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一年戦争に至る激動の時代に翻弄された兄と妹。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」

 安彦良和によるコミック版の1stガンダムである「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」。コミック版の「シャア・セイラ編」を全4話でアニメ化されている。第4話のイベント上映やBD/DVD化からは遅れてしまったが、今年の秋には続編となる「ルウム編」のイベント上映が予定されているので、このあたりでここまでの4話をまとめて紹介したい。

機動戦士ガンダム THE ORIGINE IV 運命の前夜 Blu-ray
(c)創通・サンライズ

 現在に至るガンダムの出発点である「機動戦士ガンダム」を、現代のクオリティで再び映像化してほしい。そう期待している人は少なくはないはず。同作でもキャラクター・デザイン、アニメーション・ディレクターとして関わった安彦良和が自らの視点や解釈を交えながら新たに生み出した「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、まさにそのものと言える作品だ。数多いアニメ化の希望に応えて制作されたアニメ版は、イベント上映とBD/DVDの発売を主体とした公開が行なわれた。テレビシリーズよりも質の高い映像と音を楽しめたことは喝采だったし、3DCGを本格的かつモビルスーツのアクションにまで導入するなど、これまでのガンダム作品では珍しい大胆な挑戦も盛り込まれている。

新たな挑戦、動きの魅力、作り手の意欲が満ちあふれた第1話

 そんな新たな意欲に満ちあふれていることがよくわかるのが、第1話となる「青い瞳のキャスバル」だ。冒頭ではシャア・アズナブルに赤い彗星という二つ名が付くきっかけとなったルウム戦役の様子が描かれる。このパートの絵コンテと演出は板野一郎。「板野サーカス」で知られ、1stガンダムではビットによるオールレンジ攻撃などの作画を担当。その後もロボットアニメのアクションパートの作画を多数手がけた人物だ。手描きアニメのアクションを極めたこの人が今は3DCGの現場で活躍しており、その成果を「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」で見せてくれたことが感慨深い。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN I
(c)創通・サンライズ

 その映像は、手描きでは難しい多数の艦隊による砲撃戦や、スピード感あふれる描写で次々と連邦軍の戦艦や巡洋艦を撃墜していくモビルスーツの動きに目を見張る。手描きのアクションとは感触は違うが、手描きではとてもこなせない動きの良さが素晴らしい。それでいて、特徴的な音ともに発光するザク(MS-05)のモノアイの眼力あふれる描写など、ガンダムらしい見せ方もきちんとおさえているのは流石だ。

 3DCGの積極的な導入も含めて、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」のアニメでの目標は「動き」であるということがよくわかる。

 物語は、スペースコロニーで生まれたスペースノイドたちが独立を掲げて、地球連邦の支配に抵抗しはじめた時代。サイド3(ムンゾ)において独立運動の中心となっていたジオン・ズム・ダイクンの急死によって幕を開ける。この作品は、一年戦争に至る宇宙世紀の歴史ドラマという側面も持っているが、中心となるのはダイクンの遺児であるキャスバルとアルテイシアの兄妹だ。聡明な兄キャスバルと、まだ幼いアルテイシアの二人は、ダイクン亡き後のムンゾの権力争いというおどろおどろしい世界に叩き込まれる。

 キシリアと対峙するキャスバルの場面も印象的だが、母の愛をアルテイシアに独り占めされ、心を閉ざしていく表情など、結果的にだが母の愛に恵まれなかったと感じていた彼のトラウマがしっかりと描かれている。このあたりのキャラクターの表情の豊かさは安彦良和自らの作画かと思うようなレベル。愛憎の表情がコミックのように誇張して描かれる様子は、「漫画家として数々の作品を発表してきた今の安彦良和が作画するとしたらこうなるはずだ」と言っていいくらいだ。

 コミック版を読むと、コマに分割された静止画によって描かれた物語は、ストーリーの流れこそ忠実だが、コマをそのまま絵コンテにするようなことはなく、動きを見せることを重視して前後のカットが追加され、動画としての流れのなかでコミックのストーリーが進んでいく。これまでは読者が想像するしかなかったコマとコマの間の描写が加わることで、より濃密な内容になっている。

 このあたりは絵コンテ作りに安彦良和が参加していることが大きいだろう。コミックのヒトコマも彼特有の動きを感じさせるもので物足りなさはないが、一連の動画として再構築された映像を見ると、コミックとアニメの両方を知っている安彦良和の手腕に唸らされてしまう。

 また、1stガンダムをよく知るベテランのファンへのサービスも豊富だ。急死の報を知らせて駆けつけた母とキャスバル、アルテイシアがジオン・ズム・ダイクンの亡骸を見る場面、まだ若いランバ・ラルと初めて出会い、アルテイシアを抱き上げるシーンは、1stガンダムで挿入されたシーンを想起させる映像になっている。もちろん、見ていてその場面を思い出すし、後で1stガンダムを見ると、そのカットで描かれた物語が思い出され、1stガンダムの前日譚としてもうまく機能している。安彦良和だけの手腕ではないだろうし、制作スタッフの1stガンダムへの愛がよくわかるのだ。

 このほか、コロニー内の街並みが描かれるシーンでは、空の向こうに山や街が透けて見えていることがわかる。これは、1stガンダムの制作時では実現が難しかったことのようで、イベント上映の舞台挨拶で「当時できなかったことがようやく実現できた」と語っていた。人類が宇宙に進出し、スペースコロニーを生活の場として暮らしている時代。それを象徴的に描くものとして欠かせないものだったのだろう。

 キャスバルとアルテイシアが政治の道具のなるのを良しとしないランバ・ラルとクラウレ・ハモンにより、失脚したジンバ・ラルと共に兄妹は地球へと脱出する。このときの連邦軍の包囲を突破するガンタンクの活躍も見物だ。

 本作では、モビルスーツや戦車の大口径火砲はもちろん、機関砲や銃器、陸戦時のさまざまな兵器などもリアルに描かれ、何よりも音が実際の物を録音したかと思うほどにリアルだ(それでいて、1stガンダム由来の音もうまく組み合わされている)。これは兵器の動きもそうで、ガンタンクの車体の前後の動きに合わせてバネのついたオモチャのように揺れる上半身がコミカルで楽しい。いかにも旧式という趣だが、実は動きとしてはリアルだ。筆者もガルパンの影響で自衛隊の総合火力演習の映像を見始めた程度のにわかマニアだが、走り始める時ののけぞるような動き、停止したときのつんのめるような動きは、あまりにもマンガにおけるコミカルな描写そのままでちょっと笑ってしまったほど。そういうリアルな動きを採り入れつつ、上半身の兵器らしからぬ動きを組み合わせて、映像としての面白さを加えている。昨年末に4KリマスタリングでBD化された「クラッシャージョウ」あたりで感激した人ならば、こういう動きの面白さこそがアニメの醍醐味だということがわかってもらえると思う。静止画(コミック)で描き上げた作品をもう一度動画(アニメ)で制作するとなったら、動きでみせるものにしたいと思うのは当然だろうが、そうした意欲がさまざまな場面でよく伝わるのだ。

キャスバルからエドワウ、そしてシャアへ。その変遷を描く第2話、第3話

 第2話「悲しみのアルテイシア」では、地球へ脱出し、テアボロ・マスの養子となったキャスバルとアルテイシアの生活が描かれる。そこではエドワウとセイラという仮の名前が与えられる。声変わり前のエドワウを演じるに当たり、池田秀一はオーディションを受けたという。幼少期のキャスバルが田中真弓(これはこれで、安彦ファンなら鉄板のキャスティング)だったように、エドワウも別の声優が演じることも想定されていたのだろう。しかし、池田秀一の老いを感じさせない張りのある若々しい声には感激ものだった。本人も一番大変だったと舞台挨拶などで言っているし(アフレコ当日まで断酒して臨み、アフレコ後に飲みながら考え、後日アフレコをやりなおしたという)、ところどころ違和感を感じる部分もあるが、その後のシャアを感じさせる冷徹さを見せる場面では、やはりこの人しかないと思ってしまう。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN II 哀しみのアルテイシア
(c)創通・サンライズ

 ジンバ・ラルは、ふたりにザビ家によるダイクンの暗殺説を語り、そしてザビ家への反抗の企む。そのせいで、ザビ家による粛正の手が伸びることになる。

 この場面では、テアボロ・マスの居城を舞台にした中世の甲冑騎士との戦いが見物だ。吊り橋のように揺れる高所の渡り廊下での戦いは激しい剣劇も見応えがあるが、甲冑騎士の彩色が安彦良和のイラストを思わせる透明水彩を重ねて色に深みを出したような感じになっている。手描きアニメのくっきりと塗り分けられたタッチと相性のよいものではないし、背景画にしても濃淡を強くだすコミック版の背景とは感触が違う。ではあるが、コミック版のアニメとは違う映像再現を意識したものだ思う。ここにも、ただのリメイクではない新しい意欲を感じる。

 こうしたエドワウとセイラの物語が描かれるなか、ムンゾ自治共和国では、モビルワーカーの開発と実験が行なわれ、独立戦争への準備が進んでいることが語られる。ここでは、ドズルに拾われてモビルワーカー開発に関わるランバ・ラルの姿も描かれる。クラウレ・ハモンの色っぽい歌も大きな魅力。

 重傷を負ったテアボロ・マスは、エドワウとセイラとともにサイド5(ルウム)のテキサス・コロニーへと移住する。宇宙へ移住しザビ家への反乱の意志がないことを示すためだ。ここでエドワウは自分とそっくりなシャア・アズナブルと出会うことになる。

 テキサス・コロニーはアメリカの西部劇で出て来そうな街を再現した観光目的のコロニーだ。ここの自然の描写がちょっと興味深い。地球のアンダルシア地方の描写も自然が美しく描かれていたが、不思議と人以外の生き物の姿が印象に残っていない。しかし、テキサス・コロニーには交通の要としての馬がいて、馬に乗って走り出せば草原や森には鳥の声が響いている。空の向こうに大地が透けて見えているようなスペース・コロニーの中なのに、むしろ自然が豊かに描かれている。これは、すでに地球が環境汚染などの影響で決して住みやすい場所ではなくなっていることを示しているのかもしれない。セイラが医療を志すのも、伝染病などに苦しむ人々を救うボランティアに関わったことが影響している。ファンの考えすぎかもしれないが、細かいところまでよく作り込まれていると感心する。

 さておき、第2話ではタイトル通りセイラに哀しい別れが次々に訪れる。事実上人質としてムンゾに残った母の死、飼い猫のルシファー、そしてエドワウだ。母の死はセイラにとっても辛いことだっただろうが、影響の強さではエドワウの方が上だったようだ。

 もともと聡明で勘が鋭く、リーダー的資質も備えていたようだが、母の死の後は冷酷さが表に出るようになってくる。彼らを見張るザビ家の密偵を一方的に殴りつけるときの表情はあきらかに常軌を逸している。そうして彼は、国防軍士官学校へ入学するため、一人ムンゾへと旅立つ。

 第3話では、ムンゾへ向かうエドワウを暗殺するための企みを、シャア・アズナブルと入れ代わることで退け、シャアとして国防軍士官学校へ入学する。ここでのシャアは、若いながらもすでに我々の知っているシャアだ。あらゆる成績でトップを取り、ガルマを坊や扱いし、士官学校の教官や生徒たちにも一目置かれる存在となる。事実上、敵であるザビ家のすぐ近くにまで迫っているのに、目立たぬように振る舞うでもなく、むしろ頭角を現してしまうのはシャアらしい派手さだと思う。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN III「暁の蜂起」
(c)創通・サンライズ

 この頃になると、状況はずいぶんとキナ臭くなってきていて、ムンゾと連邦の対立も激しくなっていく、そして、ついに士官学校の生徒たちによる武装蜂起事件が起こる。模擬戦闘訓練などの映像もリアルで迫力のあるものだったが、実際の武装蜂起では血なまぐさい描写も含めて迫力は十分。基本的には歩兵と支援車両による陸戦ではあるが、ガンダム世界らしく宇宙でも使われるバックパック式のジェットが使用され、兵士たちは空を飛ぶように戦場を駆けていく。このあたりのリアルさと、ガンダムらしさのバランスも見事。

 ここでは、シャアの軍人としての才能が存分に描かれる。時代の動きを読み、機を逃さずに駐屯する連邦軍を圧倒する謀略家であり、ガルマでさえ使いやすい道具としてしか見ていなかったように描かれる。何もかも持っているようにみえて、肝心なものに限ってまったく恵まれていなかった。そんな男の最期を我々はすでに知っている。

ついに開戦。盛り上がり過ぎて1stガンダムが見たくなる!! 第4話

 武装蜂起事件の後、生徒を扇動したガルマをそそのかしたという理由でシャアは除隊することになる。シャアは士官学校時代に見かけた軍のモビルワーカーに興味を示し、モビルワーカーに習熟するため地球での土木作業に従事することになる。復隊後にモビルスーツ部隊への編入を希望するなど、すでに「先読みのシャア」全開である。

機動戦士ガンダム THE ORIGINE IV 運命の前夜 Blu-ray
(c)創通・サンライズ

 おそらくこれは、シャアにとってはイレギュラーだっただろう。地球でのララァ・スンとの出会いだ。とあるカジノでルーレットの目を次々に当てていく男の影で、その目を知らせている少女に興味を示し、トラブルに乗じて彼女を自分で保護することにする。このときの彼は、単純に彼女の才能に惹かれているだけのように見える。しかし・・・。

 そして、ついにモビルスーツが完成。しかし、モビルスーツの父ともいえるミノフスキー博士の亡命事件が月で発生。ここでは、歴史では公表されない史上初のモビルスーツ戦が展開される。

 ここまでは、ちょいちょいと顔を出しているだけだったアムロ・レイもいよいよ本格的に登場する。父の研究をのぞき見て、それに夢中になって授業中に居眠りをする始末。その教室にはフラウ・ボゥやハヤト・コバヤシ、カイ・シデンまでも居る。着々と我々の知っているドラマのための登場人物が揃いはじめてくる。

 そして、ムンゾ自治共和国はジオン公国を名乗り、地球連歩政府に宣戦を布告する。というところで、物語は終了する。いやいやこの後でブリティッシュ作戦があって、ルウム戦役があって、1stガンダムの物語になるんだよ。と、頭ではわかっていても、ついつい1stガンダムをもう一度見たくなってしまう(事実見た)。今までは断片的に語られるだけだった一年戦争の前夜をこうして濃密なドラマで見せられると、不思議なくらい自分の中からこみ上げてくるものがある。

 このように本作は、一年戦争が一番好きだという、おそらくは年配が多いガンダムファンを対象にした作品だ。だが、戦争の舞台裏としての歴史ドラマ、宿敵であるシャア・アズナブルの過去を描く物語、そしてあくまでも1stガンダムに連なるストーリーを絶妙に織り込んだドラマが、若い人にとってもつまらないはずがない。最初のテレビ放映から50年近くもの間愛された作品だけに、ガンダムという世界はここまで中身の詰まったものになった。そのエッセンスを抽出した「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、絶対に見ておくべき作品のひとつだと思う。秋の「ルウム編」も今から楽しみだが、その後の本編部分まで映像化されるとしたら、こんなにうれしいことはない。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。