レビュー

エントリーAVアンプでピュアオーディオ!? デノン山内氏が手掛けた「X1700H」

7.2chのAVアンプ「AVR-X1700H」

デノンから、新しい7.2chのAVアンプ「AVR-X1700H」が発売される。Dolby Atmos、DTS:Xに対応するのは当然、4K/8K映像やHDMI 2.1の新機能にもバッチリ対応しつつ、77,000円と、そこまで高価ではない。ただ、ここまでなら「コスパの良いミドルクラスのAVアンプが登場した」というだけの話で、ぶっちゃけそこまでインパクトはない。だが、AVR-X1700Hには知る人ぞ知る超注目ポイントがある。それは、「サウンドマスター・山内慎一氏が、開発の初期から深く関わった初のAVアンプ」という側面だ。

サウンドマスター・山内慎一氏

山内氏と言えば、AV Watch読者にはもうお馴染みだろう。2015年にデノンの“音の門番”であるサウンドマスターに就任。新たなサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」を掲げ、従来のデノンサウンドを受け継ぎつつも、時にその殻を破るようなモデルを展開。

2500NE、1600NE、600NEシリーズなどの新時代「New Era」シリーズを手掛け、その集大成かつ究極形として次世代フラッグシップ「SX1 LIMITED」シリーズを発表。度肝を抜かれるサウンドクオリティでオーディオ界の話題をさらった。その後も、110周年記念モデルや、サウンドバーなのにピュアオーディオな音の「DHT-S216」、最近では完全ワイヤレスイヤフォンも手掛けるなど、様々なモデルを世に送り出している。

もちろん、就任してから現在までに、デノンのAVアンプはいくつも新製品が登場。そのサウンドも、山内氏がチェックし、チューニングして、太鼓判を押して発売されている。だが、今回のAVR-X1700Hは、それらとはちょっと違う。開発の、本当に初期の段階から山内氏がガッツリと関わり、要するに「AVアンプでもビビッド & スペーシャスなサウンドを追求しよう」とこだわりまくり、基本設計からチューニングまで、その思想が貫かれた初のAVアンプ……というわけだ。

こうなると、いったいどんな音のAVアンプになっているのか気になる。という事で、聴きに行ってみた。結論から言うと、「え、これ、もうミドルクラスまでの2chアンプっていらなくないですか?」というアンプがそこにあった。「いや、AVアンプ聴きに行ったのにお前は何を言ってるんだ」という話だが、マジでそんな感じなのだ。

10万円を切る価格で、最新規格への対応能力はトップクラス

新製品なのに、いきなりディープな話をはじめてしまったので、基本的なところをおさらいしよう。

AVR-X1700H

AVR-X1700Hには、最大出力175W(6Ω、1kHz、THD10%、1ch駆動)の7chディスクリート・パワーアンプが搭載されている。前述の通り、Dolby AtmosやDTS:Xのデコードができ、5.1.2のスピーカー配置まで対応できる。

7chディスクリート・パワーアンプを搭載

具体的には、2つのハイトスピーカーを接続でき、前方上に設置するフロントハイト、天井の前の方のトップフロント、真ん中のトップミドル、さらに天井に設置せずに反射を使うフロントDolby Atmos Enabled、サラウンドDolby Atmos Enabledから、自由に選択できる。

そんなに何個もスピーカーを設置できないという場合は、バーチャル3DサラウンドのDolby Atmos Height Virtualizer、DTS Virtual:Xという機能を使い、ハイトスピーカーやサラウンドスピーカーを設置していない環境でも、擬似的にイマーシブオーディオを再現できる。

映像面では、HDMI入力を6系統備し、UHD BDプレーヤーやゲーム機など、いろいろな機器を接続できる。注目は6入力の内、3系統は8K/60pと4K/120pまで対応している事。要するに、4K/8K放送にも対応できるほか、4K出力できるゲーム機でも、その映像をキッチリAVアンプでパススルーできるわけだ。

HDR映像にも対応し、HDR10、Dolby Vision、HLGに加え、HDR10+とDynamic HDRにも対応。HDMI 2.1の新機能である「ALLM(Auto Low Latency Mode)」、「VRR(Variable Refresh Rate)」、「QFT(Quick Frame Transport)」、「QMS(Quick Media Switching)」にも対応するなど、10万円を切るAVアンプでも、最新規格への対応能力はトップクラスだ。

背面端子部

また、この製品はAVアンプといいつつ、ネットワークオーディオープレーヤーでもある。「HEOS」という機能が搭載されており、流行りの音楽ストリーミングサービスやインターネットラジオを再生したり、LAN内のNASなどに保存したハイレゾファイルを、このAVアンプだけで再生できる。

ストリーミングサービスは、Amazon Music HDやAWA、Spotify、SoundCloudなどをサポート。要するに、これらのサービスを使っている人であれば、スマホのHEOSアプリをリモコン代わりにして、AVアンプ+スピーカーだけで、音楽配信を高音質で楽しめるというわけだ。

もちろん、AirPlay 2やBluetoothもサポートしているので、音楽配信サービスを使っていないという人でも、簡単にスマホ内の音楽をX1700H+スピーカーから再生できる。

前モデルとはもはや別物

AVR-X1700H

で、ここからが本題。音質についての部分だ。アンプとして、音質にとって最も重要なパーツの一つと言えるのがパワートランジスタだ。普通は、音質が良いとされるパーツを選んで採用するのだが、X1700Hはこの段階から既に普通と違う。

パワートランジスタを作っているパーツメーカーに交渉。出来上がっているトランジスタではなく、トランジスタの内部回路のパターン変更を要求。「もっと音像がシャープになるように」とか「フォーカス感や分解能による精度感が高くなるように」と、試行錯誤を行ない、スペシャルなパーツを共同開発。それを搭載している。

また、単に搭載するだけでなく、パワートランジスタへのアイドリング電流量をあえて増やしている。こうした方が、「小さな音の時の、高域の伸びがよくなり、歪も抑えられる」そうだ。

電源回路

さらに、アンプの“キモ”といえる電源部にも、カスタム仕様の大型EIコアトランスや、大容量10,000uFのカスタムコンデンサーを採用。その能力を最大限発揮するため、信号経路および電源供給ラインの最短化や、基板上のパターンを“太く”するなどの改良も行なっている。細かいポイントだが、“ビビッド & スペーシャス”なサウンドには欠かせない部分だ。

入力セレクター、ボリューム、出力セレクター、それぞれに特化したカスタムデバイスを採用

アンプの機能として大切な、セレクターやボリュームといった部分にも、おもしろいこだわりがある。御存知の通り、最近のICは複数の機能を1つに集約しており、そのICチップを1つ搭載すれば、様々な機能が追加できてしまう。

だが、X1700Hはお手軽な一体型ICをあえて採用せず、これまた半導体メーカーと共同開発した、入力セレクター、ボリューム、出力セレクター、それぞれ個別のカスタムデバイスを採用している。

なんでそんな面倒なことをするのか、その理由は先ほども記載した“信号経路の最短化”にある。一体型のICチップの場合は、様々な機能を集約しているがために、様々な信号の経路がそのICチップを経由しなくてはならない。要するに、経由するために無駄に信号経路が長くなる部分が発生するわけだ。

これが、個別の専用デバイスになっていると、「この機能はここで」、「この機能はここで」と、経路が最短になるよう、基板上に最適な配置で実装できる。また、個別の専用デバイスであれば、一体型ICに内蔵されている“X1700Hには不要な回路”を排除できる、という利点もある。

こうした、個別の専用デバイスを使って信号経路をシンプル&ストレートにする、音に悪影響がありそうな余分な回路や機能は極力排除する、といった作り方は、AVアンプというよりも、完全にピュアオーディオ用2chアンプの作り方だ。

搭載しているパーツも“単にスペックが良いものを選んでいる”というわけではない。例えば、電解コンデンサーの耐圧、容量なども従来モデルから変更しているのだが、その理由が面白い。「スペック的には耐圧が高い方が良いだろうと思われがちで、実際にその方が音のプレゼンスが増し、一見カッチリした音にしやすい傾向はあるのですが、単に上げても背伸びしすぎて失敗するケースもあるので、固定概念にとらわれず、最適なものを選んで仕上げました」(山内氏)。

こうしたこだわりは、ワイヤリングやビスの選定から緩衝材にまで及ぶ。しかも、部品を変えるだけでなく、ワイヤリング1つとっても「こう回すより、こっちから回した方が音がいい」など、各部でパーツの使いこなしまで試行錯誤する。その結果、なんと電子部品で70カ所、その他では30カ所もの変更が行なわれた。エントリーのAVアンプにも関わらず、「SX1 LIMITEDシリーズの時のような作り込みをした」というから驚きだ。こうなるともはや“前モデルから進化した製品”ではなく、“山内氏が手掛けた、まったく新しいAVアンプ”と言っていいだろう。

2chでもサラウンドかと勘違いする広大な音場

X1700Hがどんな音なのか。まず、アンプとしての素の実力を知るために、アナログ入力を使い、2chの音を聴いてみる。つまり、ピュアオーディオ用アンプとして聴いてみるわけだ。

比較用に、前モデルの「AVR-X1600H」を用意。「レベッカ・ピジョン/スパニッシュハーレム」を聴いてみる。

まずはX1600Hの音だが、実はこれも非常にクオリティが高い。中低域は、音の“出方”に勢いがあり、音像がこちらにグイグイとパワフルに迫る。高域の伸びもバツグンで、AVアンプで2chを聴いた時にありがちな、空間の狭さや、音が閉じこもるような感覚は感じられない。

一方で、特に低域のスピード感や分解能、全体的な音の“鮮度”という面では、価格相応かなという感覚もある。しかし、エントリーのAVアンプとしては、十分ハイクオリティと言える。

ではX1700Hに変えるとどうなるか。これがスゴイ、まず、音質がどうこうの前に「え、間違えてサラウンドで再生しちゃった?」と、思わずフロントディスプレイの表示を確認してしまう。それくらい音が水平方向にブワッと広がり、左右から包み込まれる感覚だ。クオリティの高い2chアンプであれば、マルチチャンネル再生にも迫れる包囲感が味わえるものだが、X1700HではAVアンプでありながら、ピュアオーディオ用アンプ並みのクオリティを持っている事がわかる。

水平方向だけでなく、「フォープレイ/Foreplay」のリバーブが消えていく様子が、奥の奥まで見える。音場の広さと、そこに響きが伝搬し、消えていく様子を描く精密さに思わずうなる。この空気感は、ピュアオーディオというか、ハイエンドオーディオの香りそのものだ。

広い空間に、ヴォーカルや楽器の音像が、踊りだすように伸び伸びと歌い上げる様子が見える。この、制約のない空間と、音像の動きの自由さ、そして音像1つ1つに宿るパワーの強さは、まさに山内氏が追求する“ビビッド & スペーシャス”そのものだ。

同時に、音のキレもスゴイ。特に中低域には、目の覚めるような切れ味の鋭さがある。スパニッシュハーレムの、グイグイと前にせり出すベースも、ゆるい音のカタマリではなく、弦の細かな描写もクッキリ見える低音が、ボディーブローのようにドスドスと重さをまとって吹き出してくる。

低価格なAVアンプでは、とりあえず音に迫力を出そうと、低域をボワッと膨らませる製品も存在するが、X1700Hはその真逆だ。低域に無理やり膨らませたような甘さは一切なく、奥まで見通せるシャープさがある。また、低音から高音までスピードが揃っており、音楽全体のキレの良さに繋がっている。

2chで聴いていると、「なんかもうこれで十分なのでは」という気すらしてくるが、マルチチャンネルも聴いてみよう。「ジョン・ウィリアムズ/ライヴ・イン・ウィーン」のBlu-rayから、「シンドラーのリスト」を再生。スピーカー環境は、フロアが5.2で、トップミドルを加えた5.2.2だ。

先ほど2chでも十分包み込まれるサラウンド感が味わえると書いたが、やはりマルチチャンネル再生になると、左右や後方からの情報量が増加。オーケストラが奏でる音楽の、響きが左右を超えて、自分の背後まで広がっていく様子がさらにリアルになり、同時に、上下方向の空間も拡大。高域の伸びやかな音を聴きながら、気持ち良くて思わず視線が上の方を見てしまう。

これだけスピーカーからの音離れが良く、広がり豊かでありながら、オーケストラの楽器の定位は明瞭で安定感がある。分解能が高いため、ストリングスの細かな音が重なる様子も、よく見える。

映画も見てみよう。「フォードvsフェラーリ」レースシーンの醍醐味は、まさに“咆哮”と呼べる荒々しいエンジン音だ。「グォオオオオーーー!!」と、猛烈な低音がスピーカーから飛び出してくるが、この音も非常に細かく、単に“低音が張り出している”のではなく、そのエンジン音の中にも細かな表情が見えるため、音を聴いているだけで“あー、いろんなパーツが物凄いスピードで動いていて、その音が全部組み合わさってエンジン音になっているんだな”というのがわかる。トランジェントの良さ、低域の端切れの良さが、こうしたサウンドを生み出しているのだろう。

また、そんな猛烈なエンジン音が充満しているシーンでも、レースカーの車体のどこかの部品が、地面の凸凹の振動を受けて「カタカタ、カタカタ」と音を立てているのがハッキリ聴こえる。これが非常にリアルで、“自分もレースカーに乗っている感”を倍増させてくれる。

AVアンプでもピュアオーディオが楽しめる

試聴後の感想は、「なんかもう、2chアンプもこれでいいんじゃない?」だ。いや、もっと高価な2chアンプを相手にすれば、X1700Hでは敵わない部分も出てくるのだろうと思うが、「ぶっちゃけ10万円以下の2chアンプを買うのであれば、X1700Hを買って2chで使ってもいいのでは」というのが正直なところだ。

約7万円のエントリーAVアンプから出る2chの音とは思えない。例えば「今は2chスピーカーしか持っていないけれど、いずれサラウンドスピーカーも追加しよう」と考えている人は、とりあえずX1700Hを買って2chで楽しみながら、サラウンドスピーカーのお金を貯めるというのも、大いにアリだろう。

前述の通り、2chでもこの空間表現やハイスピードなサウンドなので、マルチチャンネルの音もすごいのは、ある意味当たり前だ。サラウンドで味わう、ビビッド & スペーシャスの世界は、一聴の価値がある。

問題なのは、X1700Hを最初のAVアンプとして買った場合、そこからステップアップしようとした場合、かなり高価な製品を買わないと、満足できないのではという点だ。というか、「7万円台でこんなAVアンプを作ったら、上のモデル作る時にどうするの?」と思わず心配になってしまう。山内氏も「自分で自分の首をしめていますね」と苦笑いするが、消費者としては嬉しい限りだ。

いずれにせよ、X1700HはAVアンプなので、UHD BD/BDプレーヤー、レコーダーだけでなく、ゲーム機やパソコン、テレビなど、HDMI対応機器が増加した昨今、利用シーンは多く、コストパフォーマンスは非常に高いと言える。また、AVアンプではなく、2chアンプを買おうと思っていた人も、「これAVアンプでしょ?」と思わずに、一度試聴してみて欲しい。「AVアンプでもピュアオーディオが楽しめるんだ」と、驚くはずだ。

(協力:デノン)

山崎健太郎