本田雅一のAVTrends

4KよりHDR? ハリウッドが考える“HDR”と“4K”のいま

マスターは準備万端。最高のパッケージソフトへ

 今年1月に開催されたInternational CESでは、ほぼすべてのテレビメーカーが、液晶バックライトの高輝度化や、部分駆動バックライト制御などを前提としたHDR(ハイダイナミックレンジ)技術を、何らかの形でデモンストレーションしていた。関連レポートは筆者の連載だけでなく、西川善司氏の記事などでも確認できる。

 しかし、いくら「HDRはある意味、SDからHD、そして4Kといった高解像度化トレンドよりも解りやすい高画質化技術トレンド」と声高に言ったところで、実際にコンテンツが出てこなければ意味が無い。

 というわけで、ハリウッド映画スタジオやその周辺のポストプロダクション、業務用カメラなどに、HDRへの対応状況や今後の対応タイトルなどについて取材してみた。切り口を変えながら、3回の予定でHDR対応や4Kコンテンツの流通について、話を進めていくことにしよう。

 なお、現時点ではHDRコンテンツを届ける手段がないため、HDRや4Kコンテンツの正式な取材を断る映画スタジオが多かったが、少なくともHDRに関しては、どのスタジオも前向きだったことは伝えておきたい(4Kに関してはフルCGアニメの場合に、現在の4倍の演算量が必要なことがネック。こちらは時間とともに演算コストが低下することを待たねばならないだろう)。

 まずはワーナーの話から始めることにしよう。インタビューに応じてくれたのは、ワーナー・ホーム・エンターテインメント(ホームビデオ子会社)のGlobal New Technology Marketing部門のDirector・テリー・キム氏および、ワーナー・ブラザース・テクニカル・オペレーション(技術開発・検証子会社)Senior Vice Presidentのルイス・オストロバー氏だ。

ワーナー・ホーム・エンターテインメントのGlobal New Technology Marketing部門のディレクター テリー・キム氏

ワーナーがHDRに強くコミットする理由

 昨年、2014年に新しい映像圧縮コーデックに対応した4K映像が収録可能なBlu-ray Discの規格(Ultra HD Blu-ray Disc:UHD-BD)が大きく進捗した。実は4K映像を収録できるBDの規格は、それ以前にも話としてはありながら、映画会社各社はあまり乗り気ではなく、話が進まなかった過去がある。

 ではなぜ昨年、大きく話が進んだのか。その理由について、当初はDigital BridgeというBDのリッピングを合法的に行う仕組みに映画会社が積極的になったからではないか? と予想していた。

 Digital Bridgeは既存のBDソフトも含めて、ディスクの構造を示すデータベースをインターネット上のサーバに置いておき、それを参照しながら暗号化してハードディスクやメモリカードなどに落とせる。合法的にコピーが可能な一方、セキュリティは強化されているので、違法な複製を運用することは難しい。

 現在、運用されているUltra Violetと機能が“かぶる”気がするが……と思っていたが、実はこのDigital Bridge、20世紀フォックス以外の会社から、興味があるとの話が聞こえてこない。たとえばワーナーに関しても「自分たちは現時点でUltra Violetに力を入れているので…」と遠回しに消極的な話をされた。

 では、4K映像ソフトにものすごくコミットしているかというと、もちろん高付加価値ソフトとして売りたいと思う反面、それだけでは新たなパッケージ規格としては弱い(だからこそ、以前の4Kブルーレイ規格は話が進まなかった)。

 その後、4Kテレビの増加など市場環境が変化したことで、4Kの映像パッケージソフトにビジネスチャンスが生まれてきたという事情もあったが、どうやらHDRを盛り込むことにより、トータルでプレミアムな価値のある映像パッケージソフトを作れるように……という意図が働いているようだ。

 キム氏は「ワーナーは1年以上前からHDR映像を評価してきたが、関係する誰もがとても興奮している。ひと目で映像が素晴らしく進化していることを認識できるからだ。映像の専門家だけでなく、誰が観ても素晴らしい画質と感じてもらえる」と話す。

 実際に公式な取材として話を伺った映画スタジオはワーナーとソニーピクチャーのみだが、たいていの映画関係者はHDRに対して肯定的で、真っ先に出てくるのが「画質が素晴らしい」という話。新しい規格が立ち上がるときは技術的な話が先行しがちだが、HDRに関してはとにかく「印象の良さ」を語る関係者が多い。

 もちろん、“誰もが一目でわかる”高画質が、ビジネス面でプラスになるという確信があるからこそ、映画会社も積極的になっているわけだ。HDRというトレンドがなければ、そもそもUHD-BDは進んでいなかったかもしれない。

 もっとも、“パッケージ商品”として考えた場合、HDRだけを“売り”にするわけではない。

あらゆる面で“最高の映像パッケージソフト”を目指す

 一方、オストロバー氏は、HDRが素晴らしい画質を引き出すと言う一方で、映像作品の特徴を最大限に引き出すために、あらゆる面で最高であることが重要なのだと話した。

「HDRの映像はコントラストが高く見え、ピーク輝度が映像表現の幅を拡げる上、広い色再現域をあらゆる輝度領域で活用できる。様々な点で異なる映像体験ができる。輝度のレンジが拡がり、キラリと光る様子が見えるだけではなく、体験レベルを全体に引き上げることができるからこそ素晴らしい。しかし、それだけがUHD-BDの魅力というわけでもない。我々が目指しているのは、あらゆる点で一番良い体験をもたらす映像パッケージソフトとするために、4KもUHDも、そしてDolby Atmosのような新しいオーディオ技術も、すべてが必要になってくる(オストロバー氏)」

ワーナー・ブラザース・テクニカル・オペレーション シニア・バイス・プレジデントのルイス・オストロバー氏

 同氏が例に出したのはワーナーのヒット作品「ゼロ・グラビティ」。この作品はBGMがない。しかし、それ故に音響が織りなす効果に注意が払われており、音質やサラウンド設計が際立つ。HDRも、そうした作品の特徴を活かすために用いる”ツール”のひとつというわけだ。

 もっとも、年内に登場すると言われているUHD-BDだが、まだ正式発表はされていない。故に“ワーナーはUHD-BDコンテンツを年内に用意するのか?”という問いに対しては「ネット配信に押されているイメージはあるが、実際にはディスクの販売はとても大切な事業。ベストな作品を、ベストな品質で提供する。ただし、まだ公式なUHD-BDの仕様が発表されていないため、発売予定などのコメントは差し控えたい(キム氏)」

“4Kマスター”の準備は万端?!

 もっとも、UHD-BDに向けての準備は粛々と進められている。

 ワーナーのキム氏は「4K、イマーシブ・オーディオ(Dolby Atmosあるいは類似のサラウンド技術)、それにHDRやハイフレームレート。これらが消費者の目からみて、明らかに”違う”と言ってもらえるものを選んで準備を進めています」と意欲的だ。

 その背景には過去の人気作などを中心に、UHD-BDに対応出来るアーカイブ(過去資産)のストックが増えていることがある。ここ数年、デジタルマスターの品質を高めた結果、即、UHD-BDにしても違いがわかる。

 たとえばフィルム作品に関しては、一部を除いて4Kでフィルムをスキャンしているとのことだ。過去の作品を修復、デジタルアーカイブする際にはもちろん可能な限りの高精細映像として残しているが、そもそもこの10年はデジタルインターミディエイト(DI)と言われる手法で、フィルム撮影作品は制作・管理されている。

 これらの作品は、この3~4年の作品ならば、主に画素ごと浮動小数点32bitのHDR情報を含む4Kマスターで、それ以前の作品も16bitのHDRデータで管理されていることがほとんどだという。ワーナーは業界でもっとも多くのライブラリを抱えるだけに頼もしい。

 これはソニーピクチャーも同じで、フィルム作品に関しては4K素材としても、HDR素材としても充分な品質でデジタル化が行なわれているとのことだった。「戦場にかける橋」「博士の異常な愛情」「タクシードライバー」「アンダーウォーターフロント」などが、今後、最新の4Kリマスターでデジタイズされるという。さらには、保管のための映像フォーマットも業界内で統一されているとのことで、ハリウッドのメジャースタジオならば、どこも同様の状況と考えて良いだろう。

 一方、“デジタル・ダイレクト”と呼ばれる、いわゆるデジタル・シネマ・カメラを用いた作品も、4K解像度にネイティブで対応したものが増加“しつつ”ある。“しつつ”と表現したのは、現時点では4Kネイティブのデジタル作品は、まだまだ少ないからだ。

 ハリウッドで制作されているデジタル・ダイレクトの作品は、老舗のシネマカメラメーカー「ARRI」のAlexaシリーズで撮影された作品が半数を超えているという。Alexaに搭載されるセンサーは、今のところ4Kには対応しておらず(同じスタイルで表現するなら3Kカメラ)、HDRには対応できるものの、4Kの解像度には不足している。

 しかしながら、ソニー製の4Kカメラ(CineAlta 4K)が、ここに来て多く使われるようになっている。

ドラマの撮影環境を模したF55のデモ/テスト環境

 ハイエンド領域はF65というカメラがハリウッド界隈だけで200台。F65は高精細なだけでなく、色再現域が広いため4K時代の標準色空間であるBT.2020向けのプルーフとしても評価されている。F65で制作された作品も「ルーシー」、「トゥモローランド」、「テッド2」、「アリス・イン・ワンダーランド2」など、近年は事例が増えている。

 実はソニーがCineAltaの主力としていたF35という機種が、操作や設定が複雑との評判であまり普及せず、その中でシンプルかつ使いやすい機種としてAlexaが普及した経緯があった。しかし、F65は操作性を大幅に改善して評価を取り戻しているという。

 たとえば映画よりもスケジュールがタイトなテレビドラマの撮影でも、画質指向の監督がハイエンドのF65を選択している場合がある。ヒットドラマシリーズの「マスター・オブ・セックス」は、シーズン1、2ともにF65が使われている。

 このように4Kネイティブのデジタルシネマカメラの中でもハイエンドの製品が4K化しているが、さらに輪をかけているのが、より低価格なF55の存在だ。映画撮影だけでなく、スポーツ中継などテレビ番組向けの機能も充実させたF55は、手軽さもあって映画やテレビドラマでの活用例が増えている。

 日本でもテレビ番組からのスピンアウト作品「相棒-劇場版III- 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ」がF55を使って制作されているが、ハリウッドでも「アニー」「ウェディングリンガー」「レッツビーコップス」「ドルフィンテール2」「デリバー・アス・フロム・イーブル」などが制作されている。

ソニーの4Kデジタルシネマカメラで撮影された映画
同じくソニー4Kカメラで撮影されたオリジナルドラマ

 F55は実質的に昨年1年間での実績なので、今後は採用例がさらに増えていくだろう。さらに、テレビドラマ向けの活用はもっと勢いがある。F65はAlexaより少し高価だが、F55は圧倒的に安価でネイティブ4K撮影が可能だからだ。

 これら4Kネイティブのデジタルシネマカメラで制作された作品は、イメージセンサーのRAWデータをネガ代わりに保存しているため、後からHDRに対応するのもまったく問題ないそうだ。今は4Kネイティブ対応のカメラへの切り替え期と言えるが、徐々にデジタル・ダイレクトの4K作品も増えていくと考えられる。

HDRタイトルの生産規模は?

 さて、話がワーナー・ブラザースのみから、ハリウッド映画業界全体へと拡がってしまったが、4KとHDR、それにBT.2020の広色域、それにHEVCの採用、10bit色深度、100Mbps以上の転送レートなどが画質面でのハイライトとなるUHD-BDは、ハリウッド映画スタジオの考え次第で、そのスペックを活かした映像パッケージソフトは登場しそうだ。

 なにしろ正式なUHD-BDの仕様決定がまだ(3月の見込み)の上、発表は6~10月ぐらいと予想されている。年内に何社から対応プレーヤーやレコーダが登場するかも見えていない。

 しかし、米ポストプロダクション大手のデラックスでは、年間200本以上のHDR対応映像作品に対応出来る体制を整えるよう、各社から依頼されているとのことだ(大手で年間60本、もっとも小規模な映画会社でも年間20本)。

 今後、いつでも発売できるようにあらかじめHDR対応で制作しておく……という側面もあるため、必ずしも年間200本ペースで映像パッケージソフトが発売されるわけではない。あくまで、そのペースで生産できる体制を整えていますよ、というだけだ。

 しかし、日本でも展開が始まるNetflixも含め、ネット配信コンテンツのHDR対応なども進むことから、かなりのペースでHDR対応タイトルは増えていくだろう。

 次回は実際にHDR対応ソフトを制作するツールや、映像作品のHDR化における考え方などについて、各社の話をまとめることにする。

本田 雅一