西田宗千佳のRandomTracking
本当に全部人力だった! Apple Musicの「プレイリスト」、「レコメンド」の秘密
(2016/1/22 09:00)
2015年、音楽市場は一斉に「ストリーミング」に向かった。ストリーミングミュージックで、我々は「持っていない楽曲」も合法的に楽しむことができるようになってきた。
その時重要なのが「レコメンド」。その人に合わせた楽曲プレイリストの提示が必須になる。だから、すべてのストリーミング・ミュージックでは、レコメンドによるプレイリスト機能が重要な機能としてアピールされている。
そして、レコメンド作成の方法は、各社まちまちだ。いわゆるビッグデータを使って自動作成するところもあれば、人力で作成するところもある。比べてみると、けっこう各社のレコメンド・プレイリストは異なっている。
では、そのプレイリストはどうやって作っているのだろうか? 「人力でプレイリストを作っている」と標榜しているアップルのプレイリスト作りについて取材し、「どう作っているのか」を確かめ、まとめてみた。
内容については、アップル関係者への取材に基づいている。ただし、取材対象者の名前などは明かすことができない点をご容赦いただければ幸いだ。
「タイトル」で目を惹くプレイリスト
Apple Musicを使っていない人向けに、このサービスがどういう構造になっているのかをおさらいしておこう。Apple Musicは、アップルがお勧めするプレイリストとアルバムを並べた「For You」、新着の楽曲が並んだ「New」、楽曲をノンストップで流す、ネットラジオ的な聴き方ができる「Radio」、そして、自分が持っている楽曲がまとまっている「My Music」に分かれている。My Musicについては、Apple Musicスタート前からある機能と変わりないようにも見えるが、Apple Musicの中で気に入った楽曲を「+」していくと、自分がデータとして持っている/購入した楽曲と、Apple Musicに追加された楽曲が一緒になって聴ける。
ストリーミング・ミュージックとしてのApple Musicの特徴は、「For You」で提示されるプレイリストにある、といってもいいだろう。筆者は、日本で使えるストリーミング・ミュージックのほとんどに加入しているが、比べて見た場合、Apple Musicのプレイリストは特に面白い。プレイリストの内容そのものも興味深いが、それより大きいのは「タイトル」だ。
単なる「ヒット曲集」的なものだったり、アーティスト名が表に出ているだけだったりするものは非常に少なく、タイトルだけで興味を惹かれるユニークなものが目立つ。いま、自分のApple Musicに表示されているものからピックアップしても、「キーボードが隠し味!」「野郎旅:J-オルタナティブ」「掃除がはかどるJ-ロック」といったタイトルが並ぶ。「お父さんに送る懐かしのヒット曲」なんてのもあったが、残念、私はお父さんじゃありません。
聴いてみたい、という気持ちをくすぐるやり方が、現状のApple Musicの特徴だ。楽曲のラインナップ以上に、そうした「サービスを使う人に直接、毎日のように見る部分」に妙に手が掛かっているように感じるのが、他のサービスとの差、とも感じる。
音楽業界経験者が「エディター」としてプレイリスト作成
では、なぜ面白いタイトルになるのか?
シンプルにいえば「プレイリストは全部人間が作っているから」である、という。
一般的に、ストリーミング・ミュージックではプレイリストをある程度「自動生成」する。大量の楽曲を、ジャンルやアーティスト名などのタグで管理し、そのタグに応じて抽出することでプレイリストを作る。といっても、現在のサービスでは、単純な曲名やジャンルで分類するのではなく、楽曲それぞれに「一緒にどんな曲を聴いている人が聴いたか」という属性情報を加味し、いわゆるビッグデータ解析をすることで、楽曲プレイリストを作る。Google Play Musicや、日本ではサービスを開始していないSpotifyがその代表例である。統計的な処理だからクオリティが低い、と思われそうだが、決してそうではない。特にGoogle Play Musicは、聴いてみると「おお、なるほど」と感心するような選曲が実現されている。
だが、アップルはどうかというと、「自動作成は一切行なっていない」のだという。昨年6月Apple Musicを発表した際にも「人の力を使う」と、この事業を統括するジミー・アイオヴィンが強調していた。今回記事を書くにあたり、改めて確認したが、「曲の選択から並べ方、タイトルの付け方にまで、すべて人の手で行なっている」のだそうだ。
アップルにおいて、プレイリスト作成を行なう担当者は「エディター」と呼ばれている。エディターは、音楽雑誌の編集経験者や音楽レーベルでのビジネス経験者など、「音楽に関わる目利き」としての能力を軸にリクルートされている。総数は開示されていないが、そうしたエディターのチームが、全世界のアップルのブランチ(支社)に存在している。Apple Musicがサービスをしている国すべてにあるわけではないようだが、ある程度規模の大きな国にチームが用意され、もちろん日本にもいる。
日本のエディターの経歴について詳しくは伏せるが、誰もがよく知る音楽雑誌社で編集長・副編集長を務めた経験のある人物がアップルに転職し、エディターを務めている。その彼ですら、他国のエディターに合うと「あんな人が!」と思うことがあるという。音楽業界の経験を10年単位で持つ人々が集まり、音楽雑誌とは違う形の「楽曲紹介手段」として手がけているわけだ。
プレイリスト作りは「面白さ」「興味深さ」最優先
ここで気になることがある。
当初Apple Musicのプレイリストには、ユーザーに通称「はじめての」シリーズと呼ばれる、そのアーティストの入門編とでもいうべきプレイリストがたくさん現れた。名前が画一的なこともあり、これは機械生成かとも思われていたが、これも「そうではない」という。
また、最近になって特にプレイリストの多様性が増したように思うが、ここにもちょっとした理由があった。
我々が楽曲のプレイリストを作る時には、手持ちの楽曲から「聴きたい曲を抽出する」パターンになる。だから、ストリーミング・ミュージックでも同じようにプレイリストを作る。サービス内で作る場合も同じだろう、と考えるものだ。私もそう思っていた。まず配信済みの楽曲データベースにアクセスし、そこから使える曲を選んでプレイリストにする、と考えるのが自然だ。
だが、Apple Musicでのプレイリストの作り方は「まったく違う」と関係者は言う。エディターは、配信済みかそうでないかを「まったく気にせず」プレイリストを作るのだ。もちろん、最後に配信楽曲の調整を行なうことはある。だが、「配信されている曲からチョイス」するのではなく、「この曲をプレイリストに入れると面白い」という発想の方を優先にするのだ。
そのためアップル社内のデータベースには、「まだ配信登録がない曲がキーなので、表に出せない」プレイリストが大量にあるのだという。逆にいえば、楽曲が追加配信され、そのプレイリストが使えるようになると、サービス上にはすぐに現れて、聴けるようになる。配信楽曲を見てから作るわけではないからだ。
日本の場合、ソニーミュージックなどいくつかのレーベルが扱う楽曲は、当初、Apple Musicで配信されていなかった。だが、秋以降Apple Musicでの扱いがスタートすると、プレイリストも一気に増え、ユニークなタイトルのものも増加した。また、クリスマスにビートルズ楽曲の配信がスタートした時にも、同じようにプレイリストが一気に登場した。これは、前述のように「面白さ優先」でプレイリストが先に制作されるというポリシーがあってのことだ。
Apple Musicでは、6月スタート時に作られた「アニメ」というジャンルがいったん取り下げられ、ソニーミュージック系楽曲の追加が行われるまで存在しない、という形になっていた。これも、「プレイリストを先に作り続ける」ということと無関係ではない。当初はアニメファンを満足させられる楽曲数とプレイリストを公開できない状態と判断し、ジャンルそのものを「公開しない」ことにしたのだという。その後、楽曲追加に伴って質・量の両面で期待に応えられるようになったと判断、「アニメ」ジャンルを再度オープンした、という経緯がある。
そもそも、人力でプレイリストを作ることは、制作量とスピードの点で、ソフトウエア処理より不利だ。ソフト処理ならば、楽曲がデータベースに追加されたと同時にプレイリストが自動生成されるが、人間の場合はそうはいかない。そのタイムラグを詰める意味でも、「登録済み楽曲か否かにこだわらない」ということは重要である。
エディターがプレイリストを作成する場合には、当然、彼ら一人一人の得意分野を受け持つ。J-POPでも内部的にはジャンルがあるし、ロックでも同様。アニメだって、キッズアニメと懐かしのアニメ、現在主流の深夜アニメ系のアニソンとでは、同じジャンルとは言い難い。そうした部分も、エディターが忖度した上でプレイリスト作成を行う、とアップル関係者は話す。
そこで面白いのは、「その音楽の母国の担当者がプレイリストを担当する」とは限らない、ということだ。エディター側で重視するのは「そのジャンルをどれだけ知悉しているか、思い入れがあるか」ということ。いいプレイリストが作れるかどうかは、「その楽曲の母国」であるかと無関係である、という原則なのだそうだ。だから、ブリティッシュ・ロックのプレイリストを日本人のエディターが作ることも、K-POPのプレイリストを日本人のエディターが作ることも、日本のテクノ楽曲をドイツのエディターが扱うこともある。プレイリストデータベースは全世界で共有され、タイトルなどは各国語向けに各国のエディターが翻訳し、逐次登録していく仕組みなのだそうだ。
なお、プレイリストが自分に「提示」される仕組みは、まさにビッグデータ解析である。どんな楽曲が好き、と最初に答えたか、その後どんな楽曲を聴いたかが、プレイリストをレコメンドする仕組みで使われる。
「自分の好みに合わせて成長させるならば、積極的に『ラブ(ハートマーク)』をつけて欲しい」と担当者は言う。ちょっと機能的に呼び出しづらく、使っていない人もいそうだが、「こういうのを待ってた!」という曲が流れてきた場合には、「ラブ」を押そう。恥ずかしがらずに。
あえて洋楽・邦楽を混ぜる、「楽曲との出会い」をすべての世代に
そこで、日本のエディター、日本のサービス担当者が特に注力しているところはどこなのだろうか?
「洋楽と邦楽をできる限り混ぜることだ」と担当者は話す。
日本では洋楽がヒットしづらくなって久しい。プレイリストも、ユーザーの好みだけを重視するなら、「邦楽は邦楽」「洋楽は洋楽」と分けるべき、とも思う。
しかし、彼らは別の考えを持っている。
「単純なヒット曲リストではない、楽曲の発見を大事にしたい。だから、最新の楽曲であってもちょっと捻ったものを入れることもあるし、洋楽と邦楽も積極的に混ぜる。特にRadioについては、偏ってしまうよりも、意図的に交互にかかるよう気をつけている」という。
「最近の若い人達は、あまり楽曲をさかのぼって聴かない」と彼は言う。
2000年代以前に音楽を聴くようになった人々(要は、もうおじさん・おばさんになった世代だ)は、ある曲が好きになると、そのアーティストの古いアルバムをさかのぼって聴いたり、彼らに影響を与えた、彼らから影響を受けたアーティストを探して聴いたりした。その手がかりとなっていたのが、音楽雑誌であり、ラジオであり、一部のテレビの音楽番組だった。
だが、今はそうした機能が失われ、「いま、これがいい」と思った曲ばかりが消費される傾向にある。曲を「検索して聴く」場合には、どうしても曲名やタグなどの検索キーワードに引っ張られ、自分がまだ知らない曲を見つけにくくなる、というマイナスの効果もある。
それは、音楽マーケットとしてはもったいないことだ。
ストリーミング・ミュージックのように、比較的低廉に音楽を「浴びるように聴ける」環境が整った現在、適切な誘導があれば、過去に音楽雑誌などが果たしていた役割を、サービス側が果たすことができるようになる。アップルが同社サービスでプレイリストを作る人々を「エディター」と呼ぶのはそのためだ。
もちろん、そういう場の作り方をすることが、サービスを継続してもらうために重要である、というビジネス的な側面もある。だがそれと同時に、Apple Musicでエディターを務める人々は、本当に音楽が好きなのだ、とも、筆者には感じられるのだ。
筆者としては、その上で、プレイリスト機能にもう一声加えて欲しいと思う。
エディターが作ったプレイリストに感心しつつ、そこにツッコミを入れたい時もある。「いや、この曲よりこれでしょ」とか「このタイトルよりこっちじゃないか」と思うことは、誰だってあるはずだ。中には、データベースの不具合で意図した曲でないものが登録されている場合もある。特に楽曲名やジャケット写真・アーティスト写真の選択アルゴリズムには、若干の不具合がある、と感じる場合がある。
音楽好きの「リスナー」の側が、エディターに対してフィードバックできる仕組みもあれば、もっとあの場は面白くなると思うのだ。
そうした仕組みも、アップルにはぜひ検討してほしい、と思う。
また、「メディアと連動したプレイリスト」も用意されているのだが、その中に日本のメディアの姿はない。そこで、日本のメディアと組んだ提案も行ない、海外に発信してくれるとうれしいのだが。