“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第473回:3DでPCが生まれ変わる? 富士通FH550/3AM

リーズナブルな3D対応ボードPC




■ 3Dブームはどこへ行った?

 今年1月のCES、そして4月のNABと、米国のAV動向を取材してきたが、時代はもう3Dだという勢いで、各出展者の鼻息も荒かった。事実「アバター」は、全世界興行収入で「タイタニック」を抜き、史上最高額を記録したという。実に1,670億円だそうである。

 コンシューマビジネスにおいても、すでに3D対応テレビ、ブルーレイプレーヤー/レコーダが発売され、あとはソフトウェアの投入を待つのみ、という状況になっている。この夏は3Dで盛り上がる……はずである。

 視聴環境はどうかというと、少なくとも3D対応のディスプレイが必要になる。アナログ停波間近とは言うものの、3Dに興味があるような層はとっくにテレビはデジタル対応に移行しているだろう。今からさらに3D用にもう一台いかがですか、と言われても、二の足を踏んでしまう。特に3D表示方式が複数あり、さらに今後改良が進むことがわかっている技術だけに、ロングタームの製品は買いづらいだろう、というのが筆者の見方である。

 そんななかで個人的に3Dの表示器として期待しているのが、PC用ディスプレイだ。そもそも価格が安い上に、再生ソフトウェアやディスプレイドライバのアップデート、あるいはグラフィックスカードの交換で、後々の機能アップも期待できる。3D再生環境の手始めとして、PCは悪くない選択だ。

 そういう思いを知ってか知らずかこの夏を前にして、各社から3D対応PCが発表されている。ディスプレイ一体型ボードPCとして富士通「ESPRIMO FH550/3AM」、NECの「VALUESTAR N VN790/B」。ノートPCとして東芝の「dynabook TX/98MBL」、ASUSの「G51Jx 3D」があるようだ。まだ発表されていない隠し球もあるかもしれない。

 今回は富士通の「ESPRIMO FH550/3AM」(以下F553AM)をお借りすることができたので、早速試してみたい。



■ シンプルだが十分な機能

 実はメーカー製デスクトップPCがあまりイケなくなったあと、液晶一体型のボードPCという分野は、デスクトップ枠で急成長した分野である。富士通、NEC以外にもソニー、Lenovo、HP、東芝、ONKYO、ASUS、MSI、DELLなど、日本国内でPCを販売しているメーカーの殆どがこの分野に参入済みだ。

 ポイントはやはり、液晶一体型で場所を取らないこと、大型の割りには安いこと、デザインやカラーバリエーションで思い切ったものがあること、といったあたりが人気の秘密のようである。そしてそこに3Dという魅力が加わることになるわけで、激戦区に投入する差別化要因としても、今後成長するのではないかと思われる。

 さて今回のF553AMだが、今年の夏モデルとしては唯一の3D対応機である。最上位モデルではなく、エントリーモデルを拡張した格好だ。そのためネットでの価格もすでに実売で14万円半ばぐらいになっており、PCの買い換え兼3D入門としては、十分射程距離に入る。

 単に3Dコンテンツが視聴できるだけでなく、視聴、変換、作成の3つの機能があり、これを「トリプル3D」として訴求している。3Dとして作られたものが3Dで見られるというのは、期待される機能として当たり前だが、変換や作成までできるあたりはPCならではという部分である。

 まず外観だが、本体はパッと見ると下にスピーカーが見えることから、小型のワイドテレビといった感じである。スピーカーが下からスライドして出てきたような格好になっており(実際にはスライドしない)、その部分の幅がボテッとした感じを薄めている。なかなか上手いデザインだ。

 この部分にはタッチ式スイッチの電源ボタンや液晶のコントラスト、ドライブのイジェクトボタンなどがある。終了した状態からもこのタッチ式スイッチで起動できる。


スピーカー部が裏からせり出したようなデザインディスプレイ下にタッチ式のボタン

 厚みも以前のように後ろに隠れてドーンとものすごいもの背負ってるという感じではなく、十分に薄型で通るだろう。右側にはBDドライブとUSB端子が1つ、左側にはUSB端子2つにマルチカードスロット、マイク、ヘッドホン端子があるだけで、すっきりしている。


本体右側にBDドライブ左側はUSBやマルチカードスロット

 背面にはACアダプタ接続による電源端子、テレビ用アンテナ入力端子がある。右側にあつまっているのは、Ether端子、USB端子2つ、B-CASカードスロットもある。チューナーは地上波のみだが、2系統ある。BS、CS110度チューナは搭載していない。

 肝心の液晶は解像度1,600×900ドットの20インチで、3D表示は円偏光方式を採用している。円偏光フィルタを使って左右の映像を分離するため、メガネはただのフィルムを貼っただけのもので済む。そのため非常に軽量で、追加購入するにも安い。専用の追加メガネは、1個3,980円だそうである。

 キーボード、マウス、もちろんリモコンも全部ワイヤレスのものが付属している。基本的な設置は、電源、アンテナ線、Etherケーブルを背面に接続するだけである。


背面にも端子類がある。B-CASカードスロットは本来はカバーで隠れているアンテナ端子は脚部との間にある付属の3Dメガネ。電源不要の円偏光方式


■ 良好な3D表示

 まずは基本として、3Dのコンテンツを見てみよう。最初から3Dで制作されているBlu-rayや動画ファイルは、PowerDVD9 3D Playerで再生できる。サンプルとしてパナソニックが配布している「3Dブルーレイディスク お試し版」を再生してみた。普段使用するときは、液晶モニタは2D表示なのだが、PowerDVD9 3Dを起動すると特に設定することもなく、自動的に3D表示に切り替わる。

 円偏光方式では、液晶画面と目線との上下角が重要だ。液晶画面は上下にチルトできるので、メガネをかけた状態でベストな位置に調整する。上下の角度はシビアだが、左右の角度はかなり広い範囲で視聴が可能なので、横に並んで数人で視聴することもできる。

 液晶と視聴位置の距離は、コンテンツの作り方でも変わってくるが、だいたい1mぐらい離れるとよく見えるようである。一般的にPCの液晶モニタはニアフィールドで見ることが多いため、なかなか1m以上離れることはないのだが、3Dの視聴中は少し後ろに下がってみた方がいいだろう。

メガネ上部に桟があって、ずり落ちを防止する

 付属の3D用メガネは非常に軽量で、筆者のように普段から視力矯正のためのメガネをかけている人間にも使いやすい。フィルタの上部に桟のようなものがあり、ここにメガネの上の部分がひっかかるので、3Dメガネがずり落ちてこない。こういった工夫は、メガネ使用者ではないとわからない部分かもしれない。

 ただ、輝度はそれなりに落ちる。露出計で測ってみたところ、丁度一絞りぶん落ちるようだ。もっともその分だけモニタ側の輝度を上げれば済むことなのだが、通常時の使用と3D表示時とで、自動的にモニタのプロファイルが変わるといった工夫も、今後は考えられるだろう。

 このメガネだが、同じ円偏光方式であるREAL D用のものと互換性があるようだ。何かのイベントで貰ったREAL Dのメガネをそのまま使って、ちゃんと3Dで視聴できた。これから秋にかけていろいろな展示イベントが行なわれると思うが、どこかのブースで円偏光式のメガネが貰えるのであれば、貰っておいて損はない。

 3Dの視聴は、一人で見ていると飽きるのも早いんじゃないかと思う。こう言うのは誰かと一緒に、「うははすげーw」「すごいねーw」と言いながら見るから、どんなコンテンツでも相当楽しめる。そう言う点では、メガネの増設が簡単なパッシブフィルタ方式のほうが、メリットが大きい。

 いいやオレは一人でゆっくり映画を見たいのだ、と言う人は、上下角など視聴ポジションが関係ない、アクティブフィルタ型のディスプレイを選ぶといい。そういう意味では、F553AMはよりファミリーユースに振った1台と言える。

 改めて家庭で3Dの映像を見てみると、いろいろなことに気づく。例えば昼間に見る場合は、窓からの外光が液晶モニタに反射すると、その光につられて3D空間がよくわからなくなる。液晶面もおそらくノングレア加工はされていると思われるが、設置は窓に向かい合うような位置は避けた方がいいだろう。



■ 既存コンテンツも3D化できる

 続いてPowerDVD9 3D Playerの機能である、2D-3D変換を試してみよう。これは既存の動画ファイルやDVDの映像を3Dに変換するというもので、Blu-rayの映像には対応しない。

PowerDVD9 3D Playerの2D-3D変換用の設定画面

 3Dの設定は、再生画面の右下に現われる3Dボタンをクリックすると、ダイアログが表示される。ほとんどデフォルトでいじるところはないのだが、3Dのデプスを決めるスライダーはいろいろ試してみると面白いだろう。

 いくつかDVDソフトを3D変換しながら視聴してみたが、まあ立体に見えないこともない、という感じで、なんか変なレンズで画面を覗いているような感じである。これは奥行き情報の解析が上手く行っていないということだろう。

 原因はいろいろ考えられるが、そもそも立体に見えるようなアングルや画角で撮影していないシーンも多くある、という事だろう。特に望遠で遠くから狙った映像は、パース感も殆ど感じられないので、奥行き感には乏しい。また画面全体にスモークがかかっているコンサート映像などは、あまりうまく解析できないようだ。2D映像からの奥行き情報の解析は、これからどんどん研究が進む分野なので、まだまだこれから良くなっていくはずだ。すでに最新版のPowerDVD 10 MarkIIでは、3D変換のアルゴリズムも改良されているということなので、そちらの出来も興味あるところである。

 2D-3D変換で一番飛び出して見えるのは、変な話、字幕である。字幕部分は3D化されないので、丁度コンバージェンスポイント、すなわち左右の光軸が収束する点に置かれることになる。その位置を基準にして、映像が全体的に後ろに配置されるという格好になる。

 もっとも、字幕だけ立体に見えてもしょうがないといえばしょうがないわけで、字幕の奥行き位置をどう計算するかは、映画輸入の多い日本にとっては、大きな問題である。逆に言えばそういう機能を研究するのは日本ぐらいしかないので、ぜひ頑張って欲しいものである。もっともこれは、富士通が頑張れというよりも、CyberLinkが頑張れと言う話なのかもしれない。

ソフトウェアの表示を3D化する「TriDef 3D Ignition」

 もう一つ、今度はソフトウェア、主にPCゲームの表示を3D化する「TriDef 3D Ignition」というソフトウェアもあるので、ご紹介しておこう。デフォルトでは「タッチで熱帯魚!」というソフトがプリインストールされている。いわゆる水槽ソフトだ。このソフトをダイレクトに起動するとまったく普通の2Dだが、TriDef 3D Ignition経由で起動すると、3Dに変換された表示になる。


普通に起動すると、2D表示TriDef 3D Ignition経由で起動すると、3D表示特定の魚をカメラフォローできる


かなりのソフトに対応している

 この3D映像は、かなり良くできている。元々CGをリアルタイムレンダリングしているわけだから、デプス情報はその場で生成されている。これを取り出して、3D表示情報に変換しているようだ。これだけでも結構楽しいのだが、PCゲームに対してはかなりのプリセットデータを持っている。フライトシュミレータなどを持っている人は、相当楽しいだろう。

 手持ちでは対応ソフトがなかったが、Google Eatrhに対応しているので、これを試してみた。まずGoogle Eatrhをインストールして、「ゲームの追加」からアプリケーションのインストール場所を指定し、ゲームのプロファイルで「Google Earth (DDD)」を選択するという段取りになる。

 3Dで見るGoogle Eatrhは強烈だ。まず最初に表示される地球儀から、すでに星空から出っ張っている。ズームして市街地まで行くと、さらにすごい。レイヤーで「建物の3D表示」を選択すると、建物がこちら側に出っ張って見える。これまで2Dではそんなに面白くもなかった映像が、ものすごい付加価値で迫ってくる。


最初の地球からすでに立体建物や地形が立体で表示される

 また建物だけではなく、地形も立体的に見えるので、平野と言われる東京でも結構あちこちに山や谷があるのがわかる。実は青山墓地全体が丘になってるとか、西麻布は窪地が多いとか、まるで空中「ブラタモリ」状態である。たぶんこれは一部の地形マニアにとっては、キラーコンテンツとなるだろう。これは手放しにすごい。


■ 作れる3Dは……

 ここまでのソリューションは、ソフトウェアによって実現されているので、まあ他の3D対応PCでも可能と言えば可能である。本機にしかない機能としては、3Dカメラが付属している点がある。

 これまでこの手のカメラはチャット用に1つ付いているというのがこれまでの常識だったが、これを2つ付けてステレオカメラとした。左右のカメラは実測で4.5cm離れており、国際標準の6cmよりも多少狭い。とは言うものの、おそらく撮影する距離が1m前後なので、このぐらいでも十分3Dに見える。

 対応アプリケーションとしては、付属の「3Dカメラビューワー」がある。これはビューワーといいつつも静止画のスナップショットや動画の撮影が可能となっており、それをメール添付などで送れるようになっている。3Dのビデオメッセージを送る、といった使い方も想定されるが、まあ現実には色々とハードルがありそうだ。


ディスプレイ上部に付けられた3Dカメラ3Dカメラで撮影できる「3Dカメラビューワー」

 まずせっかく3D撮影ができるカメラがありながら、本体に埋め込まれているため、ほとんど自分撮りにしか用途がない。ビデオチャットでもできればまだ使い道があるのだが、ただ写真を撮ることと動画を撮ることしかできないのでは、自ずと用途に限界がある。この部分がガチャッと外れていろいろ撮影できるのであれば、もっといろいろ撮ってみたいという欲求も生まれるのだが。

 またこれらの映像を見るために、特に動画の場合は相手側も同じマシンが必要になるわけで、これまた無理難題である。しかも今この時期にどうしても3Dの撮影がしてみたい! と思っているのは筆者のようないい歳したオッサンしかいないので、必然的に汗だくで必至にパソコンを操作しているオッサン同士で3D動画を撮影して交換しあうという気持ち悪い世界が展開されることになる。筆者は自分の3D画像は送りつけたいが、どこぞのオッサンの3D映像は見たくないし興味もない。まあ、これではソリューションとしてダメだろう。

 そもそも1対1のビデオチャット自体、日本ではあまり積極的に行なわれていない。むしろUtreamのほうがカメラをよく使ってるんじゃないかと思われるぐらいである。やはり自分撮りは、撮ってファイル化するというよりは、生放送としてその場でぱーっとやってしまって終わり、のようなコンテンツに持っていかないと、難しいのではないかという気がする。



■総論

 3Dは、ソフトウェアが映画だけでは盛り上がらない。新しくコンテンツを作るのにも時間がかかるし、2D-3D変換技術は当分の間、主力になるだろうと思われる。これはハイビジョンの時と同じで、制作機材が十分普及するまでは圧倒的にソースが不足するので、SD-HDアップコンバータが大活躍した。

 とは言うものの、放送局がなんでもかんでも3Dに変換して放送するわけではないので、ユーザーが手元で変換するというのが主流になるだろう。コンシューマ向けのいろいろなソフトウェア、あるいはハードウェアが登場することを期待したい。

 本機は地デジチューナが2系統搭載されているが、衛星放送チューナはない。上位モデルには載っているが、これは3D非対応ディスプレイである。3D放送は地上波よりも衛星放送が先行すると思われるので、それを試す意味でも、衛星放送チューナは欲かったところだ。

 ソフトウェアの3D変換は、もうかなり完成の域に近い。あとはどれだけプロファイルが用意できるか、というところである。ただ3Dメガネをかけていると、通常のデスクトップ画面とかメニュー画面が、走査線の片方しか見えないので、文字が途切れ途切れになるという問題がある。Windowsを3D化するというのもそれはそれで面白そうだが、文字表示はメガネをかけた状態でも普通に見えるようドライブするといった工夫があっても良かっただろう。

 クリエイティブという面では、簡単に3D撮影ができるカメラが欲しいところである。そういうパーソナルコンテンツが大量にあってこそ、見る環境もまた生きてくる。“なんでも3D再生機”として、あるいは“3D撮影機器の確認用”として、F553AMは割といい選択ではないかと思う。

(2010年 7月 21日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]