藤本健のDigital Audio Laboratory

第735回

手持ちのヘッドフォンがVR音声対応に! 音楽制作に使えるWaves「NX Head Tracker」

 VRコンテンツが増えてきている中、サウンドの役割も今後大きくなってくる。今のところ、VRコンテンツは映像が先行しているようだが、最近は音によるVR体験を実現できるシステムも少しずつ登場している。今回紹介するのは、頭の向きに応じて音の聴こえ方が変わるというテクノロジー。ヘッドフォンに装着したBluetooth接続のセンサーを利用して頭の動きを捉えるとともに、それに合わせてヘッドフォンからの音が変わるというもので、WavesのNX Head Trackerという製品だ。

Waves NX Head Tracker

 先日、国内代理店であるメディアインテグレーションの担当者から「なかなか面白いシステムなので、ぜひちょっと使ってみてください」と手渡され、ちょっと試してみた。実は最初、これがどんなものなのかがさっぱり分からず、困ったのだが、動かしてみるとかなり画期的ともいえる機材。どんなものなのか、見ていこう。

スマホアプリと連携して再生

 NX Head Tracker(実売価格は11,880円前後、現在キャンペーン価格で7,560円前後)は、厚い文庫本といったサイズの箱には入った製品。箱の中には、単4電池1本と、プラスチック製の小さな機材が入っている。

NX Head Trackerのパッケージ
NX Head Tracker本体と電池が収められている

 DTMをしている人なら、このロゴを見れば、「おっ! 」と思う方も多いと思うが、これはエフェクトプラグインメーカーとして著名なイスラエルのWavesの製品。そのWavesが出したハードウェアであるというだけで、なんとなく面白そうとは思ったのだが、そこから実際に試してみるまでに、だいぶ時間がかかってしまった。

イスラエルのWaves製

 筆者は、マニュアルも読まずに、とりあえず使ってある程度を理解してから、細かなところで分からなくなったら、そこで調べてみるというケースが多いのだが、今回は、どうやって使えばいいのか、これだけだとさっぱり分からなかったのだ。というよりも、これが、何のために存在する、どんな機材なのか、当初まったく理解できなかった。担当者からは「VRに使える機材」との説明は受けたので、そこまでは分かったが、パッケージには「3D AUDIO ON ANY HEADPHONES」と記載されているだけ。そこで、メディアインテグレーションの製品ページを見てみたところ、男の人がヘッドフォンのてっぺんに、この機材を取り付けているので、そのようにして使うことまでは理解できたし、自分でも同じようにヘッドフォンに取り付けることができた。

ヘッドフォンのてっぺんに、この機材を取り付けるようだ
手持ちのヘッドフォンのヘッドバンド部に装着

 このサイトの「Waves Nxとは? 」というページを見ると「ヘッドフォンがハイエンドな360°サラウンド・サウンド・システムへと変貌し、お気に入りのムービー/音楽/ゲームをリアルな3Dサウンドで楽しめる」といったことが書かれている。これでサラウンドのようなことが実現できそうなことは分かったけれど、何をどうすればいいかが記載されていないようだ。マニュアルは、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語に続いて、日本語もあるが、確かにヘッドフォンへの物理的な取り付け方と電源の入れからは記載されている。でも、そこから先、何をどうすればいいかが書かれていなかった。だったら、ユーザー登録すれば、何かアプリケーションなどが入手できるのでは? と登録してみたけれど、それも登録できただけだった。

日本語マニュアルもある

 何度も検索しながら見ていくと、iOSおよびAndroidアプリであるNx Mobile Appsというものが存在し、これが無料で入手できるということは分かった。これをダウンロードしてたところから、少しずつ分かってきた。このアプリからNX Head TrackerにBluetooth LEで接続でき、筆者の使ったスマホ内にある音楽ライブラリにアクセスできると同時に、SpotifyおよびSoundcloudにアクセスして音楽再生できるようになっているのだ。

アプリからNX Head TrackerにBluetooth LEで接続
SpotifyやSoundcloudにアクセスして音楽再生できる

バーチャルサラウンドとは違うユニークな体験

 さっそく、これを再生してみると、普通聴いているのと比較して、だいぶ広がりのあるサウンドとなる。よくあるバーチャルサラウンドの音だというのは分かったが、NX Head Trackerを取り付けたヘッドフォンで聴きながら頭を動かすと、ちょっと不思議なことが起こってくる。机に向かって座って聴いていた際は、音は正面の左右から聴こえてるが、頭を右に向けると、音は左のほうから聴こえてくる。つまり机の正面のほうから聴こえるのだ。反対を向いても、後ろを向いても同様。また思い切り真上を見上げると、顎が向いている方向から音が聴こえてくるように感じられる。まさに音場空間があり、ヘッドフォンをつけているのにも関わらず、ヘッドフォンをしていない空間で聴いているような効果を得られるのだ。

再生時の画面

 画面を見てみると、頭の動きを正確に捉えていて、アニメーションのようにグラフィックの頭が同じように動く。ここでNxというボタンをタップして、オフにすると、いきなり現実に戻るように、普通のヘッドフォンのステレオサウンドになる。サラウンド効果というかリバーブ効果をない音が、ずいぶんショボイ音のように感じてしまうのが妙なところだ。

