トピック

ソニー弩級パワードスピーカー「Z1」など、IFA注目オーディオを山之内正が聴いた

IFAのオーディオ関連の展示はハイエンドよりも“パーソナルオーディオ”の比重が高まっているが、その背景には、多くのブランドがドイツ国内での展示を毎年5月にミュンヘンで行なわれる「HIGH END」に集約していることがある。そのような状況下でも、ソニーやTechnics、ヤマハ、JBLなど、IFAへの出展を続けているメーカーも多く、またゼンハイザーなどドイツや欧州の多くのオーディオメーカーもIFAを重要な機会ととらえている。

前編ではビジュアル機器を中心にお届けしたが、今回はオーディオ編とし、会場で見かけた注目製品をレポートする。

パーソナルやモバイル関連の展示はむしろ増えているので、実際にIFA会場を回ってみると、従来よりもオーディオ関連展示のバリエーションが広がった印象を受けることだろう。

ゼンハイザーからソニーまで、最新ヘッドフォン&イヤフォンそろい踏み

ヘッドフォンやイヤフォンの展示はベルリンでも活況を呈し、初公開の製品が多数出揃った。

実際に音を聴いた製品のなかで筆者が注目したのは、ゼンハイザーの「MOMENTUM Wireless」の最新モデル、Technicsのインナーイヤフォン「EAH-TZ700」、オーディオテクニカの完全ワイヤレスイヤフォン「ATH-CK3TW」、ソニーのネックバンド型イヤフォン「WI-1000XM2」と新h.earシリーズなどだ。Technicsの「EAH-TZ700」は1,000ユーロを超える高級機だが、他はいずれも比較的購入しやすいミドルレンジの製品だ。以下、順番に紹介していこう。

ゼンハイザーの第3世代「MOMENTUM Wireless」

ゼンハイザーのMOMENTUM Wirelessは音楽再生中に違和感なくノイズキャンセリング機能を利用できることに重点を置いた設計で、自然な装着感と圧迫感のないサウンドに同社のポリシーが感じられる。

4万円台後半という価格から判断すると欧州でもヒットしたソニーのWH-1000Xシリーズがライバルになりそうだが、NC非搭載のヘッドフォンと音質傾向が近い本機を好むリスナーは少なくないと思う。装着した途端に静寂に包まれるという感覚ではないが、ノイジーな環境音を遮断する効果に不満はない。シンプルだが細部まで上質感をたたえた外装も好感触だった。

ゼンハイザーの「MOMENTUM Wireless」。同シリーズの第3世代に相当。しなやかなパッドが耳を包み込む
オーディオテクニカの完全ワイヤレスイヤフォン「ATH-CK3TW」

国内でも先日発表されたオーディオテクニカの「ATH-CK3TW」は、完全ワイヤレスとしてはエントリーグレードながらQualcomm TrueWireless Stereo Plusをサポートし、対応スマホと組み合わせたときの接続の安定性に不安がない。

「音の途切れにくさについては競合機に負けない自信がある」と開発者が語る通り、少なくとも会場内での試用では、安定した接続性を確認。フィールドでの検証が楽しみなモデルだ。再生音は厚めの中低音と、歯切れ良い高域のバランスが良い印象。

オーディオテクニカの「ATH-CK3TW」。電池駆動時間は本体6時間+ケースで4サイクルで計30時間に及ぶ
新開発ドライバーのTechnics最上位イヤフォン「EAH-TZ700」

パナソニックは、IFAで毎年Technicsブランドの複数の新製品や技術発表を行なってきた。

今年は同ブランドの新製品はイヤフォンとヘッドフォン1機種ずつという少し意外な内容で、アンプやスピーカーは登場しなかった(SACD/ネットワークプレーヤーの「SL-G700」は昨年のIFAでプロトタイプを公開済み)。

Hi-Fi製品として注目スべきは、インナーイヤフォンの「EAH-TZ700」だろう。

Technicsの「EAH-TZ700」。インナーイヤーイヤフォンのフラグシップ機で欧州の想定価格は1199ユーロ

ダイナミック型ドライバー1基で3Hz〜100kHzをカバーする超広帯域イヤフォンになっていて、アルミ振動板とPEEK製エッジを組み合わせたフリーエッジ構造の新開発ドライバーを採用する。

フリーエッジは独立した異種素材で振動板とエッジを組み合わせた構造のことで、スピーカーのドライバーユニットと同じ構造と考えればよい。磁気回路に磁性流体を充填して振動板の動きを制御したり、ドライバー背面の気流をコントロールするなど、スピーカーと共通する技術を積極的に導入していることが興味深い。

本体は非常にコンパクトだ。余分なものを削ぎ落とした外見は素っ気ないほどシンプルだが、再生音はその外見から想像できないほど表情が豊かで、ダイナミックレンジも広大だ。声や旋律楽器に付帯音が乗らず、音色は澄み切っている。音源に入っている情報をそのまま忠実に再現することで、演奏の勢いやエモーショナルな表情の豊かさも漏らさず引き出しているのだろう。パーカッションやベースの立ち上がりが緩まず、音の押し出しの強さも第一級。高域側にも歪みが少なく、アタックの複雑な波形を超高域まで忠実に再現していることをうかがわせた。

ケーブルのコネクタはMMCXを採用
数多くのモデルを揃えたソニー。注目は「H910N」「1000XM2」

ソニーのオーディオ関連の展示で最も新製品の数が多かったのがヘッドフォン、イヤフォンである。

h.earシリーズは、ワイヤレスヘッドフォン「WH-H910N/H810」、完全ワイヤレス「WF-H800」、ネックバンド型イヤフォン「WI-1000XM2」という構成で、この4機種のなかではH910Nと1000XM2がノイズキャンセリング機能を積む。

IFAのソニーブースですべて音を聴いたなかから、h.earシリーズの上位モデルWH-H910Nとネックバンド型WI-1000XM2に絞って紹介しよう。

H910NはH900Nの後継機種に相当する。イヤーパッドやヘッドバンドの形状が変わり、前作よりも装着時のフィット感が向上。ノイズキャンセリング機能を見直したことの相乗効果で、ノイズを遮断する性能は上位機種の「WH-1000XM3」に一歩近付いたように思う。

ウォークマンとLDACで接続して試聴した環境では高域側の周波数レンジに余裕が生まれ、声の滑らかさやギターやピアノの立ち上がりがより自然に感じられるなど、音質の進化も著しい。新しいカラー展開はバリエーションごとにイヤーパッドのテクスチャが異なり、選ぶ楽しみが増えた。

WH-H910Nなど新h.earシリーズのカラー展開の狙いなどを語る企画の柳田優穂氏

ノイズキャンセリングの性能向上という点ではWI-1000XM2の方がさらに一歩踏み込んでいる。にぎやかなブース内で体験したノイズ低減効果から判断して、航空機のなかなど、騒音の音圧が大きい環境でいっそう進化が実感できそうだ。

前作のWI-1000Xよりもさらに軽量化されていることもあり、オーバーヘッド型とは比較にならないほど装着感が軽く、長時間のフライトでもストレスを感じることはなさそう。スリムなケースに収納できる点も旅行に最適で、持ち運びの負担は最小限。荷物が多いときはWH-1000Xシリーズの代わりにこちらを選ぶという選択肢もある。

再生音は声や楽器が耳に張り付かず、ステレオ音場の自然な広がりが感じられた。低音も含めて特定の音域に強調がなく、旋律楽器だけでなくリズム楽器にも余分な付帯音が乗らない。

音質傾向から判断しても長時間使用に向いている。電池駆動時間は10時間にとどまるが、クイック充電でのリカバリーが優れているので実用上は問題ないはずだ。

設計の大橋篤人氏はWI-1000XM2のノイズキャンセリング性能の進化をアピール

7,000ユーロの超弩級パワードスピーカ「SA-Z1」。緻密な空間再現は必聴!

ソニーのオーディオ事業はこの数年ウォークマンやヘッドフォン、イヤフォンなどポータブルオーディオに軸足を置いて開発を進めているが、今年はそれに加えてホームオーディオの新製品を出展した。Signatureシリーズの新作、アンプ内蔵スピーカーの「SA-Z1」である。

ニアフィールドパワードスピーカー「SA-Z1」。トゥイーター3個、ウーファー2個をチャンネル当たり8基のハイブリッドアンプで駆動する

本機はデスクトップなど、近接リスニングに的を絞ったパワードスピーカーに分類される製品なのだが、アンプ内蔵の小型スピーカーというと、PC接続用の安価な製品を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、SA-Z1はそれらとは次元が異なるスピーカーで、アンプやユニットからキャビネットまで、すべてをハイエンドオーディオの基準で追い込んでいる。そして、欧州での想定価格はペア7,000ユーロ(約82万円)。こちらも桁違いだ。

二重ドアで防音性能を高めた専用試聴室に入ると、ブースの騒音から隔絶した静寂に包まれた。机の上、ノートPCの両脇に置かれたSA-Z1の正面に座る。スピーカーは手を伸ばせば届くほど近い。

ノートパソコンをUSBで接続し、ハイレゾ音源を再生

ムターが独奏ヴァイオリンを弾くジョン・ウィリアムズ作品のアルバムを聴く。ピンポイントで空中に定位する独奏ヴァイオリンを包み込むように余韻が左右とスピーカー背後に大きく広がり、ひとまわり大きな部屋で聴いているような錯覚に陥る。

普通の小型スピーカーと違うのは、楽器のステレオイメージが異様なほどにリアルなことと、耳のすぐ近くに届きそうなほど余韻が伸びやかに浸透することだ。ミュージシャンと空間を共有する感覚が半端ではなく、息遣いや体温が感じられる。

楽器が増えていくと、それぞれの音像がステージ上の別の位置に3次元に並ぶ。このリアルなステージ感はホールのように広大ではないが、デスクトップや部屋の容積よりはずっと大きい。

SA-Z1の再生音は既存のどのスピーカーとも異なるのだが、パッシブ型も含め、あえて近い製品を探すと、ELACの310シリーズが思い浮かぶ(最新機種は「BS-312」)。精度の高い音像定位と広大な音場が両立し、3次元の立体的な描写力がそなわる名機で、アルミを用いた高精度なキャビネットにも共通点がある。

一方、SA-Z1は310シリーズのようなブックシェルフ型ではなく、前方の密閉型エンクロージャー本体はキュービック形状で、ユニットの構成と配置にも独自の工夫がある。

緻密な空間再現を実現している理由を設計の加来氏に尋ねると、「3個のトゥイーターとウーファーを従来とは桁違いの高い精度で配置し、さらにデジタル処理で正確にタイムアライメントを揃えたことが重要」という答えが返ってきた。ちなみにアンプはデジタルとアナログのハイブリッド構成で、左右系16系統のアンプを駆使して各ユニットを独立駆動しているという。日本市場への導入も期待したい製品だ。

SA-Z1の特徴を紹介する設計の加来欣志氏。SS-AR1など多数のスピーカー設計を担当
タイムアライメント、DSDリマスタリングなどの信号処理はFPGAで行なう

山之内正

神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。