【新製品レビュー】

9年ぶりに刷新された“定番”アートモニターを聴く

-実売約2万円。オーディオテクニカ「ATH-A900X」


左が従来モデル「ATH-A900」、右が新モデル「ATH-A900X」

 オーディオテクニカのヘッドフォンには、低音再生を重視した「SOLID BASS」や、木製ハウジングを採用したWシリーズなど、様々な製品があるが、その中でも“定番”というイメージがあるのが密閉型の「アートモニターヘッドフォン」シリーズだろう。

 チタンハウジングを採用した「ATH-A2000X」(78,750円)、マグネシウム合金を使った「ATH-A1000X」(60,900円)といった高価格モデルが上位に存在する一方、購入しやすい価格帯も充実しており、2002年に登場し、いずれもロングラン製品となっていたのが、実売2万円程度の「ATH-A900」、同15,000円程度の「ATH-A700」、同1万円程度の「ATH-A500」の3モデル。中でも「アートモニター」と聴くと、音質と価格のバランスが良い「ATH-A900」をまっさきに思い浮かべる人も多いだろう。

 そんな、高音質ながら、購入しやすい価格帯の3モデルが、実に9年ぶりにリニューアルした。既報の通り、10月14日から発売されているのが「ATH-A900X」、「ATH-A700X」、「ATX-A500X」の3製品。型番の最後に「X」が追加されたカタチになる。価格はオープンで、店頭予想価格は「ATH-A900X」が2万円前後、「ATH-A700X」が15,000円前後、「ATH-A500X」が1万円前後と、従来モデルとほぼ同価格帯になっている。

 9年ぶりの新モデルはどのような音に進化したのか?  今回は「ATH-A900X」と従来モデルの「ATH-A900」を聴き比べてみたい。


 

ATH-A900XATH-A700XATH-A500X


■新開発53mm径ドライバ搭載

 新モデル3機種に搭載されているユニットのサイズは共通で53mm。これは9年前に登場した前モデルでも同じだが、搭載しているユニットが新開発の、自社生産のものに変更されたのが大きな違いだ。

 また、サブキャビネットを用い、空気のバネの力を使う事で伸びのある低域を再生するという「D.A.D.S.」(Double Air Danping System)機構も採用。低音の再生能力を高めている。

 さらに、A900Xのみの特徴としては、ハウジングにに高剛性のアルミニウムを使っている。デザイン面ではダイヤカットが施されており、限られた職人にしかできない加工だという。

 さらに、上位機種のATH-A2000X/A1000Xと同じ3Dウィングサポートを採用。軽量化と組み合わせ、装着感を高めている。また、A900Xではイヤーパッドも上位機種ATH-A1000Xと同等のものを採用した。

新モデルの「ATH-A900X」「ATH-A900X」のハウジング左が従来モデル「ATH-A900」、右が新モデル「ATH-A900X」
左が「ATH-A900」、右が「ATH-A900X」ウィングサポート部分の形状が変わっている。左が旧モデル、右が新モデル3Dウィングサポートを下から見たところ
A900Xではイヤーパッドも上位機種ATH-A1000Xと同等のものを採用しているA900のイヤーパッドステレオミニの入力プラグ

 細かな仕様は以下のとおりだ。

 

型番ATH-A900XATH-A700XATH-A500X
ドライバ53mm径
出力音圧レベル100dB/mW96dB/mW
再生周波数帯域5Hz~40kHz5Hz~35kHz5Hz~30kHz
最大入力2,000mW1,000mW500mW
インピーダンス42Ω38Ω48Ω
重量330g290g
ケーブル長3m

 



■装着感をチェック

 まずは装着感の比較。サイズに大きな違いは無く、ウイングサポートも同様に搭載しているので大差はないだろうと思ったが、着けてみるとかなり違いがある。大きいのはウイングサポート部。旧モデルでは、当然の話だがサポートパーツが頭に当たっているのが、髪の毛越しにわかる。

 しかし、新モデルでは、そのパーツが頭に触れる強さや角度が絶妙に調整されるようになっているため、当たるというよりも、〝そっと添える”感覚に近い。その感覚は、頭にサポートパーツが触れているのかどうか、わからないほどソフトで、「あれ、ちゃんと頭に当たってるよね?」と、思わず指で確認してしまう。些細な点ではあるが、長時間の使用での疲労度では、こうした細かい改良ポイントが効いてきそうだ。

ATH-A900Xの装着イメージ
前モデル、ATH-A900の装着イメージ
左が従来モデル、右が新モデル。頭部へのフィットの仕方が少し異なる

 全体的な装着感では、ホールドの仕方が微妙に変わったと感じる。旧モデルも装着感はソフトで、やさしくフィットする感じだが、左右の側圧でホールドしている事が側頭部にかかる強さでわかる。新モデルは、頭の上からズボッとかぶるような感覚で、左右の側圧だけが印象に残ることはなく、頭全体に均一に負担が分散されていると感じる。これも長時間の快適性に良い影響を及ぼしそうだ。



■旧モデルから確実に向上した音質

試聴環境として、ヘッドフォンアンプにラトックのUSBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。Windows 7のPCと接続し、再生ソフトは「foobar2000 v1.0.3」。プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。

 まずは旧モデルを聴いてみる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、中高域の抜けが良く、軽やか、かつしなやかな、“上品サウンド”が展開。冒頭のアコースティックギターやヴォーカルの響きが、ゆったりと広がる。アコースティックベースによる低域の伸びもしなやかで、弦が震える描写は丁寧だ。量感はどちらかと言うと控えめで、それゆえ低域の動きは良く見える。逆に言うと、全体的には高域寄りのサウンドデザインだ。楽器やヴォーカルの音像は、頭の中心近くに描写され、空間を広く描写するタイプではない。音像の位置関係はやや不明瞭だ。

 新モデルに着け変えると、思わず「おおっ」と声が出るほど違う。冒頭のギターとヴォーカルの段階から違いがよくわかる。最も印象的なのは“音の響きが広がる範囲”だ。旧モデルでは、音が広がる空間に限界が存在する。あくまでイメージの話だが、頭の外側の、少し離れ場場所にプラネタリウムのようなドーム型の見えない壁が存在し、音の波紋がそこで反射して戻ってくる感覚。

 対して新モデルでは、その壁が無くなり、響きがどこまでも広がり、小さくなって聞こえなくなるまで広がり続ける。そのため、密閉型なのに、オープンエア型のような開放感がある。

 音色にも違いがある。旧モデルでアコースティックギターの音を注意深く聴いてみる。ご存知の通り、ギターはネックに張った弦の振動を、胴体で共鳴・増幅して音を出す楽器だ。そのため、金属でできた弦の硬い音と、それによって共鳴した木製筐体のやわらかな音が組み合わさって“ギターの音”になる。だが、旧モデルでは弦の音は金属質で硬いが、響きの音まで一緒に硬くなり、全てが金属チックに聴こえる。続くヴォーカルの声も硬い。

 振動版の素材やハウジングなど、要因は様々だろうが、ハウジングの鳴きや反響による“色づけ”もあるのだろう。試しに音楽を再生しながら、両手の手のひらで、ハウジングをべったり覆ってみると、金属質な響きが減って、音が生々しくなる。

 新モデルに交換すると、弦の音は金属質で硬いが、続く響きの部分は木のぬくもりを感じさせる、あたたかな音で描写される。ヴォーカルも極めて自然で生々しい。音像が分厚く、立体感があり、妙な言い方だが「体温のある人間が歌っている」感じが出る。人の声は人の声に、ギターの音はギターの音に……、当たり前の事だが、それをキッチリ描き分けられるヘッドフォンは意外に少ない。振動板の素性の良さだけでなく、ハウジングの鳴きへの対策もしっかり施されているようだ。

 低音にも大きな違いがある。旧モデルの低音は、ボリュームを上げれば量感はそこそこ感じられるが、頭の両側から巨大な布団で押さえつけられるような、ゆったりとした体積のある低域に包まれるイメージ。心地良くはあるが、“締まり”や“芯”、そして最低音の沈み込みがもう少し欲しい。

 同じ音量で新モデルに交換すると、モワーンと頭に押し付けられていた、膨らんだ中域がスッと下がり、締まりのある低域が残る。その低域も、最低音の沈み込みが旧モデルより大幅に深くなり、ベースラインをゴリゴリ、ゾリゾリと刻み込むように深々と描写する。感心するのは、ボリュームを上げても中域が必要以上に膨らまず、低域の迫力のみがアップする事。よく制動されていると感じる。この低い音が下支えをする事で、音楽全体に安定感や、荘厳さが出ている。

 この特徴をまとめると、低域の“美味しい部分”をしっかり再生しつつ、明瞭さを損なう中域のふくらみを抑え込んだ低音と表現できる。聴きながら「何かに似ている」と考えていたが、思い出した。同社が低音重視のモデルとして展開している「SOLOD BASS」シリーズのヘッドフォン「ATH-WS70」(12,600円)の低音と良く似ている。あれほど低音重視なバランスではないが、“美味しいところだけ聴かせる”姿勢が同じだ。他社の製品で似たものを探すと、ビクターのモニターヘッドフォン「HA-MX10-B」と傾向が似ている。録音エンジニア向けのモデルだが、実売2万円を切っているので意外に良いライバルかもしれない。

 

「SOLOD BASS」シリーズのヘッドフォン「ATH-WS70」ビクターのモニターヘッドフォン「HA-MX10-B」

 




■まとめ

 定番モデルの後継として、ATH-A900Xは着実に音質がレベルアップしたと感じる。低域が強化されたことで、激しい楽曲やスケールの大きな楽曲など、様々な曲に対応できるほか、迫力アップを活かして、映画鑑賞やゲームプレイ時のヘッドフォンとしても活躍できそうだ。ボリュームを上げても情報量が落ちない、クリアさを保ったバランスが好印象である。

 多くの人が好ましいと感じる進化だと思うが、好みは様々。場合によっては、この低域を過多だと感じたり、低音の低い部分を強調したバランスと感じる人もいるかもしれない。店頭では低音の違いや、音色のニュートラルさに注目しながら試聴すると、進化点がわかりやすいだろう。


(2011年 10月 20日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]