2017年5月2日 08:00
この原稿を書いている現在、NABの会期3日目が終わり、こちらラスベガスは27日の0時を回ったあたりである。NAB取材は3年ぶりとなるが、CESには毎年来ているせいか、さほど浦島太郎感もなく取材できている。
読者の中にもNAB情報をチェックしている方がいらっしゃるかもしれないが、おそらく今年はパッとしない年、という印象を持たれているだろう。新しい機材がバーンと出てみんな大騒ぎ、という感じもなく、ほとんどがアップデートの話ばかりが目に付く年であった。
じゃあ現地は盛り上がらなかったかというと、そうでもない。新製品や新フォーマットに振り回されなくなったと言う意味では、今年は腰を据えて新しいことに取り組んでいこうという、割と地に足が付いた盛り上がりを見せていたのが印象的だ。
その中でも、想像以上にどのメーカーも確実にサポートを始めたのが、HDRと広色域への対応である。
日本と世界の温度差
日本は結構早いうちに、4Kテレビが普及した国だと思う。だから、とも言えるかもしれないが、コンシューマではHDRというものに対して、割と冷淡な印象がある。こないだ4Kテレビ買ったのにまた? みたいな間の悪さがあるのだ。
昨年の11月に行なわれた日本国内の放送機材展InterBEEでは、HDRよりも8Kのほうが目立っていた印象がある。高解像度の国際標準規格ITU-R BT.2020が先に決まり、それに向かって粛々と進んでいくのかな、という路線を感じさせた。
ところが今回NABに来てみると、そんな日本メーカーでさえも、HDR対応を積極的に打ち出してきている。HDRおよび高色域の規格は、ITU-R BT.2100といって、そのあとに決まった。どうも世界はそれに向かって一斉に走り出しているようだ。
ITU-R BT.2100は、BT.2020同様のHDRと高色域の定義がなされているが、解像度に関しては4Kだけでなく、HDのHDR・高色域規格も規定されている。つまり次世代の映像フォーマットの選択肢としては、4K・SDR+従来色域、4K・HDR+高色域のほか、HD・HDR+高色域という選択肢が追加されたわけだ。早い話が、「解像度はどっちでもいい、それよりHDRと高色域だ」という走り方になってきているのだ。
これまでのハードウェアでやれる
4Kが日本の放送業界でわーっと面白がられたのは、HDとの親和性である。要するにHDを4つ束ねれば4Kですよ、という単純な面白さがあったのだ。
HDR+高色域の世界も、それに似ている。カメラセンサーであるCMOSは、元々HDR+高色域に対応できるキャパシティを持っていた。だがそれを活かす規格がなかったので、これまでその部分は殺されていたわけである。サイドブレーキを引いたままのスポーツカーだ。
だがキャパシティが活かせる規格が登場したことで、各社とも一斉にサイドブレーキを外し始めた。それが、ファームウェアのアップデートにより、多くのカメラがHDR+高色域に対応できる秘密だ。だからHDRだ、高色域だといっても、新しいカメラが出てこないのだ。
これはディスプレイも同じである。プロ用モニターで使われているOLEDは、元々かなりのダイナミックレンジと高色域を持っている。したがってこちらもサイドブレーキを外すことで、HDR+高色域への対応ができる。
液晶モニターも事情はこれに近い。さすがに黒の沈みはOLEDには敵わないため、HDR対応とは完全に言い切れないが、色域に関してはかなり特性の良い部材を使っているため、こちらもファームアップで高色域には対応できる。
つまりBT2100化は、これまでの機材でやれるのだ。
後出しじゃんけん勝ちするEU
GrassValleyで面白い話を聞いた。同社は米国の放送機器メーカーだが、テレビカメラに関してはヨーロッパで開発している。以前PHILIPSの放送機器部門を買収した名残である。したがってGrassValleyのカメラを覗くとヨーロッパ事情が見えてくるわけだ。
ヨーロッパでは4Kの立ち後れが目立つ一方で、それを飛び越してHDRに対しての関心が強まっているという。したがって放送用カメラの新製品で、HDながらHDR対応モデルが登場するという事態になっている。
ヨーロッパは、かつてHD化の時もそうだった。HD化の波に乗り遅れる一方で、そこを飛び越して映像のノンリニア化(テープレス化)へと、1段飛ばしでジャンプアップした過去がある。HDR化に関しても、4Kをすっ飛ばして、HDのHDR化を先にやろうとしているのだ。
会場のあちこちで、HD HDRの映像が展示されていたが、そのインパクトはむしろ4Kを初めて見た時よりも大きい。24インチぐらいまでなら、もう4Kじゃなくてもいいと思える。
もちろん家庭用のテレビはもっと大きくなってしまったので、4Kじゃないと物足りない感じはあるかもしれないが、ニアフィールドモニター用、つまりスマホ・タブレットといったスクリーン向けには、HD HDRで十分だ。そしてその制作は、新しい機材を買うのではなく、各機材のファームアップで対応できる。
おそらくキーとなるのは、収録フォーマットでもあり、ディスプレイ規格でもあるHLG(ハイブリッドログガンマ)をどう上手く使うかであろう。元々HLGは日本で作られた規格だ。
ここからこの世界をどう育てていくか、日本メーカーの腕の見せ所である。