藤本健のDigital Audio Laboratory

第676回:iPhoneで広がりのある録音。ShureのLightning接続マイク「MV88」を試す

第676回:iPhoneで広がりのある録音。ShureのLightning接続マイク「MV88」を試す

 「iPhoneのレコーディング機能は便利だけど、ステレオにしたい」、「もうちょっとクリアなサウンドで録音したい」、そんなニーズに応えてくれるのがLightning端子接続のマイク。すでにZoomやIK Multimediaなどが製品を出しているが、ここにマイクの老舗メーカー、Shureも参入した。Shureが製品展開するのはMOTIVシリーズという製品群。ホームスタジオレコーディング用やインタビュー用など、いくつかの種類があるが、今回使ったのはコンパクトで持ち運びのしやすいMV88というデジタル・ステレオ・コンデンサマイク。実際、どんな音で録れるのか紹介していこう。

MV88

MSを備えたコンパクトなiPhone外付けマイク

 MV88はLightning端子に直接装着するコンパクトなマイク。iPhoneでもiPadでも使えるもので、小さいけれどオールアルミのボディーなため、持つと結構ずっしりと来る。よく見てみるとLightningのコネクタが中央ではなく、ややズレたところにあるが、これには理由がある。それはiPhoneに接続する際に左右入れ違わないようにするためで、逆に取り付けるとヘッドフォン端子が隠れて使えなくなり、気づくというわけだ。またマイク部は90度首ふりが可能になっているので対象に向けたマイキングがしやすくなっている。

 もっとも、敢えて反対に挿すことは可能で、卓上に置いて会議やインタビューを録音する際などにも活用できる。

iPhoneなどとLightning端子で接続
正しく接続すると、iPhoneのヘッドフォン端子が隠れない
逆向きに接続することも可能

 MV88の大きな特徴は、これがMS(Mid-Side)マイクであること。センターを捉える単指向のMidマイクと左右の双方向を捉えるSideマイクの2種類のマイク素子で構成されるユニークな製品だ。MSについては、このDigital Audio Laboratoryでも何度も紹介してきているので、ここでは詳細は省くが、デコーダを介することで、録音後に左右の音の広がりを調整することができるのが大きな特徴となっている。

MidマイクとSideマイクの2種類のマイク素子で構成

 もっとも、iOS用のMSマイクはMV88が初というわけではない。以前に記事でも取り上げたZoomのiQ7もMSマイクであったが、使い方や機能などにだいぶ違いもあるので、1つずつ見ていこう。

 このMV88には標準でウィンドウスクリーンが付属しているのも重要なポイント。そしてこのウィンドスクリーンとセットにして入る小さなキャリングケースもセットで入っている。このサイズなら普段からカバンに入れて持ち歩いても気にならないし、いざというときに、これを取り出してiPhoneに取り付ければ、すぐに本格的なレコーディング体制に入れるというわけだ。'15年より発売され、Apple Storeなどでの価格は19,200円。

ウィンドウスクリーンが付属
セミハードのケースに入れて持ち運べる

 まずは、MV88の使い方だが、基本的にはShureが無料配布している「ShurePlus MOTIV」アプリを利用して録音する形となっている。これを起動すると録音画面が現れ、マイクからの入力によってレベルメーターが動く。ここでサンプリングレート/ビット数の設定ができるようになっているが、これを見てもわかる通り、最高は48kHz/24bitとなっているので、ここではデフォルト設定でもある48kHz/24bitで使っていく。

ShurePlus MOTIV
サンプリングレート/ビット数の設定

GarageBandなど他のアプリでも問題無く使える?

 録音ボタンをタップすればすぐにレコーディングを始めることはできるのだが、その前にメニューボタンを押した上で各種設定を行なっていく。まず「MOTIVの設定」を選ぶと、プリセットモードの選択画面が現れる。

録音中の画面
録音前の設定画面

 用意されているモードは、スピーチ、歌声、フラット、アコースティック、バンドの5つ。それぞれを選ぶと、マイクの指向性やゲインが違っているのが分かると思うが、指向性の角度やゲインは自由に設定することも可能だ。

スピーチ
歌声
左から、フラット、アコースティック、バンド

 これらのプリセットモードで変わっていたのは指向性とゲインだけではない。画面を切り替えると、さらに細かな設定が用意されており、それらも切り替わるのだ。具体的なパラメータとしては、リミッタのオン/オフ、コンプレッサーの強さの設定、ウィンドノイズリダクションのオン/オフ、左右入替、5バンドグラフィックイコライザがある。どのプリセットもウィンドノイズリダクションはオフで、イコライザも効かさない設定となっているので、この辺はユーザーがニーズに応じて設定すればいいようだ。

ウィンドノイズリダクションのオン/オフ
5バンドグラフィックイコライザ

 一方で、実はこの設定画面にはもう一つ大きな項目がある。それがMV88の基本であるMSマイクの設定だ。5つのプリセットはいずれもステレオにデコードされた状態で録音できる形になっているが、それ以外に、Midマイクだけで捉える「モノカーディオイド」、Sideマイクだけで捉える「モノ双指向性」、デコードしていないMSのままで録る「Rawミッドサイド」のそれぞれがある。まあ、モノカーディオイドやモノ双指向性を選ぶことはあまりなさそうだが、Rawミッドサイドを利用すれば、あとで指向性を変えるという使い方ができそうだ。ただし、Shureではそうしたツールは用意していないようなので、一般にあるMSデコーダーを利用する必要があるわけだが、ここについてはまた後程紹介しよう。

左から、モノカーディオイド、モノ双指向性、Rawミッドサイド

 このアプリにはもう一つ設定メニューがある。それは「情報」を選ぶと出てくるのだが、入力モニターのオン/オフだ。デフォルトではオフの設定になっているが、ここをオンにするとiPhoneやiPadのヘッドフォン出力からMV88が捉えた音が聴こえるようになる。やはり録音する上でモニターは必須だと思うので、ここをオンにした上で、録音ボタンをタップすると、一般のリニアPCMレコーダーと同じように使うことができ、iOSデバイス内にWAVファイルが生成されていく。

入力モニターのオン/オフが可能

 さて、ここで1つ重要なことをチェックしておこう。それはMV88は専用アプリである「ShurePlus MOTIVアプリ」を使わないとレコーディングできないのか、という点。MSマイクに関するさまざまな設定があるので、そうしないと本領を発揮できないような気もするし、そうだとすると融通が利かないこともあるだろう。そこで、さっそくGarageBandやMultitrack DAWなど普段筆者が使っているアプリで試してみたところ、MV88はものすごくよくできたシステムであることが分かった。

 結論としては、どのアプリでも問題なく使うことができるのだが、驚いたのはマイクの設定パラメータについて。実はShurePlus MOTIVアプリで設定したものが有効な状態で、ほかのDAWなど録音アプリが使えるようになっている。しかも、これらのアプリが動いている状態においてはShurePlus MOTIVアプリは不要であり、落としてしまっても問題はない。では、MV88をいったんiOSデバイスから切り離し、再度接続した場合はどうなってしまうのだろうか? 実はこのような場合でも、直前に設定したShurePlus MOTIVアプリの状態が維持されているし、iPhoneを再起動するなどして、ShurePlus MOTIVアプリを起動させなくても、その状態で使うことができた。

