本田雅一のAVTrends |
“テレビ”でなく“ディスプレイ”が成長領域に
パナソニック津賀新体制の戦略
パナソニック 津賀一宏社長 |
新たにパナソニック社長に就任した津賀一宏氏は、実に率直な人物だ。白だったものがグレーに変化しているのに、外向きに「これは白だ」とは言わない。むしろ「白がグレーになってきているのなら、将来はもっと黒くなる」と話し、変化への対応、環境変化に伴う新たな事業領域に話題を振る。
Blu-ray DiscとHD DVDが規格戦争をしていた頃、津賀氏は「本当はフォーマット戦争なんか、存在しないんですよ。策を弄しても、新たな技術を投入しても、記録メディアの本質は”容量”なんですから、突き詰めれば違いはそこに辿り着くんですから」と筆者に話したことがあった(注:津賀氏はデジタルネットワーク・ソフトウェア技術担当役員として同社のBD関連交渉の代表を務めた)。
このように、全体の流れを読んで物事の本質を認識し、現状と摺り合わせて判断をしていくスタイルは、AVC社の社長に就任してからの最新鋭プラズマパネル生産拠点の閉鎖、人事の思い切った刷新などからも読み取れる。
が、一方で本質を見極めて切り替えるスピードに対し、外部からは冷たい人間のように見えるかもしれない。現状を冷静に分析し、トレンドの行き着く先を見つめるということは、(現時点でいくら頑張れば何とか…という“気持ち”を乗せて説明しても)整理する事業は津賀氏の頭の中では明確になっているからだ。
実際の津賀氏は、冷酷な人物ではない。ラスベガスで開催されたCESの期間中、インタビューのスケジュールの都合がつかず、夜中に「ラーメン屋さんでもいいかな」と、地元のラーメン屋で碗を並べてインタビューを受けるような、自然体で力の抜けた印象の人物だ。話し方も冷静で、感情的な判断や物言いを見たことがない。
その津賀氏がAVC社の社長を経由してグループ全体の社長になっていくのだろうとパナソニック社内で噂され始めたのは、もう4~5年前の話だと思う。その津賀氏は、パナソニック、中でも本誌で扱うことが多いAVC社の作る“黒モノ”をどう自己分析しているのだろうか。
■ “テレビ”はコア事業ではないが、“ディスプレイ”は成長する
津賀氏は先日行なわれた社長就任記者会見の中で、具体的な事業戦略については発表を行なわなかった。経営目線では秋に中期事業計画を発表し、1月のInternational CESで将来に向けた製品、サービスのビジョンを示すという計画だ。
そのために、4月から本社で集中的に新たな事業計画を練り込んできたが、基本的な骨格となる考え方は、昨年末、まだ本社・社長となる以前から変わっていない。
津賀氏は社長就任会見で、“テレビは中核事業ではない”と話した。実はこの話は昨年末から話していたことだ。
「“テレビ”というものは、今でも家庭の中で重要な製品です。しかし、これから大きく成長することはありません。しかし、“ディスプレイ”として使う場合は違います。いろいろなコンテンツを表示するディスプレイには、別の使い方があると考えています(津賀氏)」
“テレビ”とはテレビ放送を画面に表示する機能を指している。従来のテレビはあくまでテレビであり、それ以外の使い方はおまけでしかなかった。しかし、今後のテレビ(型商品)は、“テレビ”としての役割よりも”ディスプレイ”としての役割が大きくなっていくだろう。そこは、今後のクラウドを通じたコンテンツ流通の中で、成長産業となり得る。と、昨年末に取材した時に津賀氏は話していた。
「“テレビ”はすでにコア事業ではありません。今後、新たな利益を生む可能性が低いからです。今後、新たに利益を生むところを頑張っても無理ですが、”ディスプレイ”は別の可能性があるでしょう(津賀氏)」
その背景にあるのは、“クラウドへの投資”、“クラウドベースでの商品価値追求”なのだが、ここでも色々な誤解があるようだ。パナソニックがアップル、アマゾン、グーグルなどと競合し、ソニーのSony Entertainment Network(SEN)のようなデジタルエンターテインメントサービスを行なう、と話しているわけではないからだ。
パナソニックが目指す方向性 |
「今回、“お客様価値提案”の目指す方向性として示した環(別途、配布したスライドの図)の中に、住空間、非住空間、モビリティ、パーソナルといった事業領域に加え、クラウドが加わる」とした上で「しかし、それはアップル型と同じではない。パナソニックにはパナソニックに適した事業領域、商品分野がある。顧客の期待に応えられない分野において、不充分な形で独りよがりの事業を押しつけるべきではない」と津賀氏は話した。
顧客がパナソニック製品を使うとき、どんな使い方、どんなユーザー体験を期待するのか。「その期待に応えるためにクラウドを使う(津賀氏)」
具体的な事業計画は秋の発表だが、AVエンターテインメントだけでなく、エコ家電や家事家電の分野も含め、パナソニックが持つ製品をクラウドで結びつける方向だと予想される。たとえば白物家電など、ネットワーク機能や複雑なユーザーインターフェイスを持たせることが、使用方法やコストの面で合わないような製品にはNFCを搭載し、スマートフォンを媒介役としてクラウド型サービスと接続する、といった形だ。
一方、AV製品に関してはコンテンツ流通の中核プラットフォームを自社で持つのではなく、各種のサービスと消費者の間のインターフェイス、接点となる形で使いやすく高品質な“ディスプレイ”を目指すことになるだろう。具体案は見えないが、津賀氏のいう「ディスプレイ」を、どのように使うのかは、中期事業計画の発表を待たねば評価できない。
おそらく、津賀氏の“ディスプレイ”機能についてのビジョンを支える技術としては、有機EL(OLED)ディスプレイが鍵になってくると考えられる。ただし、この有機ELパネルに関しても、津賀氏は「OLEDテレビの自製を目指すのか? というと、その議論はまた別」とクギを刺す。OLEDパネルの事業では独自性を引き出せたとしても、テレビでも顧客価値を提供できるかどうかはわからない、というスタンスだ。
■ OLEDパネル開発=OLEDテレビではない
その心は、“自社パネル開発=テレビ開発”と、セットで物事を考えるのではなく、それぞれの事業性を評価していくということだ。
現在、パナソニックのテレビ事業は大きな構造改革を進めている最中だ。赤字体質の事業は黒字になるよう構造的な変化が必要になる。しかし、事業をやめるということではない。テレビ“セット”メーカーとしてのパナソニックは、これまで年1,500万台以上をワールドワイドで販売してきた。津賀氏は「すでに昨年来の構造改革が進み、テレビ製品の黒字化は見えてきた。パネル事業はもう少し事業環境として厳しいものの、かなり改革の進行が進んできたので、黒字転換は可能だと思う」と話した。
しかし、それは“現在”のパナソニックに合わせた構造改革であって、今後、さらに高収益事業として攻めていく、という話ではない(これがコア事業ではないとの話に発展する)。今後は収益バランスをきちんと取りながら、「顧客に対してどう”お役立ち”を提供できるか(津賀氏)」だと話した。この”お役立ち”が、ディスプレイとしてのパナソニック製品(テレビに限ったわけではないが、家庭内でのテレビの役割、存在感はまだ大きい)をどう使っていくかという考えかたへとつながっている。
“テレビ受像機”という自己完結する製品に拘ってきた家電メーカーが、大きくクラウドで結びつけられる“ディスプレイとしての価値”へと、明らかに大きな舵を切ったと言えると思う。このように整理すると、OLED事業への津賀氏のスタンスも理解できるだろう。
津賀氏は“パネル事業”として「印刷技術でパネルを作る技術に興味を持っている。デバイスとして高画質も重要な要件ではあるが、物理的な特徴が大きく変化することも重要だと考えている」と話した。
そしてたとえば……と話をしたのが、より薄型・軽量という側面と、屈曲が可能なディスプレイなどの将来像だ。ディスプレイの形を変えてしまう可能性が有機ELパネル(パネルではなく”シート”かもしれないが)にはあるから、印刷型有機ELパネルの製造に可能性を見ている。
「小さいサイズで研究開発し、可能性が見てきたので、ある程度の量産に向けた実証試験を行なうため、有機ELパネルの開発で実績のあるソニーと共同でこれから先の開発を行なうことにした(津賀氏)」
実用化は2014年か、2015年になるのか、まったく判らないとのこと。さらにテレビに採用するかどうかはわからない。有機ELテレビという商品が(ブランドシンボルとしての役割は別にして)、現実的な価格で提供できるかどうかはわからないからだ。
「有機ELテレビに関しても、少量生産で一部の富裕層向けならあるかもしれない。しかし、決して採算ベースには乗らないでしょう。ブランドを高める効果は期待できるでしょうから、現実的な価格になるなら”やりたい”とは思っている。今、やろうとすると、まともに価格換算すると誰もが驚くような高額商品になる。我々はテレビ向けパネルは、リーズナブルな価格で作ることにフォーカスを置いている。もし高額なままならば、有機ELパネル事業は、テレビ製品の事業とは無縁の商品になる(津賀氏)」
このように、“パナソニック独自の有機ELパネル”は開発していくが、見据えているのはどうやらテレビではないようだ。では何か? というところが、津賀氏の「テレビではなくディスプレイ」という言葉につながっていくのだろう。