頭の動きを正確に捉え、画面上の頭も同じように動く

 ちなみに、Spotifyはプレミアム会員だと使えるが、無料会員の場合は曲単位での再生が基本となっているため、利用できないようだ。またSpotifyでもSoundcloudでも、内部ライブラリの場合も、ジャケット写真もバックに表示されるので、普段用のプレイヤーとしても使えそうだ。

 このようにスマートフォンで使えることまでは分かったが、PCとの組み合わせはどうなっているのだろうか? やはりソフトウェアが必須であることは間違いなさそうだが、ユーザー登録してみても何かダウンロードできるわけではないようだ。ただし、これに関連する別売ソフトとしてNX 3D Audio for Win/Macという1,296円のものが存在することが分かった。そして、これを入手しないと使うことができないようだが、30日間使える体験版が配布されているので、これを使ってみることにした。

NX 3D Audio for Win

 ソフトを起動してiPhoneで試したのと同様なことができそうではあるが、どうもBluetoothでの接続がうまくいかずに、使うことができない。再度いろいろ調べたけど、よくわからないが、ふと思い当たったのが「2017年6月現在、Nx Head TrackerおよびソフトウェアはWindows 10 Creators Updateに非対応です。」という表記。6月現在となっているので、きっともう解決しているはずと思い込んでいたが、筆者はすでにCreators Updateを使っている。

システム的に接続はするがアプリケーション側からはうまくつながらなかった

 もしかしたらanniversary updateに戻したら使えるかも、とOSを入れなおして、再インストールをした結果、うまく使うことができた。どうもBluetooth接続の仕組みがCreators Upadateになった時点で変わっているようで、これが原因で接続できなかったのだ。

 結論からいうと、このソフトは、まさにiPhoneで試したアプリのPC版。ただし、iOS/Android版よりも汎用性があり、SpotifyやSoundcloudに限らず、さまざまな音源で利用できるようになっているのだ。このソフトをインストールすると、仮想サウンドドライバとしてNx Headphonesというものが現れる、これを指定しておけばいいのだ。

仮想サウンドドライバとしてNx Headphonesが表示

 一方で、NX 3D Audioのほうでは、出力するオーディオデバイスのドライバを設定しておけばいい。あとは頭を動かすことで、先ほどと同様にそれをトラッキングして音が聴こえる方向が固定されるのだ。なお、ここれには音源によって、より効果的に聴こえるようにするモード設定がある。具体的には、Movie Theator、Voice、Multimediaのそれぞれ。あまり極端な違いはなかったけれど、微妙に音の広がり方などが変わるようだった。

NX 3D Audioで出力するオーディオデバイスのドライバを設定
頭を動かすと、それをトラッキングして音が聴こえる方向が固定される
顔の向きを変えていろいろ試した

 ちなみに、設定画面を見ると「Camera」というものが指定できるようになっている。どうも、これには相性があるのか、筆者の手元にあったWebカメラだとうまくいかなかったが、これはカメラで頭の向きを捉えてトラッキングするためのもの。NX Head Trackerを持ってないユーザーでも、似た体験が得られるようになっているようだ。

Cameraという項目も指定できる

DAWと組み合わせて使えるソフトも

 もう一つWavesからオプションとして用意されているのが、Nx-Virtual Mix Room over Headphonesという12,960円のソフト。こちらはまさにWaves得意のプラグインソフトであり、WindowsおよびMacのVST、AU、RTAS、AAX Nativeの環境で動作するもの。つまり各DAWと組み合わせて使うのだが、これがなかなかユニークだ。

Nx-Virtual Mix Room over Headphones

 例えばステレオトラックにインサーションとしてこのプラグインを挿すと、頭の動きに合わせてリアルタイムにマスターの出力が変化する形になる。そういう仕組みだから、あくまでもNX Head Trackerを使いながらDAWを操作している場合のみ有効であって、これをそのままバウンスして作品を作り上げてもちょっと妙なことになってしまう。

頭の動きに合わせてマスターの出力が変化

 しかし、このプラグインが本領を発揮するのは、サラウンドを編集する場合だ。このNx-Virtual Mix Room over Headphonesは、5.0ch、5.1ch、7.0ch、7.1chに対応しており、それらをステレオのヘッドフォンでバーチャルサラウンドとして聴くことを可能にしている。つまりサラウンドスピーカーを持っていなくても、普通のヘッドフォンでもサラウンドのように再生することができるし、頭を動かしてもそれをトラッキングして合わせこんでくれるため、まさにサラウンドスピーカーに囲まれた環境で作業をするのに近い感覚を得られるのだ。ここについては、まだしっかり使いこなせていないが、サラウンド編集をしたい、という人にとっては、非常に有用なツールといえそうだ。

5.0ch、5.1ch、7.0ch、7.1chを、ヘッドフォンのバーチャルサラウンドで聴ける

 添付のマニュアルやWebページが分かりにくかったので、少し苦労したけれど、アプリやソフトが必須であり、Windows/Macのアプリは別売の有料であることさえ分かっていれば、あまり戸惑うこともないはずだ。これだけのすごいシステムが、ハードとソフト込みで現在2万円弱で入手できるというのは画期的なことだと思う。まずは、ハードとスマホだけでも、その面白さは体験できるので、興味があれば試してみることをお勧めする。

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Waves Nx Head Tracker

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto