レビュー

あの“次世代デノンサウンド”がBTヘッドフォンで手軽に、NCも超強化「AH-GC30」

スマホからイヤフォンジャックが無くなりつつある昨今、より身近な存在になっているのがBluetoothヘッドフォンだ。1万円を切る低価格な製品も増えているが、屋外で使うものである以上、デザインや高級感にもこだわりたい。もちろん、高音質である事は必須。ノイズキャンセリング機能もちゃんとしたものが欲しい……そんな人に要注目な製品が、デノンから登場する。3月下旬発売の「AH-GC30」というモデルだ。

デノン「AH-GC30」

価格はオープンプライスで、実売は36,750円前後。価格帯としては、ソニーの人気モデル「WH-1000XM3」のライバルになりそうな製品だ。カラーはホワイトとブラック。特にホワイトは女性にも喜ばれそうなエレガントなデザインだ。

ホワイトモデルはエレガント

だがこのヘッドフォン、美しい見た目とは裏腹に、中身はかなり“ガチ”。ピュアオーディオに詳しい人は、ニヤリとする機種なのだ。ポイントは「フリーエッジ・ドライバー」と「山内サウンド」だ。

デジタルノイズキャンセリング方式に進化

細かい話の前に、基本的なスペックをおさらいしよう。Bluetoothのコーデックは、aptX、AAC、SBCに対応。さらに、デノンのヘッドフォンとして初めてaptX HDもサポートした。対応するスマホやポータブルプレーヤーと連携すれば、より高音質な再生が可能だ。

さらに、USBヘッドフォン機能も搭載。PCなどとUSBケーブルで接続すると、USB DACと認識され、充電しながら48kHz/16bitまでのデータを再生できる。外出先で、ノートPCにUSB接続しながら仕事をするといった使い方もイイだろう。

内蔵バッテリーで、NC機能とワイヤレス機能を使用した状態で20時間の連続再生が可能だ。通勤通学で1日1時間使う程度では、平日にバッテリー切れになる事はないだろう。充電時間は約2時間。なお、バッテリーが切れても付属のオーディオケーブルで有線接続できる。

注目はノイズキャンセリング(NC)機能の進化だ。前モデルのAH-GC20から全面的に刷新・強化されており、デジタルノイズキャンセリング方式になった。騒音を打ち消す逆相の音を発生させるのがNC機能の基本だが、その処理をデジタルで行なう事で、高精度でより細かなフィルター設定が可能になったそうだ。

側面にあるNCボタンでON/OFF、モード切り替えを行なう

騒音の集音にもこだわりがある。ハウジングの内側、外側にそれぞれ集音マイクを備えるフィードバック&フィードフォワード方式を採用。耳元と周囲、両方の騒音から逆位相の信号を生み出すので、高精度にノイズを打ち消せるというわけだ。

NCモードには「飛行機」「シティ」「オフィス」の3つがあり、周囲の状況に合わせて選択できる。右側のハウジングを2回タップすると「周囲音ミックス」機能がONになり、集音マイクで取り込んだ周囲の音を音楽にミックスする。駅のホームなどで、アナウンスを急いで聞きたい時に、ヘッドフォンを装着したまま、ハウジングを2回タップするだけで聞けるわけだ。

音質のキモ「フリーエッジ・ドライバー」

音質面で注目は40mm径の「フリーエッジ・ドライバー」を搭載している事。デノンのヘッドフォンに詳しい人はピンと来るだろう。これは、泣く子も黙る最上位モデル「AH-D9200」(195,000円)や、アメリカンウォールナットを使った「AH-D7200」(実売10万円前後)など、上位機種で採用されてきた技術。これを、実売約36,000円のAH-GC30に贅沢に投入したのがポイントだ。なお、フリーエッジ・ドライバーをNCヘッドフォンで搭載したのはこれが初めてだ。

フリーエッジ・ドライバー

百聞は一見にしかず、フリーエッジ・ドライバーの何が凄いのかは、この動画を見ればわかる。GC30のドライバーではなく、D7200のドライバを撮影したものだが、フリーエッジ機構自体はGC30と同じものだ。

フリーエッジ・ナノファイバードライバーと、PETフィルムドライバーの比較 -AV Watch

この動画は、ドライバーに100Hzの音を流して振動させた状態で、周波数をズラして発光するストロボを当てながら撮影したものだ。高速過ぎて肉眼ではよくわからないドライバーの動きが、光で間引かれたようになり、人間の眼でも確認しやすくなっている。

フリーエッジではない通常のドライバーは、振動板が振幅しているが、エッジ部分に引っ張られているような動きで、そこまでスムーズではなく、肺のような臓器や、生き物が脈動しているようにも見える。

フリーエッジのドライバーは、エッジと振動板が切り離されたように、振動板がスムーズに動いているのがわかる。まるでエッジが存在せず、下から水が湧き出ていて、その上に振動板が浮かんでいるようにも見える。

フリーエッジドライバーでは、エッジをとても柔らかい素材にする事で、振動板の動きを阻害しないようにしている。振動板が正確に、滑らかに振幅すれば、歪は生まれない。逆に、動きを邪魔されると歪が生まれ、音質が低下するというわけだ。これは音に大きく影響する部分であるため、GC30の音質にも期待が高まるところだ。

ただ、コストの面でD9200やD7200で使っているドライバーをそのまま搭載はできない。上位機は振動板にナノファイバーとパルプを混合したものを使っているが、GC30の振動板はカーボン/ペーパー・コンポジットの振動板だ。しかし、この素材も適度な内部損失と剛性があり、色付けのないサウンドが再生できるものだ。

さらに、振動板の前後の音圧バランスを調整し、音響特性を最適化する「アコースティックオプティマイザー」構造も採用している。

“山内サウンド”が屋外でも気軽に楽しめる

デノンはヘッドフォン・イヤフォンだけでなく、ハイエンドなピュアオーディオからAVアンプ、コンパクトなコンポまで、様々なオーディオ機器を手がけている。そうした製品の開発に参加し、サウンドをチェックし、“デノンの音”の方向性を決めているのが“サウンドマネージャー”だ。要するに、その人が「OK」と言わなければ製品は世に出ない“デノンの音の門番”と言えるのが山内慎一氏だ。

サウンドマネージャの山内慎一氏

山内氏がサウンドマネージャーに就任してから、4年以上が経過しているが、その間デノンの音は大きく変化した。“ビビッド”“スペーシャス”を合言葉に、単品コンポの2500NE、1600NEシリーズで、これまでのデノンサウンドの伝統を継承しつつも、進化した世界を披露。業界内やオーディオファンの間でも話題となった。昨年は10万円以下の「800NE」シリーズも投入し“山内サウンド”がより身近になっている。

私は実際に山内氏が製品開発で使っている試聴室で、これらデノン製品の音の進化を何度も体験してきたが、「オーディオって“作る人”によってここまで変わるのか」と鮮烈な体験をしてきた。

さらに山内氏は単品コンポだけでなく、ヘッドフォンの音の責任者でもあり、こだわりぬいた最上位ヘッドフォン「AH-D9200」や「AH-D7200」も完成させた。これらはまさに、単品コンポ+スピーカーで聴いた“山内サウンド”が、そのままヘッドフォンでも楽しめる製品だった。

そして今回の「AH-GC30」も、山内氏が手がけている。当然、音にも期待が高まるのだが、10万円、20万円の高級モデルではなく、GC30は3万円ちょっとのBluetooth+NCヘッドフォンだ。「さすがにBluetoothヘッドフォンであの音が出るのかな?」と半信半疑で装着してみたが、音を出した途端「あー!コレ、コレだ」と膝を叩きつつ、思わず口元がニヤけてしまう。

デノン「AH-GC30」

山内氏が「ビビッド&スペーシャス」と表現する音の世界を、自分で聴いたなりの言葉で表現すると「出てくる音に一切の制約が無く、のびのびと、気持ちよく、エネルギッシュに空間に飛び出す音」と感じる。山内氏の試聴室にお邪魔すると、まるでVR/MR映像を見ているかのように、リアルな音像が空間の様々な位置に明確に定位。音場はどこまでも広く、音が抑えつけられるような部分が一切ない。とにかく音の“出方”が生々しいのだ。

AH-GC30を聴くと、そうしたピュアオーディオコンポ+スピーカーで体験した気持ちよさが、ヘッドフォンでも味わえる。一昔前のBluetoothヘッドフォンは、音場が狭く、音の鮮度も低く、悪くいうと“息苦しくてモワモワした音”だった。GC30は完全にその真逆。気持ちよく音が遠くまで広がり、とても密閉型のBluetoothヘッドフォンとは思えない。低音のトランジェントも良く、DSDの「マイケル・ジャクソン/Thriller」のビートがキレキレで気持ちがいい。

音の鮮度も高く、「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best of love」を聴くと、アコースティックベースの弦のほぐれ方や、ボーカルの口の開閉に耳を傾けると、口の中の湿り気まで目に浮かぶようだ。この音場が広大かつ微細な描写には、前述のフリーエッジ・ドライバーが効いているのだろう。

試聴環境はAstell&Kernのハイレゾプレーヤー「A&ultima SP1000」、スマートフォンのGoogleの「Pixel 3 XL」を使用。コーデックはaptX HDを使用。NC機能はONにしている。ワイヤレスとはいえ、aptX HDで聴くと情報量は十分多く、弦楽器の細かなグラデーション描写にも大きな不満はない。

次に、SP1000とケーブルで接続。すると、Bluetooth機能は自動的にOFFになる。なお、付属のオーディオケーブルはリモコン搭載のものと、非搭載の2本を同梱している。

音の鮮度や情報量の面では、有線の方が無線よりも一枚上手だ。より細かな音の描写が楽しめる。ただ、ステージ方向に頭を突っ込んだような感覚で、音像がやや近くなる。Bluetooth接続の方が、ステージ全体を見渡せる視点で、音像の分離感や全体の構成もわかりやすい。確かに有線の利点はあるが、aptX HDであれば情報量に大きな不満はないので、無理に有線接続しなくても、常時Bluetooth接続で良いと個人的には感じる。

有線接続もできる

次に、NC機能のON/OFFで音がどう変化するかもチェックしよう。細かな話だが、ON/OFFで音が激変してしまう製品も多いからだ。結論から言うと、GC30はこの部分も良く出来ている。ON/OFFでまったく音が変わらないわけではないのだが、OFFの状態では低音が少し弱くなる程度で、解像感や音色の面でほとんど変化が無い。また、NCをONにしたからといって、音場が狭くなるような事もない。そのため、低音の迫力をしっかり味わうためにも、NC機能は常時ONで構わないだろう。

リモコン付きケーブルも

進化したNC機能や装着感もチェック

NC効果単体もチェックしよう。前述のように「飛行機」「シティ」「オフィス」の3モードを備えており、NCボタンを押す事で、周囲の状況に合わせて選択できる。

まずは静かなオフィスで「オフィス」モードを選択する。ヘッドフォンを外した状態で聞こえるのは、空調の「フォオオ……」という断続的な駆動音と、周囲の席でキーボードを叩く「カチャカチャ」、プリンターが動いた時の冷却ファンの「グォオオ……」という音だ。

NC機能をONにすると、これらが綺麗に消え、本当に静かな空間となる。完全に無音ではなく、キーボード・カチャカチャ音の、高い音の「チャ」だけ微かに残っているが、ほとんど気にならない静かさだ。集中力がUPするので仕事がはかどる。1時間ほどNC ONで装着した後、ヘッドフォンを外すと、「うわっ! エアコンとプリンターの音ってこんなにデカかったのか」と驚くほどだ。

街を歩きながら「シティ」を選ぶと、風の音や店舗の裏にあるエアコン室外機の音、道路を走る車の音が、ほとんど気にならなくなる。コンビニの袋をぶら下げて歩いていたが、それが太ももに当たる「ピシャピシャ」というビニールの高い音が少し残る程度だ。

そのまま、階段を降りて地下鉄へ。モードは「飛行機」を選ぶ。音が反響するホームに、電車が入ってくるとかなりの騒音だが、GC30を装着していると「キー」というレールの音と「コーッ」という小さな走行音が耳に入る程度。電車に乗り込み、走り出すと、「グォオオ」と車体の反響音に周囲が満たされるが、GC30を装着すると、それが大幅に低減されて快適だ。床下のモーターが「クォオオ」と加速する音が少し聞こえる程度。女性ボーカル+ピアノだけ、というような静かな楽曲が、うるさい地下鉄の中で楽しめるのはNCヘッドフォンならではの魅力と言える。NCヘッドフォンとしての実力はトップクラスだ。

右側のハウジングを2回タップすると「周囲音ミックス」機能がONになり、集音マイクで取り込んだ周囲の音を音楽にミックスする。駅のホームや電車内でアナウンスを聞く時に便利だ。操作方法も直感的なので忘れにくい。

もう1つ、使っていて便利と感じるのは、NC機能とBluetooth機能を個別にON/OFFできる事。つまり、Bluetoothの電源を入れていない状態で、NCだけをONにできる。喫茶店などで仕事に集中したい時に、音楽を聴かずに静かな環境だけ手に入れられるのは便利。長時間のフライトでも重宝しそうだ。

NC機能と言うと、逆相信号の精度など、電気的な部分ばかりに注目しがちだが、実はもっとシンプルな“遮音性”も見逃せないポイントだ。ヘッドフォンの頭部へのフィットがイマイチで、隙間が開いて騒音が流れ込んで来たら、どんなに高精度な逆相信号を再生しても意味がないからだ。

この点も、GC30は完成度が高い。耳の周囲を覆うアラウンドイヤータイプだが、隙間が空きやすい下側もイヤーパッドがピッタリと、まるで吸着したように固定される。側圧は強くなく、ソフトなレベルなのだが、安定性も高く、子供が駄々をこねるようなスピードで首を左右にブルブル振ってもズレない。

ハウジングはマットな仕上げで、アームなどには金属パーツが使われている。肌触りは柔らかい。金属部分は、ブラックモデルがシルバー、ホワイトモデルは落ち着いたゴールドカラー。特にホワイトモデルは他社になかなか無いカラーリングだ。どちらも手に取ると、シックだが高級感がある。“大人のヘッドフォン”という風格だ。

ホワイトモデルのアーム部分
ブラックモデルのアーム部分

ハウジングや金属部分も含め、マットな仕上げなのが気に入っている。金属パーツをそのまま使ったヘッドフォンは、高級感は凄いが、例えば電車の吊り革ヘッドフォンの上部が当たったり、満員電車で誰かのリュックの金具が「カチャ」とハウジングに当たった時などに、「うわっ!? 傷ついちゃったかな」と不安になる。対してGC30の表面は柔らかいマット仕上げなので、そこまで神経質にならずに使える。普段使いするには、見逃せないポイントだ。

ハウジングが平らにできるだけでなく、内側に曲げる事でコンパクトに収納できる

手軽なワイヤレスで、ピュアオーディオの音を

強力なライバルが存在する価格帯に登場するAH-GC30だが、音質、NC機能、質感や使い勝手の面で高いクオリティを実現しており、実力派の製品だ。特に、ワイドレンジでバランスが良く、トランジェントも良好、音場も広いサウンドは、ピュアオーディオライクな音作りで好感が持てる。

低音を過剰に膨らませたり、高域のエッジが立ちすぎるような事もなく、“Bluetoothヘッドフォンでもピュアな音”を楽しませてくれるヘッドフォンはなかなかない。

Bluetoothヘッドフォンの流行りと言えば、アプリと連携してイコライザで音を変えたり、NC機能を調整したり、サラウンドで再生したりといった機能を持つ機種も存在する。GC30にそのような機能は無いが、音質面でも、音の広がりでも、NC機能の効果でもとりたてて不満はなく、アプリ連携が無い点はあまりマイナスとは感じない。むしろ、ヘッドフォンを使うのにいちいちアプリを起動しなくていいのは、気軽で、プラス要素ではないかとも思う。

Bluetooth+NCヘッドフォンが、ヘッドフォンのスタンダードになりつつある昨今、老舗オーディオメーカーらしく、真面目に作り込み、音質、NC、使い勝手という基本的な性能を高めているのが、AH-GC30最大の魅力と言えるだろう。

(協力:デノン)

山崎健太郎