第120回:待望のフルHDのDLP普及機登場
~DLP復権なるか? Optoma「HD82」~
今回は、本連載としては久々のフルHDの“DLP”プロジェクタ、Optomaの「HD82」をテストした。液晶系では既に“当たり前”のフルHD機だが、DLPのフルHDを前回取り上げたのは3年前、2006年10月のシャープの「XV-Z21000」であった。
Optoma「HD82」 |
なお、シャープはこの「XV-Z21000」以降、日本ではホームシアターDLPプロジェクタの新製品投入は行なっていない。この後、日本市場向けのフルHDのDLP機としては2007年にマランツやOptomaの新製品がいくつかあったぐらいで、ホームシアター向けフルHDプロジェクターの主力はすっかり透過型液晶製品となってしまった。これにビクターとソニーがプレミアム色を出して反射型液晶(LCOS)機で食い下がっているという状況。
かつてホームシアター向けDLP機はヤマハ、東芝、NECビューテクなども出していたが、フルHDプロジェクタの戦場でDLP勢力が劣勢となっていった原因は、やはり価格だろう。フルHD DLP機は価格がかなり長い間100万円に近いあたりで推移していたのに対し、液晶機は出始めの時から主戦場を50万円未満としていた。
今回取り上げるOptomaの「HD82」は、そんな液晶優勢の中、実勢価格40万円未満で日本市場に投入されるホームシアター向けフルHD DLP機となる。販売はオーエスプラスeが行なう。
■ 設置性チェック ~打ち上げ投影となるため設置シミュレーションは入念に
外観は最近のソニーのLCOS機によく似ており、投射レンズを中央に据えつつの緩いアーチの上面で覆ったシンメトリックデザインを採用している。このアーチ状の天板は美しい光沢ブラックの塗装がなされており、高級感が醸し出されている。
本体サイズは372×490×194mm(幅×奥行き×高さ)で奥行きが長い。これもどちらかと言えば最近のLCOS機のボディデザインのトレンドに倣っている印象を受ける。
縦長シンメトリックデザインのHD82 | シンプルだが美しいデザインだ | 背面は突き出ているが吸排気スリットは無し |
底面の脚部は4つあり、全てがネジ式に高低を調整できる。前後脚部の間隔は実測で約20cm。本棚の天板などに置くこともできそうだが、後部脚部から約10cmほど後ろに突き出ている。なお、HD82の後面側には吸排気スリットはないので、後面側を壁に寄せて設置しても、それほどクリティカルな問題にはならなそうだ。
天吊り金具は純正オプションとして「PPC-200」(42,000円)が設定されている。ちなみに、本体底面重心付近の前後幅約14cm、左右幅22~26cmの台形状に配置された天吊り金具固定用のネジ穴が空いている。説明書には「ネジ直径6mm、ネジ長10~12mmのネジで固定することが出来る」という説明がされていることから、市販の汎用天吊り金具製品も利用できると見てよさそうだ。なお、本体重量は約8.5kgで、フルHDプロジェクタ製品としては平均的な重さといったところ。
投射レンズは1.5倍ズームレンズを採用。今世代のフルHDプロジェクタ製品としては少数派と言える手動調整式となっている。100インチ(16:9)の最短投射距離は約3.3m、最長最短距離は約5.5m。
投射レンズはマニュアル、ズーム&フォーカス&シフト |
ズーム、左右レンズシフト、上下レンズシフトの各調整つまみは投射レンズの下部に位置している。台置き時の状態では台と投射レンズの隙間に手を伸ばして調整することになり操作はややしづらい。フォーカス調整はクラシックなレンズ外郭リングを手動式に回して行なう方式だ。
レンズシフト量は上方向に+25%、左右±15%に対応。スペック表記では「上方向80%にシフトできる」とあるが、これには注意が必要だ。HD82はシフトなしの標準状態で+5%の打ち上げ投影になっており、これを上方向に最大の+25%シフトすると、映像の下辺が+30%にまで打ち上げられる。一般的なプロジェクタのシフト量表記では光軸延長線上に画面の中央がある状態を画面位置+50%と見なすので、HD82の最大上方向シフト状態では50%+30%=80%になる、ということなのだ。
ズーム、レンズシフトの調整ダイヤルは本体底面に。映像は基本的に打ち上げ投射になり、シフトは光軸から+55%~+80%の範囲に限られ、映像を下方向にシフトできない。この点には注意したい |
シフトなし状態で最初から+5%の打ち上げ投影状態になるので、台置き設置の場合はかなり背の低い設置台を用意する必要がある。天吊り設置の場合は、逆に設置位置を高くしてもかなり画面を下にまで下ろすことが出来る。
なお、こうしたシフト特性の関係で高い棚の上の設置は工夫しないと実現が難しいと思われる。棚の天板に台置きした場合は映像を下に下ろせず、かといって本体を上下逆転して疑似天吊りした場合は映像が下に落ちすぎるからだ。天吊り設置が基本で、台置きの場合は入念な設置シミュレーションが必要だといえる。
採用光源ランプは220Wの超高圧水銀ランプ。ランプ寿命はメーカー側の公式スペックとしては3,000時間を謳う。ランプ交換は本体側面から取り出してユーザーが行なうことが出来る。なお、交換ランプの型式番は「SP.8AF01GC01」で価格は35,000円。ランプ価格はそれほど高くはない。
側面後部で排気。ランプ交換もここから |
ところで、HD82では、工場出荷状態においてランプ輝度モードが「ノーマル」設定されている。スペック表記の最大輝度1,300ルーメンを得るためには「ランプ設定」-「ブライトモード」を「オン」設定にしてブライトモードに設定する必要がある。
騒音レベルはその工場出荷状態のランプ輝度、ノーマルモードで22dB。これだと1mも離れていると冷却ファンのノイズはほとんど聞こえない。ブライトモード時の騒音レベルの公称値は26dBで、ノーマルモード時と比較すれば若干、騒音レベルは上がるが、極端にうるさくなるわけではない。設置位置が1mも離れていれば、ブライトモードでもうるさいと感じることはないと思う。
エアフローは本体底面スリットから吸気して側面最後尾付近のスリットから横に排気するデザインとなっている。前述したように背面側のクリアランスはシビアにとる必要はないが、側面のスリットを塞ぐと熱で動作に支障を来す可能性がある。これは注意したいところ。最大消費電力は330W。フルHDのDLPプロジェクタとしては平均的な値だ。
■ 接続性チェック ~HDMIは2系統完備。アナログ、デジタル両対応のPC入力端子も実装
接続端子は背面に配されており、端子ラインナップは最近の平均的な機種よりも大部充実している。
背面の接続端子パネル。PC入力が充実 |
デジタルインターフェイスとしてHDMI入力端子は2系統を装備している。HDMIバージョンは1.3に対応しており、1080/24p、DeepColorへの対応もなされている。二つのHDMI端子は結構離れているため、端子の幅が広い高級HDMIケーブルやDVI-HDMI変換アダプタなども余裕で挿すことが出来る。
さすがはデータプロジェクタ製品分野にも強いOptomaのDLPプロジェクタらしく、PC入力としてはアナログRGB入力のD-Sub15ピン端子、そしてデジタルRGB入力に対応したDVI-D端子の両方を備える。ホームシアター機でアナログ、デジタルの両方に対応したPC入力を備えている機種は最近の機種では極めて珍しく、地味ながらも「HD82ならではの訴求ポイント」になっている。
アナログビデオ入力系としてはコンポーネントビデオ入力、Sビデオ入力、コンポジットビデオ入力を各1系統ずつ備える。コンポーネントビデオ入力はRCAピンプラグ×3タイプで、D端子は備わっていない。この他、制御用のRS232C端子、2系統のトリガ端子を備えている。
「12V Trigger B」(トリガB)メニュー |
2系統のトリガ端子はトリガA、トリガBと命名されており、トリガAはHD82稼働中にDC12Vを出力するもので、トリガBはメニューから設定した任意条件に当てはまったときにDC12Vを出力するコンフィギュラブル・トリガ端子となっている。具体的にはアスペクトモードを16:9、4:3、レターボックス等にユーザー設定した時、あるいは入力映像が2.35:1シネスコ映像となっていることを検知した時……といった条件を設定できる。つまりトリガBは、外部アナモーフィックレンズやアスペクト比可変型のスクリーンとの連動動作を行う際に利用することになる。こうした高度なトリガ端子は国産ホームシアター機にはないユニークな機能だ。
なお、HD82には、アナモーフィックレンズが純正オプションとして設定される予定だ。型式番は「BX-AL133」、価格は未定。こうしたオプションが純正設定されるのはかなり珍しい。ここもHD82という製品の国内メーカー製品には見られない特長だといえるだろう。
■ 操作性チェック ~リモコンはメイン用途、非常用の2つが付属
青色バックライトの自照式ボタンを配したリモコン |
リモコンはコンパクトなボディながら、青LEDのバックライトによる自照式ボタンをあしらった、なかなか贅沢な作り。
ただ、コンパクトな割にはボタンの数は多く、それ故に各ボタンはかなり小さい。ボタン名はボタン正面に記載されているものと、機能をアイコン化したイラストが描かれているものの2タイプがあり、暗室でも、文字やイラストが青い光に浮かび上がるようになっている。ただ、画調モード切替ボタンがハートマークだったり、Dynamic Blackの機能名が「DB」と略されているなど、ややわかりにくい部分もあり、このあたりは使って慣れていくしかない。
また、青いバックライトを点灯させるためのボタンはなく、なにかリモコン上のボタンを押すことで点灯する。機能ボタンを押すと直接その機能が呼び出されてしまうので、実際の活用時には、単体で押しただけでは機能を果たさない十字方向ボタンや[ENTER]ボタンを押してリモコンを点灯させることになる。
さらに、ボタンを絞った小型リモコンも付属。ボディに操作パネルが無いのだが、その代わりに本体の背面に小型リモコンを収納できるのがユニークだ。
HD82はボディ側に操作パネルが無い代わりに、本体背面に小型リモコンを収納している | 小型リモコン |
電源を投入してからHDMI入力の映像が表示されるまでの所要時間は実測で約24秒。最近の機種としては「普通の早さ」といったところか。
入力切換は、リモコン下部の[HDMI1][HDMI2][DVI][VGA][YPbPr][S-Video][Video]の7個のボタンを押すことで直接希望の入力系統に切り換えられる。これはとても使いやすい。切り替え所要時間はHDMI1→HDMI2で実測約4秒、HDMI→VGA(アナログRGB)で実測約3秒であった。あまり早いとは言えないが、順送り切換でないためストレスはない。
アスペクト比切換も順送りではなく、対応するアスペクトモードのボタンを押すことで直接切り換えられる。用意されている「アスペクトモード」は以下の通り。
4:3 | 入力映像をアスペクト比4:3で表示。リモコン上の切換ボタンは[4:3] |
16:9 | 入力映像をアスペクト比16:9で表示。基本的にはパネル全域に合わせて表示される。リモコン上の切換ボタンは[16:9] |
レターボックス | 4:3映像中にレターボックス収録された16:9映像を切り出してパネル全域に表示する。リモコン上の切換ボタンは[LB] |
ネイティブ | 入力映像を解像度変換、アスペクト変換をせずにそのまま表示する。リモコン上の切換ボタンは[N] |
ネイティブモードは他のプロジェクタには見られないHD82ならではのユニークなアスペクトモードで、ゲームやDVDビデオなどのフルHD解像度未満の映像を、ドット単位の表現までを的確に見たい場合に利用するための、かなりマニアックなモードだ。なお、アスペクト比切り替え所要時間は実測で約1秒。順送りではなく目的のアスペクトモードに直接切り換えられるので操作感は良好だ。
Xbox360の画面(720p出力)を16:9アスペクトモードで表示したとき | ネイティブモードではパネル内の中央1,280×720ドット領域だけを使ってスケーリング無しで表示できる |
プリセット画調モードの切換だけは、直接切換ではなく、ハートマークのようなアイコンが書かれた[Mode]ボタンを押し切り替えメニューを出してからの選択操作となっている。
用意されているプリセット画調モードは「シネマ」「明るい」「フォト」「参照」「ユーザー」の5種類。ちなみに「参照」というモード名はおそらく誤訳だと思われる。言語設定を英語にすると、「Reference」(リファレンス)と表記されるので、意味合い的には「標準」モードという位置づけのようだ。インプレッションについては後述する。モードの切り替え所要時間は実測で約1秒で、まずまずの早さ。
リモコン上にある、その他のボタンを見ていくと、HD82にしかないような珍しい機能があることに気づく。
[Overscan]ボタンは、オーバースキャン度合いを調整するもので、実質的には画面の拡大率の微調整に相当する。デフォルトではフルHDの入力映像をドットバイドットに表示する0設定となっているが、これを最大1~4の設定にすることで拡大表示し、画面からはみ出た領域をクリップアウトできる。
[Edge Mask]ボタンは、画面外周を黒マスクで覆うもの。デフォルトではマスクなしの0設定で、1~5と設定値を上げていくと画面外周のマスク部がドンドンと太くなる。これは画面外周にノイズが出るような映像を視聴する際に利用することになるが、通常はいじる必要はない。
[Bright Mode]ボタンは、ランプ輝度モードを変更するもの。ランプ輝度モードを変更できる機種は珍しくはないが、リモコンからモードを切り換えられる機種は珍しい。室内照明を付けた時と消した時とで、プロジェクタの輝度モードを変更したいときはけっこうあるので、コレは便利だ。切換所要時間は実測で約1秒で、まあまあ早い。
[DB]ボタンは、前述したようにダイナミックブラックモードの調整を行なうもの。説明書には詳しい解説がないが、これはどうやら動的絞り機構の動作傾向の設定のようだ。詳しい解説とインプレッションについては後述する。
Image Shiftの[上][下]ボタンは、投射映像を上または下へシフトするもの。ブルーレイソフトなどで2.35:1シネスコ記録された映像を投射すると、通常、上下に黒帯の未表示領域ができるが、これをクリップアウトしつつ、映像本体を見やすい位置に移動したい場合などに、この機能を利用することになる。
[PURE]ボタンはHD82の高画質化エンジン「PURE ENGINE」の調整を行なうもの。PURE ENGINEの各機能の解説とインプレッションについては後述する。
リモコンから調整できる画調パラメータはコントラスト[Contrast]と輝度[Brightness]のみだが、メニューからはこの他、色の濃さ(HD82の設定項目名では「カラー」)、色合い、シャープネスなどの基本画調パラメータの調整が行なえる。調整はプリセット画調モードに対しても行なえ、特に保存動作をしなくても調整結果は保持される。プリセット画調モードの調整は基本的には各入力系統で独立管理されているが、なぜかHDMI1とHDMI2だけは調整結果が共有化されてしまう不思議な仕様となっている(HDMI1である画調モードを調整すると、HDMI2の同名画調モードがその調整結果になっている)。
Optomaによれば、各信号毎に設定を保持する仕様なので、たとえば、HDMI1とHDMI2で同じ信号(両方1080i等)で接続すると同じ設定が適用される。HDMI1とHDMI2で違う信号(720pと480i等)で接続するとそれぞれ違う設定が適用されるという。
「イメージ」メニュー | 「ディスプレー」メニュー | 「システム」メニュー | 「設定」メニュー |
画調モードのユーザーメモリは各入力系統1つずつあり、初期化された「ユーザー」という名称のプリセット画調モードがあり、これを調整して好みの画調に仕上げていくというイメージだ。こちらもなぜかHDMI1とHDMI2だけはユーザーメモリが共有される仕様となっていた。
調整可能な画調項目としては、これ以外に「詳細」調整項目として「ノイズリダクション」「γ(ガンマ)」「色温度」「Pure Engine」「Dyanmic Black」「RGBゲイン/バイパス」といったものがラインナップされている。これらの調整結果も各入力系統ごとの各画調モードにて保持される。つまり、この設定も画調パラメータの一貫として管理されているのだ(ここでもHDMI1とHDMI2は兼用仕様)。
「ノイズリダクション」は最大にかけても静止画には全く影響しなかった。説明書を読むとプログレッシブ化(デインターレース化)の効き方を調整するもの、というような説明がある。まぁ、デジタルソースを視聴する限りではいじる必要はなさそうだ。
「ガンマ」は階調カーブを調整するもので、HD82では、「映画」「ビデオ」「グラフィック」「標準」のプリセットモードから選択することが出来るようになっている。各プリセットのガンマカーブはユーザーがカスタマイズすることも可能で、ガンマカーブの傾き、オフセット値をいじることが出来る。ただし、やや前時代的な数値調整のUIとなっているためグレースケール映像などを表示してからいじらないと調整前と調整後の効果がわかりにくい。ここは最近の他機種のようにGUIが欲しいところ。ちなみに、ガンマカーブは数値を下げると緩やかに、あげると急激な傾きになる。
「色温度」はK(ケルビン)設定ではなく、「暖色」「標準」「冷色」の3段階設定となっている。見た感じの印象だが、それぞれ6500K、7500K、9000Kくらいに思われる。なお、このプリセット色温度モードを選択してから、さらに「RGBゲイン」「RGBバイアス」の設定項目でバランス調整も行なえるようになっており、調整自由度そのものは他機種に負けていない。
「イメージ/詳細」メニュー | 「γ」(ガンマ)メニュー | 「PURE ENGINE」メニュー | 「RGB Gain/Bias」メニュー | 「ランプ設定」メニュー |
■ 画質チェック~普及価格帯の単板式DLP画質もここまで来た
HD82はDLP(Digital Light Processing)プロジェクタなので、映像パネルは、フルHD(1,920×1080ドット)解像度のDMD(Digital Micromirror Device)パネルになる。製造元は当然TIだ。
パネルサイズは0.65型、世代的にはDarkChip3と発表されている。DarkChip3は、先代パネルから開口率を向上させ、さらに画素鏡の植え込み元である基板層のコーティングを改良して迷光を低減させたDMDチップだ。なお、DarkChip3は2007年くらいのチップであり、実は最新世代のDMDチップとしてはすでにDarkChip4も発表されている。つまり、HD82の映像パネルは一世代前のものということだ。HD82では、「こなれた世代のパネルを使用することで価格を抑える」という目的があったことから、あえてDarkChip3を採用したのだろう。
パネルは最新ではないとはいえ、さすがDMDチップ。画素開口率は90%近くあり、画素密度は最新世代のLCOS機と比較しても見劣りしないし、ましてや最新世代の透過型液晶機を確実に凌駕している。ちなみに、今回の評価は100インチで行なったが、単色の面表現においても粒状感は全く感じなかった。開口率の高さ、画素密度の高さにおけるDLP方式の優位性は未だ揺るぎない部分だと言える。
色収差はほとんど目立たない。中央でフォーカスを合わせて画面端で撮影してもこのクオリティは凄い |
投射レンズのレンズシフトの自由度が低い分、といってはなんだが、レンズのフォーカス性能は高い。フォーカスを画面中央で合わせると、画面外周部にまでぴたりと合焦する。手動調整なので、離れた位置のスクリーンに目を凝らしながら合わせるのには苦労するが、ひとたび合わせてしまえば、その光学的解像力には感心することだろう。
色収差も最低限だ。白地に1ドット単位の黒文字を表示したときも、HD82では、この黒い部分へRGB各色の色浸食はほとんど無い。高周波のテクスチャ表現、髪の毛などの線表現、文字表現などはきわめて美しい。
HD82は、単板式DLPプロジェクタなので、内蔵されている映像パネルのDMDチップは一枚のみ。こうした単板式DLPプロジェクタでは、光源ランプの白色光から、時分割でRGBの3原色を取り出してDMDチップへ照射する仕組みが必要となる。これを実現するのが機械回転でRGBカラーフィルターを駆動する仕組み「ロータリー・カラーフィルター」だ。
単板式DLPプロジェクタは、このロータリー・カラーフィルターを用いた時分割フルカラー表現を行なうため、一瞬一瞬は単色映像しか表示されていない。ユーザーは映像を一定時間見ることで時間積分的にフルカラーを感じることになるのだが、ここで原理上、避けられない問題が出てくる。
その1つが「色割れ」「カラーブレーキング」と呼ばれる、動いている映像を見たときなどに色が分離して見える現象だ。HD82では6倍速(10,800rpm/360Hz)のRGBRGBの6セグメントカラーホイールを採用しており、この弱点の低減に望んでいる。
実際に「Gears of War2」(Xbox360)のような3Dスクロール主体のゲームをプレイしてみたが、ほとんど色割れを感じることはなかった。3Dスクロールタイプのゲームは単板式DLPには条件的にとてもシビアな映像となるはずなのに立派だ。映画のような一般的な映像でも色割れはほとんど気にならないレベルにまで押さえ込まれている。さすが最新型、うまくチューニングがなされているようだ。
単板式DLPプロジェクタ、もう一つの弱点は「暗部階調のざわつき」「ディザリングノイズ」だ。暗部階調は、時間積分フルカラー表現の仕組みが理想通りに効いてくれないのでユーザーによっては、暗部の色味が極端に欠如して見えたり、あるいはランダムノイズのような「ざわつき」を視覚することがあるのだ。
HD82では、このあたりもうまくチューニングされているようで、暗部階調も液晶方式と変わらない精度のアナログ的な表現が行なえている。暗色の表現能力も高く、かなりの暗部にもその色味がちゃんと残ってくれている。DLPを良く知っている人でも、言われなければ、単板式DLPであることに気がつかないかも知れない。
なお、HD82のDMDチップの駆動にはTIのBrilliant Colorテクノロジーが採用されている。これは単板式DLPプロジェクタの色再現においてRGB基準でなく、中間色再現においてRG,GB,BRの混色までも動員するもの。光利用効率が1.5倍に向上するので輝度も高くなり色彩限も向上するというのがこの機能の理屈だ。
このテクニックの恩恵もあってか、実際、発色はとてもいい。水銀系ランプにしては赤の出色がとても鋭く、緑にも伸びがある。青は彩度の高い記憶色指向の意図を感じるが全体的な映像としてみた場合のバランスは悪くはない。
色ダイナミックレンジも広く、二色混合グラデーションも非常になめらかだ。単板式DLPというとコントラスト偏重な画作りが気になったものだが、ここまで色再現が美しくなったことには驚かされる。
人肌も黄味が少なく、かといって赤過ぎもしない、血の気の感触と透明感のある白さとの均衡の取れた色合いとなっており文句なしだ。
公称最大輝度は1,300ルーメン(ランプ輝度モード:ノーマル時で850ルーメン)。220Wクラスのランプ採用の単板式DLPプロジェクタでは1,000ルーメン程度だったので、この点は世代の新しい分、順当に向上している。前述したように1,300ルーメンはランプ輝度モードをブライトモードに設定する必要があるが、ブライトにすると、数値上だけでなく、見た目としてもかなり明るくなる。ブライトモード時は薄明るい程度の部屋でもゲームプレイなどを楽しめるだろう。
公称コントラストは20,000:1。このスペック値については説明がないのだが、おそらくネイティブコントラスト値ではなく、動的絞りを組み合わせての値だと思われる。
とはいえ、黒の沈み込みは十分だ。最近は透過型液晶機のコントラスト性能が凄くなってきているので、昔ほど、DLP機の暗部の沈み込みにアドバンテージはなくなってきているわけだが、HD82の暗部表現能力はがんばっていると思う。
ランプ輝度モード「ノーマル」 | ランプ輝度モード「ブライト」 |
ランプ輝度がブライトモード時はやはり若干、黒浮きが出る。しかし、その分輝度ダイナミックレンジは広がる。ここはちょっと究極の選択っぽいが、筆者的には、ランプ輝度モードは、暗い映像を見るときはノーマル、明るい映像を見るときはブライトという風に使い分けるのがいいと感じた。HD82ではランプ輝度モードがリモコンで簡単に変えられるので切り替えも楽。ランプ輝度モードはリモコンで切り換えられるという操作系はかなり便利なので、他機種にも見習って欲しいと思う。
「Pure Engine」設定画面 |
HD82には、この他、「Image AI」と命名された動的ランプ輝度制御機能も備わっているが、効きはとても弱めで、効果は薄い。通常はオフ設定でいいだろう。
HD82の高画質化エンジン「PURE ENGINE」の効果解説とそのインプレッションについても触れておこう。
PURE ENGINEはPixelworksの映像プロセッサから提供される高画質化処理で、「Pure Detail」「Pure Color」「Pure Motion」の3つの機能からなっている。
・Pure Detail
いわゆる輪郭強調ロジックに相当し、オフ、1、2、3の4段階設定が選択できる。輪郭の強調だけでなく、テクスチャディテールも際立つようになるので、映像の見かけ上の解像感も強調される。単純なシャープネス強調処理では暗部のノイズが際立ってしまい使い勝手が悪くなるのだが、Pure Detail機能ではうまく適応型の処理がなされているようで、そうした粗は目立たない。実際に使ってみたが、DVDビデオ、SDゲーム映像との相性がよいと感じた。最低の「1」設定でもかなり強く効くので常用するならば「1」設定で十分
Pure Detail OFF設定 | Pure Detail 3(最大)設定 |
・Pure Color
記憶色再現指向に発色の彩度を上げるもので、オフ、1、2、3、4、5の6段階設定が可能となっている。強設定にすればするほど純色の強度が高まる傾向にある。色味の薄い古めのアナログビデオソースとは相性が良さそうだが、デジタルコンテンツの視聴時にはオフ、かけても「1」か「2」設定で十分と感じる。
Pure Color OFF設定 | Pure Color 5(最大)設定 |
・Pure Motion
液晶機でいうところの、いわゆる倍速駆動技術に相当するもので、算術合成した中間フレームを挿入表示することで見かけ上のフレームレートを向上させて映像をなめらかに見せるもの。HD82ではオフ、「低」、「中」、「高」の5段階設定が行なえる。
実際に使用してみたが、「低」設定でも結構大胆に効く。だが、単純なカメラパンや文字スクロールでは特に目立った粗はないのだが、「(1)高周波成分をもつ反復パターンの移動」「(2)高周波成分をもつ背景の前を横切る動体表現」「(3)字幕と重なり合う動く背景」といった表現で、典型的なノイズが出てしまう。
(1)は「ストリートファイター・ザ・レジェンド・オブ・チュンリー」(Blu-ray)のチャプター8(00:35:00)のシーンに受けるビル群の縦スクロールの窓枠の点滅で確認できる。
(2)は同チャプター9(00:42:26)でナッシュが観葉植物を横切る際にナッシュの輪郭に糸引きが発生する。
(3)は「シューテム・アップ」(Blu-ray)のチャプター1(00:04:49)において、字幕全体に横縞ノイズが入ることで確認できる。
じっくりと映像を干渉する映画干渉などでは筆者的には「オフ」にして活用したいと感じたが、フレームレートの安定しないゲームやアニメなどでは、それほど違和感はなかった。好みに応じて使い分けよう…といったところか。
・Pure Engine Demo
Pure Engine Demoモード時。Pure DetailのOFF設定と最大設定の比較 |
Pure Engineの各機能を調整適用前と適用後を比較しながら見ることが出来るモード。画面を横分割にするか縦分割にするかが選択できる。
実際に試してみたところ、確かにPure DetailとPure Motionについては比較が出来るのだが、Pure Colorについては分割モードに限らず、なぜか全画面に適用されてしまっていた。
・Dynamic Black
Dynamic Black動作概念図 |
Dynamic Blackは下図に示したようにスリット式の動的絞り機構になる。
「オフ」が動的絞り機構なし、「シネマ1」と「シネマ2」が動的絞り機構あり、の設定となっている。「シネマ1」と「シネマ2」の違いは最大絞り幅で「シネマ2」の方が暗いシーンで大胆に絞るようになる。
シーンの切り替わりと絞りの連動速度はわざとやや遅れるようなチューニングになっている。明暗の切り替わりが激しい映像では絞りの開閉が間に合わないことがあり、スリット式の限界が見て取れる。やはりもうちょっと臨機応変に動いてくれないと使いにくい。また、絞りの回転動作音が冷却ファンノイズよりも大きいのにも気に掛かる。
HD82はDLPプロジェクタの原理的優位性もあってネイティブコントラストがそこそこ高いので、基本的にはこの機能も利用しなくていいように思う。
Dynamic Black OFF設定 | Dynamic Black Cinema2(最大)設定 |
■ プリセット画調モードのインプレッション
【プリセットの画調モード】
■ まとめ ~実力十分なハイコストパフォーマンス フルHD DLP
単板式DLPプロジェクタのフルHD機は、これまでもあったが、プレミアム志向な製品であったためにあまり身近な製品とは言えなかった。
ここ数年の画質的にフルHD透過型液晶機の進化度合いが著しかったこと、LCOS機の価格破壊が進んだこともあって、次第に、単板式DLPのフルHD機は、そのプレミアム感に陰りが見えてきた。
そんな流れの中でのHD82の登場なわけだが、確かに画質的には最新の透過型液晶機、LCOS機と比べても遜色はないし、実勢価格でも40万円未満だそうなので、競争力は十分。一般ユーザーの選択肢にも、入ってくる機会は増えてくることだろう。
マシン本体の性能については申し分ないが、約40万円の商品として見た場合、日本ユーザーの満足度を上げるために、まだ、改善すべき点はある。
やはり、レンズ制御は約40万円という価格帯からすれば電動制御になるべきだ。「DLP機としては安い」本機だが、一般ユーザーにその「断り」は届かないからだ。
それとメニュー画面の翻訳や説明書のわかりやすさ向上も必要だろう。説明書は多言語対応になっていて他の言語のページがやたら多いのは目をつぶるとしても、日本語ページの各機能の解説が抽象的で分かりにくいのは初心者を困惑させる。
また、画調設定が複数のHDMI入力に設定されてしまう予想しづらい挙動をしたり、リモコンに使用できないボタンが存在するのにも、異国情緒を感じた。HD82は画質面、性能面、トータルなコストパフォーマンス面では優秀だが、“舶来品”風情が感じられ、その意味で、まだ「玄人向け商品」の印象を持った。
ただ、これまでSD機、720p機の単板式DLPプロジェクタを使い続けてきたユーザーで、DLP画質に愛着と理解があるならばそうした部分も気にならないことも確か。DLPの従来機を使っていたユーザーで、このタイミングでフルHD機にステップアップ買い換えを考えているならば、HD82は文句なくオススメできる。
(2009年 8月 21日)