【新製品レビュー】

スタジオを持ち歩く!? 実売約2万円の実力派

-ビクター・モニターヘッドフォン「HA-MX10-B」


HA-MX10-Bをヘッドフォンアンプと組み合わせたところ

 スタジオモニターヘッドフォンとして、長らく定番となっているソニーの「MDR-CD900ST」(ソニー・ミュージックエンタテインメントとの共同開発)。レコーディングエンジニア向けの製品だが、最近では試聴できる店舗も増え、DTMや普段使いで愛用しているという人もいるだろう。

 そのライバル機種となりそうな製品が登場した。日本ビクターが2月上旬から発売を開始した「HA-MX10-B」である。

 薄型ハウジングを採用したフォルムも似ているが、価格もほぼ同じ。「MDR-CD900ST」が18,900円であるのに対し、「HA-MX10-B」はオープンプライスだが、ネットの通販サイトや家電量販店での価格を見ると19,800円程度で販売されている。




■ビクタースタジオを持ち歩く

 モニターヘッドフォンで求められる要素は、音の色付けの無さや、バランスの自然さ、細かい音まで聴き取れる分解能などが挙げられる。特にヘッドフォンの場合、気軽に持ち運びできるため、環境の異なるスタジオで録音する際も、愛用のヘッドフォンがあれば“慣れたいつもの音”を聴きながら様々な調整が行なえるのが利点と言える。

 当然「HA-MX10-B」も、そうしたモニターに求められる要素を備えたモデルだが、その上で2つの特徴がある。1つは「ビクタースタジオの音を再現した」事。2つ目は「ミュージシャンに気持よく、良い演奏をしてもらえる音」を目指している事だ。

 1点目は端的に言えば“音の良いレコーディングスタジオの環境をヘッドフォン化して持ち歩ける”という事。ユニークな考え方だが、モニターヘッドフォンの目指すところとしては頷けるものがある。このヘッドフォンの発表会で、実際に“再現元”となる「303」スタジオにお邪魔し、設置されたモニタースピーカー(GENELEC 1035B)で、同じ音楽を聴き比べる機会に恵まれた。開発者もこのスタジオに何度も通い、音を仕上げていったそうだ。

神宮前のビクタースタジオこのスタジオで、ヘッドフォンの音が実際に作りこまれていったというスタジオに設置されたラージモニタースピーカー(GENELEC製)

 感想としては発表日のレポート記事に書いた通り、非常に高い再現度。ヘッドフォンを着けたり外したり、片耳だけ着けたりして、スピーカーの音と比べたのだが、“着けても外しても、常に同じような音が聴こえ続ける”というのは、なんとも奇妙な体験だった。

 もちろん完全に音が同じなわけではない。スピーカーからの音では、音像が前方に定位するが、ヘッドフォンでは頭内に定位。15インチのウーファを2個搭載したGENELEC 1035Bから発せられる低域は、腹に響いて胸が圧迫されるような音圧を持っているが、ヘッドフォンの低域は腹までは響かない。

 しかし、音色や中高域の質感、抜けの良さ、低域の締り具合などが非常に良く似ており、前述のような“方式の違い”による差を無視すると、極めて近い音が実現できている事に驚かされた。

 今回はスタジオではなく、ヘッドフォンアンプやポータブルプレーヤーなど、通常の環境での試聴を行ないたい。



■デザインや細部をチェック

 カラーはブラックのみで、素材はプラスチックがメイン。触ると質感は安っぽいが、逆にこのチープさが業務用らしい雰囲気を出している。目立つのはハウジングの外枠を縁取るように配置された、赤と青のリング。左右を表すもので、赤が右、青が左だ。ヘッドフォンを持ち上げてから「どっちが右だっけ」とやらず、持ち上げる前に瞬時にわかるほど目立つ。賛否ありそうだが、これもモニターヘッドフォンらしいデザインと言えそうだ。

カラーはブラックのみ。モニターらしい良い意味で無骨なデザインだハウジングには「STUDIO MONITOR」のロゴが一目で左右が判別できる

 ハウジングやイヤーパッドは薄めで、手にするとコンパクトに感じる。ケーブルを除いた重量は約260gで、「MDR-CD900ST」の200gと比べると若干重いが、手に持って比べるとほとんど変わらない。

イヤーカップは柔軟に動き、フィットするヘッドアームは長さ調節も可能ユニットは40mm径で、新開発の「モニタードライバーユニット」を採用

 インピーダンスは56Ωと、民生向けモデルと比べると高い。iPodなどのプレーヤーと直接接続する時は注意が必要だが、iPhone 3GSと直接接続するとボリュームバー8割程度で十分な音が得られ、フルボリュームで「うるさくてちょっと聴いていられないかな」と感じる程度の音は得られる。できればヘッドフォンアンプを奢りたいところだ。ちなみに「MDR-CD900ST」のインピーダンスは63Ω。

左がMDR-CD900STハウジングのサイズはほとんど同じだ横から見たところ。左がMDR-CD900ST

 ユニットは40mm径で、新開発の「モニタードライバーユニット」を採用。振動板の素材はPETフィルムで、薄さは23μm。「素材の音を出さず、強度や耐久性も維持できるバランス」(技術部の三浦拓二シニアエンジニアリングスペシャリスト)という薄さで、最大許容入力は流石モニターヘッドフォンと言える1,500mW。再生周波数帯域は10Hz~28kHz。出力音圧レベルは108dB/1mWだ。

中央が振動板。ユニットの前には新開発のサウンドディフューザーを配置。振動板を保護すると共に、高域の音圧を向上させる役割がある40mm径ユニットとバッフル面

 入力はステレオミニで、標準プラグへの変換プラグも同梱。MDR-CD900STは標準プラグなので、ポータブル利用も考えている場合には嬉しい仕様だ。ただ、端子の根元が平らなので、例えばカバーを装着したiPhoneなど、ステレオミニ端子の周囲が盛り上がっている機器だと挿しづらいものがあるので注意して欲しい。ケーブルは2.5m(OFC)と長いので、屋外利用はモールでまとめるなどの工夫が必要だ。ケーブルは片出しで、着脱はできない。

ケーブルは片出しで、着脱はできないケーブルはやわらかで、柔軟にまとめられる入力はステレオミニ。端子の根元が平らなので、深く挿せない機器もある


■しっかりとした装着感

 装着してみると、ほどよい側圧を感じ、側面からシッカリと固定されている感覚。「MDR-CD900ST」の場合は側圧が弱めで、耳たぶの下あたりの密着度が気になるが、「HA-MX10」では下までしっかり密着していると感じる。側圧も着けていて痛いと感じるほどの強さではないので、あまり長時間使わなければ大丈夫だろう。

側圧はほどよく、シッカリと固定してくれる

 上記のような理由から、音漏れも「MDR-CD900ST」と比べ、「HA-MX10」の方が少ないだろうと勝手に予想していたのだが、実際に第三者に装着してもらい、漏れている音を聴き比べるとほとんど変わらない。むしろ若干「HA-MX10」の方が多く漏れているように感じる。

 比較用として、民生向けヘッドフォンのソニー「MDR-ZX700」や、Shureのモニターヘッドフォン「SRH840」を用意したが、これらは「MDR-CD900ST」&「HA-MX10」と比べ、大幅に音漏れが少なく、ほとんど音が漏れない。「MDR-CD900ST」、「HA-MX10」のどちらも、ポータブル用ヘッドフォンではないが、あえて電車内などで使う場合は、音量は控えめにしたほうが良いだろう。



■音を聴いてみる

 試聴は、ポータブル環境としてiPhone 3GSの直接再生や、「第6世代iPod nano」+「ALO AudioのDockケーブル」+「ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj」を使用。据え置き環境としては、Windows 7(64bit)のPCと、ラトックのヘッドフォンアンプ内蔵USBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。ソフトは「foobar2000 v1.0.3」で、プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。

 「藤田恵美/camomile Best Audio」から、「Best of My Love」を再生。まず感じるのはヴォーカルの生々しさだ。振動板は通常のPETフィルムだが、付帯音は少なく、人の声が自然で透明感がある。また、ヴォーカルの口が近くに感じられ、息継ぎなどの細かい音が良く聴き取れる。ギターに続き、1分過ぎから入ってくるアコースティックベースも音像の距離がリスナーと近く、アーティストに囲まれながら音楽を聴いているような音場が生まれる。

 特筆すべきは、これだけ音像が近いにも関わらず、像と像がくっつかず、間にある隙間がしっかり感じられる事だ。音が前へ前へと主張する、押し出しの強さがありながら、解像感が非常に高いため、個々の音の輪郭が明瞭にわかり、分離の良さに繋がっているのだろう。自分の耳が良くなったような、情報量の多い、まさにモニターライクなサウンドだ。

 音場の広さと抜けの良さにも関心する。薄いハウジングなので“狭めの音場かな”と思って装着するのだが、出てくる音はまったく逆。密閉型と思えないほど抜けが良く、ハウジング内部で音が反響して戻ってくる感覚がほとんど無い。開放型のヘッドフォンを聴いているかのように、響く音の波紋がどこまでも広がり、虚空に消えていくのような感覚が味わえる。

