小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

今年は「動画ゼロレーティング」に動きアリ

今年、個人的に特に注目したい動きとして「動画のゼロレーティング」がある。

ゼロレーティングとは、携帯電話事業における通信料の算定において、特定のサービスを「加算の対象から除外する」行為を指す。いわゆる使い放題サービスだが、すべての通信を使い放題にすると際限がないため、特定のサービスだけを使い放題化することで、通信の最適化と顧客満足度の向上を狙ったものといえる。ゼロレーティング自体は珍しいものではなく、日本でも「LINEモバイル」が、LINEでのコミュニケーションを使い放題にしている。

ゼロレーティングについてもっとも話題が盛り上がったのは、アメリカでT-Mobileが2015年11月、加入者全体に動画サービスを自動的にゼロレーティング化する「Binge On」をスタートさせてからだ。当初は対応サービスも少なかったが、すぐにYouTubeやNetflixなどの主要動画サービスすべてが対象となり、ユーザー獲得に大きな影響を与えた。アメリカ在住のジャーナリストで、友人でもある松村太郎氏も、T-Mobileの利用者。「YouTubeを見ることに躊躇しなくなって、生活が変わった印象がある」と、当時筆者に語っていた。

もちろん、からくりはある。Binge Onが適用されると、動画の画質はすべて480p以下に落ちる。高画質で見ようと思っても、スマホの上からは見れない。そうやって通信量の野放図な拡大を防いでいるわけだ。画質を上げるには、自ら申し込んでBinge Onをオフにする必要がある。

アメリカの大手は2016年になって、続々T-Mobileを追いかけた。Verizonは自らが運営する無料動画サービス「Go90」のうち、NBAの試合を中心にゼロレーティング化した。AT&TはケーブルTVサービス・DIRECTVのオンライン版である「DIRECTV NOW」をゼロレーティング化している。

日本にも動画ゼロレーティングを手がける流れはある。BIGLOBEは同社のMVNOサービスに「エンタメフリー・オプション」を用意し、月額480円の追加料金を支払うことで、特定の動画および音楽サービスをゼロレーティング化している。音楽サービスだけでいえば、LINEモバイルが「MUSIC+プラン」を、USEN傘下のU-mobileが「USEN MUSIC SIM」を展開している。

このゼロレーティング、法的な面や公正競争の面からは「問題がある」と言われてきたものでもある。

まず、特定のサービスだけが使い放題になると、使い放題ではないサービスの参入に著しく制限が加わる可能性が高い。また、特定のサービスだけ通信費が掛からないということは、携帯電話事業者側で「どのサービスを使っているかを把握する」ことにつながり「通信の秘匿」を厳密に言えば守れない、ということにもなりかねない。

こうした問題を総称して「通信の中立性」と呼び、アメリカでは2016年まで規制強化の流れがあった。だが先頃、連邦通信委員会(FCC)の新しい委員長となるAjit Pai氏が「これらのフリーデータプランは消費者、特に低所得のアメリカ人に人気があることが証明されており、通信市場での競争が激化している」と発言、ゼロレーティングを過度に問題視しない方針を示した。実質的にお墨付きが出たことで、アメリカではゼロレーティングを軸にしたサービス競争が活発になるのは間違いない。

もちろん、実際にはこれから議論が進むことではあるし、日本にそのまま適応できるものではない。とはいえ、日本でも個人のエンターテインメントとしてのスマホ向け動画はどんどん重要な存在になっており、「通信料金が意識的な障害になる」ことを、ビジネス上の難点と語る人々も増えている。そこでゼロレーティングなのか、パケット通信料の低コスト化なのか、手法は色々あるだろう。

だが、アメリカでゼロレーティングによる競争が起きれば、日本でも同様の議論は出てくる可能性はある。

NTTドコモの吉澤和弘社長は、2月8日に開かれたスポーツ動画配信「DAZN for docomo」発表の囲み取材の中で、「ゼロレーティングを含む通信プランの変更などは、今は予定していない」と語った。現状、ドコモは1カ月20GB以上の「大容量プラン」を推しており、そちらで吸収し、単価アップにつながれば……というところかも知れない。

日本では今年、特にスポーツ系の動画配信で色々な変化がありそうだ。「DAZN for docomo」はその一端であり、時を同じくして、ソフトバンクが提供している「スポナビライブ」も、価格改定を行ってドコモを追いかけている。

それらとゼロレーティング、もしくはパケット通信料金改定の関係は、しばらく注視しておく必要がある。それが、個人の映像消費について、間違いなく大きな影響を与えるからである。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2017年2月10日 Vol.115 <そら雪も降るでしょうよ号> 目次

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01 論壇【小寺】
学校のICT化はどこまで来たのか
02 余談【西田】
今年は「動画ゼロレーティング」に動きアリ
03 対談【西田】
BuzzFeed Japan・古田大輔編集長に聞く「信頼されるウェブメディアの作り方」(3)
04 過去記事【小寺】
東芝自社生産撤退に見る「テレビのゆくえ」
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41