大河原克行のデジタル家電 -最前線-

パナソニックのテレビが、白物家電との統合で変わること

楠見事業部長が語る「テレビを超えるテレビ」の意図

パナソニック アプライアンス社 上席副社長 ホームエンターテインメント・ビューティー・リビング事業担当 兼 ホームエンターテインメント事業部長の楠見雄規氏

 パナソニックのテレビ事業が、2014年4月1日付で、オーディオ事業、ビデオ事業などと統合。ホームエンターテインメント事業部として、AVCネットワークス社から、白物家電などを担当するアプライアンス社に移った。

 この新たな組織体制によって、パナソニックのテレビ事業はどう変わるのか。そして、新体制で生まれるメリットとはなにか。パナソニック アプライアンス社 上席副社長 ホームエンターテインメント・ビューティー・リビング事業担当 兼 ホームエンターテインメント事業部長の楠見雄規氏に話を聞いた。

4月11日に発表した新4Kテレビ「VIERA AX800シリーズ」(左)と、フルHDの「AS800シリーズ」(右)

「自分で作れる商品だけを売る」はやめよう

――4月1日付で、テレビ事業がAVCネットワークス社から、アプライアンス社へと移りました。この狙いはなんでしょうか。

テレビ、オーディオ、BDレコーダ、アクセサリーなどを、白物家電事業を行なうアプライアンス社に統合

楠見:社長の津賀(パナソニックの津賀一宏社長)は、社長就任以来、「テレビは白物である」ということを明言してきました。その言葉を受けて、私自身も、テレビのどこが白物なのかということを考えてみました。すると確かに「テレビは白物である」ということは、いくつかの観点から捉えることができるんです。例えば、テレビは、冷蔵庫や洗濯機と同じように家の中に置かれており、使う頻度が多いという点でも同じです。そして、テレビというのは、趣味の商品でもない。

 もちろん、全体の約5%のお客様は、画質や音質にこだわり、趣味の商品と位置づけている方々がいます。しかし、残りの約95%のお客様は、日常的に利用する家電商品と同じような扱いをしているわけです。買い替えの理由も、古くなったとか、壊れたとかといったことが一番多い。たまたま、地上デジタル放送への移行に伴って、大きな買い替え需要が発生したわけですが、これは特別なものです。テレビが持つ本質的な使い方、扱い方というのは、白物家電と同じであるというのが私の認識です。

 そして、リビングルームという住空間のなかで、最もコモディティ化した商品がテレビだといえます。ただ、コモディティ化していても、より高い品質を持った商品が求められているという状況がある。これは、コモディティ化した白物家電でも同じことです。炊飯器では10万円の付加価値を持った商品が人気となっていることがその好例ではないでしょうか。ニーズに沿って、こうした上質な商品を作るというのは、テレビも、白物家電も同じです。これまでのAVCネットワークス社におけるテレビづくりは、どうしてもスペックを追い求める、あるいは新たな技術を追い求めるということが中心になっていました。

 パナソニックのテレビ事業では、「Life + Screen」という新たなコンセプトを掲げました。これは、新たな体験をプラスして、より豊かなライフスタイルを実現することを目指すというコンセプトです。そうした視点で見たときに、社内で最も進んでいるのが、アプライアンス社であり、最たるものが、パナソニックビューティーによる理美容商品群なのです。コモディティ化した製品だけでなく、付加価値によって新たな利用提案を行なう商品を提案し、また、これまでの商品に比べて圧倒的に付加価値の高い商品を開発し、これまでとは異なる価格帯の商品として投入するといったことが行なわれている。アプライアンス社には、こうしたノウハウが蓄積されている。

 たとえば、静電気だらけの髪にナノイードライヤーの風を当てると、スーッと静電気が無くなる。普段ドライヤーを使用しているときにはあまり意識しない技術かもしれませんが、それをメッセージとしてエンドユーザーに届けることができるマーケティングノウハウをしっかりと構築している。これらのノウハウは、テレビ事業にも活用できると考えていますし、オーディオ事業では、ビューティー商品に通じるような提案活動がテレビ事業以上に求められるともいえます。こうした白物家電で培ったノウハウをテレビやオーディオにも生かすことができます。日本の市場においては、とくに強みが発揮できるのではないでしょうか。

――先日行なわれたパナソニックの2014年度事業方針説明会においては、津賀社長が白物家電事業は、ローカルの生活に密着した形で事業を推進している点、そして、テレビ事業はグローバルで戦える体制を持っている点を強みとしてあげました。

楠見:テレビ事業は、出荷台数でみれば欧州市場が最も多く、アジア、中南米、日本、そして北米、中国で事業をやっている。とくに欧州や中南米のビジネスはテレビ事業が重要な柱となっています。これに対して、白物家電事業はアジアや中国といった市場で展開しており、欧州や北米への展開はこれからです。アプライアンス社全体としてのグローバル戦略を加速するという点で、テレビ事業の実績というのは大きな意味を持つといえます。ただ、テレビ・パネル事業は課題事業であり、一時に比べて売上高は約半分になっている。技術リソースも限られてくる。それでいながら、新たな価値を提案しながら、地域の要求に応え、それぞれの地域にあわせた戦略を加速していかなくてはならない。地域ごとの戦略との連携というものがこれまで以上に重要視されると考えています。

 最近は自分で作れる商品だけを売る、という発想はやめようといっているんです。自分の技術、自分の工場で作れる商品ではなく、それぞれ地域で、それぞれのお客様が欲しいと思う商品、喜ぶ商品をお届けすることが重要である。大切なのは「作る」ことではなく、「届ける」こと。パナソニックが、家電事業を継続する意味のひとつには、BtoBやBtoBtoCの事業を成長させるために、家電によってパナソニックの認知度をあげていくという狙いがあります。その目的を達成するには、ハイエンドの商品だけを売っているだけでは目標が達成できない。

 新興国で求められる商品のなかには、テレビは映りさえすればいいんだ、という場合も少なくない。ただ、そこにも、パナソニックが考える品質を維持し、パナソニック商品を買って良かったと思ってもらうことは必要です。それが実現できれば、手段を選ばずに商品を提供してもいいわけです。自分たちでなくてもできることは、自分たちで作らなくてもいい。そこは、外部の力を借りていく。そうしたことも含めて展開することで、パナソニックのブランド価値をグローバルに高めていくことができると考えています。

ビューティー・リビングのノウハウを活用。スマートTV構成比は7割へ

――楠見事業部長は、ホームエンターテインメント事業とともに、ビューティー・リビング事業も担当しますね。これはテレビ事業にどんな影響を与えることになりますか。

楠見:ビューティー・リビング事業の強みは、新たな商品を作ることに長けているという点です。これについては大きな力を持っていると自己評価しています。テレビ事業がそこから学ぶことは多いといえます。これからのテレビは、スペックや機能を追求する手法から、感性を追求する手法へと転換していかなくてはならない。

 テレビ事業をさらに進化させるためには、ビューティー・リビング事業のノウハウを活用することは必要であり、そこに私が事業部長を兼務する意味があるのではないでしょうか。私が両方を兼務するので、テレビにナノイー機能を搭載したり、マッサージチェアにテレビ機能を付けるということではないですよ(笑)。1+1が1.5にしかならないものは必要ないですからね。

――今回の組織変更で、ホームエンターテインメント事業部という新たな名称がつきました。この組織名の意図はどこにありますか。

アプライアンス社に、テレビなどを含むホームエンターテインメント事業部が設置

楠見:ホームエンターテインメント事業部においては、ビジュアル&サウンドという2つの領域の製品群が主軸になります。それらの製品群を、住空間のなかで、どんな形で提供できるか。家のなかで楽しむことができるものになるか。そこに、パナソニックが目指すホームエンターテインメントの意味があります。ホームエンターテインメントというと、かなり広い領域を指しますから、まずはリビングエンターテインメントというところで驚きと感動の商品を提案していく。今回発表した4K対応テレビ「AX800シリーズ」などの新製品は、リビングエンターテインメントの第1歩であり、ホームエンターテインメントにつながるものとなります。また、家に留まらず、生活全体のなかでのエンターテインメントを提案していきたいと考えています。スマートテレビという言い方をすれば、2015年度には約7割にまで構成比を高めたいと考えています。

――かつてのテレビ事業部と、新たなホームエンターテインメント事業部とでは、市場投入するテレビに違いはありますか。


4K対応テレビ新機種の「65AX800」

楠見:違いを挙げるとすれば、私自身の職掌範囲が広がったわけですから、考えて、実現できる手の内の「駒」が増えたといえます。これがテレビにどうつながるか。それは、これからの「お楽しみ」です(笑)。ただ、将来の方向性に向けてのヒントをあげるとすれば、今回発表したAX800シリーズでは、テレビに近づくと、テレビが個人を認識し、テレビが知りたい情報を表示する「インフォメーションバー」を搭載しました。これは、これまでのテレビの使い方を変えるものになります。というのも、これまでのテレビは、ユーザー自らがテレビのスイッチを入れる必要があった。また、スイッチを入れるとテレビ放送が画面に表示されるというものでした。しかし、インフォメーションバーは、テレビのスイッチを入れなくても、役立つ情報を表示する。これはこれまでのテレビにはない使い方です。リビングに置かれるテレビが大画面化してくると、テレビを見ていないときに、黒い大きなスクリーンが目立つようになる。これだけ黒い壁があると、あまり気持ちのいいものではないですよね。ではそれをどう活用するか。ここに将来のテレビのヒントがあるといえます。テレビが、リビングのなかに自然と溶け込み、人とコミュニケーションし、人の生活のなかで生きてくることになる。また、どこにいても、人とつながるためのツールという役割を果たすかもしれません。

 私は、新たなテレビの姿を作るには、何度も試行錯誤を繰り返す必要があると考えています。自分たちの自由な発想を、次々と実験していきたい。ですから、固定した方向感を持つ必要はないと思っていますし、どんな可能性にも挑戦してみたいと思っています。「生活」や「家」、「リビング」というキーワードを捉えても、人によって考え方は様々ですし、もしかしたら、インフォメーションバーの機能までは必要ないという人もいるはずです。とにかくテレビ放送さえ、見られればいいという人もいますからね。でも、使ってみたら便利だなと思ってくれるかもしれない。また、便利だと思った人が次になにかしらの行動を起こしたり、新たな使い方をしはじめるのかもしれない。生活のなかでどんな役割を果たすことになるのか。これは実際に出してみないとわかりません。繰り返し、繰り返し挑戦していかないと商品は進化しません。ちょっとの失敗ぐらいではやめないという気持ちも必要ですね。

“プラズマ超え”画質で驚きと感動。社内コラボも促進

――今回発表したAX800シリーズは、新たなテレビの創造に向けて、どんな位置づけを持った商品となりますか。

楠見:AX800シリーズは、Life+Screenをコンセプトとし、従来のテレビの概念を超える“テレビを超えるテレビ”に位置づけた商品です。4Kによるリアルな映像が「感動」の体験を生み、かんたんに見たいものがみつかる「驚き」体験を実現した。感動と驚きのテレビ体験をプラスしたわけです。これからの道のりは長いといえますが、その長い道のりの入口に到達した商品が今回のAX800シリーズ。その一歩は偉大な一歩だといえるのではないでしょうか。そして、テレビも、ぜひとも「Wonders!」商品の仲間入りをしたい(笑)。これが、「Wonders!」に向けた第1歩ともいえます。

――「テレビを超えるテレビ」、あるいは「感動と驚きを与えるテレビ」という点では、画質の追求はどの程度の意味を持ちますか。

楠見:それはこれからも欠かせない要素であり、優先すべき要素だといえます。プラズマテレビの感動というのは、あの画質の高さにあったといえます。ゾクゾクっとするような感動は画質によって実現したわけです。しかし、かつての液晶テレビは、驚きはあっても感動は少なかったのではないでしょうか。

 もし、プラズマテレビの画質を95点だとすれば、パナソニックは、新たなテレビで100点を目指すのではなく、120点や130点を目指したい。もちろん、液晶テレビで、プラズマテレビの画質を再現するのは、パネルの特性からしてもかなりハードルが高いのは事実です。とくに暗部階調の難しさがある。しかし、AX800シリーズで採用した液晶パネルは、かなり色域の広いものです。また、補正技術によって、暗部の再現性も追求した。この新たなパネルと補正技術が完成したことで、かつてのプラズマテレビのエンジニアがいじっても、かなり面白いものになったという声があがっています。この点では、まだまだやることがあると思っていますし、これはアプライアンス社になったからといって変わるというものではありません。

――では、アプライアンス社になって変わるものとはなんでしょうか。

楠見:使い勝手の“かんたん”によって生まれる「驚き」はこれからも徹底的にやる。そこに集中できる環境が整ったといえます。また、生活のなかでの提案が増えるでしょうね。情報を表示するデバイスはどうすべきかを、生活という観点から考えること、あるいは、リビングやキッチンのなかで使われるものを、社内コラボでどう実現するかという点でもメリットが出るでしょう。

 例えば、家具との調和、室内の内装との調和といったものも社内コラボのひとつです。これは、他のテレビメーカーにはないものです。AVCネットワーク社では、内装を担当するエコソリューションズ社との連携にはちょっと距離感があったが、アプライアンス社になれば、これまで以上に近くなってきます。

――ホームエンターテインメント事業部として、今年やらなくてならないこととはなんですか。

楠見:テレビ事業だけに留まらず、オーディオ事業、ビデオ事業の社員に対しても言っているのは、アプライアンス事業の社員とのコラボレーションを、全員の知恵を集めてやろうということです。まずはプロセスという点で融合したい。本当の意味での商品の融合成果というのはしばらく時間がかかるでしょう。単なる思いつきだけで商品を開発してもろくなことにはならない。考えに考え抜いて、しかもそれを新たなプロセスのなかで作り上げたい。テレビは、コモディティ化している領域でありながらも、必需品でもない。そうした商品であるからこそ、感動と驚きをもう一度追い求めて行かなくてはならないと考えています。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など