レビュー

ゼンハイザーの最上位イヤフォン「IE 800」を聴く

ダイナミックながらBA並の解像度。音色/装着に癖も

ゼンハイザー「IE 800」

 「IE 800」は、ゼンハイザーのイヤーモニターシリーズフラッグシップモデルとして昨年末から発売されているモデルだ。価格はオープンプライスで、店舗によっては6万円台半ばあたりで販売されている。

 イヤーモニターシリーズのラインナップとしては、この「IE 800」が最上位で、その下にお馴染みの「IE 80」、「IE 60」が続く。IE 80は現在、約3万円程度で販売されているので、IE 800は、その約2倍の値段と言える。

 高級イヤフォンの市場を見ると、バランスド・アーマチュア(BA)のマルチウェイタイプが主流となっている。しかし、ゼンハイザーは従来からダイナミック型の採用を続けており、IE 60、IE 80、そして新モデルのIE 800でもダイナミック型を採用している。ただし、搭載ユニットは新たに開発された、7mm径の「エクストラワイドバンド(XWB)ドライバ」となった。

試聴に使用した機材

 近頃のトレンドでは、ダイナミック型ユニットを複数搭載したり、ダイナミックとBAを組み合わせるハイブリッドモデルも登場している。ダイナミック型1基のみのIE 800は、そうした流れからするとシンプルな仕様と言えるだろう。逆にそれが、ダイナミック型に対する同社のこだわりを感じさせる部分でもある。

構造と外観

 ユニットの磁気回路には、同社のオープンエア型ヘッドフォン「HD 700」にも採用された、「Vented Magnet System」も採用。イヤフォン内の共鳴を相殺するというD2CA(Damped 2 Chamber Absorber)機構も採用している。インピーダンスは16Ω。感度は125dB。周波数特性は5Hz~46.5kHz(-10dB)とワイドレンジだ。

 ハウジングはセラミックで、軽量だが剛性が高い。手にしてみる……というより、指で“つまんでみる”と、質感の高さがわかる。ハウジングは極めて小さく背後に向かってすぼまったデザインが特徴。背後から見るとロケットのエンジンを彷彿とさせる。指でつまみやすい形状なので、耳にも挿入しやすい。

IE 800
背後に向かうつつれ、すぼまった形状を採用
ジェットでも噴射しそうな雰囲気の後部
左が下位モデルのIE 80、右がIE 800

 IE 800の大きな特徴はイヤーピース。通常のイヤーピースはシリコン製の輪っかのような形状で、金属パーツなどは使われていない。しかし、IE 800のピースには金属のフィルタが内部に搭載されている。

 通常のイヤフォンは、音が出てくるノズル部分の先端にフィルタがついていているが、IE 800はそのフィルタも備えつつ、ピースにもフィルタを備えている。つまり、2つのフィルタを通して音が耳に届くわけだ。

IE 800のイヤーピースを外したところ。本体側にフィルタがついているほか、右のイヤーピース内部にもフィルタがついている
イヤーピースのアップ。奥にフィルタが見える
イヤーピースは5種類同梱。楕円形のタイプも含まれている
下位モデルとなるIE 80のイヤーピースを外したところ
IE 80のピースにはフィルタがついていない
ケーブル部。着脱はできない

 ピースにフィルタがついていることで、ゴミや汚れが本体側のフィルタにたどり着く前にシャットアウトされる。ピースはぬるま湯と中性洗剤で洗浄可能となっており、より清潔に使える。

 ケーブルは黒と緑のクロスストライプで、高級感がある。残念なのは着脱式でない事。最近は低価格帯のイヤフォンでもケーブル着脱可能なモデルが増えているので、6万円を超えるIE 800でリケーブルができないのは残念だ。コンパクトさの追求や、接点を減らして音質を向上する利点もあるが、気軽にケーブルを交換できる安心感が欲しかったところだ。

付属のキャリングケース。プレートも付いている

装着時に感じる2つのポイント

指でつまむようにして、簡単に挿入できる

 前述のように、指でつまめる小さな筐体を採用しているので、耳穴には挿入しやすい。だが、実際に装着してみると、2つのポイントが気になる。

 1つはイヤーピースの音。前述のように、ピースそのものに金属のフィルタがついているが、耳穴に深く挿入して、穴の中でピースの形状が元に戻ろうと動いた時や、耳穴内部での圧力が影響した時などに、おそらくフィルタからだと思うが、「ペキン」とか「パキン」という音がするのだ。昔、ビードロ(ぽぴん)という、ガラス製で吹き口がついていて、空気を送ると底のガラスが変形して「ペコン、ポコン」と鳴る玩具があったが、あの音を思い出した。

 この音は、装着時や、イヤフォンが抜けそうになって位置を戻した後などに鳴る事がある。もちろん、数回鳴ったらそれ以降は聞こえないので、音楽鑑賞時に気になるものではないのだが、耳のすぐそばで鳴る金属音なので印象に残る。試しに、違うサイズのイヤーピースをとっかえひっかえしたところ、耳穴にジャストフィットするピースよりも、一回り小さいものを選ぶと、この音はしにくいようだ。ピースそのものにかかる力の大きさによるものなのだろう。

 もう1つの気になる点は、ケーブルの長さだ。耳穴にピースのサイズがジャストフィットして、時間がたっても抜けないという場合は問題ないのだが、サイズがマッチしない時は、ケーブルを耳の裏側から引っ掛けるようにして装着する、いわゆる“Shure巻き”をするという人も多いだろう。イヤフォンでは定番の装着方法になっていると言っていい。

 だが、IE 800の場合、左右の分岐ポイントから、イヤフォン本体までの長さがかなり短い。通常の装着では、それでも大丈夫なのだが、Shure巻きを左右両方でやると、ケーブルの余剰部分が無くなり、ケーブルが顎の裏に密着するような形になってしまう。

 前述のようにケーブル交換はできないので、この不思議な長さは気になるところだ。ただ、Shure巻きしなければ問題はないので、購入前には可能であれば試聴できる店で、自分の耳とピースのマッチングや、ケーブルの長さを確かめた方が良いだろう。

IE 800を普通に装着したところ。この装着の仕方では、特にケーブルの長さは気にならない
IE 80でShure巻きをしてみたところ。これもケーブルの長さは気にならない
IE 800でShure巻きをしたところ。分岐からのケーブルが短いので、顎の下までケーブルが来てしまう
上がIE 80のケーブル、下がIE 800のケーブル。IE 800はかなり短めなのがわかる

音質をチェック

再生にはiBasso Audioのハイレゾプレーヤー「HDP-R10」を使用

 一聴して「なるほど」と頷ける、狙いがわかるサウンドだ。市場の大半を占めるBA型のイヤフォンは、高解像度だが1つのユニットで低域の量感を出すのは難しく、マルチウェイ化して補うモデルが多い。また、金属質な再生音になる事も多く、それをそのまま聴かせるタイプや、チューニングでナチュラルな音に近づける製品もある。

 一方ダイナミック型は、1つのユニットでも量感のある低音を出しやすい。音色も自然だ。だが、その利点を発揮しようとして、低音を出し過ぎると、モコモコしたサウンドになり、それにマスキングされて高域の解像感が低下。BA型と比べると、「抜けが悪く」、「ナローな音」に聴こえてしまう事もある。

 IE 800はダイナミック型であり、それを活かした豊かな低音再生を実現している。驚くのはそれと同時に、まるでBA型のような、音のエッジを極細のラインで描く解像度の高さも備えている点だ。それゆえ、一聴すると「これってBAイヤフォンだっけ?」と仕様を確認してしまう。

  「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、アコースティックベースの量感がダイナミック型らしい豊富さで迫ってくる。なおかつ、そこに重なるヴォーカルの情報量は多く、口の開閉など、微細な描写は明瞭。量感と解像度が両立できている。

AKGの「K3003」

 また、これだけ小さなハウジングのイヤフォンであるが、空間表現は広く、音場はのびのびと広がり、窮屈な感じがない。後述するが、音色が硬質であるため、全体的に清涼感が漂うサウンドであり、聴いていて清々しい気持ちになる。HD800など、ゼンハイザーの開放型ヘッドフォンを連想させる音で、軽やかで広い音場で、細かな音をキッチリ再生できる実力がある。

 「山下達郎/希望という名の光」のような、中低音が豊富な曲でも、頭蓋骨の中心に向かってゴーンと杭を打ち込むようなパワフルさが味わえる。ダイナミック型の利点と、BAの利点を組み合わせたような音作りだ。今まで聴いた他のイヤフォンで近いものを挙げると、AKGの、BAとダイナミック型のハイブリッドイヤフォン「K3003」に近いだろうか。

下位モデルのIE 80と比較

 下位モデルとなる「IE 80」と比べると、中域の張り出し、元気の良さは「IE 80」の方が上だ。だが、それが前に出すぎていて、ヴォーカルの細かな描写がやや覆い隠されてしまう。例えるなら、曇りガラス越しに歌手を見ているような感覚。「IE 800」に変更すると、ガラスが無くなるだけでなく、歌手がこちらに一歩近づいてくれ、細かな情報がダイレクトに届き、リアリティが増す。

 また、IE 80の中域は張り出しは強いのだが、低域の沈み込みが足らない。「IE 800」は中域が不必要に膨らまず、さらに締まりのある重い低音はシッカリ出ている。それゆえ、IE 80からIE 800へ切り替えた瞬間は、中低域が大人しくなったように感じるのだが、ジックリ聴くと、低音が不足しているのではなく、より低い音が出るよになった事がわかる。低音が、ヴォーカルを下から支える定位置にキチンと収まったという印象だ。

音色で気になる点も

 総じてハイクオリティな描写だが、1点気になるところがある。それは音色だ。カリカリにシャープな描写なのだが、個人的には高域が硬質で、金属質な音になり過ぎているように感じる。ダイナミック型の音としてはややナチュラルさが足りない。

 おそらく、BA型イヤフォンに慣れた人が聴くとあまり違和感を感じないと思うが、ダイナミック型イヤフォンやヘッドフォンを長時間聴いた後で、IE 800に切り替えると、高域に“硬さ”や“キツさ”を感じるだろう。この高域描写をどう感じるかが、IE 800の評価ポイントになるだろう。

外側のフィルタは高域をむしろ抑える役目だったようだ

 この金属質な描写には何が影響しているのだろう? 「金属製のフィルタを2重に通っている事が原因では」と予想してみた。そこで、IE 800に、IE 80のピースを装着。ノズルの形状が違うのでシッカリ固定はできないが、とりあえず耳の中に入れて聴いてみた。予想通りならばフィルタを通るのは1回になるので、金属質な音が低減されるかもしれない。

 すると予想に反し、高域がさらにトンガってしまった。「いとうかなこ/スカイクラッドの観測者」のキーボードを叩くカチャカチャという音が、耳に突き刺さる。おそらく、外したイヤーピース搭載のフィルタが、高域のキツさを低減する役目をしていたのだろう。付属イヤーピース込みで、音がチューニングされている事が良く理解できた。今後、長時間使用してエージングが進めば、このキツさも和らいでいくだろう。高域がまろやかなアンプと組み合わせるというのもマッチしそうだ。

まとめ

 高域の音色や装着性に気になる点はあるものの、全体としてはハイレベルなサウンドを実現している。解像度の高いサウンドと、量感のある低音が両方欲しいという欲張りなニーズにマッチするモデルと言える。BAイヤフォン好きの人にも「ダイナミック型だから」と言わずに、一度聴いてみて欲しい。逆に、同社のダイナミック型イヤフォンをこれまで使って来たという人にとっては、真新しさを感じさせるサウンドになっている事だろう。

 気になるのは、IE 80の2倍近い、6万円という価格。他社の最上位モデルでは、10万円近いイヤフォンもあるので高価すぎるとは感じないが、IE 80との価格差がかなりあるのが悩ましいところだ。マルチウェイのBAや、BA+ダイナミック型のハイブリッドなど、他社製品と比べると機構的な面白さは少ないが、肝心なのは出てくる音なのでそこは問題ではない。だが、この価格であれば、ケーブル着脱機構や、予備ケーブルの同梱、音色のチューニング機能など、何かもう1つ、オマケの機能や特徴が欲しいというのが正直な感想だ。

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山崎健太郎