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iPhone10億台時代の「守り」と「攻め」。iPhone 7発表会から見るAppleの新戦略

 アップルの「iPhone 7」および「Apple Watch Series 2」発表会の詳報をお伝えする。昨今はハードウェアの内容に関するリークも多く、「新鮮味が薄れた」と言われる。iPhoneも初代モデルから9年が経過し、新しいプラットフォームとは言えない。その中でアップルがどういうメッセージを出したのか、発表内容から考えていきたいと思う。

会場となったビル・グラハム市民講堂
会場内。世界中から来たプレス関係者が発表を見守った

iPhoneは累計10億台に

 冒頭から結論めいているが、iPhone 7は「重要な顧客を逃がさないため」のiPhoneだと感じる。重要な顧客とは、ある意味、スペックの比較でiPhoneを選んでいたのではない人々だ。今回の新機能と呼ばれるものは、他社ではすでに採り入れているものもあり、すべてが最新で革新、とは言えない。だが、iPhoneユーザーにとっては「まだなかった要素」であり、他社製品を選んだ人の中には「あれがないからiPhoneでは」と思った人もいるものだ。そういう人々にとっては、「他にはすでにある」より「iPhoneで“これ“が実現された」ことに価値がある。

 発表会の中で、アップルのティム・クックCEOは「iPhoneの出荷台数が10億台を超えた」と発表した。過去に販売された製品で、「同じシリーズの中で10億台を超えた」製品は他にない。それだけ圧倒的なヒットだった、ということでもあるし、スマートフォンが世界を変えた結果でもある。

アップルのティム・クックCEO。
iPhoneは累計出荷台数「10億台」を突破。1ブランドの家電製品としては圧倒的な数だ。

 一方で、iPhoneの販売は、過去ほど劇的には伸びづらくなった。そこで、「ファンを逃がさない」「エクスキュースを無くす」ことに製品作りの方向性は向いていく。それを後ろ向き、というのは簡単だが、10億台を超えた製品は、そういうフェーズに入らざるを得ない。今回iPhone 7シリーズで重視したポイントは、アップルが「スマホを売る上で差別化できる」、「ライバルから攻撃されやすい」点に集中していた、と見る事もできる。

マリオはスマホへ、Pokémon GOはApple Watchへ

 アップルは発表会を、自社プラットフォームの強みの発表から始めることが多い。今回も、App Storeのダウンロード数などを発表するところから始まったため、同じパターンだ……と多くの人が思った。

AppStoreから得られる収益は、競合の倍、ということをアピール。

 しかし、いきなりその印象はサプライズで打ち破られた。「ゲーム」を紹介するゲストとして、任天堂の宮本茂氏が登場したからだ。宮本氏は、スマートフォン向けのはじめての「新作マリオ」として、「Super Mario Run」を紹介した。

任天堂の宮本茂氏が登場! スマートフォン向けのオリジナルマリオ「Super Mario Run」を発表した。基本プレイ無料で「若干の課金要素」あり。年末までにまずiOSで登場、その後Androidにも出るという。

「これはiPhoneに最適化されているので、片手でつり革に捕まりながらでも、ハンバーガーを食べながらでも楽しめます。もちろん、リンゴを食べながらでも」

 そう言いながらゲームを紹介している宮本氏を、世界中からやってきたプレスは歓声をもって迎えた。任天堂は現在経営再建中であり、ビジネス戦略を練り直している。その中で「スマートフォンへの対応」は明言されていた。しかし、ここでいきなり「マリオ」と予想していた人は少ないはずだ。家庭用ゲーム機の一翼を担う任天堂も、手軽に遊べるゲームへのアプローチとして、スマートフォンを無視できない時代、ということだ。

 そして、スマートフォン時代の申し子ともいえるゲームが、今夏大ヒットした「Pokémon GO」である。変わって壇上には、ナイアンティックのジョン・ハンケCEOが登場し、Pokémon GOのApple Watchへの対応を年内に行なう、と発表した。

ナイアンティックのジョン・ハンケCEOが登場、Apple WatchへのPokémon GO対応を発表

 iPhoneを初めとしたスマートフォンと異なり、Apple Watchを含むスマートウォッチは、まだブレイクに至らない。Apple Watch自身の売り上げは良く、アップルは「Apple Watchの登場で、アップルは第2位の時計メーカーになった」と言うが、それがユーザーの認識と一致するほどのブレイクとは思えない。「これのためにApple Watchをつける」というわかりやすいブレイクスルーが必要であり、Pokémon GOはそのひとつ、といえそうだ。

 Apple Watchは、今秋から「Apple Watch Series 2」になる。Series 2は、内蔵のプロセッサーを「S2」にリニューアルし、GPSを内蔵、防水機能を「水泳対応」に強化したのが特徴だ。S2はデュアルコアCPUで、GPU性能も現行のApple Watchに比べ2倍に強化されている。腕時計の中にそれだけのプロセッサが必要とされる時代になったのか、と思うと感慨深いものがある。

Apple Watch Series 2に搭載される「S2」。デュアルコアCPUで、GPUも現行製品の2倍の性能を持つ

 ここでの進化は「エクササイズ」が軸だ。長期間、じっさいに水泳を模したテストによるリサーチを繰り返すのも、GPSを内蔵してランニングルートをわかりやすくしたのも、要は「もっと良いエクササイズ」のためだ。動くのが嫌いなギーク的視点(私もそんなところがあるのは否定できない)ではあまりエキサイティングなところではないが、今、Apple Watchをつける価値を感じているのは「積極的に体を動かす人々」で、アップルとしてはブレイクスルーをそこに求めている、ということだと理解している。

アップルはApple Watch Series 2で「水泳」対応するため、耐水性やストローク距離などのリサーチを行なった
Apple Watch Series 2にはGPSが内蔵されたため、ランニングしたルートをより正確に記録できる

 スマートウォッチと同様に、まだブレイクの方向性が見えないのがIoT的な「スマホ連動型家電」である。9月13日に公開されるiOS 10には、家庭内で家電連携を進める「HomeKit」の強化が行なわれている。HomeKitのAPIには大きな変化はないものの、各機器を統合的に動かせる「Home」アプリが登場したことで、よりシンプルに使えるようになるという。

 詳細はまだ言えないが、日本国内でもいくつか登場する、との話を耳にしており、多少環境は改善に向かいそうである。ただしこちらは、スマホ側の準備以上に「連携して使いたいと思う家電」を作る方が重要で、いままさに種まき、というか畑を耕している状態、と言った方がいい。

iPhone 7は手堅い「守りのiPhone」

 さて、iPhone 7の話に行こう。

 ハードウエアの詳細はすでに、別記事ハンズオンレポートなどでご覧になった方も多いだろう。正面から見るとiPhone 6シリーズにそっくりで、差別化点が少ないように思える。デザイン的には背面に変化が集中しているわけだが、アップルとしては「がんばって中身を変えた」というところもあるだろう。

次のiPhoneは「7」。ルックスの変化は背面に集中している。

 例えばホームボタン。物理ボタンだったものが、タッチセンサーに振動機構で反応を与えて「物理的に押した感じを与える」仕組みに変わった。これは、ホームボタンが使いすぎて傷むことを防ぐ目的がある。アップルから見れば、パーツコストの見直しとともに、潜在的な故障の可能性を減らすことで、全体的なコスト削減と顧客満足度アップにつながる。

ホームボタンは物理ボタンではなくなった。「押した感じ」は振動機構の「TAPTIC ENGINE」で与えるという、MacBookのタッチパッドと同じアプローチになった。

 防水機能もそうだ。IP67の防塵・防水は、水の中での落下やちょっとした使用での故障を防ぐ。アップルとしては「お風呂やプールで使える」とは謳っておらず、その辺に方向性の違いが見える。とはいえ、iPhoneが使えるシーンを増やし、故障の可能性を減らすことで顧客満足度を高める狙いがある。

iPhoneも防水に。プールに落ちてももう故障しない。
iPhone全体にシールをし、防水を実現。

 防水についてはもちろん、ライバルが防水をウリにすることが多いことを意識しているのは間違いない。また同様に、搭載スピーカーがステレオになったが、Androidではすでに「よくある」もので、「ようやく」という印象すらある。

搭載スピーカーがステレオに。これは「ようやく」という印象。

 こうしたことは、日本向けの目玉といえる「FeliCa対応」も似たところがある。日本ではライバルの多くが対応していたところを、「ようやく」と思う人は多そうだ。

日本向けの機能としてはトップニュースといえる「FeliCa」対応。日本市場をアップルがどれだけ大事と考えているかの証でもある

 しかし、その辺は見方を少し変えたい。重要なのは「iPhoneでそれができること」なのだろう。もはやiPhoneは世界で10億台を売り、日本で半分のシェアを持つ、堂々たる横綱プロダクトだ。iPhoneを選んでいる人が次にもiPhoneを選んでくれること、本当はiPhoneが欲しかったけれどなにかの理由で他を選んだ人を引きつけることがまず重要、と、アップルは考えているのだ。保守的にも思えるが、アップルはもはや「守る」立場でもある。

