藤本健のDigital Audio Laboratory
第675回:アナログレコードを気軽にDSD化。ソニー「PS-HX500」で配信に匹敵するデータは作れる?
第675回:アナログレコードを気軽にDSD化。ソニー「PS-HX500」で配信に匹敵するデータは作れる?
(2016/4/18 12:24)
先週、レコードから直接DSDで録音できるソニーのUSB端子付きレコードプレーヤー「PS-HX500」が発売された。使い勝手などについては小寺氏のElectric Zooma! ですでにレポートされているが、やはり気になるのはその音質。
e-onkyo musicやOTOTOY、moraなどが過去の名盤のDSD配信を行なっているが、それに匹敵するものを手元でレコードから作れるとしたら、まさに画期的なことだが、実際のところどうなのだろうか? このPS-HX500を使って試してみたところ、明らかな結果も見えてきたので、紹介していこう。
BOB DYLANのLPで実験してみる
最近、国内外でレコードが売れているという話題はいろいろなところで目にする。ソフトウェアのレコードも伸びているし、レコードプレーヤーも売れまくっているという話を耳にするが、個人的には少し訝しく思っているところもある。昔レコードを聴いてきた世代の人は「レコードのほうがより自然な音がする」、「高域に伸びがあっていい」といったことを話しているが、高域のことより、はるかにヒスノイズやポップノイズが気になるし、そもそもの音質も劣るように思うのでレコード信奉というのは、少し美化しすぎている面があるのではないかな……と。
もちろん、レコードのコンディション、レコードプレーヤーの性能、そして使い方も含めてさまざまな要因によって音は大きく変わってくるだろう。さらに、これをDSDでもPCMでもデジタル化するとなれば、そのためのA/Dの性能も大きく物を言う。
そこで試してみたのは、今、レコードとDSDデータの両方が売っているコンテンツを使って、それぞれの音を比較してみるという実験。探してみるとなかなか見つからないのだが、一つあったのがBOB DYLANの「HIGHWAY 61 REVISITED」というアルバム。新品のLPを購入して、実験に挑んでみた。
PS-HX500の詳細については割愛するが、これはソニーのレコードプレーヤーで、RCAのアナログ出力とともに、USB端子を備えている。このUSBを経由してWindowsまたはMacでDSDもしくはPCMのレコーディングができるというものなのだ。
似たコンセプトの機材は2008年にもソニーが出しておりチェックしたことがあった。雑誌やテレビでも取り上げられて大きく話題になっていた機材ではあったが、ここで試してみた限りでは、かなり低い評価しかできなかったのが実情だ。
それに対し、今回のPS-HX500は「Hi-Res AUDIO」のロゴまでついた機材であり、DSDなら2.8MHzまたは5.6MHzで、PCMなら最高192kHz/24bitでレコーディング可能というものなので、かなり期待できそうだ。
PS-HX500の音をUSB経由でレコーディングするには、ソニーのサイトから無料ダウンロードできるHi-Res Audio Recorderというアプリケーションが必要となる。WindowsおよびMac用がそれぞれあり、いずれもPS-HX500専用というもの。このソフトは、基本的に録音して保存するだけのソフトで、アプリケーションとともに、PS-HX500のドライバも一緒にインストールされるようになっている。
録音は手軽にできる
さっそくPS-HX500とPCをUSB接続した上で、Hi-Res Audio Recorderを起動。この状態でレコードをかけて再生しても、レコード針からシャカシャカした物理的な再生音は聴こえるもののPCからは音が出ない。
しかし、録音ボタンを押すと、針から出る音から0.5秒程度遅れて、PC側からも音が出てくる仕組みになっている。
Hi-Res Audio Recorderでは、記録するフォーマットをDSDおよびPCMのいずれかを設定できる。DSDでは2.8MHzまたは5.6MHz、PCMでは44.1~192kHzで、16bitまたは24bitが選択可能だ。
最高性能という意味ではDSD 5.6MHzを選択すべきだとは思うが、事前にmoraから入手していたBOB DYLANの曲データがDSD 2.8MHzだったので、ここではそれに合わせることにした。
実は、この音をモニターしてみて気づいてしまったのは、レコードはモノラルであったということ。moraから購入したのはステレオサウンドなので、聴いた感じの印象は結構異なる。とはいえ、同じ曲、同じ素材の音なので、音質比較は十分できるという判断の元、実験を続行していった。
準備は整ったので、後は録音ボタンを押すだけでOKで、入力レベル調整なども不要だから扱いはとっても簡単。録音を開始するとHi-Res Audio Recorderには現在録音中の波形がリアルタイムに表示されていく。
ここでは1曲目、2曲目と連続で録音したところで、一旦終了。録音完了ボタンを押すと編集モードというものに入ると同時に、いま録音した音を、まさに聴いた通りに再生することができる。また、不要部分をトリミングしたり、トラックを切り分けるためにマーカーを打っていくこともできる。
拡大ボタンを押すと表示を拡大することができるので、再生させながら曲のスタート部分を探す。拡大といっても、拡大率は固定の1種類だけなので、大雑把な操作しかできないのが残念なところではあるが、この操作で頭の不要部分などを切っていく。
ただ、この小さな画面を見ても分かる通り、曲が始まるまでの無音部分にかなりのポップノイズ、ヒスノイズが入っている。最後に書き出しボタンを押すと、アルバム名やアーティスト名、曲名などが書き込めるようになっているので、ここで指定した後に書き出しを行なうと、これでDSD 2.8MHzのDSFデータを書き出せる。ここまでの操作自体とっても簡単で、初めての人でも躓くことはなさそうだ。
録音したデータはハイレゾ配信と同じか?(訂正版)
さて、このようにレコードをDSDで保存できれば、果たしてそれで本当に満足いくデータとなるのだろうか? 実際に音質のほうを検証していこう。
まず、Hi-Res Audio Recorderはプレーヤーソフトとしては機能も多くないので、ここではコルグの「DS-DAC-100」を接続した上で、「AudioGate 4.0」を使って比較してみることにした。
moraから購入したデータ、いまレコードから録音したデータそれぞれを読み込んで並べてみたところ、結構音量レベルに違いがあることが分かった。。
Hi-Res Audio Recorderでは入力レベル調整機能はないから、レベルオーバーしないように、控えめな音量設定になっているということなのだろう。音量に差があると聴いた印象も変わってしまうので、ここではノーマライズを掛けて、音量を大きくした。
【訂正】
記事初出時に、レコードの音源(モノラル)とmoraの購入音源(ステレオ)を同一として、比較検証しておりましたが、読者の方からの指摘で「そもそも『Like A Rolling Stone』はCDでもステレオ版とモノラル版とで曲の長さが違う」という情報をいただきました。音源選択の誤りの可能性が高いため、当該箇所を削除しました。ご迷惑をお掛けした読者や関係者の皆様に、お詫びして訂正いたします。
A/D変換もチエック
音質の差には、USB接続時のA/D変換の性能も影響してはいないだろうか? そこで、PS-HX500のアナログ出力を別のオーディオインターフェイス経由で録音するという手法も試してみた。
本来であれば、これもDSDで録音するのがいいと思うが、手元にDSD対応の「DS-DAC-10R」がなかったので、ここではSteinbergの「UR22mkII」を使ってPCMの96kHz/24bitで録音してみた。ソフトは何でもよかったが、ソニーのSoundForge Pro 10を使ってみた。
その結果もAudioGateで先ほどの2つのデータと並べて再生してみたが、結果としてはPS-HX500のUSB経由で録った音と似たり寄ったりというところ。聴いた印象に点を付けるとしたらmoraが100点に対して内蔵USBが30点、UR22mkIIが25点といったところか……。
高域が内蔵USBで録音した音のほうがより出ているようには思えたので、こうした点を付けたが、人によってはUR22mkIIのほうが音が落ち着いていてよく聴こえるという評価をするかもしれない。
オーディオ評論家でもない筆者の感想だけでは心もとないので、FFTにかけて周波数分析も行なってみた。ただ、DSDのデータをPC上で周波数分析できないため、AudioGateのDSD-PCM変換機能を利用してPCM化している。
先ほどのUR22mkIIで録音したものに合わせて、すべて96kHz/24bitに変換した上で、横軸を指数およびリニアのそれぞれで表示させた結果が以下のものだ。
これを見ただけでは、ノイズの具合いや音の色あせ具合はわかりにくいかもしれないが、moraのデータと明らかに違いがあることはハッキリとわかるはずだ。またDSDを変換したデータは高域が不自然に持ち上がっているのに対し、PCMで最初から録音しているUR22mkIIの分析結果のほうは高域に向かってなだらかに落ちていて、こちらのほうが自然に見える。
これはAudioGateの変換アルゴリズムの問題だと思うので、一つの参考として捉えておくのがいいかもしれない。ちなみに、Hi-Res Audio Recorderの設定をPCMの96kHz/24bitで録音もしたのがこちらの結果だ。
ここで1つ確実に言えるのは、CDなど44.1kHzの素材では22.05kHz以上の音が出ないのに対し、ここにあるいずれのデータもそれ以上の音がしっかり出ているのは間違いのないという事。「CDは高域が出ないから不自然。だからレコードがいいんだ」という意見はあながち間違いではないことはこの結果からも見えてくる。その高域の自然さと、根本的なノイズについて、どのように捉えるかは人それぞれだと思うが、可聴帯域外の音も捉えていることは確認できた。
最後にもう一つ試してみたのは、編集部にあった測定用のレコードの利用だ。これはTechnicsの33万円のプレーヤー「SL-1200GAE」のプロモーションの一環として作られた非売品のレコードで、東洋化成が制作した「周波数レコード」なるもの。
クリック音を入れた左右バランスを調整する音や、ホワイトノイズを正相/逆相で再生させて位相特性を調べるもの、1kHzのサイン波を鳴らしたものや、クロストーク特性をみるもの、スイープ信号……など、いろいろなトラックが入っている。これをDSDの2.8MHzで録音した後に、AudioGateで96kHz/24bit変換してみた。
ここからはいろいろな情報が見ててくるが、ここでは2つだけピックアップして紹介しておこう。
一つはレコードの無録音溝を再生した場合、どの程度のノイズが入っているかという状況について。これをSoundForgeで表示させてみると常に-40dB程度のヒスノイズが入っていて、ところどころそれをはるかに超えるプチッというポップノイズが入っている。。
もちろん、レコードのコンディションやプレーヤーの性能によって、これをもう少し抑えることはできると思うが、これがPS-HX500の性能であり、そもそもレコードとはこういうものであることを示していると思う。
もう一つ1kHzのサイン波について見ておこう。これが何dBの音なのかの記載はなかったが、Hi-Res Audio Recorderを通じて録った結果は-15dB程度の音となっていた。これを横軸を12秒くらいにして表示させると、かなりガタガタな信号になっているのが分かる。
本来-15dBの信号をデジタル的に作って表示させれば、完全な直線になるところ、先ほどのヒスノイズやポップノイズが混ざったり、そもそものレコードにおける音質劣化によって、こんな感じになっているのだ。もちろん、拡大表示していけば、それなりにサイン波とはなっているのだが……。この波形もよく見ると、結構歪んでいるのが分かるだろう。
では、これを周波数分析したらどうなるのか……。その結果がこちらだ。本来は1kHzに一本立つだけのはずだが、これだけ濁った成分が入っているということが見えてくる。これが、レコードの現実というわけだ。
以上、PS-HX500についていろいろと見てきたがいかがだっただろうか。なんとなくレコード批判のような結果になってしまったが、測定上は、これがアナログのレコード技術と、今のデジタルオーディオ技術の違いだ。
とはいえ、レコードはあるけれど、ハイレゾ音源どころか、CDにもなっていない作品が膨大にあることは事実であり、それらを手軽に聴けるようにするため、そして、これ以上音質劣化させないようにするため、手元でデジタル化しておく意義は非常に大きい。
そして、その音をできる限りいい音で、また簡単に残しておくためにPS-HX500のような機材の存在意義は大きいと思う。だから、「いまのハイレゾに相当する音を自分で簡単に作る」というよりは、「今手元にあるレコードをできる限りいい音で残すために」という考え方で使うのが正しい利用法なのではないだろうか。
ソニー PS-HX500 |
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