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高画質競争の主戦場は8Kへ? IFAで山之内正が見た次世代テレビの姿

見本市大国のドイツで、特に成長著しいのが毎年9月にベルリンで行なわれる家電見本市のIFAである。

映像・音響機器からIT、モバイル、生活家電まで、対象を広げて規模を拡大し、ビジネス客と一般客を合わせた来場者数は約24万人を数える。年末商戦に向けた新製品をいち早く展示することに加え、最先端技術や最新トレンドを体験する場としても重要な意味を持つ。

2019年のIFAで筆者の興味を引いた展示を2回に渡って紹介する。今回は映像編をお届けしよう。

サムスンからソニー、パナソニックまで。各社が提示した次世代テレビとは

かつてほどの勢いはないが、テレビはいまもIFAの重要な展示の一つだ。一部メーカーは主役級の扱いで、特に「8K」を前面に掲げたサムスンとLGの展示は規模が大きく、次世代テレビをめぐる主導権争いの様相を呈していた。この2社に比べると規模は小さいものの、シャープもやはり8Kテレビを前面に打ち出した展示を展開。業務用途を含む応用例を紹介しながら次世代ディスプレイとしてのポテンシャルをアピールした。

サムスン:AIを駆使したアップコンバート技術を8K QLEDで実演

サムスンの8Kテレビ関連の展示のなかで筆者の目を引いたのは、HDや4Kなど既存コンテンツの8Kアップコンバートの実例をオリジナル映像と比較した部分だ。

1,000万種類を超える映像素材の機械学習を用いたAIアップスケーリングの効果を検証することがテーマで、担当者は精細感だけでなく、コントラストの改善も力説していた。陰影の描写と色彩表現は確実に改善している半面、肝心のデモンストレーション映像は従来通りイベント向けの派手な色彩と高コントラスト志向が目立ち、8K映像ならではの長所を判別するのは難しかった。

サムスンブースはQLED 8Kテレビを前面に打ち出し、次世代ディスプレイであることを大々的にアピール

展示規模の大きさにおいては文句なしに強烈なインパクトを示していたが、それを支える画質面での説得力はいま一つ伝わらないというのが率直な印象。

物足りないと感じた最大の弱みは、前後方向の遠近感が伝わりにくいことで、残念ながらそこには昨年の展示からあまり大きな進歩は認められなかった。イベント会場での画質確認に限界があるのはたしかだが、コンテンツの選び方自体に課題があるように感じた。

サムスンのQLED 8K関連の展示では、4K放送の映像を8Kにアップスケーリングし、精細感とコントラストの改善を訴えていた
LG:8K/OLED「88Z9」を出展。QLED 8Kテレビよりも優位性あり

LGは8Kの88型OLEDディスプレイを出展。

今年は初の市販モデルとして「88Z9」を用意して一歩踏み込んだデモンストレーションを行なった。公開された映像は、昨年に比べると動画の比率が増え、色彩の鮮やかさとコントラスト性能の高さを印象付ける内容に進化を遂げていた。

LGの88Z9では極彩色のデモンストレーション映像を表示し、色彩の鮮やかさをアピール

8Kならではの精細感をアピールするために、今年はコントラスト性能を測る国際基準のIDMS(Information Display Measurements Standard)を比較するデモンストレーションを用意し、細部のコントラスト性能が既存の8Kディスプレイよりも優れている点を訴えていた。

この画質比較の手法は、人物のクローズアップなど、8K表示された画面の一部をカメラで拡大し、精細感とコントラストが両立していることを実証するというものだ。

画面の一部をカメラでクローズアップし、細部のコントラストを検証。カメラは上下左右に動き、唇や髪などのディテールを拡大する

その比較自体は非常にわかりやすいのだが、別掲の写真からも判る通り、88Z9に映し出された極彩色の8Kデモンストレーション映像はディテール表現よりも色彩の強調感が目立ってしまい、いまひとつ説得力に欠ける。ただし、サムスンのQLED 8Kテレビに比べると画面の明るさとコントラストに均質性があり、画質面での優位が感じられた。

一見するとかなり明るい映像に見えるが、絶対的な輝度は従来パネルとほぼ同様で、OLEDの標準的な範囲に収まっている。

比較用の他社製8Kディスプレイのクローズアップ。境界部分ににじみがあり、ディテールが甘い
88Z9のクローズアップ。隣接する画素間のにじみが少なく、細部のコントラストが優れている
シャープ:立体感に富んだ120型液晶の8Kディスプレイ。5Gスマホも

シャープは120型の8K液晶ディスプレイをブース入口の一等地に展示し、巨大画面ならではの説得力を来場者に印象付けた。至近距離で見られる展示方法だったたこともあり、画素のきめの細かさがよく伝わり、特に都市の俯瞰映像では立体感に富む表現を実現していたように思う。

その半面、画面サイズが大きいだけに輝度むらや視野角によるコントラストの変化も見えてしまうが、参考展示なのでそこまで求めるのは酷かもしれない。いずれにしてもスクリーンの領域と重なる120型というサイズは一般家庭向けにはやや非現実的か。一方、イベント会場や美術館など、パブリックな用途なら、消費電力や発熱などの課題さえクリアすればすぐにでも活用できそうだ。

シャープが展示した120型液晶ディスプレイの試作機。ディテール情報が豊富で、立体的な遠近感が優れている

ブース内では8Kに加えて5G対応のスマートフォンを参考展示した。IFA全体で見ると2画面スマートフォンに話題が集中していた感があるが、AQUOS R3をベースにした5G対応機は画質と使い勝手の両立を目指しており、期待が募る。

AIを応用した動画の自動編集など、日常的に使えそうなアプリケーションの展示も興味深かった。一方、5GやAIoT関連の展示にスペースを割り当てることで、8K映像の長所を伝える展示は昨年に比べて若干縮小してしまったのが残念だ。

シャープは8K+5Gをテーマに掲げ、日本市場への積極的な展開をアピール。手前がAQUOS R3をベースにした5G対応スマホのプロトタイプ

その他:ソニーの8Kは最良のクオリティ。パナソニックの“MEGACON”にも期待

これまで紹介してきた3社以外にもTCLやハイセンスなど複数のメーカーが8Kテレビに焦点を合わせた展示を行なっており、2019年は「8K」が重要なキーワードに加わったことを実感した。

その一方で、国内主要メーカーの一角を担うソニーとパナソニックは昨年と同様、8Kを前面に打ち出すのではなく、安定した支持を獲得しつつある4Kテレビに重点を置き、既存ラインナップの優位性をアピールしていた。

ソニーはCESで公開した8Kテレビ(Z9G)の映像をIFAでも公開したので、8K映像が生む未曾有のリアリティは多くの来場者の目に止まった。リオのカーニバルの映像など、8KとHDRの相乗効果が生む圧倒的なディテール再現と臨場感豊かなコントラストは、IFA会場で公開された8K映像のなかでは最良のクオリティを見せていたと言っていい。

85型と98型という画面サイズを導入できるユーザーは特に日本では限られてしまうので、より現実的なサイズと価格での展開も期待したいが、今回のIFAでは特に新しい情報は公表されなかった。

ソニーは8K液晶テレビのフラッグシップ「Z9G」の映像をIFAのブースで公開した。観客の表情までつぶさに確認できる

パナソニックは、国内発売済みのGZ2000シリーズを中心に4K OLEDテレビを中心に据えたテレビの展示を行なった。それとは別に「MEGACON」と銘打った55型の4Kディスプレイを出展し、映像も公開。

パナソニックブース前には、映画「ダークナイト」で使われたバットモービルを展示

2枚の液晶パネルを重ねることで100万対1のコントラスト比を実現したことが命名の由来で、マスターモニターなど業務用としての導入を想定している。複数のパネル間で輝度を緻密に制御するなど、いくつかの課題をクリアすれば明るさとコントラストを広い範囲で両立できるとされ、将来はホーム用の液晶テレビにも応用が可能だという。

ブースに用意された実機でデモンストレーション映像を見ると、特に明暗のレンジが広い映像でハイライト領域を伸びやかに再現していた。HDR映像に力強さを求める映像制作者にとっては、このコントラスト感は他では置き換えがたい魅力になる可能性がある。ブース内で行なわれた発表会にはハリウッドのスタジオからもゲストを招き、マスターモニターとしてのMEGACONの可能性をアピールした。

パナソニックは55型マスターモニター「MEGACON」を公開。高輝度部の表現に余裕があり、立体感が秀逸

総合的には4Kテレビの完成度高し。8Kの画質向上は良質な8Kコンテンツが鍵

8Kディスプレイへの対応はメーカーによって姿勢が異なるが、昨年に比べると一般来場者の間にも8Kの認知が進み、IFA全体で見ると、ある程度は次世代テレビへの期待を刺激する効果を発揮していた。

一方、少なくとも高画質テレビの動向を大きく決定付けるところまではその効果が及んでいるようには見えない。むしろ画質設計のポイントをどこに置くべきか、メーカーの設計者自身が試行錯誤を繰り返しているように感じられた。

解像感と遠近表現の両立、階調とコントラストのバランスなど、総合的な視点で見ると4Kテレビの方が完成度が高く、説得力のある映像を見せていることが印象に残る。

その最大の理由は、4Kで良質なコンテンツが急速に増えたことにありそうだ。8Kについても放送とストリーミングの両方で良質なコンテンツが供給されるようになれば、ディスプレイの進化も進むはずなので、今後の展開には期待がふくらむ。

山之内正

神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。