本田雅一のAVTrends

立ち上がる4K映像ビジネスと、放送にも広がるHDRの波

「MIPCOM」新潮流。スカパーは11月InterBEEでHDR放送

立ち上がる4K映像ビジネス

 フランス・カンヌで年2回開催される映像コンテンツのトレードショウ「MIP」。春の「MIPTV」に対して秋は「MIPCOM」という名称で映像コンテンツ事業者には定番の展示会だ。

カンヌ「MIPCOM」でも注目の4K、HDR

 かつてはゴールデンタイム向けに制作された、良質の子ども向けコンテンツとして日本のアニメが海外輸出される場でもあった。近年ではTBSの「SASUKE」が海外輸出され、現地制作向けフォーマットとして販売されたことで人気が爆発。世界中を席巻しはじめるきっかけとなったのも、MIPを通じての取引が始まりだ。

 毎回、異なる国がフィーチャーされるのも特徴で、各国ローカルの人気番組が世界中で花開くきっかけになることも少なくない。たとえば日本でも人気を呼んだ米テレビドラマの「アグリー・ベティ」は、もともとメキシコで制作された人気テレビドラマシリーズを、舞台を米国に移してリメイクしたものだった。

 このように娯楽作品の王道とも言えるコンテンツ取引がMIPの主な目的だが、近い将来の映像トレンドを占う新技術を用いた映像もまた、このMIPに集まってくる。ここ数年、4K映像に関して各国の映像制作会社、テレビ局の取り組みが発表される場がソニーのサポートで設けられてきた。

4K/UHD TVの拡大に合わせてコンテンツ需要も拡大
ドイツSkyのUHD放送への取り組み

 当初は4K撮影で高騰する機材コストや大容量ストレージの扱い、撮影現場でのフォーカス(ピント合わせ)に関するノウハウや映像演出面での情報交換、それにネット配信に関する技術的な話などが多かったが、4K対応テレビの急速な普及がグローバルで見込まれるようになってきたことに加え、欧州のUltra HD(UHD)放送移行プログラムが“フェーズ2”に向けて動き始めたことでビジネスが本格化、さらにメーカーによる4Kテレビ用デモコンテンツの買い取りが増えているからだ。

 日本は先行してNexTVフォーラムによる4K(UHD)放送が行なわれ、さらにはスカパー!による世界初の商業4K放送も始まっている4K先進国だが、やはりグローバルでの放送スケジュールが決まってくると、商談の場も盛り上がってくる。

 加えて「INSIGHT」という4K専門の映像配信事業者が、今回のMIPCOMでローンチし、グローバルでのサービスインを発表。「6,000万世帯に4K映像を届ける」とぶち上げたことも、4K映像制作・流通への注目を高めた理由のひとつと言えるだろう。

各国の4K/UHDへの取り組み

 INSIGHTは事業開始当初こそインターネット配信のみだが、グローバルな事業展開ができるよう、世界中の衛星放送会社との契約をしている。日本ではすでに4K放送の競合があるためリストにはないが、欧州や北米、アジア、南米、アフリカなど、ほとんどの地域をカバーしているという。前述の“6,000万世帯”という数字は、それら契約している衛星放送の契約者を合計したものだ。

 ドラマ、ドキュメンタリなど多様な4Kコンテンツを自社制作しており、先行してグローバルでの配信を行なうことでブランディング。最初の数年は無料で視聴可能とし、その後、視聴者数が増えた段階で広告による収益を得るという事業計画とのことだ。

 こうしたスケールの大きい話が登場するのも、4K映像がビジネスとして花開き始めていることを示していると言えるだろう。

高まるHDRへの期待

 そして今年、いよいよHDR(ハイダイナミックレンジ)がMIP公式プログラムでも話題として持ち上がるようになった。HDRへの対応は、今年年末商戦の新型テレビでは、その対応具合が機種選定でも重要となるため、本誌のようなコンシューマ向け媒体の読者にとっても見逃せないトレンドだ。

HDRのベネフィット

 HDRは映像の精細感やディテールの深さを向上させ、また昨今の液晶テレビが持つ広い色再現域を活かす上でも重要なファクターとなっており、画素数向上よりも明確に画質を向上させる。すでに本連載ではHDRについて何度か取り上げているが、しばらくはHDRコンテンツの評価や、HDRコンテンツを表示するテレビの技術差から来る画質の違いといったことに、AVファンの興味が集まっていく。

 さて、そのHDRに関する話題だが、すでにUltra HD Blu-rayもHDRに対応することが明らかになっているが、テレビ放送用コンテンツの取引が中心のMIPCOMでは、4K放送のHDR化に関しての話題が豊富だった。

 まず欧州のUHD放送は2017年からHDR対応で放送される。すでに実験レベルではBBCがアメリカズカップの中継を実施した実例もある。

 欧州のフェーズ1のUHD実験放送では、毎秒50あるいは60フレームの4K(4倍FHD)映像を標準ダイナミックレンジとBT.709(通常のHD放送と同じ色再現域)、10bit色深度で放送している。ちなみに、日本はBT.2020という広色再現規格での放送だ。

 これがフェーズ2に切り替わる2017年に、フレームレートを毎秒100あるいは120フレームまで引き上げ、色再現域をRec.2020(再現域はBT.2020と同じ)、10bit色深度(オプションで12、14bit)のスペックにアップグレードした上で、さらにHDRにも対応する。

欧州のUHD放送移行はフェーズ2でHDR対応

 日本の場合、少し先行して4K放送のスケジュールとスペックが決まっていたこともあり、直近の映像技術トレンドであるHDRの扱いが明確になっていないが、欧州の規格ではあらかじめスペックに盛り込まれている。

 当然、日本でも4K放送が次の段階に進む際にはHDRが取り込まれることになるだろう。すでにARIB(電波産業会)でもHDRに関連する規格(たとえばHybrid Log-gamma)などが承認されており、来年はじまるBS衛星を用いた新しい4K放送実験ではHDR放送も行われると予想される。

放送で期待されるHybrid Log-gamma。スカパー! もHDRへ

 もっとも、すでに4K放送が開始され、チューナ内蔵テレビや別売りチューナが発売されているのに、今からHDR放送へと切り替えることが可能なのか? という疑問を持つ方もいるかもしれない。しかし、本連載でも以前に解説したHybrid Log-gammaではそれが可能だ。

 Hybrid Log-gammaは、通常ダイナミックレンジにしか対応していない普通のテレビにそのまま表示した場合(BT.709規格準拠のガンマカーブに対応したテレビという意味)にも、違和感なく通常の放送と同じように愉しむことができる。

 会場ではBBCによる比較デモも会場では行なわれていたが、前提としての説明がなければ、HDR映像をそのまま普通のテレビで映しているとは誰も思わないほど自然な映りになる。もちろん、Hybrid Log-gamma対応テレビならば、HDRの効果がハッキリと得られる。

BBCのHDRデモ。右はHybrid Log-gammaを普通のテレビで、左はHybrid Log-gamma対応テレビで表示したところ

 UHD Blu-rayに採用されているHDR10規格は、そのまま通常のテレビに映すと全体が白っぽく浅い色に映ってしまう。このためプレーヤー内部で標準ダイナミックレンジに変換してから表示する仕組みが内蔵されているが、Hybrid Log-gammaはその変換を行うことなく下方互換性を確保できるわけだ。

 放送の場合、HDR対応テレビ用、非対応テレビ用とチャンネルを分けて放送することは困難。さらに、チューナの規格をこれから変更することも利用者に経済的な負担を求めることになる。少なくとも放送においては、Hybrid Log-gammaによるHDR対応が、主流となっていくだろう。Hybrid Log-gammaには、撮影後にの処理でHDR映像を作るだけでなく、ライブ中継などの現場で画決めをしやすいという利点もある。これもテレビ向きと言われる理由となっている。

 さて、こうしたMIPCOMのシアターには、世界初の4K商用放送を行ったスカパー!も登壇。Hybrid Log-gammaを使ったHDR映像伝送を、今年のInterBEEで計画しているという。

スカパー!のHDRへの取り組み
スカパー!がHDRを研究する理由

 新規サービス開発を担当している今井豊氏によると「すでにHDRの撮影実験は何度も行ない、ノウハウを蓄積している」と話しており、これまでにも展示会などでそのいくつかが披露されていた。MIPCOMでもサッカー、自動車レース、コンサートなどの中継をHDR収録したものをデモンストレーションした。

 11月に幕張で行なわれるInterBEEでは、スカパー!が制作したHDR映像をHybrid Log-gammaで4Kチャンネルと同じ機材で、124/128衛星の通信帯域として映像伝送する。その映像を、InterBEE会場で受信し、HDR対応ディスプレイで表示する。

音楽ライブでもHDRの効果を確認
スポーツ放送におけるHDRの効果
Hybrid Log-gammaをデモ

 今井氏は「映画でのHDR表現についても色々研究が進んでいるようだが、HDRの良さはスポーツやコンサートなどの生中継で、より現実の会場に近い雰囲気を再現できる点も大きな利点。放送ならではのHDRの良さを伝えたい」と話した。

 HDR映像に関しては、MIPCOMの4Kシアターにやってきたほとんどの映像制作関係者が興味を持っており、誰に聞いても「すでにテスト撮影を進めていて、既存作品も含めてより良いHDRの表現を探っている」と積極的な答が返ってくる。

 冒頭でも述べたように、4K映像の商取引が活発する中、最新トレンドのHDRに関しても、具体的な放送という目標が見えていることもあり動きが加速していきそうだ。

 4KとHDRをテーマにしたシアターをスポンサードしたソニーは「最新の映像技術をすばやく普及させ、映像制作のトレンドを捕まえることで、カメラや制作用機器、テレビに技術をフィードバックさせていく」とその意義について話した。

 ソニーに限らず、テレビメーカーは製品の差異化点としてHDR表示性能に焦点を当て始めている。パナソニック、東芝、シャープ、すべてのメーカーが集中して開発投資を行っている。まずはInterBEEでのHybrid Log-gamma実験放送に注目したい。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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