藤本健のDigital Audio Laboratory

第626回

ソニー“高音質”microSDカード開発者に質問をぶつけた

“数値の無いグラフ”詳細も。安定性/品質保持の取り組み

 先日、ソニーから「音質にこだわったmicroSDXCカード」としてSR-64HXAという製品が3月5日に発売された。AV Watchでも発表日にすぐニュース記事として掲載された結果、TwitterやFacebookなどを通じて、すごい勢いで拡散されていったが、大半の人は「オーディオのオカルトネタ」という反応になっていた。「デジタルメディアで音が変わるはずがない」、「こんなオカルト製品を出して、ソニーは大丈夫なのか……」といったものばかりだった。

SR-64HXA

 実は、筆者がこの記事に気付いたのは、発表されてから半日近くなった夜遅くだったが、それまでの間にTwitterなどを通じて複数の方から「ソニーの高音質メモリーカードが本物なのか調べてほしい」といったメッセージが届いていたのだ。これのオーディオ特性を測定して検証するのは、非常に難しいそうだが、ソニーがまったく効果がないものを製品化するとも思えない。まずは真相を掴むため、ソニーに話を聞くのがいいだろうと編集部を経由して連絡したところ、すぐに取材OKの返事が返ってきたのだ。

 どうしてこんな製品を開発したのか、音が変わるという根拠はあるのか、SR-64HXAの開発に関わった4人に話を聞いてみた。対応してくれたのは、SR-64HXAのプロジェクトの責任者である麻生伸吾氏、商品企画担当の後藤庸造氏、開発設計のプロジェクトリーダーである佐鳥謙一氏、そしてハイレゾ対応ウォークマンZXシリーズなどの音質を担当しているエンジニアの佐藤浩朗氏の4人。佐藤氏を除く3人はデバイスソリューション事業本部ストレージメディア事業部のメモリーメディア商品部に所属しており、普段は音とは関係なく「より大容量、より高速で、信頼できるメモリーメディア」を追求している部署の人たち。さっそく、いろいろと話をうかがった。

左から、デバイスソリューション事業本部 ストレージメディア事業部の後藤庸造氏、同事業部の佐鳥謙一氏、ビデオ&サウンド事業本部 V&S事業部 佐藤浩朗氏、デバイスソリューション事業本部 ストレージメディア事業部 麻生伸吾氏

「メモリーメディアで高音質」はなぜ始まった?

――うかがいたいことはいっぱいですが、まずは、なぜソニーが「高音質なメモリーカード」なるものを開発することになったのか、その経緯、キッカケを教えてください。

商品企画担当の後藤庸造氏

後藤:「ソニーだからできる、新しいメモリーカードの提案」これが、常に我々が製品を企画する上で考えているテーマであり、単純にメモリー容量が増えていくというのとは違う価値が付加できないだろうか……という中から出てきたのが、今回の製品のアイディアです。記録、読み出しにおける質の改善。これによって音質に差が出せるのであれば、メモリーだけを手掛けているメーカーにはできない、まさにソニーだからこそできる製品だと考えました。


SR-64HXAのプロジェクトの責任者である麻生伸吾氏

麻生:毎年、各事業部から新しい製品企画に関する意見を出すのですが、「音がいいストレージ」、「音がいいメディア」というのはこれまでもよく出していたテーマです。またこうした内容に対して事業部をまたいだディスカッションを行なっているのですが、昨年の夏ごろ、「本当に音が変わるぞ」ということが分かってきたので、これに取り組んでいこうということになったのです。


メモリーカードからの改善のアプローチ。電気的ノイズとは、不要輻射など、可聴域外に発生するノイズを指す

――カセットテープなど、昔のアナログメディアであれば、その素材によって音質が変わるというのは明らかでしたし、誰もがその違いを認識できました。でも、デジタルでデータ的な変化が一切起こらないシリコンメディアで「音がいい」という発想は突飛ではないのでしょうか?

