西田宗千佳のRandomTracking
アダルトだけじゃない逆張り戦略。動画配信の隠れた巨人「DMM.com」
2016年7月21日 08:10
動画配信も、ようやく日本でも定着に近づいてきたと感じる。流れに勢いがついたのは、NetflixやAmazonといった外資、dTV・Hulu(日本テレビによる買収の前は外資だったが)といった日本勢が競争を繰り広げた結果であるのは間違いない。
一方、そうした競争の外で着実にビジネスを拡大している企業がある。それが株式会社DMM.com(以下DMM)だ。いわゆるアダルトビデオの配信のイメージがあるが、同社はオンラインゲームやハードウエアスタートアップ支援の「DMM.make」、FX取引にオンライン英会話と、様々なネットサービスを展開する複合企業。動画配信においても、非常に大きな売り上げを持つ。非上場企業なので、その姿はなかなか外からは見えにくいが、「動画配信全体の金額シェアでは、上位に入る」と、業界関係者の多くが指摘するサービスである。
今回は、そんなDMMの動画配信ビジネスについて、事業責任者にお話をうかがった。ご対応いただいたのは、株式会社DMM.com 執行役員 動画配信事業部 事業部長の山本弘毅氏だ。
ユーザーは男性中心、複合的サービスで利益を確保
まず、DMMグループとはどんな企業なのか、おさらいをしておこう。
もともと同社は、アダルトビデオの通販と配信を手がける企業だったが、通販と配信以外の新規サービスに進出後、急速にビジネスの幅を拡大していく。すでに述べたように、同社は複数のネットサービスを手がける複合企業であるが、サービスアカウントは1種類に統一されている。DMM.comに登録されたアカウント数は現在2,200万件。「これらをゲームや映像配信、電子書籍と1アカウントで利用できるようにすることで、複合的に商売をしている」と山本氏は言う。
近年、同社にとってひとつの転機となったのは、オンラインゲームのヒットだ。「艦隊これくしょん」「刀剣乱舞-ONLINE-」が人気となったことで、これに引っ張られる形で、他のデジタルコンテンツ事業の売り上げも伸びている。
現状の利用者プロファイルは、男性が80%強で、平均年齢は36歳という。
山本氏(以下敬称略):弊社側ではアカウント利用者の性別情報などは取得していないため、あくまで外部のデータからの推定にはなりますが、利用者はやはり男性が多いです。全体の8割が男性で、30代から40代の方が多いです。会員数は2012年にオンラインゲームの事業を立ち上げて以降伸びています。おかげさまで「艦これ」などのヒットもありまして、そこから一気に伸びてきました。現在はグループの売り上げが、2015年度で約1,360億円というところです。おかげさまで順調に伸びています。
そもそも、「DMM」としての事業は、DVDのオンラインレンタルより先に、アダルトを中心とした映像配信事業から始まっている。だがもちろん現在は、アダルトだけを配信しているわけではない。
山本:映像配信は2012年度から右肩上がりの状況で、前年比で120%くらいの形で成長しています。AKB48グループの劇場公演生配信とアーカイブ配信、これの月額課金型のサービスがひとつの軸です。また、いわゆる「2.5次元舞台」の公演配信もやっていて、これも非常に人気です。
正直、NetflixやAmazon、dTVといった強力な企業とは競合しないように、ちょっと違うところで生きていこうと思っています。一般の業界が盛り上がると弊社の数字が盛り上がる、という形です。
それに、弊社の中心は「SVOD(Subscription Video On Demand、月額料金制サービス)ではなく、購入型の「EST」が中心です。
ESTとは「Electoric Sell Through」、いわゆる「買い切り型」のことを指す。ダウンロードして視聴できるのはもちろん、ストリーミングでも、購入者は「サービスが続く限りの永続的な閲覧権」を持っていて、好きな時に視聴できる。過去には「ダウンロード販売」などと呼ばれることも多かった。要は「レンタルでないデジタル配信」である。当然、レンタル型VODに比べれば単価は高く、それが利益を押し上げる。
山本:弊社では、他ではあまり見れないコンテンツを揃えています。AKB48グループの劇場公演もそうです、あとはグラビア、パチンコなども他のSVODにはないでしょう。他社があまり扱わないようなコンテンツが強いです。そしてご存知の通り、圧倒的にアダルトが強い、というところはありますが。2.5次元舞台の場合にも、一つで2,000万円から3,000万円くらい売れるものも出てきています。
実際、DMMではハリウッド映画などの「レンタルでは借りられそうなタイトル」の配信は軸ではない。TBSやバンダイチャンネルなどのパートナーからの調達コンテンツもあるが、主軸はすでに述べたような「他では見られないコンテンツ」である。
「他社がやらない」「でも確実にニーズがある」コンテンツを、ESTを軸に展開していることがDMMの強みになっているわけだが、その背景には、過去にDMMが動画配信でやってきた「しくじり」の数々からの知見が存在する。
SVODにないコンテンツで差別化、「2.5次元」がブレイク中
SVODというと最近のもの、というイメージが大きいだろう。特に日本でサービスが始まったのは、ごく最近のように思う人も多い。しかし、DMMは2011年に「月額料金制」の見放題サービスを開始している。同時期に当時はDVDレンタルとの合わせ技だった。だが、これはまったくうまくいかなかった、という。
山本:創業当時はアダルトで、一般コンテンツはゼロでした。そこから増やしていった形です。
その後、DVDレンタルとセットでSVODも取り組んだのですが、まったくうまくいかず、半年で撤退しました。他の動画配信サービスを見ても、「一般的な洋画や海外ドラマ作品をペイ・パー・ビュー(PPV)で扱っているところで、黒字化しているところがほとんどない」という状況で、収益をきっちり出していくために撤退を決めました。それ以降、一般的な洋画や海外ドラマはあまり扱っていません。正確にいえば、大きく「MG」がかかるものは扱っていない、という状況です。
山本氏がいう「MG」とは「ミニマム・ギャランティ」のこと。どれだけ配信数が少なくても、最低はこれだけ支払う、という契約形態である。
山本:他のサービスの方々ともお付き合いはありますが、その状況を見ても、SVOD以外では、一般のコンテンツだけで黒字化しているところはほとんどないようです。弊社の場合には、AKB48グループの劇場公演配信も含め一般コンテンツも黒字です。
AKB48グループなどの「他にないコンテンツ」に集中しようと決めたのは、2010年から11年にかけて、一般のコンテンツに投資したことへの失敗の後です。実際、ハリウッドの映画会社と契約を交わし、MGを設定してやってみましたが、「撃沈」しました。アメリカではNetflixなどがスタートしており、彼らがやってくるのは見えていた時期です。その時、「我々が映画で勝てるわけがないだろう、勝てない戦は戦わない」と決めました。
弊社の場合、「ハリウッドが見たければDVDレンタルがありますので、そちらで最新作を見てください」という割り切りをした、ということです。
配信ビジネスも拡大し、コンテンツ調達はしやすくなったと思いますが、見ている限り、MGの額が大幅に下がったというわけではない。SVODでドラマの全話が観れるのに、PPVだとシーズンパックで数千円もかかる。この状況になってしまうとビジネスとしてやりづらいので、どう計算しても勝てないだろう、と。
ということから、SVODにはなかなか入ってこないようなコンテンツを扱うことを決めた。そこには堅い顧客層がある、と判断してのことだ。
山本:いまは(SVODでなく)PPVに力を入れているところが減っているので、ある種の逆張りです。その中で、弊社のことを知っていただいているようなコンテンツホルダーさんにお声がけしています。
特に「刀剣乱舞」の場合、昨年ミュージカルのトライアル公演の配信を行なったのですが、一気にこれが売れました。業界の方々も情報交換をされるので、「配信はお金にならないと思っていたけれど、意外と売れる」という口コミから、DMMでやったほうがいいかな、という話になるようです。
コンテンツとして軸になっているAKB48グループの配信についても、実は無理に独占にしているわけではない、という。同社がAKB48の配信を始めた際には、まだブレイク前で、他の事業者が手がけていなかった。その頃からずっとやっているので定着した、という部分が大きい。また、劇場単位でバラバラに配信するのではなく、DMMでは1箇所にまとめた効果が大きかった、という。メジャーな卒業公演などは別のVOD事業者が配信権を取ることもあるが、そこでは競争をしない。
コンテンツ調達について、決まった基準やコツは「特にない。わりとたまたま」と山本氏は笑う。
山本:ただし、見つけたら他社さんが手をつける前に一気にやる、ということはあります。そこは重要です。
「テレビでの視聴」を目指し失敗も重ねる
DMMには「今の事業がうまくいっているうちに新しい事業を立てる」「新しいチャンスがあり、いけると踏んだらすぐやる。ただし、うまくいかなかったらすぐ撤退」という企業文化がある。同社は公開企業でなく、創業者である亀山敬司氏とその一族が株式の大半を所有している。「上場企業ではないのでチャレンジはしやすい」と山本氏もいう。
一方で、果敢なチャレンジをしたが失敗したものも数多い。例えば、2008年12月にスタートした、オリジナルSTBによる配信サービス「DMM.TV」や、2009年8月にスタートした、Blu-ray Discのインタラクティブ機能である「BD-Live」を使い、PlayStation3をはじめとした、BD対応機器でネット配信を楽しむ「DMM.TV for Blu-ray Disc」がそうだ。もちろんこの時には、軸にはMGのかさむハリウッド系コンテンツを据えていた。
山本:当時は一般向けコンテンツは今以上に少なかったのですが、「なんとかテレビで映画を見てもらおう」と考えていたんです。今と違ってPCで見ている方が圧倒的に多かったので、「ならばテレビで観れるようにすれば売れるのではないか」と考えたわけです。「DMM.TV for Blu-ray Disc」についてはテレビCM展開も行ない、バン!と売上を上げようと考えていたんです。しかし、ディスク入れ替えを含め、多くの人にとってサクサク動くようなもにならなかったので、うまくいかなかったのでしょう。
アダルトはESTが8割! マルチデバイスがもたらした「EST中心」のビジネス
一方で、2012年以降、DMMが力を入れたのが、PCとスマートフォン、タブレットでのマルチデバイス展開だった。マルチデバイスでの再生に対応すれば、どの端末で買ったものも、いつでも自由に視聴できるようになり、利便性は大きく高まる。
マルチデバイス戦略を山本氏が進める裏には、DMMの特徴である「アダルト」と「ESTが中心」という2つの施策が絡んでいる。そして意外なことに、山本氏はこう切り出した。
「この戦略は、AV Watchさんの記事からヒントを得ました。2011年のUltraVioletに関する記事です」
UltraVioletとは、当時ハリウッドで導入がすすられていた「ライツロッカー」と呼ばれる仕組みである。ディスクを買ったり配信でコンテンツをESTで買ったりした場合には、「この人は映像の閲覧権がある」という情報を保存しておく。すると、どんな機器であってもどんなサービスであっても、UltraVioletに対応していれば、購入したコンテンツをいつでも見られる……という構想である。UltraVioletそのものはスタートしたが、結果的に理想通りのライツロッカーにはならず、そのうちにNetflixなどのSVODが台頭する時代になったため、いまは顧みられることも減った。しかし、DMMのマルチデバイスは「自社のアカウントにひもづき、サービスを限定したライツロッカー」と言える。アップルがiTunes Storeで、ソニーがPlayStation Storeでやっていることもおなじだ。ただし、これらの企業はどうしても「自社のプラットフォームの枠内にある機器」で閉じてしまうが、DMMはできるだけすべての機器で動くようすすめている、という違いがある。
山本:UltraVioletは団体を作って、ディスクと配信を両方カバーする、という構想でした。それは我々だけでは難しい。しかし、ESTで、配信だけで似た世界を作れれば大きいのではないか、と考えたのです。
一般コンテンツはESTが広がっておらず、ディスク販売の置き換えがまだできていません。しかしアダルトはESTをすでにやっていたので、一回買ったらどのデバイスでも再生できます。これが圧倒的な差別化要因になりました。
山本氏によれば、マルチデバイスを軸にしたスマートフォン展開が始まるまで、コンテンツ閲覧は「97から98%がPC」だったという。しかし、2012年4月にマルチデバイス対応サービスの提供を開始すると、スマートフォン向けが「PC向けに乗っかるような形で」(山本氏)伸び始める。いまや、PCとスマートフォンの売上比率は6:4になり、アクセス数ベースで比較するとスマートフォン向けが半分以上だ。動画配信の月間課金ユニークユーザー数は現在約100万人。そしてiOSとAndroid向けの動画視聴アプリの月間アクティブユーザー数も100万人を超えるという。
現在、DMMはマルチデバイス展開を進めている。テレビ向けやPlayStation 4向けのクライアントアプリも用意しており、一度は失敗した「テレビでの視聴」もスムーズに行なえるようになっている。
マルチデバイス化によって、アダルトタイトルの売れ方はさらに変化した。
山本:アダルトの売り上げのうち、ESTは8割を超えます。数百円のレンタルから、1本で1,000円・2,000円のESTが増えると、当然売り上げはその分あがります。
こうしたこともあり、同社の動画配信サービスは好調なのだ。会員である限り様々なデバイスで観れる、となれば、単価の高いESTを選ぶのも理解できる。同社ではESTを「ストリーミング+ダウンロード」「視聴期限:無制限」という形で表している。使ってみればすぐわかるが、ESTという概念はちょっとわかりにくいため、こうした表記を採用しているのだろう。
一方で「スマートフォンに注力した結果、PC向けのサイトは3、4年ほとんどそのままになってしまいましたが……」と反省の弁も述べる。
方針は「使い勝手重視」「シンプル・イズ・ベスト」
マルチデバイス化に関して、山本氏は明確な方針を持っている。それは「使い勝手重視」だ。ESTのマルチデバイス展開も含め、基本は「使い勝手のよさ」で導入を決めている。
山本:お金を払って頂ける、満足度の高いサービスを提供できれば、と思います。利用して頂いているユーザーの満足度が大切です。エンコーディングのプロファイルも工夫していますし、細かい操作性のチューニングも重要なポイントです。やはり、コンテンツを買っていただくには価格と使い勝手が重要です。基本はシンプル・イズ・ベスト。自分がヘビーなAmazonの利用者なので、参考にしている部分は多いです。
テレビ対応も同様です。PS4版はアプリ内からの購入機能もありますが、基本的には「他のデバイスで購入したコンテンツを視聴するためのもの」と位置づけています。リモコンで複雑な操作をするのは現実的でない、と思うからです。「PCやスマホで商品を買った数秒後、アプリを立ち上げ、リモコンの真ん中のボタンを何回か押しただけで再生が始まる」という風に作っています。できるだけ操作を減らすよう心がけています。
マルチデバイスを含め、同社の技術面での対応は他社に比べても素早い。理由は、グループ内の「DMM.com ラボ」が技術を担当しているからだ。サーバーなども「ほぼ内製」(山本氏)だという。DRMなどの自社開発が効率的でないものはともかく、自社内でまかなえるものは自ら開発する。だからスピードも早い。
その分細かな失敗もあるが、それは素早く見直しをかける。そもそも同社は、「自社のサービス全体で利益が出ればいい」(山本氏)という考え方なので、このサービスから他のコンテンツへの誘導ができれば、そこでまず一つの役割を果たしている、といってもいい。
アダルトが多い、ということで特殊な会社というイメージを持たれることが多いが、彼らが考えていることはシンプルだ。その中で、「シンプルかつ便利」に使えて「販売単価」も上がり、そして「コンテンツ調達を一番しやすかった」のがたまたまアダルトだった、といえる。顧客目線でのサービス構築は、他の国内の映像配信事業者も、学ぶ余地が非常に大きいと感じる。