が、音楽産業の浮沈に関する意見を差し挟むことは控えるが、何か新しいことをやりたいという前田氏の心意気、その意気にを感じて協力を惜しまなかったソニー・照井氏、エイベックス・エンタテインメント・古沢氏の今後にエールを贈りたい。

 一方、エンドユーザーの視点から見たBDMについてだが、こちらは人によって評価が大きく分かれると思う。

 筆者の場合、CDを購入するとすぐにリッピングし、ポータブルプレーヤ用(MP3)とネットワークオーディプレーヤ用(FLAC)にエンコードし、必要な場所にコピーしておき、ある程度溜まってくるとCDは物置に行ってしまう。iPod/iPhoneユーザーならApple Losslessでエンコードしておき、転送時にビットレート変換をかけるという人もいるだろう。

 今回の“FIVE”ではMP3データを入手出来るため、圧縮音源の入手はCDよりも簡単だ。しかしロスレスのファイルを入手出来ないのはやはり不便だ。オーディオ的な高音質を求める人は、音楽用プレーヤーを好むのではないだろうか。

 しかし、BDプレーヤーやレコーダも持っている、あるいはBDドライブ搭載パソコンを使って、いつもより高品位に収録された音楽を楽しめ、さらにプラスアルファの機能を楽しめるという意味では、CDよりも購買欲がそそられるメディアになれる可能性はあるとも感じた。

 オーディオマニアに対して高音質音源を……というアプローチではなく、ファンとアーティストのコミュニケーションの密度を高めるという方向であれば、BDMはさらに進歩する潜在力を秘めている。ただし、周りのサポートは必要だろう。

 日本発、日本市場のニーズを反映したパッケージ形式に育てていくのであれば、まずは賛同してくれる仲間が必要だ。具体的なアナウンスはまだ先とのことだが、今後、どんなBDMソフトが登場してくるのかに注目したい。


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FIVE Blu-ray(BDM仕様)

(2012年 3月 27日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]