匠のサウンド百景

イヤフォン試聴に欠かせない「Best of My Love」、キーワードは“響き”と“低音”

 匠のサウンド百景とは?

オーディオ/ビジュアル機器を手がけるメーカーや業界の人達も、1人の音楽ファン! そんな“中の人達”に、個人的に気に入っている音楽、試聴などで業務にも活用しているソフトを紹介してもらいます。

 「匠のサウンド百景」、第1回は編集部・山崎が、イヤフォンやヘッドフォン試聴に使っている楽曲をご紹介したい。製品選びの際、注目するポイントは人によって違うものだ。例えば「低音がズシンと出てほしい」とか「モヤモヤせず高音がスカッとのびて欲しい」など。しかし、低音がどれくらい出るヘッドフォンなのか知りたいのに、低い音があまり入っていない曲を再生してもよくわからない。知りたいポイントごとに、そのチェックに合った曲を用意しておくと、短時間でもその製品が「どんな音なのか、自分が好きな音なのかどうか」がわかりやすくなる。欲を言えば、1曲でいろんなポイントがチェックできると望ましい。

藤田恵美/camomile Best Audioで試聴中

今回取り上げるアルバム/楽曲(e-onkyo music)

・藤田恵美/camomile Best Audio

・コーネリアス/Sensuous

 試聴の際、必ずと言っていいほど再生するのは洋楽カバーアルバムの「藤田恵美/camomile Best Audio」。SACD盤の発売は2007年なので10年も前になるが、“かないまる”こと当時ソニーの金井隆氏がサウンド・クオリティ・アドバイザーを担当し、その音質が発売当時話題となった。詳細は藤本健氏の「Digital Audio Laboratory」で当時レポートしている。

 以前はSACDを使っていたが、現在ではe-onkyo musicなどで、96kHz/24bitのWAV/FLACファイルが配信されているので、USB DACやハイレゾプレーヤーの試聴時には便利だ。

 決まってかけるのは2曲目の「Best of My Love」。言わずと知れた、イーグルスのカバー。冒頭、アコースティックギターのソロからスタート。途中でボーカルが入るが静かで、音数の少ない滑り出し。1分あたりからベースなども参加してようやく、音が豪華になる。音の数が少ない方が、ポイントに絞って聴く場合にはわかりやすい。

 注目はギターの音だ。ご存知の通りギターは、ボディからネックが伸び、6本の弦が張ってある弦楽器だ。ボディには丸い穴があいており、弦をつまびいた音を、共鳴して増幅させつつ放出する。

 弦には金属が使われる事が多いため、弦が震える音自体は金属質な硬い音だが、ボディは木製なので共鳴した音は、温かみのある、木の響きっぽい音だ。つまり、ギターの音は、音色が異なる音が組み合わさって構成されている。

 当然、硬い音は硬く、温かい音は温かく再生して欲しい。だが、例えばバランスド・アーマチュア(BA)ユニットのイヤフォンの場合、パーマロイなどの合金の板(アーマチュア)で動かして音を出すため、製品によっては弦の音は良いのに、木の響きも金属質に聴こえてしまうものがある。逆にダイナミック型のイヤフォンでも、音の輪郭がボワボワと不明瞭で、弦の音に鋭さが無く、ギターのサウンド全体が、不明瞭な響きの中に埋没してしまう事もある。つまり、音色を描き分ける能力のチェックに使える曲というわけだ。

 「Best of My Love」の場合、1分ほどボーカルとギターのシンプルな展開が続いた後、アコースティックベースの豊かな低音が「ズズーン」と入ってくる。どのくらい低音が出るかのチェックに使えるだけでなく、低音が沢山鳴った時に中高音がどのような影響を受けるかの確認もできる。

 例えばイヤフォンや密閉型ヘッドフォンの場合、低音が少ない状態では素直な音が出ているのに、ズズンと低い音が登場すると、その響きがサウンド全体を覆ってしまい、高音まで不明瞭にしてボワボワした音になってしまう事がある。低音の振動がハウジングに伝わり過ぎたり、そもそも低音の量感が多すぎる時にそうなるきらいがある。

 重低音自体は迫力やスケール感をアップさせるのに重要な要素だ。しかし、余分に振動して肥大化していく低音は、派手ではあるが、心地よくは無く、聴き取れる情報量も低下する。逆にキッチリ制御できている低音は、輪郭がシャープで、音の立ち上がり、立ち下がりも俊敏で“キレの良さ”も兼ね備えている。

 ドライブするアンプによっても描写は変わる。制動力のあるアンプでユニットを動かすと、キビキビと動き、動いた後でフラつかないのでキレが良くなる。ピュアオーディオでは低音の描写がキモになるが、それはポータブルオーディオであっても同じ事だ。このあたりのチェックには、コーネリアスのアルバム「Sensuous」に収録されている「Beep It」が便利だ。

 話は変わるが、オーディオ好きには当たり前だが音楽好きが多い。それはユーザーだけでなく、オーディオ機器を“作る人”にもだ。AV機器の発表会に出かけると、開発担当者らによる試聴デモが行なわれる。定番曲に加え、その製品開発時にチェック曲として使われた曲がかかる事も多い。その曲が、より良く聴こえるように製品を開発したのだから、“その曲を聴いて欲しい”と思うのは当然だし、“その製品の特徴がよくわかる曲”でもあるわけだ。

 チェック曲が耳馴染みのないものだと、取材するメディアから「今の曲は誰の曲?」、「何というアルバムの何曲目?」といった質問が飛ぶ。時には発表会が一時中断して「この前買ってみたら、このアルバムの音が凄く良くて、開発時のチェックに使えるなと思って」、「へぇー知りませんでした。買いたいのでメモさせてください」と、“単なる音楽好きの雑談”に発展する事もある。ちなみに前述の「Beep It」もデノンのサウンド マネージャー、山内慎一氏に教えていただいたものだ。

 今回スタートした「匠のサウンド百景」では、そんなAV機器に関わるプロフェッショナル達が、仕事やプライベートで、どんな音楽/映像ソフトを楽しんでいるか? を紹介していく。

コーネリアスのアルバム「Sensuous」に収録されている「Beep It」

山崎健太郎