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ハイレゾで脳の活性化も!? 音楽制作と脳科学の視点で知る「ハイレゾ音楽塾」
(2015/7/31 09:35)
オーディオ機器やコンテンツで対応が進みつつある“ハイレゾ音楽”について、音楽制作や脳科学の視点から探るというユニークなイベント「ハイレゾ音楽塾」が、7月30日に東京・八重洲のGibson Brands Showroom Tokyoで行なわれた。
'04年~'13年に提供されていた音楽配信サービス「エニーミュージック」と、日本経済新聞の協力により実現に至ったイベント。エニーミュージックは、ソニーやヤマハ、シャープ、オンキヨーなどが協力して音楽配信を行なっていたが、役目を終えた現在は、この枠組みをハイレゾのプロモーションに活かすため活動している。
'14年12月には、日経新聞本紙においてハイレゾに関する広告を展開。その内容は、エニーミュージックのサイトにも掲載されているが、最新のオーディオ機器などをフィーチャーするのではなく、自然の風景や、使い込まれた録音機材などの写真とともに、ハイレゾに対する考え方が表明された意見広告のような内容になっている。このプロモーションの第2弾として企画されたのが今回のイベント。定員70名に対し、600名の応募があったという。会場には立ち見の人も出る盛況ぶりだった。
イベントは3部構成となっており、ビクタースタジオのサウンドプロデューサー、高田英男氏による「ハイレゾで伝える音楽感動」、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第七部部長の本田学氏による「身近になるハイパーソニック・エフェクト」と、パネルディスカッションが行なわれた。CDよりも多くの情報量が収められた高解像度な音源であるハイレゾを、音楽制作や脳科学の視点から探ることで、「人と音の関係について改めて考える場」として位置付けているという。
ハイレゾが音楽制作に与えた影響とは? サックスの生音とハイレゾの聴き比べも
1969年に日本ビクターに入社以来、レコーディングエンジニアとして数々の作品を手掛け、現在はサウンドプロデューサーとして活動しているビクタースタジオの高田英男氏が、制作現場にハイレゾが与えた影響などを、様々な音源を紹介しながら解説した。
高田氏は、音作りの前提として、アーティストやエンジニアらの「思い」や「こだわり」が原点となっており、「音への誠意がないと、いくらハイスペックであっても大事なものは伝わらない」と強調。その上で、様々な音響特性を持つスタジオや、ビンテージ品を含む機材など、制作の意図に合わせて、これまで積み上げたノウハウをベースに、様々な手段から選んで行なっていることを説明。機材もスペックありきで選ばず、アナログ、デジタルを使い分けていることなどを紹介した。
マスタリング時のこだわりとしては、DAWやADコンバータ、イコライザやコンプなどを掛けるデジタル機材を同期させるクロックの精度を追求し、時間軸の揺れであるジッターを抑えていることや、全てHDD内のデジタルベースで音作りをするのではなく、まずはアナログで作って最終的にデジタルでまとめるといったことなどを説明した。レコーディングは1カ月、早いものでも1週間だったとしても、マスタリングは1日で行なうため、1曲あたり1時間ほどの作業になるという。
ハイレゾ配信のタイトルが増えてきたことについては、「マスターの音をそもまま届けられるため、広い音場空間のままで収められる」といったメリットを説明。解像感についても、微小な音になるピアニッシモを録音で聴かせるといった高い表現力を可能にするといた利点があり、「演奏者の感情や緊張感まで音で感じ取れる」とした。ハイレゾでは高域の伸びがメリットと言われることも多いが、低域がゆったりと安定する点や、奥行きの広がりなど、可聴域にもはっきり改善が見られることなどをプロの視点から述べた。
ここで、ハイレゾとCDの聴き比べも実施。リー・リトナーによる'79年の作品「リー・リトナー・イン・リオ」から、「サンワン・サンセット」を、CD相当の44.1kHz/24bitと、96kHz/24bitをデモ。ビクタースタジオに残っていたアナログマスターから作ったものだが、改めてハイレゾ用にマスタリング工程を行なったことから違いが出ている音源として紹介。高田氏も指摘した通り、CDもそれはそれで十分いい音なのだが、ハイレゾにすることで低域のゆったりした厚みが増した様子がはっきりと感じられた。
また、同じハイレゾとされるものでも、PCM(192kHz/24bit)とDSD(5.6MHz)というフォーマットの違いについても試聴。単に音が良い悪いという区別ではなく、PCMのスピード感やシャープな質感の一方で、DSDのゆったりした低域やアナログ的な音の特徴などを解説。高田氏が録音して感じたのは、スタジオで使うアナログコンソールで聴いた音に最も近いのが、DSD 11.2MHzだったという。
ゲストとして、サックス奏者で作曲家のTOMAこと苫米地義久氏も登場。名曲をサックスで唄う「TOMA Ballads」シリーズや、日本を旅して作る「音楽紀行シリーズ」などを手掛ける苫米地氏による生演奏と、ハイレゾ音源の聴き比べなどを行なった。生音は、苫米地氏の息遣いなどが間近で感じられる一方、スタジオ録音では、1つのサックスにマイクを2本立て、ファントムセンターをパンで広げると柔らかい仕上がりになり、マイク1本で録った場合のはっきりした定位とはまた違った良さが楽しめることなどを、高田氏が説明した。
高田氏は、良い音で残すための様々な取り組みを続けることの重要性を強調し、ハイレゾ音源が増えてきたことで「音楽を表現する器が大きくなることで、音楽を伝える力が増す。いろいろなファイルでいろんな音を楽しんでもらいたい。私たちは、初心の魅力を大切に、こだわって完璧なスタジオマスターを作るのが正しい仕事」との想いを語った。
高周波が脳を活性化!? 脳科学からのハイレゾ研究も進む
第2部はガラリと変わり、国立精神・神経医療研究センターの本田学博士が登壇。音響学でなく脳科学の視点から、「ハイパーソニック・エフェクト」といわれる高周波が人体に与える影響や、「ハイレゾ」との関係性などについての考察を述べた。
本田氏は、'95年に京都大学医学研究科博士課程修了後、米国国立保健研究所訪問研究員や自然科学研究機構生理学研究所助教授などを経て、'05年9月から現職。ハイパーソニック・エフェクトを応用した「情報医療」の開発、感性脳機能のイメージング、利他的遺伝子の優越性などを主な研究テーマとしている。
「ハイパーソニック・エフェクト」は、“芸能山城組”の山城祥二氏として著名な研究者・大橋力氏が発見したもので、人の耳で知覚できない高周波を含む音が、脳の深い部分“基幹脳”を活性化するという考え。2000年に発表され、基礎科学論文誌の「Journal of Neurophysiology」に掲載、同誌サイトからダウンロードもできる。'03年から現在も購読頻度でたびたびベスト10にランクされているという。
ハイパーソニック・エフェクトについて簡単に説明すると、50kHz以上など人に聴こえない超高周波と、聴こえる帯域の音(可聴音)を組み合わせて人が聴くと、脳幹や視床下部、視床といった脳の深い部分「基幹脳」のネットワークが活性化され、免疫系や脳血流、認知機能などに活性化が見られるというもの。詳細は、アニメ「AKIRA」のBlu-rayで音楽を手掛けた大橋力氏による解説をレポートした'08年の記事と、下のスライド画像を参照して欲しい。
この大橋氏に師事し、山城組のメンバーとして30年以上活動し、レコーディングなどにも関わっている本田氏が、これまでの取り組みから最近の研究結果までを解説した。
これまでの大橋氏らの実験で分かっているのは、「ハイパーソニック」を発現させるには超高周波をヘッドフォンなどを使って耳だけで聴くのではなく、可聴音と合わせて全身で受けることが必要とされる点。
通常、不快なときに20kHz周辺の声で鳴き、快感があると50kHz以上の声で鳴くというネズミを使った実験では、、50kHz以上の鳴き声を聴かせると、基幹脳のなかの快感中枢(側坐核)において、(脳内麻薬とも言われる)ドーパミンが増え、活性化が認められるという。また、ハイパーソニックを発生させるための周波数帯域としては、32kHz以上とされ、高周波の中でも32kHz以下だと基幹脳活性は逆に減少したという。
もう一つ、注意すべき点として、ハイパーソニック・サウンドが脳波のα波を増大させるまでに、時差を伴うという点を指摘。高周波を聴いてすぐに効果が出るのではなく、立ち上がりが遅い上、聴いた後も残像のように効果が残るという。こうした点が、大橋氏による実験と、現在の標準的音響評価法とは異なるため、「従来の音響学ではハイパーソニック・エフェクトが見逃されていた」としている。
一方で、オーディオ的な見方からすると、ハイレゾ音源とCD音源を比較した時に、高周波だけでなく可聴音においても違いが出てくることから、ハイレゾとCDの違いが、超高周波の効果とは言えないという点を指摘。また、ハイレゾ音源だからといって十分な高周波が含まれているとは限らないという点も、具体的な音源などを例に紹介した。そもそも楽器によって高周波が出ないものもあることから、「器と中身は別。中身のあるものを大きな器に入れることが重要。ただし、ハイレゾが普及することで、高周波の効果が身近に体験できるようになったのは事実」とした。
高周波が存在する場所として、ボルネオの熱帯雨林で録音してきたという音源を、特殊なスピーカーを使って再生するデモも行なった。ジャンルグルの音には、瞬間的に200kHzに達する成分も含まれているという。その音を出しているのは、様々な“昆虫の鳴き声”とのことで、本田氏によれば「あちこちにスーパーツイータが存在するような状態。一匹一匹の音は小さいが、種の多様性が、濃密で広帯域な音を作り出している」という。日本でも、つくば(茨城県)のなどで50kHzの音が出ているところもあったとのこと。
こうした高周波の、オーディオ以外の用途についても本田氏らは研究を進めており、健康や医療、「快適さをいかに生み出すか」といった取り組みを進めており、様々な病気の予防などへの可能性にも言及。「薬は病気にならないと飲まないが、音は普段から聴ける」とした。具体的には、うつ病や認知症などの効果などについて臨床研究や実験を行なっているという。この研究が何らかの形で成果を出す時期については「来年再来年というレベルではなく、“薬が効く”というのと同様に厳密なプロセスを踏んで、安全性なども確かめる必要がある」としている。
その他にも、市街地の音環境をハイパーソニックで快適化する実験を行なってきたことなども説明。「ハイレゾは、音楽を素晴らしくするだけではなく、音と人の関わりを見直すことで、快適な環境を作ったり、医療にも応用する可能性を秘めている」とした。
「高周波の効果」などに様々な熱い質問
最後に、今回の企画の中心となっている日経サード編集長の山田康昭氏をモデレーターに、高田氏と本田氏を交えて会場の参加者からの質問に、2人の講師が答えるディスカッションを行なった。
参加者からは、本田氏が会場で流していた熱帯雨林の音と、再生した特殊なスピーカーに着目し、「そのスピーカーは販売する予定は無いのか?」、「その音源を(配信などで)購入することはできないのか? 」という質問が出た。本田氏は、いずれも販売については否定したが、超高域を出すスピーカーの開発で難しい点について、「振動板を揺らすために、空気の“粘り気”が問題になってくる。周波数が上がると、まるで水あめの中をウチワで煽ぐような大変さ。振動板は、薄くて軽く、硬いものを強烈に動かす必要がある。これまではダイヤを膜にしたり、最近はセラミックなどもあるが、指向性や帯域幅など、いろいろな違いがある」と述べた。
また、今回の説明では高周波と可聴音を組み合わせるとハイパーソニックの効果が出たとのことだったが、「高周波だけでは効果が出ないのか?」という質問には、本田氏は「実験でON/OFFを試したところ、高周波だけでは血流などに効果は無かった。聴こえる音と、高周波の相互作用として反応が出た」と回答。さらに、「鉄道の騒音について、高周波を合わせると不快感が和らいだ」という効果もあったとのこと。
別の質問で「(楽器の中では高周波が出ない)ピアノの音と、アマゾンの音(高周波)を組み合わせるとどうなるのか?」という点には、「分かっているけれど、企業秘密です(笑)」と明言を避け、何らかの効果が認められていることを示唆した。
オーディオ関連では「ハイレゾでは男性ボーカルと女性ボーカル、どっちがいい音に聴こえるのか?」という質問に対し、高田氏は「マイクのノリなどによって異なるが、イメージとしては、女性でマイクを少し離して、リバーブを付けた方がきれいな世界観を作れる感覚」とした。本田氏は「周波数分析すると、声の質でも結構違う。オペラなどの“ベルカント唱法”は、聴こえる音は強いパワーがあるが、高周波は強くない。対して、小さい声で歌うモンゴルの“ホーミー”や、日本の“追分”、“ブルガリアンボイス”などは高周波の成分が多い」と説明した。