 その中で、FeliCa対応については、仕組みこそ少々分かりづらいが、「ICカードのSuicaを代替する」という明確な方針で作られていて、狙いとしては、モバイルSuicaよりも広い層にアプローチしたいのだろう……と思える。この辺の仕組みについては別途掲載した詳報をご覧いただきたいが、「日本でできる限り広く、すぐに使えるもの」を狙って制度設計された感じを受ける。

ソフト処理で攻めるアップルのカメラ

 一方で明確に「攻めている」のがカメラとヘッドホン周りだ。

 iPhoneは元々、ソフトウエアで映像を作ることを意識した設計である。スマートフォンにおいて、いまだiPhoneはトップクラスの画質だ。センサーの解像度やレンズ性能では他社の方が上なこともあるにも関わらず有利な評価を得られているのは、ソフト面での改善の蓄積があってのことだ。

 センサーの解像度はあげず、f値を小さくして光量を増やす、というアプローチはiPhone 7でも変わりはない。センサー解像度アップによる解像感の改善よりも、ソフトウエア処理による画質向上に自信を持っているからだろう。

レンズを明るくし、光学式手ぶれ補正を搭載。センサー解像度よりも「周辺」から攻める

 今回、iPhone 7には新しいイメージシグナルプロセッサ(ISP)が搭載され、ソフトウエア処理による画質向上に、さらに磨きをかけている。特にこの価値が出るのは、デュアルカメラになったiPhone 7 Plusだ。発表会の中では、望遠・広角の切り換えによる光学2倍ズーム(これを薄いボディでやるのは確かに大変だ)やポートレートモードに代表される「ボケ味」に集中する形で語られていたが、普通に写真を撮影する際にも2つのセンサーとISPが働くことで、ハイクオリティな写真を生み出す。こうした部分には、多数の写真からの機械学習をベースにしたアルゴリズムが使われており、「ここでもディープラーニング」という思いを強くする。

iPhone 7 Plusではデュアルカメラ構成になるが、これはズームだけでなく、画質全体の向上に寄与する
年末までのアップデートとして、「ボケ味」を生かしたポートレートモードも搭載される

 スマートフォンを作る上で、どこもカメラによる差別化を試みるが、有利な位置にあるアップルだからこそ、アプローチそのものに「攻め」が見える。

ヘッドホン・ワイヤレス化の背景には、「アメリカマーケットの変化」が

 一方で、やはり功罪あると思えるのが3.5mm径ヘッドホン端子の廃止だ。

本体から「アナログヘッドホン端子」はなくなる。接続はLightning端子経由が基本。これを不便に思う人も出そうだ。

 パーツコストを下げた上で他のパーツ、例えばバッテリーなどのスペースに回すための策だろうが、薄くなっていないボディでは、ユーザーは納得しづらい。仮に防水だとしても、だ。

 だがそれでも、アップルは「ワイヤレスの快適さ」の未来へと賭けた。「AirPods」と、Beatsの「Solo3 Wireless」「BeatsX」「Powerbeats3 Wireless」には、アップルが新たに開発した「W1」というプロセッサが搭載されている。

左右の接続もワイヤレス化した「完全ワイヤレスヘッドホン」、AirPods。
AirPodsに搭載されるワイヤレスヘッドホン用プロセッサ「W1」。ワイヤレスヘッドホンの使い勝手を上げるため、独自設計のプロセッサを搭載する

 これはBluetoothでの消費電力を抑え、ペアリングを簡素化し、赤外線センサーや振動センサーをコントロールする機能を持っている。Mac、iPhone、iPadでの使い回しを簡単にすること、短時間の充電でより長い時間使えるようにすることなど、今後のワイヤレスヘッドホンではインテリジェンス性が求められる。そこに共通部材を使うことでコスト削減をはかりつつ、差別化を狙ったと考えられる。

 アップルが強気に出られる背景には、2016年上半期、アメリカでは別売ヘッドホンのうち54%がBluetoothのワイヤレス型になった(調査会社NPD調べ)、という事情がある。そのトレンドを作ったのは、現在ヘッドホンのシェアではアメリカトップであるBeats。アップルとしては、スマートフォン側とヘッドホン側からワイヤレスを攻められるため、ヘッドホン端子の廃止に「強気」になれる、という部分もある。

 コーデックはAACで、伝送遅延や音質面では競合に劣る部分がある、と筆者は思っている。しかし、そこよりも独自実装よる「セットでの使いやすさ」を訴求するのがアップル流でもある。数を背景にしないと、こういう戦い方はできない。

 すでにトレンドが動いているアメリカと違い、日本でワイヤレスヘッドホンがどうなるかは、まだ見えづらい。しかし、ことAirPodsに代表される「完全ワイヤレスヘッドホン」では、いままでにない快適さがあるのも事実。そこが刺されば、日本でもヒットの可能性はある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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