 続いて印象に残るのは、“美味しい低域”だ。アコースティックベースの弦が震える「ブルン」という分厚く低い音がしっかり再生され、ベースの筐体で増幅された低い倍音も「ズシン」と沈み込む。低域が沈まないスピーカーやヘッドフォンで音楽を聴くと、音楽全体が腰高になり、楽曲特有のゆったりとした雰囲気が出ないのだが、「HA-MX10」の場合は沈んだ低域が音楽を下支えし、安心を覚える。

 低域の量は多めで、耳で聴くというよりも、胸や肩のあたり……鎖骨や背骨に振動として伝わるような迫力が楽しめる。低域の分解能も高く、楽曲後半に、ベースの音に寄り添うようにパーカッションが入ってくるが、分厚い低音の中でも、「パコカコ、パコカコ」というキレの良い音が聴き取れ、叩く手の動きが見えるようだ。

 最大の特徴は、これだけ重い低域がタップリ出ているにも関わらず、前述のように中低域の分解能の高さを維持し、高域のクリアさがまったく損なわれていない所だ。普通、低音を豊かにしようとすると、出なくてもいい中低域までがつられて持ち上がってしまう。「ズシンズシン」という低い音が欲しいのに「ボンボン」、「ボワンボワン」と膨らんだ中低域ばかり目立つようになり、この音が音楽全体を覆うことで明瞭度が低下し、高域の抜けも悪くなり、結果としてモコモコしたサウンドになってしまいがちだ。

イヤーカップの内部。透明の、穴の開いたパーツがクリアバスポート部分
 「HA-MX10」の場合はこれを防ぐために、ハウジングの内部に穴の開いた透明なチューブのようなパーツを搭載している。バスレフスピーカーのダクトのようなものを想像するとわかりやすいが、このチューブはイヤーカップを支えるアームの付け根の脇にある、小さな穴へと繋がっており、ユニットの背圧の空気がここから抜けるようになっているという。この機構により、ベースやドラムのキックなどがある50Hz付近の音をシッカリと出しつつ、100Hz~200Hz程度の中低域が出過ぎてしまう事を防いでいるのだという。

 これにより、音楽に迫力と安定感が出るほか、中高域についてもヴォーカルやギターの音像に“厚み”が生まれる。個人的に、音楽を楽しむのに良いバランスだと感じた。


低音の音圧特性。青いラインがクリアバスポート無し、紫が有り。青の特性は中低域も張り出しているのがわかる
 しかし、カマボコ型の周波数特性を頭に思い浮かべながら聴いていると「ちょっと最低域が持ち上がり過ぎかな」と感じる人もいるかもしれない。だが、これだけ抜けが良く、同時に沈み込みが心地良い低域を聴かされると「これだけ気持ち良いなら、これでいいんじゃない?」と感じるのも事実。「ミュージシャンが気持よく演奏できる音を目指した」という説明に説得力を感じるサウンドだ。

 モニターヘッドフォンとして、高い分解能や抜けの良さなどを追求すると、それを実現するために、低域の迫力や量感を抑えた音になりがちだ。それゆえ「HA-MX10」を気にいるか、気に入らないかのポイントは、“この低域をどう感じるか”にあると言って良いだろう。




■他機種と聴き比べる

 ●ソニー「MDR-CD900ST」

MDR-CD900ST

 ライバルとの比較だが、「MDR-CD900ST」の音は、先ほど書いた「分解能や抜けが良い反面、低域が薄い」というサウンドそのもの。分解能の高さは最新機種と比べても劣っておらず、口の開閉やピアノの鍵盤を押し込んだ時の硬い音も明瞭だ。「Best of My Love」では、演奏が終わる最後の瞬間に、ピアノの鍵盤から指を離し、足のペダルを戻す「カコッ」という微かな音が収録されているが、「MDR-CD900ST」ではその音が恐ろしいほど明瞭に聴こえる。当然「HA-MX10」でも聴こえるが、低域が薄い分、「MDR-CD900ST」の方がよりハッキリ聴き取れる。

 また、薄いと言っても低域が無いわけではない。よく聴くと、低音の芯の部分はキチンと出ており、アコースティックベースの量感もそれなりに感じられる。だが、芯を描写しても、それが引き起こす響きはあまり広がらず、ゆったりと音楽が空間を漂うような感覚は得られない。抜けが良く、音場も広いが、そのステージが非常に寒々しいのだ。

 個々の音も解像度は高いが、響きが無いため音像が薄く、立体感や実在感に乏しい。よく聴き取れるのだが、「歌手がすぐそばで歌っている」という生々しさが無い。「坂本真綾/トライアングラー」を再生すると、抜けは抜群に良いのだが、ヴォーカルのサ行がキツく、耳が痛い。ソースの高域が荒れているわけではないのだが、高音の消え際が毛羽立っているように聴こえ、正直「ずっと聴いていたい」と思わせる音ではない。

 対する「HA-MX10」では、高域が荒れる事もなく、表情豊かなまま気持よく伸びる。ラスト近くで中高域がお祭り騒ぎになっても、ベースラインがゴリゴリと描写する低域がしっかりと聴こえる。


 ●Shure「SRH840」

左がShure「SRH840」

 抜けが良く、音場が広大な「HA-MX10」からShureの「SRH840」(オープンプライス/実売2万円)に着け替えると、一転して音場のまわりに壁が発生。音の広がりに制約を感じ、歌手が平原から、部屋の中に入ったように感じる。

 頭内定位は「HA-MX10」より緩和され、音像が一歩遠のく。にも関わらず音場が狭くなるため、狭い部屋の壁に張り付いてミュージシャンが演奏しているようだ。音像と音像の空間も狭くなるため、動きが見えにくくなる。ただ、音色の自然さは非常に良く、付帯音もあまり感じ無い。バランスも良く、低い音もきちんと沈み込む。だが、「HA-MX10」の方が一段深く、「ズーン」と体の芯に響くような重さがShureでは出ていない。


 ●ソニー「MDR-ZX700」

左がソニーの「MDR-ZX700」
ハウジングは「MDR-ZX700」の方が大きい

 「MDR-ZX700」の価格は12,390円でワンランク下、さらにモニターヘッドフォンでもないが、民生向けの話題のモデルとして比べてみたい。

 結果としては非常に面白く、ソニーの高級モニターヘッドフォン「MDR-Z1000」(61,950円)と、「MDR-ZX700」を比較した時の違いとソックリだ。

 最も大きいのは音場の表現で、ミュージシャンの輪の中に頭を突っ込んだような「HA-MX10」、「MDR-Z1000」に対し、「ZX700」は演奏会場のホールが出現し、その最前列に座っているような、”空間を介して”音楽を楽しんでいるような聞こえ方になる。モニターヘッドフォンと民生用ヘッドフォンの典型的な違いと言っていいだろう。

 音場を無視して音そのものを比べると、音像が遠のき、響きの成分がより増加するため、直接音の情報量は「HA-MX10」と比較し、「ZX700」の方が落ちる。低域の沈み込みも「HA-MX10」の方が上手だ。どちらも振動板にPETフィルムを使っているが、音色の自然さも「HA-MX10」に軍配が上がる。高域の消え際に注意して聴くとわかりやすいが、PETフィルムの振動板では「ペニャペニャ」というか「クチャクチャ」というか、ビニールっぽい音がする。両モデルとも、振動板の固有音をうまく出さないようにしているが、「ZX700」の方が若干PETフィルムっぽい音が残る。


MDR-Z1000
 となると、気になるのは固有音の少ない液晶ポリマーフィルム振動板を使った「MDR-Z1000」との比較。61,950円と約2万円で大きく値段が違うので真正面から比較しにくいが、振動板由来の音の自然さと言う面では、「MDR-Z1000」の方が若干上だと感じる。ケニー・バロン・トリオの「Fragile」では、ピアノの響きがまろやかな「MDR-Z1000」に対し、「HA-MX10」は固くて、若干薄く、悪く言うと安っぽい。だが、低域の沈み込みは「HA-MX10」の方が強く、「トライアングラー」のような楽曲では安定感や、高域の刺激の少なさなどで「HA-MX10」の方が心地良く音楽が楽しめる。




■まとめ

 「HA-MX10」の音を一言で表現すると、「気持よく音楽が聴けるモニターヘッドフォン」となるだろう。「MDR-CD900ST」と比べると、低域の豊かさ、音の厚み、高域のしなやかさなどが加味され、普段の音楽鑑賞でも使えるサウンドになっている。

 だが、音場の表現としてはやはりモニターであるため、頭内定位はキツく、音が前へと吹きつけるような勢いもある。ゆったり音楽が楽しめる民生向け「MDR-ZX700」の音作りとはキャラクターが異なるため、好みや目的によって評価が変わってくるだろう。値段的にもそうだが、「MDR-ZX700」と「MDR-Z1000」の中間に位置するようなモデルと感じた。

 モニター用ではあるが、ヘッドフォンにおいて情報量の多さや、音のクリアさ、低域の分解能などを求めるオーディオファンにとっては、見逃せないモデルと言えそうだ。実売2万円という価格も、音質を考えると“お買い得”と言っていいだろう。


(2011年 2月 18日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]