西田宗千佳のRandom Analysis
手書きタブレット「enchantMOON」製品版レビュー(縮小版)
“新しいコンピュータ”の課題と可能性
(2013/7/26 11:30)
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今回は、UEIのタブレット「enchantMOON」についての記事をまとめた西田氏の新刊「新しいコンピュータをつくる。enchantMOONの誕生」(7月23日発売)から製品レビューの縮小版をお届けします。
紆余曲折を経て、enchantMOONが出荷された。早速そのレビューをお届けしよう。試用したのは、製品版と同じハードウェアと7月7日に出荷された「Ver.1.0」のシステムソフトウェアを搭載したバージョンだ。ユビキタスエンターテインメント(UEI)が作り上げた製品は、結局どのようなものになったのだろうか。本記事では、7月7日初期出荷時にインストールされているシステムソフトウエアでテストした後、7月19日に公開された「Version 2.1.1」へアップデートした結果を踏まえ、追記を行なっている。
【告知】本記事は、「新しいコンピュータをつくる。enchantMOONの誕生」(西田宗千佳)の電子書籍発売に合わせて、第7章の「製品版enchantMOONレビュー コンピュータか文具か」の一部を省略し、再編集した“縮小版”となります。全長版は電子書籍にて提供しております。
堅牢で高級感のあるハードウェア
本書の中で述べてきたように、enchantMOONは、8インチの手書き対応センサー搭載ディスプレイを使ったタブレットだ。価格は39,800円。ハードウェアの形状は、昨年末からほとんど変わっていない。ハンドルのシルバー仕上げの部分はマットな感触になり、本体表面右にある電源ボタンは、通常時に青・充電時に赤で光るようになっているが、違いはその程度だ。マグネシウム合金の非常にカッチリしたボディで、価格以上に高級感がある、という感想は、ファーストインプレッションから変わらない。
特徴であるハンドル部分は、少々無駄に思えるほど堅牢だ。相当使い込んでもへたるとは思えない。スタンドのように使うこともできるし、もちろん持ち手にもなる。ただ、左右が完全に平行連動して動くわけではないので、斜めに傾くことがある。設置自由度やコストから判断してのことかと思うが、筆者の好みとしては、常に左右が連動し、平行を保った形で動く方がいい。
コネクタは、基本的に底面に集中している。AC電源用とPC接続用だ。AC電源はかなり簡素なもので、コネクタも細め。PC接続用コネクタは、iPhone 4Sまで使われていた30ピンのDockコネクタに近いものである(形はそっくりだが、ピン配列は全く異なるので、Dockコネクタ製品は絶対に差し込んではいけない)。
PCとはUSBで接続することになるが、PCからは「USBストレージ」に見える。本体内部には16GBのmicroSDカードが搭載されていて、OSやデータの蓄積に使われている。PCから見えるのはこの中身である。交換も不可能ではないだろうが、UEIとしてはサポート外であるし、その方法も公開されていない。スクリーンショットや各種データなどは、PC経由で簡単に取り出せる。その気があれば、各種アプリケーションや「シール」の実装に使われているJavaScriptを直接書き換えることもできるだろう。
なお、USBで接続した場合にも、本体に充電は行なわれる。ACアダプタを持ち歩くのが面倒な場合には、ケーブルの方でなんとかすることもできそうだ。
わかっていても戸惑う「No UI」
おそらくほとんどの人は、enchantMOONを起動した瞬間、「へ?」と思うだろう。本書で述べてきたように「No UI」が特徴なのだが、あまりに「どうすればいいのか」がわからないからだ。
とはいえこれは、セットアップが終わった試用機であるから、という事情がある。実際に買った場合には、プロセスはちょっと違う。初回起動時には、チュートリアルを兼ねたセッティングが始まるため、「これはペンで書いて操作する機器なのだ」「そこでの書き方はこのような感じだ」という点を把握することができるようになっている。
とはいうものの、各種設定からデータの閲覧まで、いったいどうすればいいやら、戸惑うのは間違いないだろう。荒野に放り出された感覚に近い。
そこで最初に覚えるべきことを2つ指示しておきたい。それは、「指三本で横にスワイプするとキャンセル、もしくはAndroidでいうところのバックボタン的動作になる」こと、「指で丸を描いて、その中にペンで『help』と書くと、ヘルプ機能が現れること」だ。ここでの記述はかなり充実しており、読んでみると色々役に立つ。