 つまり、このテストから分かったのは、MSマイクの設定はもちろん、リミッタやコンプレッサー、グラフィックイコライザに至るまで、すべての処理はiOSアプリが行なっていたわけではなく、MV88に内蔵されているDSPが処理しており、その設定自体もMV88が覚えていてくれるのだ。ShurePlus MOTIVアプリはあくまでも、その設定をしているだけのものだから、一度設定すれば、ほかのアプリでもそのまま使えるというシステムになっていたわけである。ただし入力ゲインの設定も、ShurePlus MOTIVアプリを使わないと設定できないので、「GarageBandを使っている状態で少し入力ゲインを下げたい」と思っても、アプリを起動しない限り操作できないのは一つのネックではある。

MSマイク活用で音の広がり調整が便利

 さて、各種状況がよく分かったところで、iPhone 6sにMV88を取り付けて近所の公園に出かけてみた。ここで60度と130度のそれぞれで野鳥の鳴き声を捉えてみた。聴いてみれば明らかに音の広がり方に違いがあるのが分かるはずだ。また非常にS/Nもよく明瞭で、リニアPCMレコーダーとして十分使えるという印象だ。もっとも、ここに載せた130度のほうの音でホワイトノイズを若干感じるのは、録音した後にノーマライズ処理をかけて音量を大きくしているためのものだ。

野鳥の声の録音サンプル(48kHz/24bit)
マイク60度mv88_bird130.wav(10MB)
マイク120度mv88_bird60.wav(11MB)
※編集部注:48kHz/24bitの録音ファイルを掲載しています。
 編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
 再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい
無料プラグインのZOOM MS Decode

 では、これを前述のRawミッドサイドで録るとどうなるのだろうか? 線路沿いで電車が通過する音を捉えてみた。このデコードしていないRawの状態のまま聴くと、かなり違和感のある音に感じるはずだ。というのも左チャンネルにMid、右チャンネルにSideの音が出てくるからだ。

 では、これを普通の音にするためにはどうすればいいのか? そのためにはデコーダーを通す必要があるのだが、仕組み自体はいたって簡単。左チャンネルはMid+Sideを、右チャンネルはMid-Sideを行なうだけで、アナログ回路でも簡単に作れる。

 以前取り上げたZOOMが配布している無料のプラグイン「ZOOM MS Decode」を使い、音の広がりを60度、150度に設定したのが以下のものだ。このように収録した後で、音の広がりを変更できるのがMSマイクの面白いところではある。

録音サンプル(踏切を通る電車の音)
デコード前のRawmv88_train_ms.wav(11MB)
マイク60度mv88_train_60.wav(11MB)
マイク150度mv88_train_150.wav(11MB)
※編集部注:96kHz/24bitで録音したファイルを変換して掲載しています。
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 再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 では最後に、いつものように44.1kHz/16bitでの音楽を録音してみて、その音質をチェックしてみよう。ShurePlus MOTIVアプリの設定で音の広がりを120度にするとともに、リミッター、コンプレッサーはオフに、またイコライザなどもすべてオフの状態で録音した。

録音サンプル(CDプレーヤーからの再生音)
44.1kHz/16bitmv88_music1644.wav(7MB)
楽曲データ提供:TINGARA
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
 再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 実際聴いてみても分かる通り、非常に正確に音を捉えているように感じられ、グラフからもそれが読み取れる。ここでは、これまでの実験と揃えるために48kHzで録った音を44.1kHzにリサンプリングしているため、96kHzからのリサンプリングと比較して音質劣化している面はありそうだが、少なくとも48kHzで聴く限り、非常に高性能であることを実感できた。

WaveSpectraでのテスト結果

 以上、ShureのiOSデバイス用のマイク、MV88についてみてきたが、いかがだっただろうか? iPhoneユーザーなら、MV88入りポーチを持ち歩くだけで、いつでもすぐにiPhoneが高品位なリニアPCMレコーダーに変身してくれるというのはかなり魅力だと思う。ただし、1つ難点があるとしたら、iPhoneカバーをしたままだとMV88が取り付けられないという点。いちいちカバーを外さないと使えないので、少し機動力が落ちる気がするが、そこは目をつぶっても使える製品といえそうだ。

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MV88

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto