本田雅一のAVTrends |
グラスレスで攻める東芝のテレビ戦略。その意図とは
「CELLレグザエンジン」から「CEVOエンジン」へ
パーティ会場に展示された56型のグラスレス3Dテレビ |
東芝・ビジュアルプロダクツ社・映像第一事業部長の村沢圧司氏による記者発表の内容自体はレポート記事を参照いただきたいが、ここでは“東芝の戦略に見るテレビ業界のトレンド”という視点でコラムを進めていくことにしたい。
■PCとテレビのスケールを合わせ、競争力を強化
東芝・ビジュアルプロダクツ社・映像第一事業部長の村沢圧司氏 |
東芝が今回のCESで強調していたのは、市場の大きな伸張が見込める新興国市場に対し、地域密着型の商品を投入して行くことで販売台数を確保していく事。それにパソコン事業との組み合わせで、部品メーカーに対する交渉力を発揮しようという事業戦略だ。パネル生産能力を持たないメーカーとして、その身軽さを機動力として、どのように製品を作っていくのか。そのワールドワイドでの事業方針が今回の発表で示された。
その一方で、エコポイント終了、アナログ停波後の日本市場に向けては、商品力を高めた高付加価値製品の開発に力を入れていくとも話している。台数ベースでの成長で言えば、先進国と新興国では事業伸張率において2倍の開きがある。特に日本ではマイナス成長が見込まれているだけに、それぞれの市場に合った商品戦略を採用していくということだ。
さて、こうした戦略全体の柱のひとつとなっているのが、パソコン事業と映像機器事業の部分的な統合だ。液晶パネルの調達と販売店との交渉において、両方の事業を組み合わせることで事業スケールを大きくしてテコに使おうとしている。
液晶パネルを用いる二つの事業に関して、調達をまとめて行なうことで液晶パネルメーカーとの交渉を有利に進めるこができる。また、販売戦略の面でも販売店に対してパソコンとテレビの両方をセットで提供する事で、存在感を出していくことができる。販売店に対する存在感を高めることができれば、特に大手流通を通じた販売をプラス方向に転じることもできるだろう。
この方針は全世界、各地域毎の事情に合わせて行なっていくが、特にテレビに関してはより良いパネルを廉価に手に入れるための鍵となるため、商品力へと直結していく。テレビ市場は成長を続けてはいるものの、世界的に液晶パネルの生産能力には余力がある。2012年には中国での中・大型液晶パネルの生産が本格化すると見られ、今後、液晶パネルの生産余力は増えていくと予想されるため、最新工場に巨大な投資を行なっている液晶パネルベンダーは、稼働率を高めるためにより多く購入をしてくれるメーカーに対し、価格面でも仕様の面でも協力的に振る舞わざるをえない。
このあたりは半導体事業にもよく似た側面があり、ベンダー間の技術的な差違がなくなってくれば、メモリなどと同じような厳しい競争環境になっていく可能性もあるだろう。東芝はSEDがうまく行かなかった事で、パネルの自社生産という手札を失った。しかし、その一方で商品企画・事業戦略における自由を得た。
結果論ではあるが、パネル生産技術を持たない東芝が、現時点では良いポジションに位置しているのかもしれない。とはいえ、単に座していただけでこの位置に来たわけでもない。
■高付加価値を求めて
東芝のテレビ事業を支えるもうひとつの柱は、従来からレグザシリーズの強みとして訴求している、“エンジンの力(=半導体技術+ソフトウェア技術)”を活かした商品の開発だ。東芝は昨年秋のIFAで、CELLレグザエンジンを超える新しいハードウェアプラットフォームとして、CEVO(シーボ/CELL Evolutionの略)エンジンを投入すると発表していた。
新規開発のLSIを用いた新エンジンは、日本市場にもどこかのタイミング(おそらく秋が有力だろう)に投入される。定評のある階調処理や画像処理精度の向上、ネットワーク機能の充実、コンパクト化、低消費電力といった特徴を持っており、徐々に全レグザシリーズへと展開していく。
ただし、例えばメタブレイン系のエンジンが、特定のハードウェアアーキテクチャを示していたのに対して、CEVOはエンジン全体のコンセプトであり、実装に関してはモデルごと、地域ごとに異なると話している。これは、省電力やパフォーマンス、コストなどの点で、製品ごとに最適化するためだ。
CEVOエンジンの概要 | 新エンジンの特徴 | CEVOエンジンで高画質裸眼3Dと4K表示を実現する |
CELLレグザエンジンでは、CELLのパワーとメタブレイン系LSIの機能、それにソフトウェアを組み合わせ、新しい付加価値を柔軟に開発するというアプローチを採った。しかし、この方法では価格は安くならない。そこで、CELLレグザエンジンで育てたアプリケーションを、今度は半導体技術に落とし込み、各製品に最適な形で盛り込もうということだ。
製品の価格クラスごとに、CELLレグザに盛り込まれた機能の一部がCEVOエンジンの元に組み込まれ、今年の製品に盛り込まれていく事になる(ただし、どこまでの機能を盛り込むかは、また別の議論ではある)。
こうした高付加価値路線の頂点となるのが、昨年、大いに話題を振りまいたグラスレスの3Dテレビ技術を発展させた製品だ。4K2K解像度の大型新液晶パネルに、インテグラルイメージ方式の裸眼3D表示機能を搭載して2011年度中に発売する。
CES会場には65インチと56インチという二つの試作機を持ち込んでいるが、実際に発売される製品は異なるサイズ(40型以上とのアナウンス)になる。この製品は日本と北米を皮切りに、全世界で発売される見込みだ。ただし、CEATECで披露され、その後発売された技術を大型パネルに搭載するだけではない。
参考展示された56型の試作機 |
■4K2Kパネル採用で先鞭を
どうしても、“グラスレス3D”という部分に目が行きがちだが、3Dコンテンツは全体の極一部でしかない。昨年末に発売されたグラスレス3Dレグザとは、基本的な方式こそ同じ(各画素に指向性を持たせたレンチキュラー方式)だが、詳細な部分はかなり異なる。昨年末の製品は、あくまで”メガネなしで3Dが見える”ことに主眼を置いたテレビで、通常の2Dテレビを見る場合の利点はなかった。
しかし今回、開発意向を発表したグラスレス3Dテレビは、4K2Kの高解像度2D表示に重きを置いた製品になっている。このため、従来のグラスレス3Dレグザが横方向の画素ピッチを増やしていたのに対して、今回発表した製品は通常の4K2K配列だ。
また、昨年のCEATECで見せていた、電気的にレンチキュラーレンズの指向性を制御する技術を用い、2D表示時は通常の4K2Kテレビとして使えるようにした。あるときは2Dの4K2Kテレビ、あるときは裸眼3Dテレビになるというわけだ。今年は4K2K対応のテレビをシャープなど液晶陣営が年末向けに投入していくと見られているが、その急先鋒となる製品と言える。
高解像度を活かすため、フルHDから4K2Kへとアップコンバートする能力を、CEVOエンジンには持たせてある。このアップコンバート機能は、従来の同一画面内超解像ではなく、複数フレームを参照して情報を収集するものになり、通常のフルHD液晶テレビにも搭載する。
その一方で、増えた画素数を活かすために、レンチキュラー方式での裸眼3D表示を実現した。まずは高画質ありきで、その上に話題の裸眼3Dを組み合わせることで、高画素を活用しようということだ。
レグザシリーズの商品企画と事業戦略を担当する東芝の本村裕史氏は「私自身、裸眼3Dに関しては懐疑的で、何時できるのかと言われても、“何時になるかわからない”と答えていた。昨年末に発売する事を決めた後も、いわば普通のテレビを裸眼3D化できるとは思わなかった。しかし、最新技術動向からみれば、この方式で低価格化する事もできる。4K2Kパネルの調達が楽観的な事と、レンチキュラーのレンズシート貼り付けも液晶パネルメーカーが協力的なためだ」と話した。
東芝は現在の試作機の細かな仕様について「公表しない」との立場を取っているが、実際に展示機は4K2Kの画素を9分割した、展示の現場では9視差型だと話していた。このパネルは通常画素配列のため、3×3ピクセルで1画素を表現していることになるが、これは製品版で変更になる可能性がある。
というのも、このパネルに採用された技術は電気的にレンチキュラーレンズをオン/オフできるだけでなく、指向性を制御できるためだ。つまり、ある方向に位置する目に対して、どの画素を見せるかを電気的に変えることができる。
会場ではパソコンのWebカメラで人間の目の位置を追跡し、左右の目に視差を見せる「アイ・トラッキング」技術のデモも |
展示会場にはパソコンのWebカメラで人間の目の位置を追跡し、左右の目に視差を見せる「アイ・トラッキング」という技術が置かれていた。頭の位置を動かすと、それに追従してレンチキュラーレンズの指向性が変化する。
実際の製品がどうなるかはわからないが、視聴者の位置をテレビ内蔵センサーで検知し、目の位置に合わせてレンチキュラーレンズの指向性を制御するなど、様々な可能性を模索していくという。たとえば利用者が一人だけならば、両眼視差の映像だけにして低遅延、高解像度で3D映像を見せることも可能だし、二人ならばフルHDの3Dで見せることができる。
他方、メガネを用いた3D表示機能にも利点はあるため、メガネありの3D表示機能についても、今後、搭載機種を拡大していく予定だ。
■成長するテレビを目指して
日本国内のテレビブームは一段落するが、2台目移行のテレビニーズが高まる一方で、メインのテレビに機能と画質を求める傾向が強まると考えられる。いわば2台目需要とハイエンドへの両極化だ。こうした国内市場に対応するために、率先して高解像度化に取り組むだけでなく、ネットワーク機能の強化を徹底して行なうという。
その中心になるのが「レグザAppsコネクト」だ。現在、この機能はリモートコントロールや録画映像へのタグ付けなどに対応しているが、順次、アプリケーションの形で機能を提供し、様々なサービスと組み合わせることで、購入後にも成長するテレビを目指す。こうした複数方向への進化を同時に進め、さらに録画機能強化でテレビ機能を拡張することで、メインテレビとして購入する高付加価値テレビ市場で、東芝の存在感を増していく考えだ。