藤本健のDigital Audio Laboratory

第570回

DSD対応に進化したソニー「PCM-D100」誕生の背景

ハイレゾへの注目を受け“ソニーのDSD”復活

PCM-D100の開発を行なったソニーの橋本高明氏

 前回の記事でレビューした、ソニーのDSDにも対応したリニアPCMレコーダ、PCM-D100。使った感じでは、非常に高音質だし、使い勝手もよかったが、見た目的には、2007年に発売された前モデルであるPCM-D50とソックリ。また音のニュアンス的にも非常に近いという結果であったが、機能的にはDSD対応など大きな進化もある。いわゆるマイナーチェンジというわけでは無さそうだが、実際のところどうなっているのだろうか?

 先日、PCM-D100の開発を行なったエンジニアに詳しく話を伺うことができた。インタビューに応じてくれたのは、ソニーのホームエンタテインメント&サウンド事業本部 V&S事業部 サウンド1部商品設計9課のエレクトリカルエンジニア 橋本高明氏。その内容について紹介していこう。

DSDへの注目に合わせ、レコーダもついに対応

PCM-D100

――今回のPCM-D100はPCM-D50の後継機という位置づけでいいんですよね? 他メーカーが数年でモデルチェンジを繰り返しているのに対し、07年以来ということなので、ずいぶんとゆっくりに思いますが……。

橋本氏(以下敬称略):あまり頻繁にチェンジというのも、効率がよくありませんし、やはり良い製品は息長く…という考え方で商品展開をしています(笑)。マーケティングからは「PCM-D50は海外でも未だに人気のある製品で、コンスタントに出ているから、よほど大きなステップアップがない限り、商品を変える必要はない」とも言われていました。もちろん、ずっと次の製品のタイミングを見計らっていて、新たなフラグシップを作ろうと動いてきたのです。製品構想自体は2年ほど前にまとまってきたのですが、実際に開発に着手したのは1年ほど前ですね。

――PCM-D50と比較すると見た目はソックリです。マイク部がPCM-D1に近い感じではありますが……。ほぼ、前機種のものをそのまま流用した設計ということなのでしょうか?

橋本:あえて、見た目をソックリにしていますが、中身は完全に別モノであり、まったく新たに設計しなおしています。とはいえ、PCM-D50で良いと言われた機構や回路は引き継いではいます。たとえば、RECボリュームのところを4連ボリュームにしているところや、リミッター回路の構成であったり、PCM側のA/Dコンバータを1chごとに設置する点など……。そのためブロックダイヤグラムにすれば、PCM-D50とPCM-D100はほとんど同じになるのですが、使っているICや部品などはよりグレードアップした違うものとなっており、結果的に性能も違っています。

――その性能アップ、機能アップという面で、やはり目立つのは192kHz対応とDSD対応ですよね。

橋本:PCM-D50は96kHz/24bitとなっていたので、それを上回るものというと、必然的にそうなりますし、ユーザーの皆さんからもDSDに対応して欲しいという声を本当に数多くいただいていました。今回ようやく、それを実現することができました。


見た目のデザインが近いPCM-D50(左)とPCM-D100(右)

――個人的に、DSD対応というのは、非常に嬉しく思っているのですが、なぜ、このタイミングでDSDを復活させたのでしょうか? 復活という言い方が正しいかどうか分かりませんが、プロオーディオから撤退したからDSDのレコーディングシステムとしてあったSonomaがなくなり、VAIOで搭載していたDSD機能もなくなったので、ソニーはDSDをやめちゃったのではないか……と思っていました。

橋本:DSDに関して、会社全体でどうしていくかを語る立場にはありませんが、現にSACDプレーヤーなどの製品も存在しています。いま、ようやくPCオーディオの世界や、音楽配信を含めDSDに注目が集まるようになってきたので、こうした市場のニーズを受けとめ、我々もこれに対応させたということです。

DSD用とPCM用で個別のADCを使用。新マイクなどで低域向上も

――DSDレコーダの世界においては、DSDを規格化してきたソニーやフィリップスではなく、コルグが頑張ってきており、早くからMR1、さらに現行のMR2などのポータブル製品も出していました。その意味では、PCM-D100は後発製品ということになりますよね。製品開発の上でMR2などを意識されたりしているのでしょうか?

