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デノン“最強エントリーAVアンプ”は本当に最強か、「AVR-X1800H」聴いてみた

デノン「AVR-X1800H」

AVアンプのエントリーモデルは一般的に、「元気のいい音」、「派手な音」になりがちだ。ホームシアターの醍醐味は、映画を臨場感たっぷりに味わう事で、アクション映画の爆発や、カーチェイスシーンのエンジン音がド派手に鳴り響くのは気持ちが良い。しかし、それだけではいずれ飽きてくる。濃い味が続くと、繊細な味の料理が欲しくなるのと似ている。

そんな“エントリーAVアンプのイメージ”を痛快なまでに破壊したのが、2021年に発売されたデノンの「AVR-X1700H」だ。

前モデルの「AVR-X1700H」

最大の特徴は、2015年にデノンの“音の門番”であるサウンドマスターに就任した山内慎一氏が、最終的な音のチューニングだけでなく、開発の初期段階からガッツリと関わった事。ピュアオーディオで新たなサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」を掲げ、デノンのサウンドを革新してきた山内氏が、ピュアオーディオ用アンプのつもりでガチに作り込んだAVアンプが、AVR-X1700Hだったのだ。

サウンドマスターの山内慎一氏

その音は「元気がよければいい」という従来のエントリーAVアンプのサウンドとまったく異なり、ピュアでハイスピードでエネルギッシュ。サラウンドでの再生はもちろん、2chでも広大な音場が広がり、「え、2chアンプもこれでいいんじゃない?」と思わせるクオリティだった。

そんなAVR-X1700Hに、後継機種が登場する。10月上旬に発売された「AVR-X1800H」(11万円)だ。7.2chアンプのエントリーであり、デノンいわく「デノン史上最高音質の最強エントリーAVアンプ」だそうだ。本当に最強なのか、聴いてみた。

便利になったポイント

AVR-X1700Hと同様に、AVR-X1800Hの開発においても初期段階から山内氏が関わっている。注目はやはり音質部分だが、それは後述するとして、まず機能面でAVR-X1700Hから何が進化したか? を簡単に振り返ろう。

オブジェクトオーディオのDolby Atmos、DTS:Xに対応。ステレオや5.1ch、7.1chソースを、Dolby SurroundやNeural Xを使って3Dサウンドへアップミックス再生したり、4K/8K放送で使用されている音声フォーマットのMPEG-4 AAC(ステレオ、5.1ch)のデコードも可能。HEOSのネットワーク音楽プレーヤー機能も内蔵するなど、AVアンプの基本的な機能は同じだ。

まず大きな進化点として、背面に電源供給用のUSB端子が搭載された。「何に使うの?」いう話だが、Fire TV StickなどのHDMI接続のメディアプレーヤーをAVアンプに接続した時に、そのプレーヤーに給電するためのUSB端子。つまりプレーヤー用に無駄にコンセントを占有しないわけだ。最近では映像・音楽配信を楽しむ人も増加しているので、これは便利だ。

さらに、X1800HはBluetoothで音楽を受信して鳴らせるだけでなく、X1800Hで再生しているサウンドをBluetoothで“送信”もできる。家族が寝ている夜に映画を楽しみたい時に、そのサウンドを手持ちのBluetoothヘッドフォンなどに飛ばせるわけだ。X1800Hではこの機能がさらに進化し、イヤフォン/ヘッドフォン側にボリュームコントロールを持たない相手であっても、X1800H側でボリューム調整が可能になった。

サウンド面での強化点

サウンド面の進化で最もインパクトがあるのが、HDMI入力の高音質化だろう。X1800Hは、HDMI入力を6系統、出力を1系統備えており、入力の3系統と出力の1系統が8K/60Hzと4K/120Hzをサポートしている。

このHDMI入力に、ジッター抑制機能を新たに搭載した。この機能でジッターを抑えてから、デジタルオーディオブロックへと伝送する事で、D/A変換の精度が向上したそうだ。

全てのHDMI入力に対して効果があるので、BDプレーヤーで映画を観ている時だけでなく、ゲーム機やFire TV Stickを楽しんでいる時も、より高音質で聴けるわけだ。

そしてここからが、山内氏の腕の見せ所。前モデルのX1700Hの開発時に、パーツメーカーとデノンが共同開発したパワートランジスタ―を、X1800Hにも引き続き搭載している。このトランジスターは、音を良くするために、内部のパターニングを変えるなど、こだわりぬいたものだ。

さらに、パワー、プリ、DACの各ブロックごとにグランドパターンを最適化し、信号ラインの出力インピーダンスを低減。ノイズを飛び込ませない回路設計になったという。

細かい部分の改良は無数にある。内部のワイヤリング、ビスの選定、緩衝材の見直し、電解コンデンサーの耐圧・容量なども変更したそうだ。X1700Hの時は「前モデルから70カ所の電子部品、30カ所の非電子部品を交換した」という話だったが、X1800Hでは「X1700Hからさらに60カ所の電子部品、15カ所の非電子部品を交換した」というから驚きだ。

他にも、信号経路の最短化を徹底するために、レイアウトをさらに改良。ハイインピーダンスなアナログ回路をトランスから極力離して配置するなどの工夫もしている。出力段のパワートランジスタのアイドリング電流量を増やす事で、高調波歪みを低減させ、小音量時に高域の素直な伸びを実現したそうだ。

こうしたこだわりを実現するために、カスタムボリュームIC、カスタムセレクターICを開発・搭載しているのも特徴。汎用のボリュームICを使うと、これらが一体型になっているのでレイアウトの自由度が減るほか、バッファ回路などの不要な回路も入っている。個別のICをあえて搭載する事で、自由度のアップと、よりストレートなサウンドを実現したわけだ。

ネットワークスタンバイ時の消費電力を2W以下まで下げているのも美点だ。エコモードはX1700Hにも搭載しており、X1800Hでも同様だが、X1800Hではエコモードが基本であり、リモコンからON/OFFボタンも無くなっている(メニュー画面からOFFにする事は可能)。エコモードに設定していても、AVアンプ側でシーンに応じて出力を自動で変えてくれるため、音への影響はほとんどないそうだ。電気代が気になる昨今、細かいけれど、大事な進化点だ。

音を聴いてみる

では、音の進化を聴いてみよう。組み合わせるフロントスピーカーは、フロントがB&Wの「702 S3」、リアが「704 S3」、サブウーファー「DB3D」、トップ2chの4.1.2ch環境だ(センターは不使用)。

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」のUHD BDから、ジェイク達が海に特化したメトケイナ族と、海中で泳ぐシーンを再生する。

バシャーン!! と海に飛び込む時の水しぶきの音の細かい。そして海中に入ると一気に静寂の世界が広がる。実際に海やプールに飛び込むのとそっくりな音なので、自分も海に飛び込んだ気分になる。

海中で驚くのは、海の“奥行き”だ。先程「静寂の世界」と書いたが、海中は無音ではなく「ンーコプコプ……」というような、“大量の水が波でうごめいている低い音”が絶えず響いている。その海中のサウンドが、X1800Hで聞くと「怖い」。

これは、水の音が広がる音場が圧倒的に広大で、なおかつ広がる空間に制約が無いためだ。「ここで音が終わっている」という壁が感じられないため、ずっと遠くまで海が続いているように聞こえる。いや、海なのだからずっと奥まで広がっているのは当たり前で、映像もそうなっているのだが、音でも「果てしなく広く深い」という事実を描写できているので、心細いような、自分が海に飲み込まれて帰れなくなるような恐怖を覚える。このナチュラルで、広大なサウンドが、エントリーのAVアンプで聴けるのは驚きだ。

「実際に海ってこんな感じでちょっと怖いよな」と思いながら聞いていたのだが、その海中サウンドの中にも細かな変化がある。メトケイナ族が泳いだり、「こっちに来なよ」みたいなジェスチャーを手でする時に、その手の動きで海水がかき混ぜられる「グォア、グォァ」という小さく、かすかな音まで細かく描写される。

“手を動かす”という僅かな音像の移動であっても、それがシャープに聴き取れて驚愕する。X1700Hでも精細なサウンドに驚かされたが、その特徴をさらにワンランクアップさせた音だ。HDMIのジッター抑制機能や、経路の最短化などの蓄積が、この鮮度のあるサウンドを実現したのだろう。

深い森の中に向けてヘリが飛び立つシーンでも、プロペラの音の細かさ、その風圧で巨木の葉がザァザァとゆすられる音が、高さも含めた広大な空間で描写される。サウンドのバランスも非常にニュートラルで、中低域だけ膨らむような事は一切ない。非常にピュアオーディオのサウンドに近いAVアンプだ。

懐かしの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」も観てみた。Dolby Atmosにサウンドがリマスターされ、クリアでリアルな音で名作を再び楽しめる。冒頭、お馴染みドクの部屋。時計の規則的な音が鳴り響く中、カメラがゆっくりと移動して、ピタゴラスイッチみたいな謎の機械が連携して動作し、朝食らしき何かを作り上げていくシーン。

時計の包囲感がしっかりと描かれながら、焼き過ぎたパンを吐き出すトースターの「ガシャン」という音や、愛犬アインシュタインの餌と思われる缶を機械が切って、中身が下に「ボチャッ」と落ちる音など、細かな音像がカメラの移動と共にキッチリと移動していくのが聞き取れる。

みんな大好き、巨大なアンプにエレキギターを接続し、マーティーが吹っ飛ぶシーン。炸裂する低音もトランジェント良く描写されるので、迫力があって痛快だ。懐かしさと色褪せない面白さでニヤニヤしてしまった。

X2800Hか、X1800Hか

試聴を通して感じるのは、「まったくエントリーAVアンプの音ではない」という事だ。AVアンプどころか、2chのピュアオーディオ用プリメインアンプとしても十二分に使えるサウンドに仕上がっている。X1700Hを聴いた時は「こんなの作っちゃったら、次はどうするんだろう?」と思っていたが、小細工無しで、X1700Hのサウンドをさらに進化させたのがX1800Hだった。

確かに「デノン史上最高音質の最強エントリーAVアンプ」を名乗るのは伊達ではない。

一方で気になるところもある。それは7.2chの上位機「AVR-X2800H」(121,000円)と、価格差が1万円ちょっとしかない事だ。X1700HとX1800Hの比較であれば、間違いなくX1800Hがオススメだが、X2800HとX1800Hどちらを選ぶかは悩ましい。

AVR-X2800H

開発されたのが新しいだけあり、情報量の豊かさ、鮮度の良さなどではX1800Hの方が上回っている面がある。要するに下剋上が起きている。ただ、X2800Hにも物量を投入した、低域の深さ、ドッシリ感といった上位機らしい良さがある。これはお店などで、どちらに魅力を感じるか聴き比べて欲しい。

AVR-X1800H