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アルミ+漆塗で音が激変、クリプトンの小型ハイレゾスピーカー「KS-9Multi U」

 クリプトンは、ハイレゾ対応のUSB DDCやデジタルアンプを搭載した小型スピーカー「KS-9Multi」をベースとしながら、筐体の表面に漆の伝統工芸“会津塗”を施し、音を進化させた「KS-9Multi U」を6月21日に発売する。価格は398,000円。生産台数限定モデルで、ファーストロットは50セットだが、50台限定というわけではない。限定した販売店、およびクリプトンのオンラインストアで販売する。

“会津塗”を施し、音を進化させた「KS-9Multi U」

 ベースとなるのは、2016年10月から発売している「KS-9Multi」。2ウェイユニット搭載の小型スピーカーで、DDCとデジタルアンプをエンクロージャ内に搭載。USB B、光デジタル、アナログ音声(ステレオミニ)、HDMIの4系統入力を備え、PCやポータブルプレーヤー、Blu-rayプレーヤーなどと直接接続。コンパクトかつシンプルなハイレゾスピーカー環境を構築できる。再生フォーマットはPCM 192kHz/24bit、DSD 2.8MHz、MQAのデコードもサポートしている。

ベースとなる「KS-9Multi」

 基本的な仕様はこの「KS-9Multi」と同じだが、「KS-9Multi U」ではエンクロージャの表面に漆塗りを施している。「KS-9Multi」のエンクロージャは、堅牢さを追求し、アルミ押し出し材を使っている。剛性を高めるために、厚さを8mmとしているが、それでもアルミは音速伝搬が速く、“鳴き”がある。そこで、内部ロスが大きい樹脂の漆を塗装する事で、金属表面の音速を低くし、鳴きを抑えながら艶のある再生を実現したという。

 最大の特徴は、アルミの筐体に漆塗りを施しているところ。クリプトンはこれまでも、木製エンクロージャのスピーカーに漆塗りを施したモデルは手がけているが、木ではなく、アルミにそのまま漆を塗ると、すぐにひび割れたり、剥がれたりしてしまうという。

 そこで、会津にある漆塗の工業試験場に協力を依頼、アルミエンクロージャに下地としてプライマーを塗り、その上から漆塗を何層かに渡って施している。その漆塗の方法も、試行錯誤の結果、ある程度の量産が可能な手法を実現したという。漆の色は深みのある“赤玉虫色”で、会津で塗っているため“会津塗”となる。

左が「KS-9Multi」、右が「KS-9Multi」のアルミエンクロージャのみの部分
KS-9Multiの漆表面。奥深い色になっている

 オーディオ事業部長の渡邉勝氏はその効果として、「スピーカーのエンクロージャは、表面の音速が速いので、表面の素材の音が出る。アルミは鳴きが少ない素材だが、それでも“鳴き”はある。そこで漆を塗る事で、鳴きを抑え込む形になり、音は大きく変化する。木製エンクロージャーに漆を塗っても効果があるが、“変化の大きさ”としては金属の方が大きい事が今回わかった。また、透明度の高い漆を重ね塗りをしており、カーブを描いたエンクロージャであるため、層で光が乱反射し、デザイン的にも高級感が出る」と説明した。

 サランネットも刷新。吸音性が少なく、ジャージとくらべて高域を吸いにくい絹を素材として採用。着物の帯を手がける京都の老舗・誉田屋源兵衛が手がけた、西陣絹織で、音の透過率にこだわったという。

西陣絹織のサランネット
サランネットを取り付けたところ
オーディオ事業部長の渡邉勝氏

4つのフルデジタルアンプでユニットを個別駆動

 XMOSを用いたDDC回路構成で、MQAフォーマットにはこのXMOSを使って対応。DSDの再生はFPGAを使っている。

 アンプはフルデジタルのバイアンプ構成で、出力は40W×4(低域用×2、高域用×2)。DDC回路とデジタルアンプを直結しており、変換ロスを抑え、ハイレゾ音源の良さを活かして再生可能という。

背面。HDMI入力も備えている

 スピーカーユニットはデンマーク製で、60kHzの高域までサポートする30mmのリング型振動板のツイータと、84mm径のウーファを搭載。

 スピーカーベースとネオフェードカーボンマトリックス3層材のインシュレータも同梱。背面は、内部は折り曲げたダクト(フォールデッドダクト)を用いたチューンドバスレフ方式で、小型ながら豊かな低域再生が行なえるという。周波数特性は60Hz~60kHz。クロスオーバー周波数は3.5kHz。

 ディスプレイは備えていないが、フロントにLEDを複数搭載、その光の色と数で再生しているハイレゾデータが判別可能。外形寸法と重量は130×170×200mm(幅×奥行き×高さ)、左が約2.9kg、右が約3kg。リモコンも付属する。

スピーカーベースとネオフェードカーボンマトリックス3層材のインシュレータ

音を聴いてみる

 KS-9Multiのアルミエンクロージャを指で叩くと「カンカン」というような音がする。しかし、KS-9Multi Uのエンクロージャは「コツコツ」という感じで、響きが抑えられているように感じる。

 実際に音を出すと、この傾向が再生音にも当てはまる。ヴァイオリンの高音が、KS-9Multiでは硬質で、耳に痛いと感じる部分があるが、KS-9Multi Uに切り替えると、そうした“キツイ”部分がキレイに消え、金属臭くない、非常にナチュラルな音になる。かといって、高域がなまったり、こもったりする事はなく、抜けのいい爽やかな音でありつつ、同時に漆の艶やかさというか、色気のようなものを感じる。ある意味、外観通りの高級感のあるサウンドだ。

音を聴き比べる

 高域だけではない。女性ヴォーカルで聴き比べると、中低域の響きが、KS-9Multiは膨らみがちで、迫力はあるものの、音像の輪郭はややボワッとしてしまうのに対し、KS-9Multi Uは余分な響きが抑えられ、低域の中の描写がよりシャープになる。同時に、音像全体のSN比も良くなり、音が広がる様子がより深くまで見通せ、立体感がアップする。

 個人的に興味深かったのは、“漆を塗っても、その下がアルミのエンクロージャである事がわかる”点だ。例えば、木のエンクロージャを採用したスピーカーで、表面に漆を塗ったものと、そうでないものを比較すると、漆を塗った方が強度がアップし、余分な木の響きを抑えたシャープな音になりがちだ。ある意味で「塗った下地の素材の音を覆う」ような効果があるので、「アルミの筐体でも、漆を塗ると、アルミの音が全て消えてしまうのでは?」と予想しながら聴いたのだが、良い意味でそうはならない。

 前述の通り、“金属臭さ”が無くなり、非常にナチュラルな音に激変しているのだが、注意深く聴くと、その中にもアルミっぽい爽やかさというか、軽やかさのようなものが感じられる。これは木製エンクロージャーに漆を塗ったスピーカーでは得られない、この製品の特徴と言えるだろう。

 変更点は“漆を塗った”だけではあるが、音の“変化の大きさ”は、まったく違うスピーカーを聴いているのではと思えるほどに違う。スピーカー自体の音の特徴を抑える事で、ハイレゾの情報量の多さや、描写の細かさがよりわかりやすいサウンドに進化したと言っていいだろう。

ストラディヴァリウスを奏でるヴァイオリニストも気に入った音

 渡邉氏によれば、ストラディヴァリウスを演奏するヴァイオリニスト・千住真理子さんに、同じようにKS-9Multiと、KS-9Multi Uの聴き比べをしてもらったところ、「赤いモデル(KS-9Multi U)の方が、ストラディヴァリの音がする」と言って、気に入ってもらえたという。

 渡邉氏は、「千住さんの父親は物理学者だそうで、そのお父さんが“ストラディヴァリの塗装の中には漆が使われている”とおっしゃっていたそうです。ストラディヴァリの音がどうして良いのか、研究が進んでいますが、お父さんの言うとおり漆が入っていたら、その効果もあるかもしれない」と語った。

 なお、クリプトンは既報の通り、ハイレゾ音楽配信サービスの「クリプトン HQM STORE」を、7月31日をもって終了すると発表している。濱田正久社長はこれについて、「(サービスを開始した'09年頃は)ハイレゾがオーディオ業界から注目される前で、ハイレゾが認められるようにと、配信サービスと製品の両輪で進んで来た。4年ほど前に、ハイレゾが認められるような雰囲気が出始め、そうしたムードを作る事には貢献できたと考えている。DRM無しでの配信なども含め、流れを作れたと考えている。我々の役目は誰もやっていない事に挑戦し、“初速をつける”もので、他のプレーヤーが増えて、どのサービスでも同じような曲が買えるようになると、ペースメーカーのような我々の役目は終わったのかなと考えた」という。

 一方で、「かといって消極的になったわけではなく、新しい競技を見つけるようなもので、オーディオの業界でもっと面白い事を見つけ、そこで磨きをかけていこうと考えている。また、過去のアーカイブを高音質化するHQM GREENや、DSDの配信、MQAのエンコード処理など、様々な技術は持っている。新しい作品がハイレゾでどんどん登場し、そのエネルギーが製作者側に戻るシステムは必要。こうした技術を活用しながら、(配信サービスとは違った形で)貢献もしていきたい」と語った。

濱田正久社長