橋本:「僕たちならこう作る」という設計思想がありますので、それにしたがって実現化してきたわけです。個人的には、もっと大きいものにしたかったんですよ。ただ、製品企画側とのやり取りのなか、オールインワンの機材で、持ち歩けるものというと、これがギリギリの大きさだったんですよね。

――もっと大きいというと、PCM-D1くらい?

左から初代モデルのPCM-D1、PCM-D50、PCM-M10、PCM-D100

橋本:そうですね。ただ、やはりPCM-D1だと持ち歩きを考えると、なかなか厳しい。PCM-D50と同サイズであればOKということだったので、ここに合わせました。PCM-D1、PCM-D50とも私が開発を担当しており、デザイナーも同じ。まったく同じメンバーでこのシリーズを作ってきたわけです。そのデザイナーも現在マネージャー職なんですよ。マネージャー自ら現場でデザインすることも珍しいのですが、彼のこだわりや思い入れもあって、今回も一緒に開発を行ないました(笑)。だからこそ、見た目もソックリになっているのですが、随所にそのこだわりが反映されていますよ。

――少し、回路側についてお伺いしたいのですが、A/Dコンバータに関してはPCMの回路とDSDの回路で同じものを使っているのですか?

橋本:確かにPCMとDSDの両方に対応する部品もありますが、ここではあえてDSD専用のものを採用しています。またPCM側はリミッターなしで使うものと、デジタルリミッター用回路に使われるものの2つがあるので、計3つのA/Dを使っている形になります。ここについては、いろいろ検討もしたのですが、兼用のものの場合、消費電力が大きく電池の持ちが悪くなってしまうという問題がありました。やはりPCM-D50の電池寿命スペックを落としたくなかったことから、別のチップを使っています。

――以前、別のメーカーで話を伺った際、DSD対応のチップが少なく、生産が難しくなっていきそうだということを聞いたことがあります。仕組み的にDSDはPCMの途中過程にあるので兼用にすることは可能だけど、DSD信号を取り出す需要があまりないので、なくなってきている……というような話でしたが、その辺、A/DやD/Aの選択肢というやはり少ないのですか?


橋本:まず再生系のD/Aに関しては、最近いろいろな製品も登場しているだけに、選択肢も豊富にありますよ。とくに生産を打ち切るというような話も聞いていませんから、入手は簡単だし、製品を作ること自体は難しくありません。一方、A/DはそもそもD/Aほど需要もありませんから、チップの選択肢は少ないというのは事実です。その中から品質的にも一番いいと思うものを選択しました。

――先日使ってみて、PCMでレコーディングした結果、PCM-D50での音と非常に近いという印象でした。スペック的に192kHz対応にはなっていますが、PCM回路用には同じチップを使っていたりするのでしょうか?

橋本:さすがに6年前のA/Dと今のA/Dですから、部品も違ってきています。ただ、ソニーの音として、PCM-D50の音質と同系統のものにしたいという思いもあって、PCM用には、後継となるA/Dを使っていますね。

――音質を決めるもうひとつの大きなデバイスがマイクだと思います。これはPCM-D1のものとよく似ていますが……。


D100(左)とD50(右)のマイク部

橋本:PCM-D50は10mm径のマイクユニットであったのに対し、PCM-D100では15mm径のユニットとなっており、マイクユニットの口径という意味ではPCM-D1と同じです。ただし、まったく新たに開発した別モノです。PCM-D50では、低域が少ないという声がありました。実際にはかなりしっかり録れていたはずですが、ここは新しいマイクユニットを作る上でいろいろ調整しました。

 一方、上は20kHzだったものを、今回はサンプリングレートが192kHzやDSD対応ということで、40kHzまでフラットは無理としても高域まで伸びのあるものに仕立てています。とくにDSDの場合、あとからイコライジングをするということはできません。だからこそ、できる限りフラットな特性にし、クセのない音にしています。このマイクユニット、見た目的にはPCM-D1のとよく似てはいますが、付け根部分に着目していただくと分かるとおり、少しくびれるようにしています。このことが、マイク特性をフラットにすることに大きく貢献しており、測定器にも使えるほどのフラットさになっています。

レコーダにも“ハイレゾ”ロゴ。他レコーダとの互換性や編集ソフト開発は?

――今回のソニーの秋の製品、ウォークマンZX1を含め、さまざまな製品に「Hi-Res Audio」という金色のシールが貼ってあります。この点について少し教えていただけますか?

“ハイレゾ対応”ロゴも持っている

橋本:社内で“ハイレゾリューションオーディオ(ハイレゾ)対応商品”と呼ぶためのスペックについて、部署横断的な取り決めをしており、今回登場した各製品ともにそれに則っています。ただ、このレコーダにおいては、PCM-D50も96kHz/24bit対応でしたから、ハイレゾだったわけですが、ハイレゾ商品を多くの方に使って頂きたいという想いで、こういったプロモーションを推進しています。もちろん、お互いのデータの互換性などはしっかりとれていますよ。

――データの互換性という意味では、ソニー製品間はもちろんですが、他社との互換性もユーザーにとっては重要です。先日、PCM-D100を試してみた際、PCM-D100で録音したDSFデータをTASCAMのDA-3000やコルグのMR2で再生してみて、まったく問題なく動きましたが、その辺は大丈夫なんですよね?

橋本:その辺のテストは我々内部でも行なっていますが、とくにトラブルのようなものはないと思います。DSDの再生系機材ではパイオニアさんやアキュフェーズさんなどもDSDディスクに対応したプレイヤーがあるので、DSDディスクのご利用をお勧めてしています。

――D100の録音フォーマットはDSFですが、SACD制作のための業務用ではDSDIFFが使われています。一般ユーザーとしてはDSDディスクを作ることや、他メーカーの機器とのやりとりを含めDSFを使うほうが便利だと思います。音質の面を含め、DSFを使うことのデメリットというのはありますか?

ケースやウインドスクリーン、リモコンなども付属する

橋本:互換性のためにDSDIFFは再生できるようにしていますが、録音はDSFフォーマットのみです。音質的な違いはありません。ユーザーにとってはDSFのほうがタグが付けられるなど便利でもあるので、DSFを使っていただければと思います。

――e-onkyo musicなどからダウンロード購入したDSDのデータをPCM-D100に持ってきてみたところ、再生できたし、結構いい音であると感じました。

橋本:はい、再生系についても、かなり力を入れて開発しておりますので、いい音だと自信を持っています。これはDSDに限らずPCMにおいても同様です。PCM-D100の場合は、録音した音をそのまま何も加工せず、ストレートに出すことを考えて設計しているので、音の雰囲気に特色があると思います。

――このDSD、5.6MHzはサポートされておらず、2.8MHzのみの対応としたのは理由があるのでしょうか?

橋本:まず、使っていただくとわかる通り、PCMで録音した音とDSDで録音した音では、明らかに雰囲気の違いが出ます。これは別に音作りをしているわけではありません。これがPCMとDSDの違いなのです。据え置き型の機材であれば、電源を含め5.6MHzを採用することは簡単にできますが、容量の大きさなどを鑑み、今回は5.6MHzへの対応は見送りました。

――最後にソフトウェアについてお伺いします。バンドルされているのはSound Forge Audio Studio 10 LEであり、PCMの編集という意味では非常にいいソフトだと思います。でも、DSDはまったくサポートされておらず、ほかにソフトもバンドルされていないようです。Sonomaも、Sonic Stage Mastering Studioも、ソニーのソフトでしたが、ソフトウェアにおけるDSD対応というのはないのでしょうか?

橋本:Sound ForgeもSony Creative Softwareというグループ会社の製品であり、それをバンドルしています。理想的には、Sound ForgeがDSD対応してくれるといいのですが、現実的には難しいところです。市場の機運、ニーズが高まれば、DSD対応のソフトウェアを開発する可能性もあるとは思います。我々の部署はハードの設計を行なうところであり、PCソフトとなると別の開発部隊が行なうことになるので、PCソフトとしてのビジネス性を十分に判断してからにはなります。とはいえ、ソフトウェアを使わなくてもPCM-D100本体の機能で、分割/結合はできますし、それをDSDディスクに焼くということで、一通りのことはできると考えております。ぜひ、こうした機能を生かしながらDSDを使いこなしていただければと思います。

――ありがとうございました。

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto