大河原克行のデジタル家電 -最前線-

印刷方式に特化するパナソニックの有機ELパネル戦略

「韓国メーカーには負けていない」

津賀社長の基調講演で公開された有機ELパネル

 パナソニックは、米ラスベガスで開催された2013 International CESにおいて、56型4K2K有機ELパネルの試作品を発表した。この発表は、同社の有機ELビジネスの姿勢に関して、いくつかのメッセージが含まれているといえる。

 ひとつは、同社が印刷方式に特化した開発を推進すること、そして、大画面をターゲットとしたビジネスに集中すること、当面はビジネス領域での活用を目指すといった点などだ。

 そして、パナソニックの津賀一宏社長は、「有機ELでも韓国メーカーに負けていないことを示す狙いもある」とする。パナソニックの有機ELパネルへの取り組みを、CESの会場で追った。

2013 International CESで発表した56型4K2K有機ELパネルの試作品

パナソニック独自開発の印刷方式

 最初に明確にしておきたいのは、今回、パナソニックが発表した56型4K2K有機ELパネルは、ソニーとの共同開発によるものではなく、パナソニックの独自開発によるものという点だ。

 正確にいえば、今回展示した有機ELパネルのTFTに関しては、ソニーからの供給を受けている。これは、2012年6月に発表した有機ELパネルおよびモジュールの共同開発の第一歩だとする。

パナソニック AVCネットワークス社ディスプレイデバイス事業グループ・西村一之顧問

 だが、パナソニックが今回の有機ELパネルで採用したRGBオール印刷方式に関するプロセス技術、設備技術はパナソニック独自のもの。「共同開発の発表前から着手していたもので、ソニーと共同開発しているものとは別のもの」(パナソニック AVCネットワークス社ディスプレイデバイス事業グループ・西村一之顧問)と位置づける。

 当然、このノウハウは、現在進められているソニーとの共同開発に応用されることになるが、ソニー自身は、まだ印刷方式についての試作品は公にはしていない。実際、CESのソニーブースに展示されていた有機ELテレビは、蒸着方式であり、パナソニックのそれとは異なるものだ。

 では、パナソニックが採用したRGBオール印刷方式とは、どんな特徴を持つのであろうか。

4つの特徴を持つRGBオール印刷方式

パナソニック AVCネットワークス社OLED事業推進室開発グループ・竹澤浩義グループマネージャー

 パナソニック AVCネットワークス社OLED事業推進室開発グループ・竹澤浩義グループマネージャーは、「RGBオール印刷方式は、有機ELの画期的な製造方式であり、将来の有機ELパネルの普及に大きく貢献できる技術」と前置きし、「マスクレス、大型対応、低コスト、高画質という4つの特徴を持つ」と語る。

 有機ELパネルのEL層を形成する技術には、蒸着方式と印刷方式がある。さらに蒸着方式には、EL層を白色発光させるものと、RGBの3色を発光させるものとがある。

有機ELの製造方式の比較

 現在、主流となっているのは蒸着方式であり、真空環境で材料を加熱、気化させてEL層を形成。必要な部分にのみ膜を形成するため、マスクと呼ばれる遮蔽板を使うことになる。

 白色蒸着方式では、枠のみで遮蔽すればいいが、3色蒸着方式では、RGBの膜を決められた場所に形成する必要があるため、白色蒸着方式に比べて精細なマスクが必要となる。

 また、蒸着方式は、パネルが大型化するのに伴い、蒸着源とパネルとの距離が離れるため、均一な膜を形成することが難しいという課題があった。また、気化した材料は、真空容器の壁やマスクに付着するため、材料の無駄が多くなるという課題もあった。

 これに対して、印刷方式は、材料を直接印刷してEL層を形成するため、真空環境が不要、マスクが不要といったように製造プロセスにおける投資が少なく、メンテナンスも容易であること、さらに、パネル大型化への対応が容易であること、必要な場所にのみに、必要な分量を塗布するため、材料ロスが少なく、材料利用効率が高いといったメリットがある。

 さらに製造工程においては、異なるサイズのパネル生産の際に印刷ヘッドを共有できるなど、多様な画面サイズへの展開が容易であり、切り替えの時間が短くて済むため、生産リードタイムの縮小につながるといったメリットもある。

 材料コストなどでは蒸着方式に比べて、3分の1程度にまで削減できるという。

 そして、「有機ELパネルそのものは、将来的にはプラスチック基板の導入によって、さらにフレキシブル化したものへと進化することが見込まれているが、印刷方式はそれに向けても、有力な手段になる」(竹澤グループマネージャー)とする。

独自の設備技術とプロセス技術で課題を克服

 パナソニックが採用したRGBオール印刷方式は、競合他社も検討を行なってきたものだが、発光材料の開発や、細かな画素に対応する形で的確に印刷する技術をはじめとした製造設備、プロセスに課題があり、実用化にはつながりにくかった。

 今回、パナソニックでは、56型という大画面に対して、均一に塗布する設備技術と、プロセス技術を独自に開発することで、こうした課題を解決したという。

 56型という大きさは、同社姫路工場で稼働する5.5世代のパネル生産ラインにおいて、1枚取りとなる最大サイズからきている。

 「設備拡張がシンプルであるため、将来的には、8.5世代の設備を活用するような大型化への対応が容易であり、量産メリットを生み出しやすい」(パナソニック・西村顧問)という。

パネル構造にトップエミッション方式を採用

パナソニック有機ELの特徴は3色印刷とトップエミッション

 さらにパナソニックでは、RGBオール印刷方式の採用に加えて、トップエミッション方式と呼ぶ、パナソニック独自のパネル構造を採用している。

 パネル構造は、有機ELパネルの色再現性と視野角特性に大きく関わるものであり、いくつかの方法が採用されている。

 トップエミッション方式は、TFTの反対側から光を取り出す方式で、TFT側から光を取り出すボトムエミッション方式に比べて、光の利用効率が高くなり、より少ない電力で明るい画面を実現することができるという。

 また、パナソニックでは、トップエミッション方式に透明陰極を採用することで、光の指向性を抑え、光を広く取り出すことを可能にしている。これにより、視野角の広いパネルを実現することができるという。

 さらに、RGBの3色塗り分けにより、原色の鮮やかさを表現。広い色再現領域を実現することができる。

韓国メーカーには負けていない

 「今回の発表は、パナソニックがRGBオール印刷方式に集中して、有機ELパネルの生産を行なうことを宣言するものになる」と、西村顧問は語る。

 パナソニックの津賀一宏社長も、「パナソニックは、印刷方式にこだわり、過去6、7年、この技術に取り組んできた。今回、素晴らしい画質の4Kの有機ELディスプレイが見せることができた」と胸を張る。そして、「有機ELでは、韓国メーカーに負けているといわれるが、今回の発表によって、そんなことはないという点をみせることができた」と続ける。

 他社が蒸着方式での実用化を模索するなかで、印刷方式で一歩先んじたパナソニックは、有機ELパネルの大型化で優位な立場に立ったといえる。そして、共同開発体制を組むソニーも印刷方式の採用を前向きに検討することになるだろう。

 ソニーの平井一夫社長は、「蒸着方式も、印刷方式もそれぞれにいいところがある。パナソニックとの共同開発のなかで、どの方式がコスト構造に優れ、画質が素晴らしいものになるのかを検討していきたい」とする。

 一方で、パナソニックがRGBオール印刷方式を採用したということは、有機ELパネル事業を大画面中心に据えたことの裏返しだともいえる。

 「RGBオール印刷方式は、同一設備で中小型から大型までのフレキシブルな生産対応が可能な点が特徴だが、その効果が発揮できるのは15型以上のサイズ。スマートフォンなどの画面サイズには適していない」(西村顧問)とする。

 スマートフォンやタブレット向けの小型有機ELパネルは、パナソニック自らは生産を行わないということになる。

BtoB用途に特化したビジネスを推進

 そして、パナソニックは、有機ELパネルのビジネスを、当面、ヒジネス用途に限定するつもりだ。

 パナソニックの津賀一宏社長は、「大型向けでは技術開発や生産面で、まだまだ改善の必要性があるのは各社に共通したもの」と前置きしながら、「個人用テレビとしての展開は、液晶テレビに対して、コスト的な競争力を持てるようになってからの話。それまでは、業務用ディスプレイとしての展開に特化する」とし、テレビ用途で有機ELを提案するLG電子、サムスン、ソニーとは、姿勢が異なることを強調する。

 テレビとしての展開には、量産効果が必須条件。そのためには、姫路工場に設置している8.5世代ラインでの生産が前提となるだろうが、津賀社長は、「現時点ではそこまで投資ができる段階にはない」とする。

 また、「有機ELの特徴を生かそうとすれば、ディスプレイの技術だけに留まらず、コンテンツの進化も重要。いま、日本のテレビ放送のコンテンツを、有機ELに表示しても、ディスプレイの方が勝り、コンテンツが負けてしまう。新たなディスプレイ技術にふさわしいコンテンツやアプリケーションを整えることが必要であり、まだそれは開発のフェーズにある。我々は急ぐ必要がない」とも語る。

 プラズマディスプレイパネルや液晶パネルでは、積極的な投資が裏目に出て業績を悪化させた経験がある。

 それだけに、パソナニックの有機ELパネルへの投資は、極めて慎重である。

 しかし、その一方で、有機EL分野においても、着実に技術進化を図ってきているのは確かである。

 RGBオール印刷方式によって、一歩抜きんでた有機ELパネルの技術を、どうビジネスに結び付けていくのかが、これからの課題となる。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など