「技研公開2010」。スーパーハイビジョン対応を加速
-ネイティブSHVカメラ開発。58型/4Kプラズマも展示
日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2010」を5月27日から30日まで実施する。入場は無料。テーマは「技研80年さらなる未来へ」。公開に先立って25日、放送関係者向けの先行公開が行なわれた。
NHK放送技術研究所 久保田所長 |
報道向けの会見で、久保田啓一所長は、「NHK技研は80周年を迎えることができた。多くの人の支援の賜物で、公開としては通算64回目なる。昨年は37項目だった展示も、今年は44項目に増やすこともできた」と説明。NHKの技術研究については、「5、10、20年の課題をバランスよく研究することが重要」とし、各テーマについて解説した。
5年後のテーマは「放送と通信の融合」。「わたしは『2年後』でもいいと思うが、この要素技術については長い間研究してきた。我々の技術を統合し、テレビとしてどんなものができるのか。展示で『ハイブリッドキャスト』として示していますので、皆さんに意見を伺いたい」とした。
今後10年のテーマはスーパーハイビジョン。「ようやく、本来の高解像度が実現できるカメラができた。そのカメラも展示してあるのでぜひご覧いただきたい。『進化したSHV』で、研究所のフラッグシップ。『2020年に21GHz帯を使って試験放送をする』という大目標を立てました。どういうステップを踏んでやるを示していく」とした。
20年間のテーマは、立体テレビ。「3Dがブームになっているが、技研ではメガネをかけないタイプでやっている。これはかなりハードルの高い技術なので、20年の研究テーマ。去年に比べて格段に画質向上している」と語った。
■ ネイティブSHV記録が可能な新カメラを開発
スーパーハイビジョンの今後のロードマップ |
NHK技研が今後10年のテーマとして掲げる「スーパーハイビジョン(SHV)」。NHK技研の入り口にはロードマップを提示しており、2020年には試験放送を開始する予定。
会場では、例年通りに「スーパーハイビジョンシアター」を設置。解像度7,680×4,320ドット、フレームレート60Hzの映像に、22.2chのサラウンドを加えた高臨場感システムを、例年通り450インチのシアターで体験できる。
コンテンツは、オリンピックのNHK交響楽団や五輪のフィギュアスケート、2009年末の紅白歌合戦などを用意。ビクターによるフル解像度の1.75インチ/7,680×4,320ドットパネルを用いたプロジェクタを採用し、フルSHV投射を行なっている。
スーパーハイビジョンシアター | 東京マラソンやフィギュアスケートなどの映像でデモ |
2009紅白歌合戦の映像もSHVで観ることができる |
これらの映像は、従来のSHVカメラで撮影していたものだが、それらは画素ずらし方式でSHV解像度を実現していた。今回、3,300万画素CMOSの3板式カメラを新開発し、“フルSHV撮影”を可能にした新型カメラで撮影したSHV映像も初披露した。砧近郊の自然や子供たちを集めた映像で、その画質をアピールしている。
新型SHVカメラで撮影した砧周辺の映像 |
新開発のスーパーハイビジョン・フル解像度カメラシステム |
新開発のカメラは、3,300万画素の撮像素子3枚を使い、R、G、Bの3原色すべてにおいてSHVのフル解像度のSHV映像が撮影できるのが特徴。従来は、800万画素の撮像素子を4枚使った画素ずらし方式だったが、新カメラでは各色でフルSHVの記録が可能になる。
レンズも新設計のものを採用するとともに、レンズの倍率色収差補正機能も装備。レンズのズームや絞り、フォーカスに対応するリアルタイム色収差補正を追加することで解像感を高めている。
また、新開発の光波長多重伝送装置をカメラヘッドに内蔵。約74Gbpsのフル解像度の映像信号を、ハイビジョンカメラ用ケーブル1本でカメラコントロールユニットまで送れるようになった。カメラ部はヘッドが45kg、レンズが20kgまで軽量化。消費電力も300Wまで低減した。
SHVの撮影ではビューファインダの解像度ではピントの合焦範囲がわかりにくいという問題もあった。そのため、従来は8Kディスプレイでピントを確認しながら撮影していたという。今回新たに合焦範囲が確認できる補助信号を付加。ピントが合っている部分を緑色で示す、新しいフォーカス調整補助機能を追加し、撮影者にかかる負担を低減しているという。
撮影イメージ | フォーカス調整補助機能を追加。実際のデモを見てみると、ビューファインダ上はピントがあっているように見えても、SHVのディスプレイで見るとぼけていることが多い。この機能によりカメラマンだけでフォーカス確認が可能になる | 撮影画像は4枚の4Kパネルを使ったSHVディスプレイに表示 |
■ SHVにむけて58型の4K プラズマも開発。SHVでは色域も拡張へ
パナソニックと共同開発した58型/3,840×2,160ドットプラズマディスプレイ |
また、SHVに向けた準備として、超大型高精細プラズマディスプレイも開発。今回は58型の4K/2Kディスプレイを展示している。解像度は3,840×2,160ドット。
NHK技研では、SHV用ディスプレイの一般家庭展開に向け、「100型でSHV解像度」を目標とし研究開発を続けている。昨年の展示機は、103型で3,840×2,160ドット(ドットピッチ0.55mm)だったが、今年は解像度は同一ながら58型まで小型化。ドットピッチが0.33mmとなり、さらなる高精細化が図られた。展示では、最新カメラで撮影したSHV映像を1/4に切り出して表示し、その画質をアピールしている。
このパネルはパナソニックとの共同開発で実現。放電シミュレーションによるキセノン(Xe)ガス混合量に対する発光効率の解析や、明るさや画像表示の安定性などの解析を総合的に評価し、ガス条件最適化を図ることで、高精細化を可能としたという。また、パナソニックの生産技術の進化も大きな要因としている。
スーパーハイビジョンの映像方式やマルチチャンネル音響などは、国際標準規格に向けた審議をITU-R(国際電気通信連合 無線通信部門)にて進めている。加えて、色域についても新しい表色系をITUにおいて提案しているという。
色度図におけるRGBのそれぞれの範囲を既存のHDVT規格(ITU-R BT.709)から大幅に拡張。HDTVだけでなくAdobe RGBやデジタルシネマ(SMPTE RP431-2)などの色域を全て含み、実在する表面色データベースであるポインターカラーの包含率は99.9%以上になるという。今回の技研公開では三菱電機のレーザー光源採用DLPリアプロジェクションテレビを使って、広い色域表現の可能性を訴求している。
SHVでは色域拡張をITUに提案 | 三菱のDLPレーザープロジェクタで、広色域化による色の違いを訴求 |
SHVのMPEG-4 AVC/H.264リアルタイムエンコード/デコードにも対応 |
SHV映像を空間分割して8つのハードウェアエンコーダで並列処理し、リアルタイムエンコードするデモも実施。符号化はMPEG-4 AVC/H.264 High Profileを利用する。新たに60pでのエンコードを実現(従来は30pに変換)したことで、毎秒60フレームのSHV映像を時間分割することなく処理可能としたほか、画素ずらし(Dual Green方式)で記録したSHV映像特有の映像信号のずれを補正する処理を導入。これにより、劣化を抑制したエンコードを可能にしたという。
また、地上デジタル放送でSHVを受信するための技術も開発中。超多値OFDM技術と偏波MIMO技術を用いて、従来の1チャンネル分の帯域で4チャンネルの伝送を実現可能とするという。
いずれも伝送容量を拡大するための技術だが、受像機側の対応が必要になること、垂直/水平の偏波を受信するためアンテナも専用のものが必要になるなど、すぐに地上波放送で導入することは難しい。ただし、今後10数年後のSHV本格化などに向けた効率的な伝送方式として研究を進めているという。
CATV向けのSHV伝送技術も開発。256QAMの偏重方式を用い、146MbpsのSHV放送とHD放送をCATV向けの同軸ケーブルで同時に流すというもの。SHV映像は4つに分割し、それぞれを6MHzの周波数帯域幅を持つ256QAMで伝送。それを家庭内の端末で復調し、合成。1つのSHV番組と、1つのHD番組として受信可能とする。
地上デジタルの1ch分の帯域で、4chのHD映像を伝送 | 超多値OFDM技術と偏波MIMO技術を使った地上放送効率化の概要 | SHVのCATV伝送技術 |
■ 家庭向けのSHV音響技術も
SHV用の家庭向け音響システムを開発 |
また、SHVの「22.2マルチチャンネル音響」を家庭で利用可能にするための新再生方式を開発した。通常の、22.2マルチチャンネル音響システムは、上層に9チャンネル、中層に10チャンネル、下層に3チャンネルの3層に配したスピーカーと、2チャンネルの低域効果(LFE)スピーカーを利用する。
ただし、家庭に24個のスピーカーを設置することは非現実的なため、8.1chと3.1chで22.2chシステム相当の音響を実現する方式を提案している。
3.1chシステムは、フロントの3つのスピーカーと、1つのLFEだけを利用。左右の耳の位置までの音の伝播特性を計算し、本来の音の聞こえ方を再現するものとなる。22.2chの音声を頭部伝達関数を用いて、3.1chに落とし込む点にNHK独自のノウハウが集約されているという。
8.1chシステムは、8つのスピーカーと1つのLFEを利用。スピーカーの位置情報を用いて、聞く位置での大きさ方向や到達方向を保ったままダウンミックス。22.2ch相当の音響を家庭内で体験可能とする。
家庭用の3.1ch SHV音響システム | 家庭用の8.1ch SHV音響システム |
また、22.2マルチチャンネル音響制作のための三次元音響ミキシングシステムを開発。1,000個を超える音素材をミキシングでき、それぞれの音素材の聞こえる方向を、前後、左右、上下の好きな位置に設置可能。これにより効率的に22.2chコンテンツを制作できるとしている。
16chの同時収録が可能なマイクも開発。マイクを束ねるだけでなく、各マイクの間を遮蔽板で仕切ることで指向性を確保。4kHz以上でほぼ一定の指向性を有しており、広がりある集音が可能という。
三次元音響ミキシングシステム | SHV向けの16ch集音マイク |
こうした家庭内のマルチスピーカー用途に向け、高分子膜を用いた軽量スピーカーも開発した。電場駆動型エラストマーを振動板に採用し、2枚の振動板を張り合わせ、互いに逆方向に伸縮させるプッシュプル方式により音を作り出す。単一ユニットで80Hz~15kHzまでの周波数再生が可能という。
振動板が超薄型のため、駆動電圧も低く、また自由な形状に成型できる点も特徴。今回のユニットは16cm径だが、40~50cm径のユニットや三角形、四角形のユニットも実現可能としている。ただし、コンデンサスピーカーのような直流電圧駆動となるため、専用のアンプなどの対応が必要となるという。
高分子膜を使った軽量スピーカー | 2枚のエラストマーを振動板に採用 | 四角形などのユニットも実現可能 |
(2010年 5月 25日)
[AV Watch編集部 臼田勤哉]