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有機ELで圧倒的な画質向上、操作性は改善の余地あり。スマートグラス「BT-300」を試す

 今回は、エプソンが11月30日に発売したスマートグラス「MOVERIO(モベリオ) BT-300」のレビューをお届けしたい。エプソンはこの「MOVERIO」シリーズを2011年から製品化しており、今回の機種は3世代目に当たる。最近はVRが注目され、スマートグラスは若干後ろへ下がった印象もあるが、「視野を覆うディスプレイ技術」という意味では変わらない。大幅に画質が進化した第3世代の製品を、改めてチェックしてみたい。

BT-300。これはディスプレイ部であり、本体は別途ケーブルでつながっている

ヘッドセット部を軽量化、クオリティアップ

 BT-300は、Android 5.1をベースに作られた「コントローラー」と、シースルー型のディスプレイを内蔵した「ヘッドセット」で構成されている。電源および映像はコントローラー側から供給される。コントローラーは小さなスマホ程度の大きさで、重量も129gとかなり軽い。

コントローラー。下半分はタッチパッドになっていて、こちらでAndroidを操作
コントローラーの電源はmicroUSBから供給

 最大の変化は、やはりヘッドセットだろう。従来の同社のスマートグラスは、少々サイズが大きかった。初代モデル「BT-100」は約240gとかなり重かったが、二世代目の「BT-200」で約88g、三世代目の「BT-300」で約69gと、大幅な軽量化を実現している。一般的なメガネは20g程度なので、まだまだ「メガネのように」とは言い難いものの、形状も重量も、以前に比べれば格段の進歩だ。

ヘッドセット部を正面から。一般的なメガネに近い細さになってきた
ヘッドセット部右からは、映像と電源を供給するためのケーブルが出ている。これは取り外しできない

 とはいえ、この製品の価値は「いかにきちんと見えるか」にある。そのためには、正しい位置で長時間かけることが重要だ。裸眼もしくはコンタクトレンズの方であれば、そのまま製品のヘッドセットをかければいいが、メガネをかけている場合には、付属のアダプタを組み合わせ、留め方を工夫する必要がある。また、眼鏡店に持っていってレンズを入れてもらい、BT-300用に取り付けるアダプタも付属している。逆にいえば、ここさえしっかりしていれば、驚くほど見やすい映像を得られるようになった、というのがポイントなのだ。

右のメガネ状のものが、メガネ用のレンズを入れてBT-300に取り付けるアダプタ。鼻の部分でメガネを保持するアダプタ(中央奥)もあるが、より長時間使いたい場合はこれを使う選択肢も。左奥のサングラス的なものは、光を遮蔽するシェード
パッケージ自体はシンプルで比較的小さな箱に収まっている。最近、HMDでは巨大な箱を見すぎて麻痺しているからそう感じるのかも知れない

輝度・鮮明さは文句なし、個人向けシースルー型としては圧倒的な品質

 BT-300は、エプソンのスマートグラスとしては第三世代である。世代間の違いは、主にディスプレイのクオリティだ。

 正直なところ、BT-100・BT-200に、筆者はあまり強く惹かれなかった。映像が暗く不鮮明であったため、常時シェードで外光を遮断する方が使いやすく、そうすると「シースルー」の良さがスポイルされてしまっていた。コントラストも低く、ぼやけも感じた。

 だが、BT-300ではそれが「劇的に」改善した。デバイスを有機ELベースのものに変えた結果、輝度が劇的に向上したからだ。ディスプレイユニットはメガネの左右に分かれて配置されており、光をハーフミラーにあてて目に導く構造になっている。有機ELベースになってバックライトが不要になった結果、ここをコンパクトにできたのも、デザイン上大きなポイントだ。

ディスプレイは横にあり、そこからハーフミラーへと光を導いて目に照射
ディスプレイ稼働中に横から見ると、若干反射している状況が見える

 さて、ではどのくらい鮮明に、見えやすくなったのか?

 残念ながら、実際にヘッドセットをかけてみた人でないと、その価値が分かりづらい。「ヘッドセットをかけた状態の目」でのみうまく表示されるようになっているので、写真などでその様子を客観的にお見せするのが難しいのだ。

 一応がんばって撮影してはみたが、「なんとなく」わかる程度でしかない。しかし、輝度の高さは分かっていただけるのではないか、と思う。

表示をなんとか写真に撮ろうとしてみたが、これが限界だった。輝度の高さ・エッジの鮮明さが「なんとなく」伝わるだろうか

 そこで「あくまでイメージ」だが、こちらで映像をのぞきながら、合成画面を作ってみた。もう少し「強い光」の印象はあるのだが、本当にこんな感じだと思っていただきたい。

あくまで「イメージ」としての合成画面。ヘッドセットがしっかりとした位置に落ち着いていると、本当にこんな感じに見える。

 大きいのは、輝度と透過度が大幅に向上したことだ。今回はほとんどの時間、シェードをかけることなく使ってみたが、それでも背景が机などの暗めのものであれば、まったく問題なく見えた。もちろん、暗い方が「暗闇に映像が浮かぶ」感じになっていいが、なにより日常的な空間で使える、というところに魅力を感じた。

エプソンのリリースより。透過度が上がったため、ARでの視認性・自然さがより高まった

 ディスプレイとしては、1,280×720ドットのもので、画角も対角約23度で、広くはない。VR用のHMDのように、視界全体を映像で覆う機器ではない。いわゆる360度映像も見られるのだが、視界全体を覆うわけではないので、迫力・没入感には欠ける。一方で解像感はなかなかに高く、画質も良いため、ウェブの文字を読むにも問題はない。かけながら数時間仕事をしてみたが、確かにこれなら実用的に使える、と思った。個人の手に入る価格のものでは、ここまでのシースルー型ディスプレイは他にない、と言えるくらいの品質だ。

 ただし問題は、「それはきちんと目に映像が入っている時」に限られる、ということである。ヘッドセットが少しでもズレると、映像はいきなり見づらくなる。要は、スイートスポットが狭いのだ。それをわかった上で、きちんとつける必要はある。そこでは重さがまだ問題になるし、メガネとの親和性も問題になる。

Android端末としての操作性には難点も

 一方で、BT-300はAndroidデバイスでもある。カメラも備えている。基本的には、コントローラー側に組み込まれたAndroidを使い、各種コンテンツを消費する機器だ。OSのバージョンとしては「5.1」となる。

内蔵のブラウザ。Android標準のもので、スマホ用のサイトなどは問題なく閲覧できる。Flashなどには非対応
設定画面。Androidでおなじみのものが並ぶ

 ただ残念ながら、ここの操作感が悪い。

 BT-300はAndroidだが、Googleの認証は受けていないので、Google Playは使えない。そこで、エプソンが独自の「MOVERIO Store」というストアアプリを用意し、ここから各種ビュワーなどをダウンロードして利用する形になっている。

MOVERIO Store。MOVERIO専用のアプリはここに集まっているので、探す手間は掛からない
360Viewer for Moverioで映像を見た時の画面。2D表示、2眼での3D表示、360度表示などが可能

 BT-300のヘッドセットは2眼式なので、そこにステレオペア映像を流し、3D表示にすることもできる。この場合には、専用のAPIを利用する必要があるので、対応ビュワーアプリで見ることになる。ゲームなども用意されている。

 一方で、これらのアプリをダウンロードし、ウェブを閲覧し……という使い方をしようと思うと、かなりストレスがたまる。コントローラー部のタッチパッドを主に使って操作するのだが、タッチの誤爆が多く、快適な操作が難しい。スマートフォンのようにディスプレイ上の指を見て操作するわけではないのでハンディがある上に、タッチパッドの感度や操作感も良くないからだ。文字入力は正直かなりの苦行だと感じた。カーソルキーと決定キーがあるので、もうUIはこれに特化してもいいのでは、と思う。ディスプレイがいいのに、Android部の操作が苦痛である、というのはあまりにもったいない。

 なお、ヘッドセットにはカメラも内蔵されている。こちらは「目線の写真が撮れる」という意味では面白いのだが、画質は今ひとつ、というか今ふたつ。もう少し発色に気をつかって欲しい。これではメモ以上の使い方が難しい。

ヘッドセット部にあるカメラは500万画素
カメラアプリ。操作はシンプル、というかシャッターくらいしかない。画質調整も特にない
撮影サンプル。とにかく発色が不自然で、どうにもメモ以上の写真を撮る気になれない

操作の残念さは「Miracast」でカバー

 ディスプレイは素晴らしいのにコントローラーが残念、というのが、最後まで気にかかる製品だった。また、頭のポジショントラッキング機能がないので、映像は中央に固定である。これも、まあ、しょうがないといえばいしょうがないが、色々なVR機器に触れた今ではちょっと物足りない。

「もし、このディスプレイデバイスを使ったHololensがあったらどうだろう」と、正直思ったのは事実である。

 HDMIなどの外部入力もないので、それが使えないのも気になる。

 一方で、Miracastに対応しており、Android対応スマートフォンなど、Miracast対応機器の映像を表示して見ることはできる。実際問題、操作はこちらの方が確実で簡単であり、「優れたMiracast対応モバイルディスプレイ」として使ってもいい。また、ロジテックやアイ・オー・データ機器のワイヤレスDVDドライブと連携した、映像再生も可能だ。

 バッテリはカタログスペックでは、動画再生時で約6時間。色々使ってみたが、2、3時間では切れる様子がなかったし、microUSB端子からモバイルバッテリを使って給電もできるので、その辺は優秀といえる。

 ディスプレイとしての圧倒的な品質が魅力であることに変わりはなく、「操作性の難をいかに自分でカバーできるか」が、この製品の選択ポイントとなる。

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MOVERIO
BT-300

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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