麻生:確かに、これまでは、我々もシリコンメディアにおいては著作権管理などを中心に取り組んでおり音の品質については「デジタルだから変わらないだろう」ということを前提に物事を考えていました。そういう意味では、「音がいいメモリーカードを作る」などという発想すらなかったのが事実です。まさにTwitterなどでみなさんが発言されているのと、まったく同じ感覚でしたし、もともとそういう立場でいたのです。

開発設計のプロジェクトリーダーを務めた佐鳥謙一氏

佐鳥:事業部内のエンジニアは、みんなそういう考えでいましたから、今回の発表で、多くの方が疑問に思っているのは当然だと思います。ところが、事業部間でのやりとりの中、ウォークマンZXの部隊にいる佐藤さんから、「メディアによって音が違う」という話をはじめて聞いたときには「ホントかよ!?」と思ったのが正直なところです。

――なるほど、同じソニーとはいえ、半導体を扱うメモリーメディアの部署では、もともと、「メモリーメディアで高音質を」といった考え方があったわけではないのですね。

麻生:事業部としてはストレージ全般を扱っている部署であり、光ディスクにおいては「音匠」といったものも出しているため、音への追求という意味では初めてではありません。CDやDVDなどはデジタル記憶をするメディアとはいえ、かなりアナログ的な要素が多いですからね。でも、さすがにシリコンメディアにおいては、そういう発想がありませんでした。

――ところが、ウォークマンの音質を見ている佐藤さんからすると、メモリーメディアによって音に違いがある、と。

ハイレゾ対応ウォークマンZXシリーズなどの音質を担当している佐藤浩朗氏

佐藤:今年2月にウォークマンの高品位モデルであるNW-ZX2を発売しました。また昨年末には、NW-A10というハイレゾ対応のウォークマンを出していますが、それぞれにmicroSDスロットを搭載し、外部メディアを使っての再生もできるようにしました。その開発過程で、音のチェックを行なっていたのですが、内蔵メモリーで再生するのと、microSDを使って再生するのでは、明らかに音が違って聴こえたのです。あまりにも差があるので、これはさすがにデータとして可視化できるのではないか……と、周波数特性やSN、ダイナミックレンジ特性、THD+N特性など測定してみたのですが、やはりなかなか違いは見出せませんでした。ただ、聴くと明らかに違いがあるので、もっと検証するために、メモリーメディア商品部に声を掛けたんですよ。

佐鳥:佐藤さんからのオーダーがあったので、内部で使っているパーツの違うもの、ファームウェアの異なるもの、などいるいろと分類した上で、提供しました。中には、中身は同じだけど、色の違うものなどもお渡ししました。細かく分けていったので30種類以上はあったでしょうか……。

試聴テストに使われたmicroSDカードの一部。実際は30枚を超えるカードを聴いて試したとのこと

――実際、違いはあったのですか?

佐藤:はい、かなり音に違いが出ました。もちろん私一人が聴いたのではなく、部署のメンバー、大勢で聴いてチェックしたのですが、同様でした。驚いたのは、カードの色によっても違いがあったことですね。

――さすがに、中身が同じで、microSDの色で違いが出るとなると、ちょっと信じ難いですね……。

佐藤:もちろん、これも測定結果には出ないので、電気屋としては非常に悔しいところではあるのですが、周りのメンバーも同様の感想をいうので、間違いないのだと思います。ただ調べてみると、色によって塗料に金属粉が異なる配分で混ぜられているので、こうしたものが何らかの影響を及ぼしているのではないか……と考えました。

佐鳥氏(左)と佐藤氏(右)の間で、多くのやり取りがあったという

佐鳥:正直なところ、当初は私も疑ってかかっていたのですが、佐藤さんだけでなく、みなさんにインタビューしたところ、同じ傾向のことを言うので、やはりそうしたことがあるのだろうと確信しました。私自身、オーディオに長けているわけではないのですが、佐藤さんに指摘されてから、聴いてみると私でも差が分かるようになり、これは商品化の可能性がありそうだと思うに至りました。

――仮に音に違いが出るとしても、それは部材やメモリーメディアの設計による違いなのでしょうか?単に個体ごとのバラつきだということはありませんか?

佐藤:私も最初、そう思いました。ところが、同じ構成のメディアを複数個ずつ提供してもらっていたので、それを聴き比べてみると、やはり同じ種類であれば同じ音がするし、違うものだと差が出てきます。そうした中、音がいいものを選択していったのです。

――ここでいう、音がいい、音が悪いというのはどういう意味なのですか?

佐藤:測定上のSNに差があるわけではないのですが、硬い音のもの、柔らかく優しい音のものなどあり、柔らかく優しい音のほうが、本来の音に近いと感じています。CDも最初の頃は硬い音であり、「やっぱりアナログレコードのほうがいい」などと言われていました。これは技術的に未熟だったこともあって、そうした問題が起こっていたのですが、技術の進化とともに、CDの音質も向上してきています。メモリーメディアの場合、これまで無視できるレベルのものでしたが、ハイレゾの登場によって、より細かな領域まで音の違いの認識ができるようになった結果、こうした細かな違いが目立って見えるようになってきたのだと思います。

話題になった“数値の無いグラフ”が示すものとは?

――ここでぜひお伺いしたいのが、記事などにも出ていたグラフです。測定できないという話なら、なんであんなグラフがあるのかを知りたいですし、そもそもあのグラフに数値が出ていないので、「胡散臭い」という声もネット上で多く上がっていたように思います。少し説明していただけますか?

製品発表時にソニーが示したグラフ

麻生:いろいろな事情もあって、しっかりした見せ方をしなかったのが疑いを呼んだ要因だったかもしれません。ただ、これは社内の検査設備のあるところに持ち込んで測定した結果なのです。具体的にはソニーイーエムシーエスですね。当初は誤解を招く可能性もあるから公開することもやめようか、という話も出ていたのですが、一つのアピールポイントにはなるだろうということで、少しボカした形で公開したのです。ちなみに、これより上の周波数は携帯電話の領域に入ってくるので止めています。

佐鳥:ご覧いただくと分かるのですが、横軸が周波数ではありますが、単位はMHzとなっています。つまり、そもそも可聴範囲のものではありません。したがって、ここで示したノイズが、直接耳に聴こえるというわけではないのです。

――なるほど、横軸の線の間隔を見ると、指数グラフになっているのが分かりますね。携帯電話領域以下ということは……、なるほど、一番上が800MHzだというのが読み取れますね。縦軸の輻射強度というのはどういう意味なのでしょうか?

佐鳥:輻射強度というのは、点状の放射源からある方向へ時間あたりに放射される放射エネルギーを表す物理量です。これを実際のウォークマンを使って測定したのですが、方法としては、まずウォークマンを3枚におろすような形で基板部分を取り出し、その基板上にあるmicroSDスロットに測定対象となるメモリーカードを刺します。この際、実際にハイレゾサウンドを再生しながら、測定したのですが、形状的には、まさに図のような感じです。つまりmicroSDスロット上にプローブを立てて近傍磁界を測定したのです。グラフにおいて縦軸の数字を出さなかったのは、やはりそこは内部機密的な部分であり、他社にノウハウが漏れないように伏せています。

輻射測定を図示したもの。microSDカードをスロットに挿入し、スロット上の近傍磁界をプローブで測定

従来の「高速メモリーカード」とは異なる技術アプローチも

――こうした測定をした結果、音に違いが出たというのですね。でも可聴範囲でないノイズであれば、本来音に影響はないはずですよね?

佐藤:その通りです。ただ、やはりオーディオの場合、電源回りとか、アナログ回路回りはとても繊細であり、そこに何等かの影響を及ぼすと音に違いが出てくるケースがあります。つまり、このグラフに示したノイズが聞こえているわけではなく、これが周辺の回路に影響を及ぼしている可能性が高い、ということです。

――その可能性はありそうですね。このDigital Audio Laboratoryも、14年前に連載をスタートした時は、「CDをCD-Rにコピーして音は変わるのか? 」というテーマで、いろいろと実験したり、取材したりしていました。その結果、データ上計測はできなかったけれど、確かに音に違いが出ることがあり、その要因は、おそらくCDを読み取る際のサーボモーターの動きから生じる電磁波が、周囲のアナログ回路に悪影響を与えるためだろう……と結論づけた経緯があります。今回の話はそれとよく似ていますね。

佐藤:私も15年ほど前でしょうか、CDについては散々検証しました。サーボの電流がどのように周囲に影響を与えるか、ここでのRFがキレイだと結果的に音もよくなるといったことは、その当時から分かっていたことです。ノイズ対策をして電源を強化する……とっても古典的な方法ではあるけれど、それが結果として音に効いてくるのです。たぶん、そうした経験がなかったら、今回のような発想も生まれなかったと思います。

――当時CDの検証をしていた際に、メディアの状況によって、データ自体は変わらなくても、音が変わることはあるということまでは納得したものの、それなら電源回路やオーディオのアナログ回路を隔離してしまえば、問題は起こらないのではないか、ということ。当時よく評論家が「このメディアは高域がよく伸びるけど、こちらはボーカルがクッキリする」などといったことを言っていましたが、それは個別の機器特有の話であって、メディア全般に言える話ではないのではないか、と疑問に思いました。そこで伺いたいのは、今回の音の検証は何を使って行なっているのですか?

佐藤:これは当時の試作機であった、ウォークマンNW-ZX2やNW-A10シリーズを使って行なっています。このいずれの機器でもメディアを変えると音として似た傾向がありました。

――なるほど、そうだとしたら、SR-64HXAの音がいいというのは、ウォークマンZX2やA10固有の話という可能性はないでしょうか? たとえばPCのmicroSDスロットを使って音楽再生した場合、その影響はかなり小さくなるのではないでしょうか? 「このメモリーカードが高音質」というには、やや無理があるようにも思うのですが、その点はいかがですか?

左がウォークマンNW-ZX2、右がNW-A10
ウォークマンNW-ZX2のmicroSDスロット部
NW-A10のmicroSDスロット部

佐藤:他社製品で厳密なテストを行なったわけではないので、何にでも同じ効果があるといえませんが、スマートフォンでの再生なども含め、同じような傾向の効果はあるようです。もっとも他社製品が何を目指して音作りをしているのかなどを理解できているわけではないので、そこは難しいところですね。なかには、ぼんやり聴こえていたのが、クッキリ聴こえるようになった結果、そのオーディオ機器としての特性がハッキリ伝わり、悪い印象になってしまうケースもありましたから……。確かにアナログ回路をmicroSDスロットから引き離すというのは手ではありますが、グランドがつながっているとどうしても影響を受けてしまうのは避けらないと思います。

――だいたいの状況はわかりました。先ほどのお話からすると、いろいろある部材の組み合わせの中で、佐藤さんがチョイスしたものが高音質なメモリーカードとして製品化したということですが、ここには技術的に見て、何か特徴があったりするのですか?

後藤:これまで高速メモリーカードを実現する場合の技術的アプローチとしては、コントローラとNANDフラッシュをやりとりするバスを太くし、バスクロックを高速化するとともに、ホストとコントローラ間のバスの高速化ということを行なってきました。それに対し、今回の高音質化では、ホストデバイスで音切れが発生しない範囲でできるだけバスのクロックを下げ、コントローラやNANDのドライバ強度が最適になるように設計しています。例えていえばPCでオーバークロックすると不安定になったり、ノイズを出したりするけれど、クロックをさげれば、フル性能は出せないものの安定するのと同じような考え方です。余裕ある動作をさせて、安定性を高めているということなのです。

佐鳥:では、クロックをとにかく下げればいいのかというと、そうとも限らないのが難しいところです。これは耳で聴いてチェックしていくしかないので、実際に試作品を使いながら、何度も何度も聴覚試験を行なって製品化しています。

高速メモリーカード実現に向けた技術アプローチ
高音質化への技術的アプローチ

――既存のメモリーメディアの中で、音が良さそうと評価されたものを、高音質メモリーとして製品化しているわけではなく、それに合った設計をしているということなんですね。

後藤:その通りです。試聴を繰り返しながら、最適なものへとチューニングしていきました。また、「高音質」を謳った以上、メーカーとしては今後もこの品質を保証していく責任があります。実際のところメモリーメディアでは頻繁にNANDやコントローラが変わったり、ファームウェアやパラメータを新しいものに置き換えたりしています。そのため品番が変わらなくても中身が多少異なるというケースが、よくあるのです。でも、高音質モデルにおいては、勝手に部材を変えるわけにはいかないので、今後もし、何か設計上の変更がある場合には必ず音質チェックもして、現在の品質を保てるような体制を整えています。

「バッファを溜めるとmicroSDの影響はないのでは? 」への回答

――最後にもう一つウォークマンの設計についておうかがいしたいのですが、おそらくオーディオのデータはメモリーメディアから先読みしてバッファに溜めてから再生していますよね? このバッファサイズが大きければ、microSDカードの動作も影響なくなるように思いますが、その辺はどうでしょうか?

佐藤:確かにバッファは置いていますが、コンシューマ機器ですので、それほど大きなサイズではありません。音が途切れたりすることのないよう、ある程度余裕は持たせていますが、それでも1曲丸ごと読み込んでしまうような容量はありません。また、読み終わったらすぐに電源が切れるわけでもないので、どうしてもここからの電磁波の影響は出てしまうのだと思います。

――よくわかりました。ありがとうございました。


 こうしたやり取りの後、実際にウォークマンZX2、ウォークマンA10を用いての試聴をさせてもらった。ここでは、音に関する感覚的な評価をするのはやめておくが、確かに音が違って聴こえたのは事実。これはハイレゾサウンドだけでなくCDのサウンドを再生する際にも違いが感じられた。MP3 192kbpsの音とCDの音の差というほどの違いはないが、ある特定の楽器やボーカルの一部の声質に注目して聴いてみれば、誰でも差を認識できるのではないだろうか? とはいえ、音を確認したのはあくまでもウォークマンでの話。PCを使っての再生や、他のデバイスでどうなのかは、もう少し検証する余地もありそうだ。

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto