【新製品レビュー】

HDMI時代の本格派サラウンドヘッドフォン

立体的な音場再現。ソニー「MDR-DS7500」


MDR-DS7500

 ホームシアターシステムは、シアターラックやサウンドバースタイルの製品など、さまざまなモデルが投入されているが、それらとは異なる独自の位置づけにあるのがサラウンドヘッドフォン。ヘッドフォンだから、家族みんなで一緒に楽しむような使い方にはあまり向かないが、個人で楽しむパーソナルなAV鑑賞では、スピーカーの置き場所に悩む必要もなく、省スペースでリアルなサラウンドを体感できるシステムだ。

 その代表的なモデルと言っていいのが、ソニーのデジタルサラウンドヘッドフォンシステム。ソニーが独自に開発したVPT(Virtualphones Technology)を搭載した「MDR-DS7500」(10月10日発売)がその最新モデル。実売は約33,000円で、増設用のヘッドフォンが約18,000円。

 大きな特徴としては、HDMI入出力に対応し、3系統の入力と1系統の出力を備える。ARC(オーディオリターンチャンネル)、ブラビアリンクなどに対応するほか、ドルビーTrueHDやDTS-HD MasterAudioなどのHDオーディオ用のデコーダーを搭載した。

 ようやく登場したBD世代のサラウンドヘッドフォンシステムを、2009年発売の前作「MDR-DS7100」とも比較しながら、機能や音の実力をチェックしてみた。


■ プロセッサ部は大型化。ヘッドフォンも新設計

3Dメガネ着用時の装着イメージ

 ヘッドフォンは新設計となり、低反発イヤークッションを採用したため大柄になった印象だ。バッテリなどを内蔵することもあり、ヘッドフォン部の重さは約325gとオーバーヘッド型としてはやや重めの部類にある。装着してみると大きく横に張り出した印象になるが、クッションが柔らかくフィット感は良好。電源スイッチを兼ねるフリーアジャスト機構付きのヘッドバンドの幅が広く、装着してしまえばあまり重さは感じない。側圧も適度なもので、ズレにくく、長時間装着でも快適だ。

 低反発イヤークッションの採用のメリットは、顔の形に合わせてフィットしやすいことだが、もうひとつ3Dメガネを装着した状態でも使いやすいこともある。一般的なイヤーパッドではメガネのテンプル部分が干渉してイヤーパッドが浮いてしまうことがあるが、低反発クッションが変形するため、フィット感を損なわない。もちろん、3Dメガネではなく、視力矯正用のメガネを使っている人にとっても快適だ。

 このほか、前作と同様に右側のハウジング部分にリモコン操作用のボタンを採用。音量調整のほか、サラウンドモードの切り替え、入力切り替え、センター/LFEレベルの調整が行なえる。サラウンドモード切り替えボタンに突起があるなど、手探りでも操作しやすいようになっており、配置になれてしまえば操作も手軽に行なえる。

 本体内にはバッテリを内蔵。ACアダプタ接続で充電可能となっており、連続駆動時間は約18時間だ。

手に持ってみるとサイズも大きめ、重量もそれなりにある前方からの装着イメージ横からの装着イメージ
ヘッドバンドはフレキシブルに稼動するフリーアジャスト機構を備える。電源スイッチも兼ねている低反発クッションを採用したため、イヤーパッドは変形量が大きい。顔の形に合わせてぴったりとフィットする左側ハウジングには、充電用の電源端子と、プロセッサ用の電源スイッチがある
右側ハウジングにある操作部。ボリューム、センター/LFEレベル、エフェクトなどを調整できるテンプル部分に合わせて、イヤークッションが変形していることがわかる
横幅が広くなったプロセッサ部

 プロセッサ部の外形寸法は約252×159×36mm(幅×奥行き×高さ)。従来モデル(146×146×36mm)と比較すると特に横幅が大きくなった。これは、3系統のHDMI入力を装備するなどの機能強化のためでもあるだろう。

 内部的にも、サラウンド信号を処理するDSPが2セット使われており、HDオーディオ対応や水平方向に加えて高さ、奥行き方向の再現も可能になるなど、大きく進化している。

 背面には、3入力/1出力のHDMI端子と、光デジタル入出力、オーディオ入力が用意されている。AV機器のほとんどがHDMIによって信号をやりとりする現在、HDMI入出力に対応するのは不可欠な要素と言える。そして、本機はHDMI信号のスタンバイスルーにも対応しているので、HDMIセレクターのような使い方も可能。PCモニターなど、HDMI入力の少ないディスプレーと組み合わせて使う場合に役立つだろう。

 このほか、側面には2.4GHz帯の無線チャンネルの切り替えやブラビアリンクの動作モード切り替えスイッチなどがある。これは使い方に合わせて最初に設定してしまえば、以後はほとんど使うことはないだろう。

 天板部分にある操作ボタンは、入力切り替えとサラウンドモードの切り替えなどシンプルな装備となっている。新設されたのがドルビープロロジック IIz/IIx/DTS NEO:6を切り替えるボタン。これはヘッドフォン側では操作できず、本体側でのみ切り替えが行なえる。

背面には、HDMI入出力のほか、デジタル入出力、アナログ入力を備える左側面の設定スイッチ。ヘッドフォンを増設したときに使用するID SETボタンもある操作ボタンはシンプル。A/Vシンクの調整も行なえる

・MDR-DS7100との違いをチェック

従来モデルの「MDR-DS7100」

 一緒にお借りした前作MDR-DS7100と比べてみた。ヘッドフォン部はイヤーパッド部分が円形から小判型に変わっているのが大きな違い。ハウジングも光沢感のある仕上げから、高級感のある革張り仕上げに変わっているなど、印象も随分異なる。

 ヘッドバンド部などは、フリーアジャスト機構も含めてほぼ同様の構造になっているが、ハウジングの変更に合わせてサイズなどは違っている。

 見た目の印象では、丸形ハウジングのDS7100もスマートな印象で好ましかったのだが、耳の上下の部分がイヤーパッドに当たってしまう。大きく装着感を損なうようなものではないが、DS7500の方が耳との干渉がなく、低反発クッションのフィット感の良さもあり、快適な着け心地だと感じた。このあたりは、ユーザーアンケートなどによる要望や意見も反映されているものと思われる。

 プロセッサ部は、横幅の長さの違いが顕著だ。DS7100はHDMI入出力がないなど、現在のAV機器としては装備には物足りない部分が目立つ。


DS7100'左)とDS7500(右)のヘッドフォン部。ハウジング部分が大きく異なるイヤーパッド部分の厚みは随分と違っているハウジング形状の違い。形状に違いに加え、ハウジングの表面処理も変わっている
ヘッドフォン用とプロセッサ用のそれぞれに専用の電源アダプターが用意されている

 このほか、MDR-DS7100にあったヘッドフォンスタンドがDS7500には付属していない。DS7100付属のヘッドフォンスタンドも充電機能を備えていないただの置き台なので、たいしたデメリットではない。とはいえ、どちらもヘッドバンド部を引っ張ることで電源が入ってしまうため、一般的なヘッドフォンスタンドが使えない。このため、充電機能を備えたヘッドフォンスタンドが欲しくなる。

 スタンドを標準で添付すると価格が高くなってしまうのは悩ましいところだが、プロセッサ部のほかにヘッドフォン充電のためにもう一つACアダプタを使わなければならず、充電時にいちいち接続するという点は、使い勝手としては煩雑に感じた。プロセッサ部自体に充電およびスタンドとしての機能を盛り込むなど、将来的にはなんらかの形での改善に期待したい。


■ 空間の再現がより広くなり、映画館らしい音場を再現

 いよいよ音質を試してみよう。基本的な音の傾向は、くっきりと鮮明な再現で、低音の伸びもなかなかのもの。大口径の50mmドライバーを採用したこともあり、中低音の厚みがあり、安定感のある再現となる。

 7.1ch収録作品である「トロン・レガシー」のライトサイクルゲームの場面で、サラウンドモードによる音場の違いを試してみた。映画用のCINEMAモードは、同社のAVアンプで採用されている「HD-D.C.S.」と同様に、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントが持つダビングシアターの測定データを元に、VPT技術でその音場を再現したモードとなっている。残響感はわりと多めで、そのぶん、空間の広がりや深さがよく伝わる再現だ。ライトサイクルゲームが始まる前の花火やスタジアムの歓声は、より広々と再現され、包み込まれるような音場になる。花火の爆発音やダフト・パンクによる低音をたっぷりつかった音楽なども、量感が増したリッチな表現になる。ライトサイクルのタイヤのスキール音などの直接音の多い成分にもわずかな響きが付加されているのに気付くが、サラウンドモードをオフにしてしまうと、音場がしぼんだドライな再現になって物足りなさを感じてしまう。

 マトリックスボタンを押すと、さらにドルビープロロジックIIzの効果を付加できる。これにより、前方音場の深さや高さがさらに広がった印象になる。「トロン・レガシー」はもともと3D映像に合わせて前方音場主体のサラウンド設計になっており、前方音場の深みが画面との一体感を高めてくれる。音質的には高域がやや強調された感じがあり、音の輪郭が少し硬めの印象になる。

 続いて、「ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2」を視聴した。こちらは5.1ch収録のため、マトリックスボタンでドルビープロロジックIIz(フロントハイト/フロント/センター/サラウンドの7.1ch)とIIx(フロント/センター/サラウンド/サラウンドバックの7.1ch)の違いを聴き比べることができた。

 IIzは前方主体の音場で高さ感の再現も明瞭だ。本作も3D作品のため、もともと画面に集中しやすい前方主体の空間設計となっており、IIzの方が相性は良い。

 ただし、後方の音場の広がりはIIxの方が豊かで、前後の音場の広がりという点ではIIxの方がより広さを感じる。本機に限らず、バーチャルサラウンドヘッドフォンでは、真後ろの音の再現がやや希薄に感じることが多いこともあり、IIxのほうが好ましいと感じる人も少なくないだろう。特にスピーカーによる5.1ch再生を経験している人にとって音場の再現はIIxの方がより近い。

 このため、2Dのアクション作品などでは、後方へ突き抜けて行く銃撃音や前後左右をぐるりと移動する音の再現などがIIxの方が明瞭に感じられる。このあたりは、作品のサラウンド設計や好みで選ぶといいだろう。

・細かい音まで忠実に楽しみたい人にもおすすめの「GAME」モード

 意外と言っては失礼だが、思いのほか出来が良かったのが「GAME」モード。これは、ソニー・コンピューターのサウンドデザイナーの監修によるもので、基本的には明確な定位や方向感などを正確に再現するモードだ。PS3などのゲームではほぼ標準となっているサラウンド音場のゲームを楽しむためのモードだが、これが映画鑑賞でもかなり有効だ。

 大きな違いとしては、残響量の付加が最小限となっているため、個々の音がより明確に再現され、定位感もはっきりと再現される。このため、映画館の雰囲気というよりも、さざまな音の違いをはっきりと聴き取りたいという人には好ましい再現となる。

 映画的な映像で、ノンストップのアクションが連続するPlayStation 3ゲーム「アンチャーテッド 砂漠に眠るアトランティス」をGAMEモードでプレイしてみたが、視点の移動に合わせてリアルタイムで音源位置も変化するゲーム独特の音場が極めて正確に再現された。ドルビープロロジックIIzとIIxの効果の違いもより明瞭で、TPS(三人称視点シューティング)的な銃撃戦パートなどではIIxの方が左右や後方からの銃撃音が把握しやすくなるし、断崖絶壁をロッククライミングで突破するようなアクションパートでは、3Dゲームならではの尋常でない高さ感の再現もあり、IIzの方が画面と音の一体感が高まり、ゲーム画面の奥に足を踏み入れたような臨場感が味わえる。マトリックモードの切り替えはプロセッサー側でしか操作できないので、ゲーム中に切り替えるのが面倒なのが残念。基本的には2DでプレイするならばIIx、3DでプレイするならばIIzが良いだろう。

 本機のユーザー像を考えると、ゲーム用途を考える人は多いと思われるので、この名称は正しいのだが、ゲームにあまり関心のない人が使うことのないモードと切り捨ててしまうのは惜しいと感じるほどよくできている。CINEMAと対になる表現としてはSTUDIOやMONITORと名付けてもいいほどだ。ステレオ音源をサラウンド化して再現する場合の空間の広がりや残響感の違和感も少ないので、音楽ソフトをよく視聴する人、テレビのステレオ音声もサラウンドで楽しみたいという人にもおすすめだ。

・MDR-DS7100と比較。ワイドレンジ化など基本性能進化

 MDR-DS7100との音質の違いも比較してみた。ともに光デジタル接続して条件を揃えて比べたのだが、周波数特性がよりワイドレンジ化されていることが大きな進化だと感じた。DS7100の場合、低音の量感はよりたっぷりとしており、相対的に高域の表現が控えめになっている。DS7500との比較では、DS7100は迫力重視のアクション映画向きに仕立てられていると感じる。

 これはこれでアリなのだが、HDオーディオ時代はアクション映画といっても迫力一辺倒の再現では物足りない部分も出てしまう。これは製品が登場した時代の主要なソースの傾向が音作りに現れているのだろう。DS7500の音質的な進化は、よりHi-Fi的な意味で実力を高め、映画の迫力だけでなく、じっくりと聴き込める自然な再現を手に入れたと言える。

 その差はGAMEモードの音作りでも同様で、DS7100では残響が多めでやや派手な再現になってしまう。サラウンド効果がわかりやすいというメリットもあるが、音に包まれるような再現や空間の広さや高さの再現では、DS7500と比較すると物足りなさを感じる。

・BDレコーダ「BDZ-AX2700T」のVPTヘッドフォン出力とも比較

BDZ-AX2700T

 さらに、筆者が所有するBDZ-AX2700Tのヘッドフォン出力とも比較してみた。このモデルはヘッドフォン出力でも、VPT技術によるバーチャルサラウンド再生が可能だ。顕著な違いは、MDR-DS7500が専用ヘッドフォンとセットで開発されているのに対し、BDZ-AX2700Tの場合は市販のさざまなヘッドフォンとの組み合わせを前提として開発されている点だ。

 BDZ-AX2700Tの視聴では、ヘッドフォンにはSHUREのSRH940を使用した。ヘッドフォンが異なるので、音質的にはまったく異なった再現になる。フラットな周波数特性を追求し、情報量も多いSRH940ではサラウンド感もしっかりと再現されるし、細かな音の表現などもしっかりと描き分ける。

 VPTによるサラウンド再現の違いとしては、MDR-DS7500に軍配が上がった。高さ感や奥行き感の再現がより優れており、後方の音の再現も含めて音場感はより広い。MDZ-AX2700Tのヘッドフォン出力によるバーチャルサラウンドも、とても優秀に出来ているが、ここでは専用設計のメリットが有利に働いたと感じる。

 マニア的には、MDR-DS7500に市販のより高性能なヘッドフォンを組み合わせた音も聴いてみたくなるが、サラウンド空間の再現などは専用設計のヘッドフォンと合わせて作り込まないと十分な再現は難しいのだろう。


■ 快適に使えるワイヤレス接続も含め、プライベート用には最適

 ヘッドフォンにも、モニター用やHi-Fiオーディオ用、AV用とさまざまな種類があるが、AV用やバーチャルサラウンドヘッドフォンというと、映画向けのメリハリ型の再現というイメージがあり、音質にこだわる人には敬遠されがちな印象がある。MDR-DS7500はバーチャルサラウンドヘッドフォンでありながら、本質的な音の実力を高め、Hi-Fiユースも十分にカバーできる自然でリアルな再現を獲得したことに感心した。

 CDなどをステレオ再生でも聴いてみたが、音の解像感や低音域の再現などはほとんど不満がなく、音楽鑑賞でも十分に楽しめる実力だと感じた。強いて言うならば、もう少しボーカルの厚みや実体感が欲しいくらいだ。ただし、アナログ入力は音が痩せて線の細い音になる傾向があり、正直なところ音質的には物足りなさが目立つ。CDプレーヤーなどと組み合わせるならば、光デジタル接続とした方が情報量も多く、より密度の高い音が楽しめる。

 深夜でも周囲を気にせずに十分な音量で映画や音楽鑑賞ができるというヘッドフォンの利点に加え、ワイヤレスで使えるという快適さはかけがえのないもので、取材用に借りている期間は、家の中ではほとんどDS7500のヘッドフォンを付けっぱなしという生活をしていたが、きわめて快適だった。音楽を聴いていて、ちょっと席を外すようなときでもヘッドフォンを外す必要がなく、音楽再生を継続できるというのは大きなメリットだし、ヘッドフォンの重さ以上に配線のためのケーブルが想像以上にストレスを感じることも改めてわかった。

 さらに、優秀なサラウンド機能まで備えるのだから魅力は大きい。はっきりと言ってしまえば、サラウンドの実力という点では、ラックシアターなどのバーチャルサラウンド以上だし、小型スピーカーを使った安価な5.1chシステムと十分に張り合える。家族みんなで楽しみたいというなら話は別だが、本機のサラウンド再生に不満を感じるならば、AVアンプとそれなりのクオリティを持つ5.1ch以上のシステムが必要になるのは間違いない。プライベート用として優れたサラウンド再生環境が欲しいという人には、有力な選択候補となるだろう。


(2011年 12月 15日)

[ Reported by 鳥居一豊 ]