大河原克行のデジタル家電 -最前線-

有機EL共同開発? ソニーとパナソニックの事情

~幾つかの共通点と思惑のズレ~


 パナソニックとソニーが、次世代テレビとなる有機ELテレビのパネル開発や生産などにおいて、提携交渉を進めていることが、一部報道で明らかになった。

 パナソニックでは公式コメントとして、「報道の内容は当社が公表したものではなく、有機ELについては、従来、当社の研究所で進めていた研究成果を基に今後開発検証を進めていく。事業化ついては、今後の開発検証の進捗により判断するが、現時点で決定した事実はない」とする。また、ソニーでも、「報道の内容は当社が公表したものではない」とする。

 だが、ある両社関係者は、「様々な可能性を検討するなかで、こうした動きもある」と交渉を進めている事実を認める。一方で、「すぐに提携が実現するとは考えにくい」との見方も示す。

 というのも、両社が視野に入れている有機ELパネルの提携は、単に技術開発をすればいいというのではなく、製品化までを捉えた量産技術における提携になるからだ。

 そのためにはお互いの製品化に向けたロードマップのすりあわせなどが必要になり、両社の思惑が真っ向から対立する可能性もあるからだ。

 「どのタイミングで、どんな仕様のパネルを開発するのか、そのために技術開発において、なにを優先するのかといった点で意思が統一されなければ、提携しても思い通りの成果が出ないのは明らか」(関係者)という指摘も確かだ。

 これまでにも数々の規格策定において、対立構造にあった両社が、ブルーレイの規格では呉越同舟のなかで手を握ったが、こうした関係をさらに一歩深めることになる有機ELパネルの開発において、どこまで両社が歩み寄りをみせるのかは未知数だ。

 別の関係者は次のように指摘する。

 「それぞれ独自に有機ELに関する技術を開発してきた経緯がある。お互いにこの技術は捨てたくないと考えるのが自然であり、同時にその技術によって差別化をしていきたいと考えている。両社が組む上で、どこまで技術を捨てることができるのか、あるいはどこまで技術を開示するのかといったことが、両社には求められる可能性がある」というわけだ。

 提携の実現にはこうした壁を乗り越える必要があるというわけだ。


■ ソニーとパナソニック、それぞれの事情

 ソニーは、2007年に11型の有機ELテレビを製品化し、この分野で先行したものの、2010年には国内での販売を終了。一度撤退した経緯がある。その後、台湾の友達光電(AUO)と有機ELテレビの量産に向けた技術開発で提携。再参入への準備を進めているところだ。

2007年発売の有機ELテレビ「XEL-1」ソニーの業務用有機ELマスターモニター25型「PVM-2541」

 一方、パナソニックは、有機ELパネルの開発に着手しているものの、製品化の時期については、2015年度までをめどにするなど、年内にも55型の有機ELテレビの発売を予定している韓国サムスンおよびLG電子に比べて、後れが出ている。

 「パナソニックの有機ELパネルの開発の進捗状況や、開発投資規模や有機ELに対して技術者を割いている規模を考えると、自社開発だけでサムスンをキャッチアップするには無理な状況にある」(業界関係者)という声も出ていた。

 一方、ソニーおよびパナソニックが置かれた立場は、対韓国勢という構図のなかでは同じ状況にある。そして、テレビ事業の構造改革に取り組んでいるという点でも状況は同じだ。

 ソニーは、8期連続でテレビ事業が赤字。2012年度も赤字見通しとなっており、9期連続の赤字を見込んでいるところ。黒字化は2013年度になる計画だ。

 また、パナソニックも2011年度は1,000億円規模の赤字を計上しており、2012年度には1300億円の改善によって黒字化を目指している。

 こうしたなかで、パナソニックの大坪文雄社長は、5月11日に開いた2011年度の業績発表のなかで、「有機EL事業を、すべて自前でやっていく可能性は低い。ベストパートナーと組んでやっていくことになる」とコメント。有機ELパネルを外部調達する姿勢を明らかにしていた。

 この背景には、2006年度に意思決定したプラズマパネル工場への投資や、2008年に決定した液晶パネル工場の買収などが、その後のリーマンショックや超円高の影響を受け、稼働率が低下。価格競争の激化や過剰在庫によって、赤字に陥ったという経験が見逃せない。パネル事業に関しては、2012年度第4四半期において四半期黒字化、2013年度の通期黒字化を見込むことになる。

 大坪社長も、「有機ELを事業化する上で、プラズマや液晶での経験を生かしていくということを考えると、すべて自前でやる可能性は低い」とし、自前生産にこだわったプラズマ、液晶とは異なる路線を歩むことを示唆する。

 ある業界関係者は、「韓国勢のパネル生産拠点は、償却がほぼ完了しており、新たなパネル生産設備の投資にも踏み出しやすい環境にある。しかし、パナソニックは生産拠点の償却に時間がかかっていること、さらに構造改革を行ない、拠点の減損などを行なった段階にある。新たに有機ELパネルの生産ラインに対して大規模投資をするのは難しい。ソニーにしても、構造改革をすすめ、S-LCDの株式を売却し、アセットライト化をしたところ。それによって業績回復を目指すという意味では、新たな生産設備への投資は考えられない。その点でも、共同開発を進めることや、その量産をソニーが提携関係にある台湾のAUOの生産拠点で行なうという点では、両社の思惑が一致することになる」と語る。

 有機ELの開発コストや生産コストを削減するという意味でも、両社の提携効果は大きいといえる。


■ 有機EL事業で、相反する展開を見込む両社

 だが、その一方で、有機ELテレビの市場競争力に疑問があるのも事実だ。とくにパナソニックは、現時点では、有機ELテレビが、テレビ市場の中心製品になるか否かという点てば慎重な姿勢を崩していない。

 「現在の液晶テレビやプラズマテレビと比べて、有機ELテレビはどれぐらいの競争力を持つのか。その点ではまだ懐疑的といわざるを得ない」というのは、あるパナソニックの関係者。「個人向けテレビとして、大画面テレビを製品化した場合、有機ELテレビの価格は、液晶テレビの2~3倍の価格になる。薄型、軽量という特徴だけで、この価格差を吸収するのは難しい」と語る。

 パナソニックが、有機ELで市場競争力性を発揮するとみているのは、むしろBtoB市場だ。

パナソニック大坪社長

 大坪社長は、「有機ELはBtoBを含めてどうするのかを考える必要がある」としながら、「有機ELパネルは、将来的には曲面形状での利用も可能になる」として、フレキシブル性を生かしたBtoB用途での活用を模索する姿勢をみせる。

 「有機ELは、パネルとしての用途提案をいかに開拓できるかが、事業のポイントとなる」として、単なるテレビとしての用途以外での利用に注目していることを明かす。

 パナソニックは、テレビの事業方針において、大きな転換を行なっている。それは、非テレビ事業の割合を高めるという方針だ。

 大坪社長は、「これまでは、自社のテレビを何台売るかということを考えてきたが、昨年度からはセットとパネルを分けて考えるようにしている」と前置きし、「パネルを個人向けテレビ以外の用途で販売することを考えている」と語る。

 パネルの観点からみれば、プラズマではわずか数%、液晶ではほぼゼロだった非テレビ用途の活用を、2012年度にはプラズマでは約2割に、液晶では一気に50%以上を非テレビ用途にするという方針を打ち出している。

 主な用途としては、商業施設や公共施設などにおけるデジタルサイネージとしての活用、教育分野における電子黒板としての利用、医療分野などにおける高画質を生かしたディスプレイとしての提案などが想定される。

 「1インチ1,000円でしか売れないパネルが、1インチ1万円に戻して売ることができるのが、非テレビビジネスの魅力」といわれるように、パネル事業の収益改善に大きく寄与することになる。

 パナソニックは、2012年6月末から、プラズマディスプレイパネル(PDP)を採用した電子黒板「インタラクティブ・プラズマディスプレイ」を発売するが、これも利益改善に大きく寄与するものと位置づけられる。同社が、この製品において、販売台数を追求するよりも、利益確保を重視する姿勢をみせていることからもそれがわかる。

 パナソニックは、これまでほとんど手つかずだったパネルのBtoB用途での活用を拡大することで、収益改善につなげる考えであり、2012年度は非テレビ用途での販売拡大によって、200億円の利益改善へと結びつける計画だ。個人向けテレビの売価ダウンによって500億円のマイナス影響が出るのとは対照的である。

 こうしたBtoB型の事業モデルの構築と、有機EL事業の立ち上がりのタイミングが合致すれば、パナソニックにとってスムーズな形で有機ELビジネスに参入することができる。

 パナソニックが、有機ELにおいて、自前にこだわらないというのはBtoBビジネスを中心したビジネスモデルの構築を目指している、という点も少なからず影響しているといえる。その点では、韓国勢の考え方とは大きく異なるといえよう。

 しかし、ソニーは、個人向けテレビを中心として、有機EL事業の拡大を視野に入れている節がある。

 ここでも両社の思惑が噛み合っていないという点が気になる。

 有機EL事業において、パナソニックとソニーとの提携はうまく進むのであろうか。対韓国勢という図式だけでは立ち行かないのは明らかだ。

(2012年 5月 17日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など