本田雅一のAVTrends
平井社長インタビューから読み取る「新生ソニー」
One Sonyで目指す“クラウドで実現できない価値”
(2013/9/6 00:00)
ドイツ・ベルリンで開催中のエレクトロニクス展示会「IFA 2013」は、各社が新製品展開で手詰まり感を見せる中、“ザ・ソニー・ショウ”的な注目をソニーが集めている。従来路線からの経営路線変更が明確になりつつあるパナソニックや、スマートフォン市場でナンバーワンになりながら、Galaxy Note以降、新しい潮流へのイニシアティブ、提案が実を結んでいないサムスンなどを尻目に、我が道を行くオリジナリティ溢れる製品が並んだ。
中でも注目されたのが、デジタルカメラ、テレビ、ウォークマンなどの各製品分野でキー技術と位置付けられるデバイス、ソフトウェア、ノウハウを注入したXperia Z1や、事業部間を越えて連動する製品への取り組みとして出てきた新型デジタルカメラ、QXシリーズなど他社にはないユニークな製品が生まれつつある。
ソニー社長兼CEOの平井一夫氏は、このタイミングで商品が立て続けに出てきたことに関して「このタイミングを狙っていたのではなく、社長に就任して1年半、目標と方針を決めて取り組んできた社内改革の成果が、製品として顕れはじめたということ」と話した。
つまり、これで“出し切った”のではなく、“これからお楽しみの始まり”ということである。「これから次々に、事業部間の壁を取り払い、あらゆる価値を商品価値として統合していくOne Sony活動の成果が、製品として登場するしてくるだろう(平井社長)」
生まれ変わったソニーは何か変わったのか。平井社長のグループ取材から、“変化しつつある新しいソニー”の姿を模索してみたい。
なお、インタビューの模様は別記事で詳しく紹介している。
“エモーショナルな部分に届くプレミアム商品”とOne Sonyの関連性
平井社長は今年1月のCESで、各分野においてソニーが表面をさらりと撫でて流行のキーワードを拾うのではなく、それぞれのカテゴリにおいてエンスージャスト(愛好家)も納得する商品を生み出すノウハウ、技術力を持っていることを強く訴求した。
それはたとえば、フルフレームセンサー搭載の高級コンパクトカメラ、高音質スピーカー搭載の4Kテレビといったプレミアム製品である。市場の反応は様々で、そんな高価な製品買えないよ、といった話もあった。しかし、各カテゴリにおいて、流行を捉えるだけではなく、きちんと深掘りされた価値ある商品とするため「利用者の五感に訴える商品」にしなければならないと平井社長。
このことは、一見しただけでは、スマートフォンを重点商品として事業部の垣根を越えた技術投入を行うという方針とは逆方向に向かっているようにも見える。スマートフォンは、クラウドと一体化してあらゆる価値を一台の端末に集約していくスマートフォンは、エレクトロニクス業界全体の不振を象徴する製品とも言える。
しかし、平井社長はそう考えていない。プレミアム商品強化の戦略と、One Sonyの象徴であるスマートフォンのXperia Z1には密接な関係があり、今後登場してくるソニーの製品にも関わってくる、ソニー復活戦略の両輪となっている。
たとえばXperia Z1には、デジタルカメラ開発におけるキーマンが参加し、スマートフォンとしては非常識に大きい1/2.3インチ2,070万画素CMOSセンサーを搭載。高画質、高感度、高いズーム画質などを実現するための映像処理ノウハウを盛り込んだ。さらに被写体ブレを抑えたり、シーン認識による“おまかせ”撮影の精度を高める機能も、デジタルカメラから持ち込んでいる。
光学デバイスを通すことで色再現域を広げるトリルミナス技術や、広い色域を活用した絵作りはテレビ開発のエンジニアが取り組んだものであり、携帯型音楽プレーヤに求められる使い勝手や音質チューニングはウォークマンのチームからZ1へとノウハウが注入されている。ウォークマンアプリとクラウド型サービスのMusic Unlimitedの統合も進められた。
他にも多数があるが、これら事業部の壁、商品カテゴリの壁を取り払って、ソニーに内在する価値を集約しているからこそ、Z1は平井社長の言うOne Sony活動の象徴となっている。しかし、この取り組みがうまくいくためには、各カテゴリにおけるソニーの技術やノウハウが、消費者の憧れの対象、あるいはマニアであるほど納得するような、深みのあるものでなければならない。
もしそれぞれの商品カテゴリにおいて、深掘りされていない流行をさらりと撫でただけの機能を取り込んだOne Sony商品であれば、「うちの持つノウハウをひとつにしました」といったところで、誰も振り向きはしない。だからこそ、プレミアム商品、あるいはセミ・プレミアム商品(デジタルカメラのRX1に対するRX100のような商品)を、徹底して高付加価値なものにしなければならない。
“クラウドでは実現できない価値”とは
平井社長のこうした説明の流れにおいて、“新しいソニー”を象徴すると感じた話題がある。それはハイレゾオーディオ(ソニーの定義では24bit/96kHz以上のCDを越える品位のオーディオのこと)に対する取り組みについてだ。ソニーはハイレゾオーディオに対して、かなり保守的な商品展開を行なってきた。しかし、このIFAではハイレゾ再生に対応する高級オーディオ機器。あるいはウォークマンなどの機器におけるハイレゾ再生機能、それにコンテンツとしてのハイレゾオーディオ配信に対する意欲などを語った。
表面的には「ソニーもいよいよ時流に乗ってハイレゾに対応してきたか」と見えるが、平井社長はハイレゾオーディオに対する取り組みについて、別の視点で「ソニーが取り組む価値」について話した。
「みなさんも理解されている通り、これまでエレクトロニクス製品に内包されていた価値が、どんどんクラウドへと移動している(スマートフォンの価値が相対的に高まっているのは、そうしたクラウドの価値へと接するデバイスがスマートフォンだからだ)。しかし、あらゆる価値を呑み込んでいるクラウドが、唯一呑み込めないものがある(平井社長)」
それこそが、五感に訴えるべき要素なのだとと平井社長は話す。
「音がいい、画質がいい、デザインがいい、手触りや直接見た時の質感が高い、重い/軽い。これらはハードウェアを極めなければ提供できない価値だ。そしてソニーの歴史を振り返るに、我々のDNAとして刻まれている要素でもある。消費者に感動を与える製品でなければ、プレミアム製品とは呼べない。より良い画質、より良い音質、五感で感じる価値を極めて感動を呼び起こすためには、質の高いソフトウェアも必要だ。だからこそ、ソニーグループを挙げて高品位な映像や音楽に取り組んでいく。ハイレゾについて、ソニーがやらなきゃ誰がやるんだ、という意気込みで質を高めることに取り組んでいきたい(平井社長)」
実は平井社長が、ゲームのソニーコンピューターエンターテインメントのトップに昇格したころ、インタビューでPlayStation 3(PS3)の持つオーディオとビジュアルのパフォーマンスについて話が及んだことがある。このとき「僕はそっちの方(高品位AVの世界)はよくわからないんですよ」と話していたことがある。平井氏がソニーのトップに近付く中で、当時のコメントに少しだけ懸念を感じていた。しかし、君子豹変す、とはこのことだろう。
このグループ取材の中で平井氏は次のように話した。
「エンジニアが4K映像のデモをしてくれる中で、アナログフィルム時代のコンテンツの方が4K時代には奥行きのある映像になると話してくれた。これは音楽も同じ。僕は技術者ではないが、確かにアナログ時代のソフトの方が拡がりがあると感じる。これは絶対にソニーがやっていくべきものだと感じた(平井社長)」
スマートフォンへの集中から、各カテゴリの製品への還元
ソニーグループに抱える“強み”を、事業部を越えてスマートフォン……すなわち、ソニー・モバイル・コミュニケーションの製品へと徹底投入した、最初のOne Sony製品「Xperia Z1」。この製品に対する集中したリソース投入は、自社製品とのカニバライゼーションも引き起こす。
しかし、これに関して平井社長は「ご存知のようにスマートフォンが普及し、内蔵カメラ性能が上がってきたことで、普及価格帯のデジタルカメラの事業環境は大幅に悪くなりました。これまでサイバーショットを買ってくれていた顧客が、スマートフォンで満足してしまうと買ってもらえなくなる。ではソニーのカメラを買っていただいていた顧客は、どんなスマートフォンを選ぶのか。ここで他社に流れるようなことは絶対にしてはいけない。だからこそ、事業部という壁を越えてサイバーショットのノウハウをスマートフォンに入れ、ユーザーを受け止めなければならないんです」と説明した。
端末ハードウェアの機能、性能が成熟化していく中で、製品の平均売価を下げないための工夫でもあると平井社長はいう。その上で、NFCでタッチするだけでつながるQXシリーズなどのデジタルカメラに代表されるような、“スマートフォンがある生活”を前提とした周辺アクセサリのビジネス環境を整えていくという。
まだ製品投入されていないものもあるが、利益率の高いアクセサリ分野に、クリエイティブな新しい製品がどんどん投入されるとのことだ。ワンタッチでスマートフォンと接続できるNFC対応製品は100種類に及び、いずれもがNFCを通じて新しいユーザー体験を提供していく。
ここで注目されるのが、ソニーに内在するユニークな技術・ノウハウをスマートフォンに集中させ、消費者との新たなタッチポイントとした後、どのように各カテゴリのビジネスへと還元するかである。
平井社長は、ソニーのユニークな要素技術にスマートフォンで触れるようになってくれば、一部ユーザーがより上位の製品を求めようとするときにソニーを選んでもらえるのではと話した。
「各カテゴリの普及価格帯製品を使っていたユーザーが、ゴッソリとスマートフォンへと乗り換えてしまっているのが現状。裾野を作り、体感してもらい、より良い製品へと誘うモデルが断ち切れられてしまっている。しかし、かつて普及価格帯を使っていた消費者層に、スマートフォンでソニーの技術・体験に振れてもらうことができるなら、プレミアム、セミプレミアムの製品へとつなぐことができる。そのためにも、より良い体験を提供できる、より高い競争力と魅力あるユニークな製品を揃えねばならない(平井社長)」
徐々に形が見え始めてきた、今の時代における“新しいソニー”
One Sonyという目標を掲げ、事業部の壁を越えてOne Sonyを表現した製品を作っていく。スマートフォンにエレクトロニクス分野の経営資源を集中させる。そうした経営方針が平井社長から語られた時、本当に今のソニーにそんなことができるのか?と、鼻で笑う人は少なくなかった。
筆者自身、今からで本当に間に合うのか? エンターテインメント性に特化したエレクトロニクス事業に未来があるのか。スマートフォンで利益を出せるのか。などなど、さまざまな疑問を感じていた。
現時点において、社長就任から1年半を数えた“平井ソニー”が、市場に満額回答で完璧な成果を見せた……と言い切るには、まだまだ材料は少ない。今はまだ、おそらく良い方向に向かうであろう”新しいソニー”が、朧気ながらも見え始めたという段階にしか過ぎない。このまま蜃気楼のように消えてしまうのか、それとも以前にも増して存在感のあるソニーとして、より実体感ある存在になるかはまだ不確定だ。
しかし、大きな利益を生み出すものではないと、大企業では切り捨てられがちな、画質、音質といったソニーに刻まれたDNAを上手に組み込んだ今の戦略は、かつてソニー製品を魅力ある憧れの製品として見ていた消費者の心にも届くものではないだろうか。
最初の矢が放たれたOne Sony活動。次の矢が何になるのかは、1月のラスベガス、CESの会場で明らかになるだろう。生まれ変わったソニーが、どんな勝負を仕掛けてくるのか。今はただ、ワクワクとした気持ちで彼らを見守ることにしたい。