ミニレビュー

安くて高音質! 5千円程度で買える人気イヤフォンを聴く【Philips SHE9720】

 高級なイヤフォンで音が良いのはある意味“当たり前”。気軽に買える価格の製品にも、「おっ!」と思わせてくれる製品が存在する。今週4日間に渡り、連続で4モデルを聴いていく。紹介するのはPhilips「SHE9720」、Auglamour「R8」、SATOLEX「DH298-A1」、RHA「S500」。発売から時間が経過した“定番モデル”も含まれているが、そうした人気モデルの実力も改めてチェックしたい。

左がSHE9720、右がSHE9710

 低価格だが音の良いイヤフォンのメーカーと言えば、Philipsを思い浮かべる人も多いだろう。代表格は2008年に発売された「SHE9700」。それに続くモデルとして「SHE9710」が一部の店舗で販売され、さらにその後継として昨年「SHE9720」が登場。こちらも人気モデルになっている。

 今回はこの「SHE9710」と「SHE9720」を聴いてみる。価格は、SHE9710が約3,000円、SHE9720も3,100円~3,500円程度と、あまり違いはない。どちらも気軽に購入できる価格帯だ。

オーソドックスな仕様

 どちらのモデルも8.6mm径のダイナミック型ドライバを搭載。スペック面はほとんど共通で、感度は103dB。磁気回路はネオジウムで、ボイスコイルはCCAW。インピーダンスは16Ω、再生周波数帯域は6Hz~23.5kHz。

SHE9720のブルーモデル
SHE9710のホワイトモデル

 ケーブルは1.2mで、着脱はできない。長さも左右非対称だ。高価なイヤフォンでは左右の長さが同じモデルが大半だが、この価格帯では、こういう仕様も珍しくない。欲を言えば、左右の長さが同じモデルや、着脱ができるバージョンなども欲しいところだ。

 2機種に共通する特徴は“ターボバス・エアベント”という穴で、エンクロージャ内の空気の流れをコントロールしているところ。「深みのある豊かな低音を忠実に再現できる」という。

 また、ノズル部分は角度がついていて、出力された音が鼓膜へ正確に届くように、耳の穴の湾曲に従った形状に設計されている。

SHE9720のイヤーピースを外したところ
ハウジングは丸みを帯びた樽のようなデザイン

 筐体はプラスチック。触ると高級感があるとは言えないが、デザインは曲線を主体にしており、エレガントな雰囲気なので、見た目的にはそれほど安っぽくは感じない。

 金属筐体ではなく、イヤフォン自体がとても軽いのも特徴。装着してみると、その軽さゆえ、ズルズルと耳から自重で抜けてくる事が少ない印象だ。

SHE9710のホワイト。プラスチック製で軽量だ
入力プラグは3極のステレオミニ

 2機種に投入している技術や仕様に大きな違いはない。最も大きな違いはカラーリングで、ブラック、ホワイト、ブルー、レッドの4色を用意するのは同じなのだが、ブルーやレッドの色が、9720の方が落ち着いた発色になっている。9710の方がブルーやレッドが明るい色で、ポップな印象だ。

9720のレッドとブルー

音作りのうまさが光る

 まず、9710の方から聴いてみよう。プレーヤーはAK jrやスマートフォンのXperia Z5を使っている。

9710

 特筆すべきは、“音作りのうまさ”だ。特別、凄い低音がドンと出るとか、音場が驚くほど広いとかいう事はない。しかし、聴いた瞬間に「あーこれは上手い」と声が漏れてしまう、音作りの良さがある。

 完全にニュートラルな音ではない。低域はやや膨らんでおり、音圧も強く張り出し気味で、パワフルさを演出している。また、高域は輪郭のエッジが鋭く、クッキリと描写するタイプ。要するに、いわゆる“ドンシャリ”だ。

 だが、その“ドンシャリ具合”が控えめなところがミソだ。やり過ぎて、下品な感じにはなっておらず、「ちょっとだけドンシャリ気味だけど、それが気持ちいい」と感じるところでグッとこらえている。恐らく、もう少し低域を強くしたり、高域を強調すると、低音がボンついた不明瞭な音に感じたり、高域がキツくて安っぽい音になってしまうだろう。多くの人が“気持ちいい”と感じるポイントギリギリを攻める、絶妙なサジ加減が、恐らく人気の秘訣だろう。

 プラスチック製筐体のイヤフォンでは、余分な響きがあると音が不明瞭になる。9710の場合、プラスチック特有の、硬くてこもったような響きが皆無ではないが、よく抑えられており、さほど不自然な音ではない。

 全体として良く出来たイヤフォンだが、「では安いイヤフォンでOKなのか、もっと高価なモデルは不要なのか」というと、そうでもない。例えば、高域は音像のエッジが鋭く、聴き取りやすいが、やや無理をしているきらいがある。女性ヴォーカルなどを聴くと、かさついた描写で、口の中の湿度など、しっとりとした描写はあまりできていない。

 低域は膨らみとタイトさのバランスが絶妙だが、低音としての音の沈み込みはそこまで深くなく、ボワンと広がる中低音の量感でなんとか迫力を出そうとしているとった感じだ。井戸の底に重い低音がズゴーンと落下するような“重さ”は無い。

9720

 では新しい9720はどうかと聴いてみると、これが実に面白い。

 音が出てすぐわかるのは空間表現の違いだ。9710と比べ、フワッと広がる音場のサイズが大きくなっており、開放的で気持ちが良い。

 ただ、その空間に横並びに楽器が並ぶのではなく、ヴォーカルや楽器はせり出し気味で、少しだけ違和感がある。バーチャルサラウンドモードの“弱”を使った時のような感覚だ。広がりが出て気持ちがいい反面、ちょっと無理に広げている感じもある。このあたりは好みにもよるだろう。

 文句無しに良くなっているのは、高域の表現だ。カサついた感じが9720では低減されており、人の声もリアルだ。音像が薄く感じず、肉厚さがある。女性ヴォーカルを聴くと、実在感というか、生っぽさが表現できている。音の質感の面では、着実な進歩が感じられる。

 低音が盛り気味なのは9710と同じだが、不明瞭でボワボワするほどには盛っていない。低音の中の動きも見えるタイトさが残っており、音作りの上手さを感じるのは9720と同じである。

 ただ、音場が広くなった事で、そこにパワフルな低音が広がる様子が、楽曲によってはややクドく感じる時もある。個人的にはもう少しタイトさが欲しかったと感じるが、価格帯を考えると、このくらいの派手さが求められているのかもしれない。

 どちらのモデルに対しても言えるのは、プレーヤーやスマホに付属しているイヤフォンからの最初のステップアップとしては、非常にコストパフォーマンスに優れているという点だ。こだわりぬいたハイエンド製品は尖ったモデルの方が喜ばれる面があるが、一方で、マニアではない多くの人に“良い音だ”と感じてもらえる音作りを、抑えたコストで実現するというのもスキルが求められるところだ。

 フィリップスでは“ゴールデンイヤー”と呼ばれるサウンドエンジニアが開発初期から最終審査まで一貫して関わっているそうだが、そうした開発体制も、こうした製品に寄与しているのだろう。

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山崎健太郎