小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第798回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

新ブランドとして浸透するか!? デノンのネットワークスピーカー「HEOS」

ワイヤレススピーカー新時代

 ワイヤレススピーカーが世界的にも大きな伸びを見せたのは、2014年の事である。日本でも2014年から15年にかけて同様の盛り上がりを見せたが、欧米とは違い、圧倒的にBluetoothスピーカーが盛り上がった。

HEOS by Denonシリーズ

 では欧米ではどうだったかといえば、Bluetoothだけでなく、Wi-Fiのスピーカーもかなりのシェアをとった。「Sonos」に代表される製品群は、すでに欧米で人気だったSpotifyに加え、2015年から始まったApple Musicとの連携機能を加えつつ、ホームネットワーク内で常時使えるスピーカーとして、主にITに明るい層に浸透した。

 現在Amazon EchoやGoogle Homeが米国に浸透し始めているが、そのバックボーンには、すでにWi-Fiスピーカーとは何かが説明不要の土壌であった事は小さくなかったはずだ。

 一方日本でWi-Fiスピーカーが出遅れた理由は、いくつか考えられる。まず2014~15年段階ではSpotifyのような強力な音楽配信プラットフォームがなかったこと、日本人のITリテラシーと若者市場からすれば、小型・軽量、バッテリ駆動、アウトドア用途といった方向性になり、Bluetoothのほうが向いていたこともあっただろう。

 もう少し加えれば、震災以降節電が当たり前になった社会の中で、いつも電源入れっぱなしのスピーカーというものへの理解が得られない可能性があったことから、日本への進出は遅れたと見ている。ただその中でソニーのSRSシリーズは、日本向けにソフィスティケートしたWi-Fiスピーカーという方向性であったことは記憶に留めておいていいだろう。

 今回取り上げる「HEOS(ヒオス) by Denon」は、デノンが手がけるWi-Fiスピーカーだ。海外ではすでに2014年から製品展開をしており、海外向けサイトでは数多くのラインアップが存在する事がわかる。

 日本向けに3月15日から投入されるのは、ラインアップからすればエントリーラインとも言える「HEOS 1」、「HEOS 3」、「HEOS LINK」の3モデルだ。価格はオープンで、実売はそれぞれ25,000円前後、33,000円前後、37,000円前後となっている。今回は全モデルをお借りすることができたので、それぞれ試してみたい。

日本向けに投入される3モデル。左からHEOS LINK、HEOS 3、HEOS 1

場所を選ばないHEOS1

 まずはエントリーモデルとも言えるHEOS 1から見ていこう。高さ190mm、幅120mmの縦型で、複数の台形面を組み合わせた六角柱のモノラルスピーカーだ。ドライバは独自開発のミッドウーファ×1、ドームツイータ×1で、正面に上下に並んで配置される。スピーカータイプとしては密閉型だ。

もっとも小型のHEOS 1

 天面にはボリュームとミュートボタンがあるのみで、コントロールボタンは何もない。電源ボタンもなく、ACアダプタを繋いだらON、抜いたらOFFになるだけだ。

天面にはボリュームとミュートボタンがあるだけ

 背面にはEther端子とWi-Fi接続用のConnectボタン、ステレオミニのAUX入力、Bluetoothペアリングボタンがある。上のUSB端子は、USBメモリを差し込んで中の音楽を再生するためのものだ。

ハードウェアとしての外部入力は、AUXとUSBのみ

 HEOSは基本的に、Wi-Fiなり有線LANなりでネットワークに繋がないと、何も操作できない。専用アプリ「HEOS」を使って各種設定や再生のコントロールを行なうのだ。対応無線LAN規格としては、IEEE802.11 a/b/g/n/ac 2.4GHzのほか、5GHz帯にも対応する。

専用アプリ「HEOS」

 音楽再生ソースは、ネットサービスとしてはSpotify、Tunein、SoundCloudに対応している。5月にはAWAにも対応するようだ。加えてスマホ内の音楽やホームネットワーク内のNASサーバー、背面に挿したUSBメモリー、ステレオミニジャックからの外部入力に切り換えできる。

 Spotifyを聞くだけならBluetoothスピーカーで十分だと思われるかもしれないが、決定的な違いがある。Bluetoothスピーカーの場合、Spotifyからの音楽ストリームを受信するのはあくまでもスマートフォンだ。そこからBluetoothを使ってスピーカーへ音楽を飛ばしている。従ってスマホがBluetooth圏外に出てしまうと音楽が途切れてしまう。またスマホのアラート、例えばメッセージの着信とかいった音もみんなBluetoothスピーカーに流れてしまう。

 一方、Wi-FiスピーカーでSpotifyを聞く時は、再生のコントロール、例えばどの曲を聴くとかいった選択はスマートフォン側で行なうが、実際に音楽再生のストリームを受信するのはスピーカー自身だ。従って再生を始めたあと、スマホをもってどこかへ出かけても、スピーカーからは音楽が鳴りっぱなしなのである。このような仕組みをSpotify Connectと呼ぶ。Spotify Connectで聴いていると、スマホは独立して動けるので、メッセージの着信や通話なども普通どおりに行なえる。なお、Spotify Connectの利用には月額980円の有料のPremium登録が必要だ。

 このメリットが最大に生かされるのは、別売のHEOS 1用のバッテリパック「HEOS 1 GO PACK」(実売1万円前後)を併用した時だろう。これは底面に取り付けるタイプのバッテリで、HEOS 1を完全ワイヤレスで使用できるようになる。

底面にバッテリーパックを装着すると完全ワイヤレスに

 またバッテリーパックに付属のゴムカバーで背面端子を覆うと、IPX4相当の防滴仕様となる。スピーカーが密閉型だからできるわけだ。この状態なら、キッチンやバスルームに持っていっても問題なく使用できる。

 というわけで早速バスルームに持ち込んでみた。けだるいボサノバを流しながら、アロマキャンドルに火を付け、浴槽に身を沈めながら足を投げだし、防水型のiPhone 7Plusで読みかけのマンガを読みふけると、IQがゆっくり30ぐらい下がっていく。至福の時である。

お風呂スピーカーとしては最強

 実は2000年初頭あたりに、お風呂向けスピーカーのブームがあった。だが当時の技術では、防水防滴仕様と音質を両立できなかった。また当時はどちらかと言えば女性がターゲットであったため、音質よりもデザインと価格に注力されていた。

 あれから10余年、技術革新はめざましく、密閉型・防滴仕様ながら、なかなかのサウンドを聴かせてくれる。モノラルスピーカーではあるが、サウンドの芯が太く、骨格がしっかりしているので、音楽を楽しむ上での物足りなさは全く感じない。

 特に低音の表現力は、このサイズのスピーカーからすれば十分だ。同じ容積でステレオスピーカーにすると、どうしても1つ1つのドライバが小さくなってしまう。ステレオを蹴って大型ドライバを採用し、低域へ振るという判断なのだろう。

さらに低音ドッコンドッコン、ステレオ感もあるHEOS 3

 HEOS 1の上位モデルが、HEOS 3だ。こちらはバッテリ装着などできず、ACアダプタでの駆動が前提となる。

 全長270mm、幅140mm程度の長方形だが、ラウンドした台形を組み合わせた非常に複雑なフォルムで、縦置きにも横置きにも対応する。こちらはバスレフ型なので、防滴仕様ではない。背面には斜めに切り込む形でバスレフポートが設けられている。

縦置き、横置き両対応のHEOS 3
形状はかなり複雑
背面には斜めにバスレフポートが開けられている

 ドライバはフルレンジ×2のステレオ仕様で、アンプも左右独立。背面の端子はHEOS 1と同じである。

 サウンド的にもっとも気に入っているのが、このHEOS 3だ。HEOS 1と比べて一回り大きいだけだが、低音の出がものすごい。サブウーファーなしにここまで「ゴツッ」とした低域が出せるコンパクトスピーカーは珍しいだろう。同じボサノバが聴いたのだが、時折入る「ゴリッ」としたベースに、ボサノバって生ギターつま弾くぐらいじゃなかったのかと気づかされた。このスピーカーで聴かなければ、こうした発見はなかっただろう。

 横置きと縦置きでは、サウンドのプロセッシングが変わるため、アプリで切り換えが必要だ。横置き時にはLR別々に左右のスピーカーを鳴らす。縦置き時には、下位置のスピーカーがミッドウーファ、上位置のスピーカーをツイーター相当に役割を変更するように聞こえる。低音のドッコンドッコン感は縦置きのほうが上だが、ステレオ感はなくなるというわけだ。特に置き場所に困らない限り、横で聴いた方がいいだろう。

アプリで縦置き・横置きを選択

 フルレンジなので、高域の抜けはHEOS 1に劣るが、アプリでトーンコントロールも可能だ。さらに複数のHEOSをグループ化して鳴らすことができる。両方を同期して鳴らすと、HEOS 1が高域を補強するので、サウンドの広がりとともにバランスの良さも加わり、1つの部屋で2台を鳴らしても楽しめる。グループ化もグループ解除も、アプリ上でスピーカーをドラッグ&ドロップするだけなので、簡単だ。

トーンコントロールもある
グループ化もドラッグ&ドロップで簡単

マルチな入力に対応するHEOS LINK

 3つ目のHEOS LINKは、スピーカーではなくプリアンプだ。音を出すにはパワーアンプとスピーカーや、アクティブスピーカーと接続する必要がある。サブウーファへの出力も備える。一般的なステレオ装置を持っているが、サブウーファ用のアンプ出力はないという環境にもいいだろう。

HEOSシリーズのプリアンプ、HEOS LINK

 入力としては、他のHEOS同様の機能を備えるほか、RCAのライン入力、光デジタル入力も備える。出力はRCAのライン出力ほか、光デジタル、同軸デジタル出力も備える。またIR出力やトリガー出力もあるので、他の機器が対応していれば連動した動作も可能だ。

多彩な入出力を装備

 他のHEOS同様、コントロール用のボタンはやっぱりボリュームのアップダウンとミュートしかない。従って多彩な入力の切り換えは、すべてアプリで行なう事になる。

ボタンはやっぱりボリュームとミュートだけ
入力切り換えはアプリから操作

 現在デジタルソース対応のプリアンプは、USB DAC機能も搭載した機種が多いが、本機にはUSB-B端子がなく、PCとのUSB接続はできない。本機はそうした使い方ではなく、DLNA対応NASに音源ファイルを置いておき、そこへHEOSが直接ファイルを読みに行って再生するというスタイルがメインになるだろう。再生対応コーデックは、PCM、MP3、AAC、WMA9、FLAC、Apple Losslessで、ハイレゾにも対応する。FLAC/WAV/Apple Losslessは192kHz/24bitまでサポート。DSDも5.6MHzまで対応する。

 このDLNAレンダラー機能は、先程の「HEOS 3」や「HEOS 1」にも搭載されている。

 こうした多彩な入力に対応するためには、アプリの作りが重要になる。ローカルのNASにある音源にアクセスするためには、HEOSアプリの「ミュージック」から「ミュージックサーバー」を選択する。するとDLNA対応NASが表示されるので、あとはディレクトリを辿っていって音楽ファイルを再生するだけだ。

DLNA経由でNAS内の音楽ファイルにもアクセス可能

 一方でHEOSアプリには、スマホ内の音楽を共有する機能もある。これをONにすると、同じホームネットワーク内にある他のスマホやタブレットからも、特定のスマホ内にある音源を聴く事ができる。家族がそれぞれに買った楽曲も、ファイルをコピーすることなく共有して聴く事ができるわけだ。

スマホ内の音楽も家庭内で共有可能

 またHEOSアプリでは、プレイリストを作成できる。これもホームネットワーク内のユーザーで共有可能だ。非公開のSpotifyのようなことができるわけだ。他のユーザーが、共有されたプレイリストに曲を追加していく事もでき、プレイリストにローカル楽曲もSpotifyの曲も混ぜて加えることもできるので、Spotifyのプレイリスト共有機能よりも優れている点もある。

プレイリストを作って共有できる

総論

 現在国内で入手できるネットワーク型スピーカーは、案外少ない。昨年11月にSpotify Connect対応機器がヤマハやオンキヨー、パイオニア、マランツ、ソニー、ボーズなどから発表されたが、これ以降ラインナップが爆発的に増えたわけでもない。Bang & OlufsenがBeoplay M5を日本でも販売を開始したぐらいか。

 日本ではワイヤレスと言えば圧倒的にBluetoothスピーカーで、ネットワーク対応の良さがあまり理解されていない。実際ライトユーザーは、ほとんどスマホとクラウドサービスの中で閉じてしまって、ホームネットワークをうまく活用できていないのではないかという気がする。そもそもパソコンが家になければ、NASを使う理由もない。スマホとスピーカーが1対1で繋がればそれでよしというタイプのユーザーには、コストアップしてもネットワークスピーカーを導入するメリットが掴みづらい。

 そんな中、HEOS 1/3はヨーロッパテイストのデザインもなかなかよく、価格のわりには高級感が高い。また小型ながら低域が想像以上にしっかり出てくるサウンドは、個性的で面白い。ステレオ再生は必須か、モノラルでも十分かはそれぞれこだわりの問題だろうが、HEOS 1の場合、バッテリーパック併用の利便性と込みでHEOS 3と比較すべきだろう。

 リビングや自室にちゃんとしたオーディオセットがある方には、それをネット対応にするという意味でHEOS LINKは響くだろう。ヨーロッパテイストのデザインもよく、“新世代のオーディオ装置”という感がある。

 小型ワイヤレススピーカーは、漠然とした「いい音」にこだわるより、デザインやそれがあることで拡がる生活、音の面白さをトータルで選ぶ時代に入ったと言える。今後はより個性的なスピーカーがどんどん登場することを期待したい。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。