藤本健のDigital Audio Laboratory

第590回:FLAC/Apple Losslessハイレゾ配信を始めたOTOTOYの狙い

第590回:FLAC/Apple Losslessハイレゾ配信を始めたOTOTOYの狙い

新システムと「ALACもハイレゾ」の仕組みを聞く

OTOTOYのサイト

 楽曲の配信サービスを行なうと同時に音楽記事も展開するユニークな音楽配信サイトのOTOTOY(オトトイ)。独自レコーディングによるライブ音源やインディーズなど、他の配信サイトにはないオリジナルのハイレゾデータも数多く揃えることで人気を呼んでいるOTOTOYだが、3月30日よりハイレゾに関しては従来のWAVに加え、FLACさらにはAppleLosslessでの配信サービスもスタートさせた。

 これまでFLACに対応しているところは多かったが、Apple Losslessでの配信というのはあまり聞いたことがない。なぜ、このタイミングでApple Losslessでの配信もスタートさせたのだろうか?  先日、OTOTOYの代表取締役でシステム開発を自ら手掛ける竹中直純氏と、音楽評論家・オーディオ評論家でOTOTOYのシニア・プロデューサーを務める高橋健太郎氏に話をうかがった(以下、敬称略)。

OTOTOYの竹中直純代表取締役
音楽評論家・オーディオ評論家であり、OTOTOYのシニア・プロデューサーの高橋健太郎氏

FLAC/ALAC導入までの経緯

――3月30日に、OTOTOYは従来のWAVだけでなく、FLACおよびApple Losslessにも対応しました。今日はその辺の経緯について、いろいろうかがいたいと思います。

竹中直純氏

竹中:今回のFLACとApple Lossless(ALAC)に対応させましたが、これは単にファイルフォーマットへの対応というだけでなく、決済システムの変更とペアになっているんですよ。3月30日からサービススタートとなりましたが、3月19日にはFLACだけではありますがコーネリアスのアルバム「Sensuous」を先行して配信していました。この時は記事の掲載と連動させる形で配信スタートしたので、大きな話題にもなりましたが、OTOTOYのシステム的にはALACで配信することも可能ではあったんですよ。

――なるほど、まずFLACに対応し、その後すぐにALACに対応したというわけではなく、最初からシステム的にはFLACもALACも対応であった、と。

竹中:はい、その通りです。コーネリアスの場合、ワーナーミュージック・ジャパンからの意向でFLACのみにしたのであって、システム的にはすでにALAC対応の準備が整っていたのです。実際、これまでWAVで配信を行なっていた楽曲はすべてFLACとALACでの対応が可能なシステムとなっています。これまで、ずっとロスレスコーデックへの対応は検討していたのですが、やっと時期が来たというか、システムとしてサービスできる形になりました。

高橋:OTOTOYは会社として10年を迎え、このサービス名をOTOTOYに改めるとともにマガジンと配信という形式に変更して5年。会員数は12~3万人くらいになり、少しずつだけど着実に成長してきて、割と面白いことをやっていると思っています。竹中さんは、技術開発を独自に進めていている一方、僕は僕で、いろいろなミュージシャンを連れてきたり、オーディオ周りもいろいろ試しています。あくまでもユーザーの感覚で技術にも接しているわけですが、気になる技術が出てきて竹中さんに話をすると、すでにシステム的に対応できていたりするんですよね。当初はMP3対応だったけど、クラムボンを連れてきたときに、48kHz/24bitのWAVでの配信ができないだろうか、と竹中さんに話をしたら、すでに対応していたりね。同様に今回もFLACについては、海外で配信が行なわれていたりe-onkyo musicなどもFLACでの配信を行なっているので、OTOTOYでも、と思ったタイミングでシステムがほぼでき上がっていた感じです。やはりWAVの場合、タグが入れられないのが大きいネックであり、ユーザーフレンドリーじゃない。

――個人的には、どんなソフトでも読み込めるし、DAWなどでも扱えてしまうWAVが好きですが、確かに曲名やアルバム名、アーティスト名、そしてジャケットが埋め込めないという点では不便な面もありますね。

竹中:やはりタグ情報がないという点で、ユーザーからのクレームは数多くありました。

高橋:昨年あたりからポータブルデバイスでFLACが普通に扱えるようになってきたので、そろそろFLACも必要だなと思うようになっていました。やはりポータブルデバイスの場合、収録できる容量が限られますから圧縮というのは有効な手段です。

竹中:e-onkyoさんともよく話をしているのですが、WAVは全部やめてFLACとかALACにしたいよね、と雑談ベースで言ってたりもしていました。WAVの場合、互換性でトラブルことがあるので……。

――WAVでトラブルがあることがあるんですか?

高橋:Pro Toolsからの直接書き出しを行なった場合、問題が発生することがときどきあるんです。プレーヤーによって再生できないケースがあるという……。

竹中:これはビッグエンディアン、リトルエンディアンに関する問題ですね(エンディアン:データをメモリに配置する際の方式)。たとえば32bitのデータにおいて「12 AB」というものがあった場合、ビッグエンディアンならば「12 AB」と記述し、リトルエンディアンなら「AB 12」と記述します。個人的にはビッグエンディアンの記述方式が好きなのですが、最近はIntelのCPUが扱うリトルエンディアンがメインストリームになっており、それに関連してWAVもリトルエンディアンが一般的です。ところが、Pro Toolsの場合、もともとモトローラの68000系CPUで動いていたソフトということもあって、ビッグエンディアンもリトルエンディアンも両方に対応しているためにトラブルが生じるケースがあるんですね。でも、FLACやALACであれば、そうした仕様が固定されているので、そうしたトラブルはなくなります。

――e-onkyo musicを含め、ほかの配信サイトではかなり以前からFLACに対応していたので、少し出遅れていたようにも思いますが……。

高橋健太郎氏

高橋:当初、FLACってどうしてもマニアックなイメージが強かったんですよ。foober2000など一部のWindowsのアプリケーションのみでの再生に限られていて、その辺に詳しくない人にとっては扱いにくい。ところがMacでもAudirvanaなどのプレーヤーソフトが普及してきたり、iPhone用のFLAC Player、ウォークマンのFLAC対応など、FLACが広く使えるようになり、もう今ならFLACがマニアックだ、ということもなくなったと思えるようになったのが、昨年半ばくらいではないでしょうか。

竹中:OTOTOYのメンバーがMacユーザーが多いというのも影響していたかもしれません。一時期はMonkey's AudioやTTAなんかも検討したことはありました。がFLACでいいや、と思えるようになったのが昨年です。確かにAudirvanaなどはあったけれど、一般には浸透しておらず、iTunesにはまったくかなわない。だから、なかなかFLACという選択に行けなかったんです。でも、そろそろいいか、と。一方で、ALACについては、2011年10月にAppleがALACの規格を公開したときからずっと狙っていたんですよ。

――なるほど、私はALACこそ、あまり興味の範疇ではなくなっていました。ALAC登場当初、扱いにくかったという印象が強いのかもしれませんが…。

竹中:え? ALACこそ、断然使いやすいですよ。iTunesであれば標準で使えるというのが大きいところです。それはMacでもWindowsでもそうだし、そのままiPhoneなどに転送して再生することもできます。たとえばCDを購入して、それをリッピングして保存しておく場合、ALACならFinderで探して、iTunesで聴けて、そのままどこにでも普通にコピーできるし……。別にコピーすることが目的ではありませんが、やはり違和感なく扱いやすいという面では優れています。OTOTOYのハイレゾにおいても、ALACが利用できれば便利に感じてくれるユーザーがたくさんいるはずだと思いました。

――ALAC、しばらく興味がなくなっていたからかもしれませんが、これでハイレゾが扱えるというイメージがありませんでした……。

竹中:24bit/96kHzでも24bit/192kHzでも、普通に扱えますよ。

高橋:これまでALACってCDをリッピングしたものをiTunesで変換して使うくらいしかなかったので、一般的にはハイレゾのイメージは少ないかもしれませんね。

ALAC/FLACはサーバーでリアルタイム変換、ZIP化してダウンロード

――OTOTOYではALACへの変換はどうしているのですか?

竹中:ALACのソースコード自体は、SorceForgeで公開されているので、誰でも簡単に扱うことができるのですが、ALAC対応のツール自体はまだあまりないようです。iTunesが搭載しているほかFFmepgが対応しているくらいじゃないでしょうか。あとXLD(X Lossless Decoder)といったものもありますが、基本的にAppleのコードをそのまま組み込んでいるだけだと認識しています。実は当初FFmpegの採用を考えていたんですよ。ただ、これを使うと、トラブルが多い。どうもバグがいろいろあるようで、ハイビットレートのストリームを処理すると、ノイズが出るケースが多いんです。

 調べてみるとAppleのコードをそのまま使っているわけでなく、途中をいじっていて、その結果問題が起こっている。そうした中、「なんでAppleがアルゴリズムを公開しているのに独自で実装しているんですか? 」というもっともな質問に対して、FFmpegの開発チームが「そうしたいから、しているだけだ」という返答をしているやりとりを見つけてしまったんですよ。結果、完璧にいいものを作っているのであればともかく、トラブルだらけなのに独自性にこだわっているあたりで、ダメだと思い、FFmpegの採用は見送りました。

――結局、Appleオリジナルのものを使っている、と。それは事前に変換を行なってサーバーに置いてあるのですか?

竹中:サーバー側でリアルタイムに変換を行なっています。だから、従来からあるWAVデータがそのままALACでダウンロードできるようになっているのです。これはFLACについても同様ですね。サーバーはOSにFreeBSDを採用したものを用いており、今後トラフィック量が増えてくれば簡単にシステム増強できるような体制をとっています。このFreeBSDで動くようにするために、若干の調整は行なっていますが、Appleのコードをそのまま使ったシステムになっています。ALACのエンコーダはApache Licenseの下で使えるようになっているのは嬉しいところですね。これを使うことで、FFmpegで生じるトラブルを避けることも可能になりました。

――リアルタイム変換ですか……。それってサーバーにとって重たい処理なのではないですか?

竹中:ALACにしてもFLACにしても基本的には線形予測を利用した似たようなシステムなので、処理自体は高速ですよ。5分程度の普通の楽曲であれば5秒程度で変換できてしまいます。それよりも時間がかかるのがZIPでの圧縮です。OTOTOYではアルバム単位でZIPでまとめてダウンロードする形になっているのですが、ここに時間がかかるのです。先ほど192kHz/24bitで試してみたところ、1.5GBのZIPファイルを生成するのに約9分かかりました。このときは、ほかのお客さんがダウンロード作業中ではなく、待ち行列がない状態で行なったので、サーバーが全力で動いてこのくらいの時間です。つい先日、DSDのアルバム5枚、6GB分を一気にダウンロードしていたお客さんがいましたが、これだとかなり時間がかかってしまいますね。

――その間、待たなくてはならないのは、ちょっと不便ですね……。

竹中:変換、ZIPという作業を伴うので、ここは仕方のないところです。もっと多くの楽曲を買っていただいて、超高速サーバーが設置できればいいのですが……。実際にダウンロードしていただくと分かりますが、楽曲を選び、WAV、FLAC、ALACのいずれかを指定すると変換がスタートします。その後、ダウンロード可能になった時点でメールが届く仕組みになっているので、その間、しばらくお待ちいただければと思います。

 購入する人がもっと増えてくれば、処理用のマシンをたくさん並べていく必要が出てきますが、前までの決済サービスとダウンロードシステムではそれができませんでした。今回、システムを変えたことで、将来、iTunes Store並みに売れるようになったとしても、対応できる仕組みになりました。


実際に配信楽曲を購入しているところ。購入時にフォーマットを選択

購入を確定すると変換(FLAC/ALACの場合)とダウンロードが開始。ダウンロードURLがメールで通知される

FLAC/ALAC導入後、購入に変化はあった?

――30日にFLAC/ALAC配信がスタートして以降、今までのWAVで買う人と、FLAC/ALACで買う人の割合はどういったものでしょうか?

竹中:消費税増税前の駆け込み需要と重なったため、本当のところは分からないのが正直なところです。31日の売上は、FLAC/ALACばかりで、(MP3を含めた全体の中で)7割弱ぐらいまでいきました。4月以降は、もともとのOTOTOYのユーザーの多くがそうなんですが、半分以上がMP3になりました。ハイレゾ楽曲を買う人の中では、だいたい、2/3くらいがFLAC、1/3くらいがALACくらいですね。WAVは1割無いくらいです。

――そこまで移行したんですね。既に購入したファイルを、やっぱりWAVでなくてALACで欲しいといった場合、それも可能なのですか?

竹中:購入後1カ月以内であれば、コーデックを変更しての再ダウンロードは可能になっています。ただし、購入して1カ月以上経過した場合、ALACやFLACで改めてダウンロードということはできないので、その点はご了承ください。なお、iOS用にはOTOTOYアプリというものを無料で出しており、これを使うと以前購入した曲もMP3 320kbpsでストリーミング再生がすぐにできるので、便利に使っていただくことができます。

【4月22日訂正】記事初出時、「購入後1週間以内」としていましたが、正しくは1カ月以内でした。お詫びして訂正します(編集部)

購入後1週間以内であれば、コーデックを変えて再ダウンロード可能
iPhoneのOTOTOYアプリでMP3版をストリーミング再生しているところ

――ちなみに、FLACとALACを比較した場合、ファイルサイズに大きな違いはあるものですか? またハイレゾの場合、どのくらい縮むものなんでしょうか?

竹中:FLACもALACも圧縮結果のファイルサイズが極端に異なるということはなく、基本的には同程度のようです。圧縮率は平均して60%程度だと思いますが、曲によって違いがありますね。やはりボーカルのみとかピアノのみといった曲だと圧縮率が上がりますし、音数が増えてくると圧縮しにくくなりますね。いずれにせよ、真っ当なマスタリングをした音源であれば圧縮した際、4割減と考えるといいと思いますよ。

――真っ当なマスタリング? ということは、そうじゃないものがあると……? いわゆる“偽レゾ”みたいなのは、圧縮率が高くなるとか……。

竹中:いや、そこは私の口からはなんとも……。ただ人工的に計算によって作られた音は、計算によって畳み込むことができますから、圧縮率は高くなると思いますよ。一方で健太郎さんのよく言う、空気感といったものって具体的にはホワイトノイズに相当するんです。会場の雰囲気であったり、臨場感。これらは均一な音ではなく、非常に複雑なものだから、なかなか圧縮できないんですよ。

――なるほど、新しい実験ネタが見つかったような気もします。ありがとうございました。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto