第488回:ボカロに馴染むDAW「Music Maker MX」

~手頃な14,800円。初心者向け自動作曲機能も ~


 12月22日、AHSからDTM関連製品が3つ揃って発売される。DAWである「Music Maker MX Producer Edition」(14,800円)、VOCALOID3ライブラリの「結月ゆかり」(11,800円)、さらには歌うのではなく、しゃべる音声合成ソフトであるVOICEROID+の「結月ゆかり」(9,800円)のそれぞれ。お互い、連携できるような商品構成になっており、割安のセット製品なども登場しているが、ここではDAWのMusic Maker MXを中心に紹介してみよう。

「Music Maker MX Producer Edition」VOCALOID3ライブラリ「結月ゆかり」音声合成ソフト VOICEROID+「結月ゆかり」

■ 初心者向けのMusic Maker MX。便利な自動作曲機能「ソングメーカー」搭載

 DAWというと一般的に5万円以上はする高級ソフトウェアというイメージもあるが、今回発売されたMusic Maker MX Producer Editionは標準価格で14,800円とかなり手ごろな価格設定。名称に「Producer Edition」と付いてはいるが、「Standard Edition」などが存在するわけではないので(アカデミック版や解説書、ビデオとセットとなったパッケージは存在する)、これが唯一のバージョンとなる。

 このMusic MakerはドイツのMAGIXが開発するエントリー向けのDAWで、同社のプロ向けマスタリング・オーディオエディティングソフト、「Samplitude」の弟分的な位置づけとなっている。これまでもDigital Audio Laboratoryにおいて日本版の初代バージョンである「Music Maker」、その次の「Music Maker 2」を取り上げてきたが、昨年リリースされた「Music Maker 3」に続くバージョンがこのMusic Maker MXとなる。

 最近はSONARやCubaseなどの老舗DAWも低価格版をリリースしてきているが、Music Maker MXは、上位版や下位版があるわけではないため、すべての機能がここに凝縮されているというのが最大の特徴。オーディオレコーディング機能、MIDIレコーディング機能、各種編集機能、ミックス機能、マスタリング機能とDAWとしての機能を一通り備えており、出し惜しみすることなく、すべての機能が使えるというわけだ。

 ただ、多くの初心者ユーザーの場合、DAWを前にして、何をどうしていいのか分からなくなってしまうケースも少なくないだろう。各ソフトとも多くの機能があるために、何から手をつければいいか困惑してしまうのだ。また楽器が弾けない人の場合、どうやって曲を作っていけばいいのかわからず、戸惑ってしまうこともあるだろう。

 以前からMusic Makerはそうした初心者向けに使いやすくできているのが大きなポイントだ。中でも便利なのが「ソングメーカー」機能という自動作曲機能が搭載されていること。ソングメーカーのボタンをクリックするとソングメーカーのダイアログが起動してくる。ここで「スタイルの選択」でロック、テクノ、アンビエント……といった中から自分で作ってみたいジャンルを選択し、画面右側の「楽曲を作成」ボタンをクリックすれば、すぐに曲が生成され、演奏がスタートする。また画面上には、ここで作った結果が反映される。

 例えば、「Rock Alternative Vol.4」というスタイルで作ってみたのが下のMP3ファイルだ。再度、楽曲作成ボタンをクリックすれば、同じ雰囲気で別の曲が簡単にできるのも面白いところ。スタイルを変更すれば、まったく別の曲になる。「Ambient Vol.9」で作ったファイルも聴いてみて欲しい。

ドイツのMAGIXが開発する「Samplitude」の弟分的な位置づけ自動作曲機能「ソングメーカー」のダイアログ「楽曲を作成」で作れた結果を画面上に反映

自動作曲機能「ソングメーカー」による楽曲
「Rock Alternative Vol.4」で作成「Ambient Vol.9」で作成
Rock.mp3
Ambient.mp3
編集部注:Music Makerで作成したMP3ファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 

 この画面を見ても分かるとおり、使用する楽器のオン/オフが可能になっているので、使いたい楽器を選んで楽曲を作ることができるし、「コンポーネントを選択」のところで、「イントロ」や「Bメロ」といったところをオンにすることで、より長い曲、複雑な構成の曲に仕上げていくこともできる。

 このソングメーカーを操作する上で、音楽的な知識はほぼゼロでOK。もちろん、楽器が弾けなくても、そもそもAmbientとはどんな雰囲気なのかすら知らなくても、オリジナル曲がすぐにできてしまうのだ。従来のバージョンのMusic Makerにもソングメーカーは搭載されていたが、さらに分かりやすく、使いやすくなっているので、これだけを目的に購入しても損はないのではないだろうか。

 このようにソングメーカーを利用すれば自動的に楽曲の構成をすることができるが、もちろん手動で行なっていくことも可能。画面下にあるサウンドプールからスタイルを選ぶと、そのスタイルとして収録されているループ素材を閲覧し、試聴することができる。その中から気に入った素材を選んで画面上のアレンジャーフィールドへドロップすることで、素材を貼り付け、並べていくことができる。この辺はACIDなどのループシーケンサでの操作方法とまったく同じだ。

 なお、Music Maker MXに収録されているスタイルは10種類、約3,500種類のループ素材が収録されているが、さらに追加したい場合はオプションとしてAHSから「Sound Pool」というループ素材集が発売されている。これまでのところ「Sound Pool」 Vol.1~Vol.14(いずれも標準価格6,980円)の14種類が発売されており、それぞれを追加することで新たな曲調の音楽が作れるようになるのだ。

長い曲や複雑な構成の曲へと仕上げることも可能画面下のサウンドプールにスタイルとして収録されているループ素材
画面上のアレンジャーフィールドへドロップして素材を貼り付ける「Sound Pool Vol.14」

■ 基本を押さえたMIDIシーケンサ、プラグイン追加も可能

 もちろん、MIDIシーケンサとしてもなかなかしっかりした機能を持っている。まずは音源だが、オブジェクトシンセサイザとトラックシンセサイザという大きく2種類が存在している。オブジェクトシンセサイザというのは、シーケンス機能を装備した音源で、ドラムマシンやベースマシンで計5種類を搭載。たとえばBeatBox2はかなり膨大なサンプリング音を搭載したドラムマシン。数多くあるサンプリング音から気に入ったものを選んでドラムキット自体を作ることができ、それを元にリズムパターンを組んでいくことができる。こうして組んだパターンをトラックに貼り付けていくことで、曲を作っていくのだ。

 「MAGIX LOOP DESIGNER」はDrum 'n' Bassマシン。画面上がドラムセクション、下がベースセクションになっており、これを使ってパターンを作成していく。あらかじめ数多くのプリセットも用意されているので、そこから選択するだけで、それっぽいパターンを簡単に作れ、やはり作ったものをトラックへ貼り付けていけばいいのだ。以前からあった「Robota」、「LIViD」、「Atomos」といった音源もそのまま搭載されている。

音源はオブジェクトシンセサイザとトラックシンセサイザの2種類ドラムマシン「BeatBox2」Drum 'n' Bassマシン「MAGIX LOOP DESIGNER」
「Robota」「LIViD」「Atomos」

 一方のトラックシンセサイザは、一般的なソフトシンセ。従来からあったサンプリング音源の「Vita」やアナログのモデリングシンセの「Rovolta 2」に加え、数多くの音源が追加されている。ギター音源の「Century Guitar」、ベース音源の「Electric Bass」はそれぞれ汎用的なギター、ベースとして使いやすい。また「Drum Engine」はその名のとおり計16個のパッドを装備したドラムマシン。ビットクラッシャーやディストーションなども装備され、音を作りこんでいくことができるのも魅力のひとつだ。「Lead Synth」はRovolta 2とはまた方向性の違うリード専門のアナログ・モデリングシンセ。メロディーなどを作っていくのにはかなり重宝しそうな音源だ。

サンプリング音源「Vita」アナログモデリングシンセ「Rovolta 2」ギター音源「Century Guitar」
ベース音源「Electric Bass」ドラムマシン「Drum Engine」リード専門のアナログモデリングシンセ「Lead Synth」

 Music Maker MXにはこうしたトラックシンセサイザが計6つ用意されているが、VSTインストゥルメント対応なので、フリーウェアやシェアウェア、市販ソフトなどお気に入りのプラグインを追加していくこともできる。組み込んでしまえば、あとはMusic Maker MXの1機能として普通に使うことができる。

 これらの音源をコントロールするMIDIのシーケンサのメインはピアノロール。必要に応じてリストエディタをセットにすることができるのでより細かなエディットも可能になる。またドラムの場合はドラムエディタで入力、エディットすることができる。

MIDIシーケンサのピアノロール必要に応じたリストエディタをセットし、より細かなエディットも可能ドラムエディタでの入力とエディット

■ エフェクトも充実。ボーカロイドP集団「VOCALOMAKETS」によるデモ曲も収録

 一方、エフェクトのほうもなかなか充実している。この機能自体は以前のバージョンと大きく変わってはいないようだが、ミキサーを通じていろいろ使えるようになっている。まずは、各トラックに標準で搭載されているエフェクトラック。画面を見ると分かるとおり、EQ、リバーブ、ディレイ、コンプ、ディストーション、フィルター、エンハンサーと一通りのものがセットになっているので、これを使うだけでもかなりのことができる。

 また各トラックそれぞれに2つのインサーションエフェクトを追加することが可能。ここにも標準で11種類のエフェクトが用意されているのだが、中でも注目は「VANDAL_SE」というアンプシミュレータ。4つのストンプエフェクトを組み合わせつつ、アンプ部、キャビネット部など自由に設定して音作りが楽しめるようになっている。インサーションだけでなく、2つのFXバスを利用することで、センド・リターンエフェクトを構成することも可能だ。

以前のバージョンを引き継いだミキサー各トラックに標準搭載のエフェクトラックアンプシミュレータ「VANDAL_SE」

 もうひとつ強力なのが「MASTERING SUITE」というマスタリング専用のエフェクトラック。パラメトリックEQ、エンハンサー、MULTIMAXという名の3バンドコンプ、そしてリミッタ(マキシマイザ)という構成となっており、ここで最終的な音の調整ができるのだ。マスタリングは、初心者にはなかなか難しい操作だが、これもプリセットがいろいろと用意されていて、その名称も「大音量でウォーム」、「ヒップホップ R&B」、「80s」といった表現になっているので、分かりやすい。これを選んだ後、必要に応じて少し調整するといった使い方が便利だ。

 このようにして作った楽曲はさまざまな形で書き出すことができるのもMusic Maker MXの大きな特徴だ。オーディオCDとして焼けるというのは当然のことながら、WAV、AIFF、MP3、OggVorbis、FLAC、WMAなどで書き出せたり、AVIやQuickTimeムービーなどビデオ形式で書き出すこともできるのだ。

マスタリング専用エフェクトラック「MASTERING SUITE」オーディオCD、WAV、AIFF、FLACや、AVIやQuickTimeムービーなど多彩な書き出し機能

 そのほかにも、Music Maker MXにはボコーダー機能があったり、ボーカルなどのピッチを自在にいじることができるエラスティックピッチ機能、さらにはサラウンド対応機能を装備するなど、15,000円以下のソフトとは思えないほど、多彩な機能が詰まっている。全機能を使いこなすのは上級ユーザーでもなかなか難しそうだが、それだけ奥の深いソフトともいえそうだ。

 ちなみに同時発売されるVOCALOID3ライブラリの「結月ゆかり」には、結月ゆかりを企画・プロデュースしたボーカロイドP集団、「VOCALOMAKETS」の各メンバーによるMusic Maker MXのデモ曲が収録されている。これを使えば、どのように曲が構成されているのか、細かくチェックできるのも面白いところだ。

ボコーダー機能ボーカルなどのピッチを変換するエラスティックピッチ機能ボーカロイドP集団「VOCALOMAKETS」の各メンバーによるデモ曲を収録

 以上、Music Maker MXについて紹介してみたが、いかがだっただろか?使い勝手の面や細かな機能面で高級DAWと比較して劣る面があるのは確かだが、ソングメーカーなど一般的なDAWにはない、初心者向けの機能が満載されている点などは嬉しいところだ。ボーカロイドと組み合わせるためのDAWとして、また自動作曲ツールとしてなど、活用方法はいろいろありそうだ。


(2011年 12月 19日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]