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究極目指したら“竹”だった!? 型破りなデノン新時代ヘッドフォン「AH-D9200」

スピーカーでもヘッドフォンでも、筐体素材の理想の1つとされるのは“木”だ。音質が良いだけでなく、”絵になるカッコよさ”や高級感も重要だ。特にヘッドフォンマニアにとってウッドハウジングの機種は、いつか手に入れたい憧れと言える。そんなワガママなマニアのニーズに応えるだけでなく、“その先の世界”を見せてくれそうなヘッドフォンが、デノンが9月下旬に発売した「AH-D9200」(195,000円)だ。

デノン「AH-D9200」

名前を聞いてピンとくる人は、間違いなくヘッドフォン好きだろう。デノンは、2008年に天然木のマホガニーを贅沢に使った「AH-D7000」というヘッドフォンを発売。響きの豊かさや開放的な中高域が持ち味で、生産は終了しているが中古市場でも未だ人気がある名機となった。

その後、「AH-D7100EM」(2012年)を経て、2016年末にはアメリカンウォールナットを使った「AH-D7200」(約10万円)が登場。ハイエンドヘッドフォン市場で存在感を発揮している。そして、今回の新製品「AH-D9200」。型番からわかるようにD7200を超える最上位モデルであり、注目のハウジング素材には、なんと“竹”が使われている。

左がアメリカンウォールナットを使った「AH-D7200」、右が“竹”を使った最上位モデル「AH-D9200」

オーディオで竹!? と驚く。なぜ竹を選んだのか、そして、竹はどんな音がするのか? 開発者であるGDPライフスタイルエンジニアリングの竹野勝義マネージャー、成沢真弥技師、サウンドマネージャの山内慎一氏に話を聞きつつ、そのサウンドに迫った。

左からGDPライフスタイルエンジニアリングの竹野勝義マネージャー、GPDエンジニアリングの成沢真弥技師、サウンドマネージャの山内慎一氏

“竹との出会い”でスタートしたハイエンドヘッドフォン開発

2016年末に発売された「AH-D7200」は、デノン50周年を記念した非常に気合の入ったモデルで、ハウジングにアメリカンウォールナットを使っていた。一方で、「D7200以上にこだわりぬいたヘッドフォンを作りたい」という構想は、以前から存在していたという。しかし、開発リソースの問題や、D7200を超えるための素材や技術が確立できていなかった事から、実際にD9200の開発がスタートしたのは2017年3月頃だという。

“構想から開発へ”、具体的に動き出すキッカケとなったのは、究極のヘッドフォンを実現するための素材、つまり“竹との出会い”だ。竹野氏はこう振り返る。

「D7200の下位モデルにあたる、AH-D5200(実売約65,000円)という機種を今年の2月に発売しました。D5200はハウジングにゼブラウッドを採用しています。その素材選びで、様々なものを試した際に竹と出会いました。コストの関係もあり、D5200で竹を使うのは難しかったのですが、非常に良い素材だと感じ、ハイエンドのD9200に採用する事にしたのです」。

GDPライフスタイルエンジニアリングの竹野勝義マネージャー
左から2番めにあるのがAH-D5200だ

D7200のインタビュー記事でも記載したが、デノンは常にヘッドフォンに使える理想の素材を追求し、様々な素材をテストしている。木材に限った話ではなく、プラスチックやABS樹脂、バイオセルロースなども検討。そうした中で竹に出会ったわけだ。

様々な素材が検討されている

ヘッドフォン向けの素材として重視されるのは、軽量性と適度な剛性、そして振動吸収性。つまり“鳴き”が少なく、素材固有のキャラクターが少ない素材が良いものとされる。竹はそうした面で、非常に優秀な素材だったという。

その出会いのインパクトについて、成沢氏は「D7200を超えるものを作りたいと構想はしていましたが、竹という素材と出会えていなかったので、具体的にどのような音のヘッドフォンになるのか、我々自身イメージできていませんでした。しかし、竹との出会いによって、それが形にできると確信でき、D9200の開発が具体的にスタートしたわけです」と語る。

GPDエンジニアリングの成沢真弥技師

竹野氏は、竹の優れた面は音質だけではないという。「音質的にも優れていますが、製品に使う素材としては、“入手しやすいかどうか”、“工業製品の部品として安定的に入手できるか”も重要です。その点でも竹は優れていました」。

どんなに音が良くても、例えばワシントン条約に引っかかって輸入できないとか、数が少な過ぎて何台も作れず、目玉が飛び出るような値段になっては意味がない。ハイエンドヘッドフォンの世界ではそういう製品も無くはないが、究極のヘッドフォンを目指しつつも、できるだけリーズナブルな製品にしようというデノンのこだわりでもある。

だが、“竹がいい”からと言って、そこらへんに生えている竹でいいというわけではない。竹の中から選ばれたのは「孟宗竹」(もうそうちく)。しかも高知県産のものだ。

「孟宗竹は工芸品の他に、住宅のフロアなどにも使われています。木材は内部に水分があるので、温度が変わると膨張したり、収縮したりします。ハウジング素材として使う際には、寸法精度も要求されるので、含水率を調整し、物性として安定させる作業が必要です。その作業方法が最も確立していたのが孟宗竹の積層材だったのです」(竹野氏)。

具体的には、竹を“ラミナ”と呼ばれる平たい棒状に加工。その状態で含水率の調整や、防虫処理などを施し、何本も重ねて積層材とする。それを削ってヘッドフォンのハウジングにするわけだ。

竹を“ラミナ”と呼ばれる平たい棒状に加工したもの
ラミナを重ねて積層材を作る

そんな積層材の中でも、最高の物を求めてデノンが辿り着いたのが、高級車の竹製ハンドルなどを手がける高知の自動車部品メーカー「ミロクテクノウッド」(ミロク)だ。

「私が何度か四国へ赴き、協力をお願いしました。オーディオ機器を作られた経験は無かったため、ミロクさんも最初は戸惑われていましたが、とても挑戦心のあるメーカーさんで、社長さん自ら“やりましょう”と言っていただけました」(竹野氏)。

ミロクテクノウッドが育てる、高知県産「孟宗竹」
竹ラミナを積層する作業の様子

ミロクテクノウッドのこだわりもハンパではない。自社の竹林で栽培した孟宗竹の中から、ハウジングに適したものを厳選。条件は、芽が出てから三年以上経過し、なおかつ直径20cm以上、しかも肉厚なものを選んで切るという。なんと、専門の切り子(きりこ)さんは、切る前に肉厚かどうかが、わかるそうだ。

厳しい条件をクリアした、肉厚な孟宗竹が素材として使われる

積層材からハウジングの形にするまでも、手間がかかる。作業工程は9個もあり、CNCで機械的に削り出せるのは最初の2工程のみ。その後は熟練の職人による手加工だという。表面や裏面の細かな処理まで音質に影響するため、コストはかかるが、手は抜けない。

積層材からハウジングまで、これだけの工程を経る
CNCでの削りだしができるのは最初の2工程のみだ

「表面の仕上げにもこだわっています。最近では、プラスチックにフィルムを貼り、凹凸を作って“ウッドライク”にする手法もありますが、実際に手で触れると、すぐにプラスチックだとわかってしまいます。D9200では本物の竹を使っていますが、触った瞬間に“木だ”と思っていただける触感も追求しました。“うづくり”と呼ばれる、凹凸を出す仕上げをしています。これももちろん、職人さんによる手作業です」。

職人の手作業によって生み出される、孟宗竹ハウジング

言われてみれば、ヘッドフォンのハウジングは装着する際に、手で触れる部分だ。木の質感をしっかり出せば、触れたびに“ウッドハウジングのヘッドフォンを買った喜び”を実感できる。D9200は実売約195,000円と安価な製品ではないが、非常に手間がかかってるため「価格はギリギリ」だという。

ユニットの素材は驚異の1%刻み!?

竹ハウジングを使い、ヘッドフォンを試作。サウンドをチェックしたのは、AV Watchでもお馴染み、デノン サウンドマネージャの山内慎一氏だ。デノンの音の“門番”であり、山内氏が首を縦に振らないと製品は世に出ない。最終的なチェックをするだけでなく、開発段階から関わり、意見を開発部へとフィードバック。それを繰り返して製品の完成度を高めていく、デノンの音のキーマンだ。

サウンドマネージャの山内慎一氏

特に今回のD9200では、開発の初期段階から山内氏が参加。ハイエンドモデルとして“山内氏が理想とするサウンド”を追求した事が、大きな特徴だ。

「初めて竹ハウジングの試作機を聴いた時は、“拍子抜け”しました」と笑う山内氏。「素材には多かれ少なかれ、固有のキャラクターがあります。竹はオーディオとして使うものとしては、新しい素材ですので、何らかの癖があるだろうと予測していました。それに対策をしなければならないので、心配な部分もありました」と語る。

しかし、実際に聴いてみると「癖がほとんどなく、驚きました。試作機の段階でいきなり完成度が高い。ドライバなどが持っている音が、そのままストレートに出てくる、そんな印象を受けました」という。

D9200に採用されている50mm口径ユニット

ユニットもD9200向けに新開発された。50mmと大口径で、振動板の素材としてナノファイバーとパルプを混合しているのは、D7200のユニットと同じだ。D9200ではそこからさらに、改良が進められた。

「振動板の形状と素材が進化しました。高域をさらに伸ばすために、中央部分の傾斜の角度など、形状を変えています。ドイツの開発拠点にあるレーザードップラー測定器を使い、形状をシミュレートした上でユニットを試作。効果があるかどうかをテストします」(成沢氏)。

単にナノファイバーとパルプを混ぜればいいというものではない。その混合比によっても音が変わる。「例えばナノファイバー100%にすると、振動板が非常に軽く、硬くなりますが、音がややメタリックになってしまい、質感描写が今ひとつでした」(山内氏)。

最終的な混合比は企業秘密だが、D9200に最適な音の振動板になるまで、細かく比率を変えながら試行錯誤が繰り返えされた。試聴した山内氏が、成沢氏に比率をオーダーしてユニットを試作してもらい、それをヘッドフォンに組み込んで試聴、また比率を変えてユニットを作り……という、地道な作業だ。

成沢氏はその工程を振り返り、「試作ユニットも、すぐ出来るものではありませんので、かなり時間がかかりました。開始する前は、山内から、“混合率を10%プラスして”とか“20%マイナスにして“とか、10%刻みくらいでオーダーされるだろうなと思っていたのですが、実際は山内の方から“12%にして”とか1%刻みで依頼が来て、“まじか!? このまま1%刻みで試作するのか!?”と思いました(笑)」。

「試作といっても、1%刻みで100%まで、大量にユニットを作るわけにはいきません。ですので、10%でこの音、30%でこの音なら、たぶんこのあたりじゃないか……と、細かく予想しながらオーダーしました。結果的にはうまくいきました(笑)」(山内氏)。

こだわりの振動板を支えるエッジにも特徴がある。“フリーエッジ”と呼ばれる、非常に柔らかい素材を使うことで、振動板の動きを阻害せず、振動板全体を平行に動かせるようにしている。以下は、同じフリーエッジ仕様であるD7200のユニットを撮影した動画だが、高速かつ小刻みにユニットを動かすと、まるで振動板が空中に浮いているように見え、フリーエッジの効果がよくわかる。インピーダンスは24 Ω、感度は105dB/mW。再生周波数は5~56kHzと広帯域だ。

フリーエッジ・ナノファイバードライバーと、PETフィルムドライバの比較

密閉型ヘッドフォンなのに吸音材が入ってない!?

ユニットとハウジングが完成すれば出来上がり……ではない。そこから始まるのは、細かなチューニング作業だ。ヘッドフォンはシンプルな製品だからこそ、何かを少し変えるだけで、音が大きく変化する。「例えば、ユニットの裏に何を貼り付けるか、貼り付けないか、バッフルにどのような形の穴を、幾つ、どこに開けるか。穴を塞ぐ素材を紙にするか、ナイロンにするか……塞ぐ紙の厚さを変えても、音は変わります」(成沢氏)。

調整パラーメータの組み合わせは、途方もない数になる。それを細かく変えながら、山内氏が実現したい音に近づけていくわけだ。

ユニットをバッフルに取り付けたところ
バッフルの裏側。ユニットの周囲に細かな穴が空いており、その上に紙がかぶせられているのがわかる
ヘッドフォンに組み込んだところ。ユニットの周囲に細長いスリットがあるのがわかる。スリットが白い部分は紙で、その左の黒いスリットはナイロンが貼られている
イヤーパッドの素材や、パッド内の空気穴の開け方などによっても音は変化するという

「D9200では、とにかく“自分的に100%納得できるものを作りたい”と考えていました。音のゴールのイメージが最初から存在していたので、チューニング自体は比較的スムーズに進みました。目指した音は、Hi-Fiコンポで追求しているものと同じです」(山内氏)。

山内氏が理想とするサウンドは、これまでのインタビューでも紹介してきた通り、「ビビッドでスペーシャスな音」。言い換えるならば、出てくる音の勢いや広がりを、阻害したり、枠の中に閉じ込めるような要素が一切なく、空間にどこまでも広がり、その中に鮮烈でエネルギッシュ、エモーショナルな音が定位するようなサウンド……になるだろうか。単品コンポの2500NE、1600NE、800NEなど、山内氏が手掛けた機器を聴いた事がある人なら、その世界を体験した事があるだろう。

単品コンポの2500NEシリーズ

そんな“山内サウンド”をヘッドフォンで追求するための大胆な試みとして、D9200に吸音材が“入っていない”という。一般的な密閉型ヘッドフォンでは、ハウジング内の余分な響きをとるために吸音材を入れるが、まったく使っていないというのは驚きだ。さらにその“抜き方”も面白い。

「以前から“ヘッドフォンから吸音材を抜きたい”と考えてはいました。竹の音を聴いた時に“これなら吸音材無しでもいけるかもしれない”という予感はありました。しかし、チューニングは吸音材を入れてスタートしました。最初からいきなり抜いてしまうと、弊害が出る局面があるのです。チューニングが進んだ段階で、“あ、来たな!”というタイミングが訪れ、そこで抜く事ができました。かなりギリギリのタイミングでしたね」(山内氏)。

「意外に思われるかもしれませんが、タイミングは大切なのです。Hi-Fiのコンポでも、“このパーツは、このタイミングで投入するのが一番効果的”という瞬間があります。チューニングはなるべく最短で、スムーズに出来たほうが、仕上がった製品は良くなります。その面でも、タイミングが重要。料理と似ているかもしれません」(山内氏)。

 つまり、「吸音材を無くす」という挑戦をするにしても、最初から吸音材無しで作りはじめるのではなく、吸音材を入れ、今までの製品で培ったチューニングのノウハウを活用し、音質を高めていきながら、“今なら吸音材を抜いても大丈夫”という瞬間が来たら、無くす……というわけだ。

「家でオーディオの音を追い込む時もそうですよね。例えば、新しいケーブルを何本か買ってきて、全部いっぺんに変えると、今までの音と変わりすぎて何がなんだかわからなくなる。だから1本ずつ変えて、確かめながら理想の音に近づける……そんなテクニックと近いかもしれません」(山内氏)。

「チューニングの最終段階では、“張り物”にもトライしました。ドライバの背面に、ブチルゴムや、銅テープ、アルミプレートなどを貼り付けてみるというものです。いろいろ試しましたが、最終的には何も付けない事にしました」(成沢氏)。

「各パーツの“素の良さ”を活かしたのが、D9200と言えるかもしれない」と語る山内氏。「最終的にはシンプルな形になりましたが、そこにたどり着くまでには、ずいぶん時間がかかりました(笑)。D7200も、開発の段階から中に入ってやらせてもらいましたが、D9200はより早い段階から関与し、自分で調整できる範囲を広くしてもらいました。D7200の開発で培ったノウハウも蓄積していたのも大きいですね。開発が終わってみると、今までで一番思い残す事が無い、“やりきった”感じがD9200にはあります。こんなに清々しく開発が終われる製品は、なかなかありません」。

装着感も進化。D7200ユーザーの意見も取り入れながら、ヘッドパッドの形状を改良。快適性がアップしたという
ケーブルは左右両出しの着脱式、ヘッドフォン側のプラグは3.5mmモノラルミニ。シルバーコートのOFC線をつかったケーブルは3mで、3.5mmステレオミニケーブルと標準プラグケーブル同梱
シルバーコートOFCなので、プラグにはシルバーのリングをあしらっている。ヘッドフォン内部のケーブルも、様々な線材から吟味したという
高級モデルとしてシリアルナンバーも印されている

音を聴いてみる

D9200の音をチェックする前に、比較としてD7200を聴いてみよう。アメリカンウォールナットを使ったモデルだが、実はこのD7200も、「木の響きをふんだんに出して、木の音を色付けとして使ったヘッドフォン」ではなく、鳴きの少なさを追求したモデルだ。楽曲は「London Grammar/Hey Now」や「Hilary Hahnのアルバム「In 27 Pieces」、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団の「ショスタコーヴィチ : 交響曲 第9番 | ヴァイオリン協奏曲 第1番」などを使った。

聴いてみると、非常にシャープかつクリアなサウンド。広がる音の余韻に、木の響きはほとんど乗っておらず、広い空間に、音像がシャープに描かれる。非常に現代的なサウンドで、女性ボーカルの口の開閉が、口の中の湿度まで伝わってくるほど生々しい。

ぶっちゃけ「D7200で十分凄い」、「これより上って、どういう音になるんだ?」と思うが、D9200を装着して音が出た瞬間、広いと感じていたD7200の音場が、さらにファーっと広がり、もう何も制約が無くなる。まるでヘッドフォンのハウジングがパカッと外に開いて、どこかへ行ってしまい、ついでに部屋の壁までバタンと倒れてしまったような感覚だ。

インタビューで「竹固有の音は感じられない」と聞いていたが、どうしても竹というと、「パコーン」と割ったような響きを連想してしまい、「そんな色がついた音なのでは」と疑っていたが、まったく竹らしい音がしない。それどころかウッドハウジングっぽい音もまったくしない。開放型ヘッドフォンを聴いているような感覚とソックリだ。

いやむしろそれ以上だ。金属製のメッシュハウジングを使った開放型ヘッドフォンと比べても、金属の響きが乗らないため、より開放的に聴こえるくらいだ。それでいて、オーケストラの大太鼓が奏でる力強い低域は、音の嵐のように力強く迫って来る。この迫力は密閉型ヘッドフォンならではのものだ。

全ての音が生き生きとして、自由に、のびのびと飛び出してくる。その音が、空間の途中にある透明な壁にぶつかって跳ね返ったりしない。勢いよく飛び出し、どこまでも広がる。それでいて、音がメチャクチャに飛び出して音楽が崩壊したりはしない。音像は広い空間の中に、クリアに定位し揺るぎない。

吸音材を使っていないというのも頷ける。音を抑え込んだり、整えたり、制御するのではなく、むしろそうしたものから解き放ったような音だ。それが、音楽のエネルギーに撃ち抜かれるような押し出しの強さや、生々しさに繋がっているのだろう。

このサウンドは、山内氏が手掛けた単品コンポの2500NE、1600NE、800NEシリーズを聴いた時の感覚とまったく同じだ。同じ過ぎて笑ってしまうほど同じだ。逆に言えば、2500/1600/800NEシリーズを聴いた事のある人には、「あれのヘッドフォンバージョン」と言えば、そのままイメージが伝わりそうだ。

凄いのは、これだけ“むき出しサウンド”だと、音がキツく感じられそうなものだが、質感描写も豊かで、“カリカリシャープにしすぎた音”ではない事だ。ナノファイバーとパルプの混合率を、1桁までこだわって作ったというユニットの追い込みが効いているのだろう。強調や誇張は一切感じられず、極めて自然な音だ。

メイド・イン・ジャパン、福島県の白河オーディオワークスで作る理由

このD9200、デノンのAVアンプや、ハイエンドオーディオ機器を生産している、福島県のマザー工場・白河オーディオワークスで組み立てられている。この工場でヘッドフォンが作られるのは初めての試みだそうだ。

「D9200は、企画の段階から“メイド・イン・白河”にこだわりました。そのために、1年近く工場側で準備をし、ライン工程を用意し、調整や測定器も配備しました。各パーツを白河に集め、そこで組み上げます。白河で組み立てると、高い精度と品質が出せます。そこがメイド・イン・白河にこだわる理由です」(竹野氏)。

竹ハウジングを作るのは熟練の職人だが、D9200を組み立てるのもまた熟練の職人。それも、1人の女性だそうだ。「手作業が非常にうまく、技術的にハイレベルな女性が、専任として組み立てています。測定や調整、音のチェックも彼女が1人で行ない、個体差が無く、ばらつきが出ないようにこだわっています」(竹野氏)。

「彼女は開発の人間ではないのですが、先日“D9200の音の傾向が変わった”という報告が来て、“そんなハズはない!”と驚きました。ヘッドフォンの現物や、測定データを送ってもらい、こちらで測定してみると問題は無い。どういう事だと詳しく調べると、彼女が知らないあいだに、最後の試聴に使っているアンプにトラブルがあり、別のアンプに変わっていた事が判明しました。その変化もすぐにわかる人が組み立てをしている、そして、変化に気づいたらすぐに連絡がもらえ、対策がとれる。白河で組み立てて良かったと思えた出来事でした」(成沢氏)。

こうしたこだわりの末に生み出されたD9200。そのサウンドは、音のエネルギーをそのまま、自由に出しつつ、それでいて音楽的に聴かせるという、矛盾しそうな要素が両立されている。山内氏がこだわり、追求する音のテーマを、ヘッドフォンでそのまま再現したモデルと言っていい。つくづくオーディオには“作る人”が反映される。それがオーディオの面白いところだ。

かと言って、“山内氏の味”みたいな音色が付け加えられているのではない。音はクリアそのものであり、組み合わせるアンプやプレーヤーの実力を、怖いほどそのまま出せるヘッドフォンとも言える。

D9200を「ウッドハウジングヘッドフォン」にカテゴライズすると、どうしても「木の響きが美しい」とか「ホッとする温かみのあるサウンド」みたいなイメージをしがちだ。しかし、竹固有のキャラクターは無いに等しく、そうした先入観は気持ちよく裏切られる。むしろ、木だ、金属だ、密閉型だ、開放型だというカテゴリを越えた世界にいるような感じすらする。

「ウッドハウジングで良い音のヘッドフォンを作ろう」ではなく「素材はなんでもいいので、最高に自然な音のヘッドフォンを作ろう」と頑張ったら、「結果的に素材が竹になった」。その素材の良さを、シンプルに活かしたのがD9200と言える。価格的にちょっと手が出ないという人も、とにかく一度聴いてみて欲しい。きっと驚くはずだ。

(協力:デノン)

山崎健太郎