この点はUEI側も問題と考えていたのか、7月19日に行なわれたアップデートにて、基本的なチュートリアルが追加された他、オンラインヘルプの内容も拡充された。今後入手する人は、電源投入時にまず、このチュートリアルを体験することになるだろう。
なお、アップデートは本体を無線LANでネットワークに接続して行なう。「アップデートには数時間かかる」と警告が表示されるが、実際には30分もかからなかった。とはいえ、バッテリーが50%以上充電されていないとアップデートできないし、電源をつないだ状態でアップデートするよう推奨もされている。
そうしてなんとなく「これはこういう流儀のUIなのだ」とわかってくると、最初の違和感はだいぶ払拭されるはずだ。搭載されている機能はシンプルなものばかりで、複雑な操作はない。「指が操作でペンが入力」というルールがわかってみればシンプルな作り、というのが、No UIの特徴でもある。
とはいえ、指とペンの使い分けがいまだなじみきっていないのも事実だ。コマンド入力を示す「丸」を、指でなくペンで描いてしまうことが少なくない。急いでいるときに、左手でやるべきことを間違って右手でやってしまった、的な感覚である。
書き味良好、ウェブなどの機能は「おまけ」的
enchantMOONの一番肝心な機能は、やはり「手書き」だろう。手書きメモの書き心地は、正直かなりいい。遅延がない、というわけではない。正確に言えば、記録はほとんど遅延していないが、描線にはごくわずかな遅延は見られる、というところだろうか。
enchantMOONの初期のデモでは、表示にも記述にも、ほとんど遅延がなかった。現状は、機能実装が進んだ結果重くなり、表示にごくわずかな遅延が出ている。だが、描線が「思ったように描けない」ことは少ない。殴り書きしても十分ついてくる。堅いガラスの面を堅いペンでひっかくため、カチカチと音がするし、紙に比べると滑りすぎる。だが、各種ペンソリューションに比べ、書き心地の面で劣っている、とは思わない。
書き心地は、ペンというよりは「すごく濃いが線が細く、固い鉛筆」に近い。筆圧も検知されているので、線の抜きの表現もやわらかい。描線を消す場合には、ペンの下ボタンを押しながら描く。この辺、ペンタブレット系でよくあるように、「ペンのおしりにあるボタン」でできればわかりやすいのだが。ペンまでオリジナルで作るわけにはいかないがゆえの制約だろう。
7月19日のアップデートにて、「消しゴム」の挙動は大きく変わった。これまでは、消す範囲が狭かったため、広い範囲を消すのが面倒だったのだが、アップデート後には、「素早くペンを動かして消した時は広い範囲で」、「ゆっくりペンを動かした時は狭く、しかも半透明に消える」ように変わった。これで、消す際の挙動はかなり快適になった。
ページ一杯に描いたら、画面上を指で、右から左にスワイプすると「新規ページ」が現れる。この時間は、1秒あるかないか。どんどん紙のページをめくってメモしていく感覚で使って問題ない。
これまでに書いたページを表示する場合には、二本の指で「ピンチ」する。そうすると、各ページのサムネイルが表示される。ここは、ページ量や動作状況によって重くなることがあった。最短では2、3秒だが、時には5秒以上かかることもあった。7月19日のアップデートにて若干の速度アップが図られ、不意に遅くなる現象もかなり減っており、問題は改善の方向にある。
見たいページを呼び出す時には、そのページをタップ。ここで内部からドロー形式で記録されたデータを呼び出して表示しているためか、たくさんの描線があるページほど呼び出しが遅くなる。文字中心ならほとんど一瞬だが、ペンでガリガリと細かな描線のある絵を描いた場合には、ちょっと長くなる時もあるようだ。デモを見た範囲では、1ページに「正」の字を1,500文字以上書くような、ストレステスト的な文書では(動作が)固まりそうになっていたものの、常識的な範囲のデータ量ならば、待てないほどの時間にはならないだろう。
通常、ページ同士は単に蓄積されているだけだが、その中の「文字」は裏で認識されている。検索したい文字を書き(すでに書かれた文字でもいい)、指で丸く囲み、現れるメニューから「検索」ができる。「Note」だと書かれたページの中から探すし、「Web」なら、それを検索キーワードとしてウェブから情報を探す。URLを直接入力してのウェブ表示や、ブックマークなどの機能はない。「そういう機器ではない」という扱いなのだろう。ネット検索は、正直動作がかなり遅い。フォントが美しく、相当に見やすいのだが、今時ウェブ表示がここまで遅い機械というのも、なかなかみかけない。マシンパワーの不足を感じるし、そこにはまったく注力していないのだな、という印象も受ける。
本質は「シール」にあり、準備する面白さのある文具
(中略)
【告知】本記事は、「新しいコンピュータをつくる。enchantMOONの誕生」(西田宗千佳)の電子書籍発売にあわせ、第7章「製品版enchantMOONレビュー コンピュータか文具か」を再編集した“縮小版”となります。全長版は電子書籍にて提供しております
問題は「遅さ」だが、独自の価値アリ
もちろん、enchantMOONには欠点も山ほどある。
最大の欠点は、MOONBlockやシールの呼び出し、検索のためのメニュー呼び出しといった動作がとても遅いことだ。出荷版のソフトウェアになり、MOONBlock起動速度も、初回を除けば5秒程度まで短くはなった。だが、まだ不可解な重さがあるし、止まっているのか動いているのか、よくわからなくなることもある。7月19日のアップデートで挙動には改善が見られたが、より継続的なチューニングが必要だと感じる。
ペンの書き味は悪くないし、ページをめくってどんどん書く感覚も気持ちいいが、それ以外の先進的な部分がまだまだ荒削り、というか皮を剥いだだけの丸太並のプロダクト……というのが、筆者の感想だ。
他方で、今後の可能性も高いものと感じるのも事実である。それは、「プログラミングができるのに手触りは文房具」という、新しい価値の持つ面白さだ。
パソコンやタブレットは「もはや文具」と言われるが、プログラミング性をそぎ取り、ツールとしての価値を高めている。結果、プログラマにとってのパソコンと、普通の人にとってのパソコンは、すでに別のものといってもいい。
電子文具の多くは、ある機能に特化することで成立しており、プログラミング性はもちろんない。そう言う意味では、すでにコンピュータ的でなく「道具的」だ。
だがenchantMOONは、荒削りであるがゆえに「コンピュータ的」でありながら「文具性」を持っている。このユニークさは、他にない。
UEIがこの製品を「広く一般に売れるもの」にするには、もっともっと「研ぎ澄ます」ことが必要だ。その中には、ハードの進化によってカバーできる部分も非常に多い。このまま、プロセッサがクアッドコアになり、メインメモリの量が4倍になれば、「遅さ」に起因する問題のほとんどは解決されるはず。そしてそれは、所詮コストの問題でしかない。UIの中で不整合な部分を解消し、必須の機能をもう一度見直すことが、UEIにとって本当に必要なこととなる。
でもその時、カットした「角材」でなく、いまの良さを残した「きれいな柱」になれるかどうか。筆者が期待したいのはそこにある。
「新しいコンピュータをつくる。enchantMOONの誕生」
著者:西田宗千佳
価格:500円+税(8月末まで)、700円+税(9月以降)
ソフトウェアベンチャーであるUEIが、突如ハードウェアに参入、大きな話題を呼んだタブレットデバイス「enchantMOON」。“新しいコンピュータ”を掲げ、ペン操作を中心に据えた特異なインターフェイスを採用。ハードウェアを作る前に、映画関係者を集めてプロモーションビデオでコンセプトを提示するなど、独自の展開でも注目を集めた。
「開発の背景となる思想性」、「NO UIと呼ぶ革新的なインターフェイスの誕生の秘密」、「ビジュアルプログラミングへのこだわり」、「今、ソフトウェアベンチャーがハードウェアを手がける理由とは?」 --発表前から製品出荷までを継続して取材。そこには卓越したコンセプトの提案や、ソフトウェアベンチャーの強みを活かしたハードウェア開発の新しいかたちが、確かに存在していた。しかし、同時にハードウェアビジネスを初めて手がけるがゆえの大きな苦難も待ち受けていた……
enchantMOONの誕生ストーリーから見えてくる、いま、ハードウェアを作るとはなにか。そして、新しいコンピュータを作るとはなにか。
【目次】
01.はじめに
02.UEIが仕掛ける「enchantMOON」の正体 目指すは「新しいコンピュータ」
03.iPadでもAndroidでもない! enchantMOON開発に秘められたもの
04.enchantMOONとScratch 2.0から見えた「教育とプログラミング」の未来
05.39,800円で予約開始! enchantMOONから見る「小規模製造」の理想と現実
06.「ハード」と「ソフト」「コンテンツ」の非対称性
07.製品版enchantMOONレビュー「コンピュータか文具か」
08.ソフトウェアベンチャーがハードウェアを作るということ
【販売サイト】
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新しいコンピュータをつくる enchantMOONの誕生 |
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