“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第540回:映像+ITイノベーション、Inter BEE 2011開幕

~テレビからネットへ、塗り替えられる業界勢力地図~


■出足好調の初日

 早いもので今年ももうInter BEEの季節である。国内最大の放送機材展が今週金曜日(18日)まで幕張メッセで開幕中だ。今回はこの模様をお伝えする。

 11月16日水曜日が初日であったが、客足も上々でなかなかの混雑ぶりであった。例年だと初日はぼちぼちしか人が来ないものであるが、どうも客層が徐々に変わってきているような感じがする。

 今年の放送・映像業界を振り返ると、3.11の影響は少なからずあったと言わざるを得ない。広告収入の減少、テレビ報道の信頼性低下、代わってネット放送の台頭など、本来は数年かかって起こる変化がいっぺんに起きた感じだ。一方で世界の映像産業は着々と進化を続けており、日本だけが立ち止まるわけにもいかない現状が続いている。

 元々映像産業は、減価償却期間の長い業界である。何かのきっかけでガラリと変わるものではないのだが、ネットの放送が市民権を得たことは間違いない。そこにどれだけいいタイミングで製品投入できるかで、業界地図が塗り変わる可能性も出てきた。

 


 

■ネット放送でガンガン行くローランド

 昨年はネット放送向けオールインワンライブAVミキサー「VR-5」をリリースして、ネット放送のセオリーを大きく変えたローランド。今年は早くも次の製品を投入してきた。

 VR-5はネット中継以外にも、イベントの映像出しや収録と言った用途も視野に入っていたため、本当にネットの放送だけに使おうとすると、ちぐはぐなところがあった。新製品「VR-3」はその不満点を吸い上げ、機能をしぼり込んで価格を大幅に下げた製品だ。

例年映像とオーディオのエリアに向かい合ってブースを設置するローランドネット放送向けAVミキサー「VR-3」

 VR-5との最大の相違点は、オーディオの考え方である。VR-5はAV機器を沢山繋いで切り替えるといった、イベントの映像送出を念頭に置いているため、マイク入力が少なかった。したがって今ネットの放送で中心となっているトークや対談、シンポジウムの中継では、マイク入力が足りないため、別途ミキサーを用意する必要があった。

 VR-3はこの点を見直し、音声の入力を大幅に拡充している。まずマイク入力を4本に増やし、それぞれにパンポット、Hi-LoのEQも付けた。さらにステレオのRCAライン入力を1つ、PCの音声用としてステレオミニジャックでステレオ入力を1つ、さらに本体にステレオマイクを装備し、配信者も陰の声として番組に参加する事もできる。

 オーディオメーカーらしく、リバーブも装備した。「演奏してみた」「歌ってみた」系の配信を行なうときは、やっぱりリバーブがあると全然違う。特定のマイクのみかけることができるので、リバーブ専用のマイクを用意しておくといった使い方も可能だ。

 映像入力は4系統で、アナログコンポジットのみ。そのうち1つはPC用のVGA入力と兼用になっている。ビデオ出力はコンポジットのみで、オーディオはRCAと標準ジャックのステレオ出力だ。もちろんネット配信用に、映像と音声をUSBから出すこともできる。

オーディオ機能が大幅に充実映像入出力は今となっては希少なアナログコンポジットのみ

 モニター用のヘッドホン端子は標準とステレオミニジャックが両方付いている。内部のヘッドホンアンプが別々になっているので、両方にヘッドホンを突っ込むと、とたんに音声レベルが下がるといったことも起こらない。

 映像の操作はVR-5とほとんど同じだ。ただVR-5はPinPした上にテロップを乗せることができたが、VR-3ではこれらの機能が同時には使えず、どちらかの切り替えとなる。

 ローランドのスイッチャーは本体にモニターが付いているところがウリなのだが、今回も小さいながらタッチパネル式のモニターが付いている。入力の4ソースを分割でモニターすることができるほか、プログラムアウトに切り替えて出力映像の確認もできる。

 INPUTとOUTPUTボタンを両方押すと、入力の4分割の映像の真ん中にプログラム出力の映像が5番目のウインドウとして開く。このウィンドウ位置は指で好きな位置に動かす事ができる。

 価格は16万8,000円で、VR-5の40万9,500円からすれば半額以下だ。SDカードへの録画機能や、USB経由の静止画読み込みといった機能はないが、録画は配信サービス上でアーカイブすればいいし、静止画出しはPCを繋いでやればいいので、それほどマイナス要因ではない。オーディオミキサーの充実ぶりを考えれば、VR-5を売ってVR-3に買い換える人が出てきてもおかしくないだろう。

 


 

■やはり注目度が高いキヤノンEOS C300

体験コーナーが賑わうキヤノンブース

 例年Inter BEEでの巨大ブースと言えばソニー、パナソニックと相場が決まっていたものだが、今年はキヤノンのブースがかなり大きくなっている。出展のメインは11月4日に発表されたデジタルシネマ用カメラ「EOS C300」だ。

 これまでフィルムで撮影していた現場に入り込んでいったEOS 5D MarkII。日本ではCMや映画だけでなく、テレビ番組でも使われ始め、写真用レンズと35mmフルサイズセンサーによる被写界深度表現、そして何よりも破格のコストパフォーマンスでまさにカメラの常識を変えたと言っていい。

 しかし、そもそもは写真用のカメラなので、本格的な動画撮影では様々なオプション機器が必要だったり、後処理でなんとかする技術が必要だったりした。


キヤノンの本気カメラと本気レンズ

 キヤノンが新しく推進する「CINEMA EOS SYSMTEM」は、写真用の機材を、不便を承知で動画に使うのではなく、最初から動画を視野に入れた新しいシステムだ。その最初の製品がEOS C300と、EFシネマレンズ群である。

 ブースでは新しいカメラとレンズの描画、そして使い勝手を確認すべく、多くの人が集まった。

 C300の記録方式は、これまで業務用カムコーダXFシリーズで採用していたMPEG-2 50MbpsをベースにしたMXFフォーマットだ。メディアもCFカードと、これも共通である。


約800%のダイナミックレンジを謳うCanon Logガンマ

 ただシネマ用として、新たに「Canon Logガンマ」での記録をサポートした。Logとは対数のことで、ガンマ曲線を対数カーブのようにして記録するやり方のことである。これだと人間の目には正確なコントラストに見えないが、CMOSセンサーの出力特性をあますところなく記録できる。

 一般的なカメラ記録は、センサーからの出力を人間の目の特性に合わせたガンマに変換して記録するので、足りないところは持ち上げ、余ってるデータは捨てている。しかし映画などでは撮影したそのままの映像を使うことはまずなく、必ずカラーグレーディングという色補正の工程を行なう。これにより、雰囲気や気温、湿度といった感じを表現するわけである。

 カラーグレーディングにより徹底的に色やコントラストをいじると、いらないから捨てた部分をまた持ち上げる必要が出るかもしれない。こういう作業をすることが前提の現場では、最初に記録する時に人間の目に合わせることが無駄なのである。

 そこで多くのシネマカメラは、Logガンマで記録するという仕組みを備えているわけだ。ただし各メーカーともセンサー出力の特性がいろいろ違うので、Logガンマも各メーカーごとに違う。キヤノンも独自開発のセンサーに合わせたLogガンマカーブを新たに作った、というわけだ。

 C300本体の記録もこのCanon Logガンマでできるし、HD-SDI出力にもCanon Logガンマで出す事ができる。外部レコーダでもっと低圧縮で記録するということも可能だ。

 キヤノンから本格的なシネマカメラが出たことで、また映画・CMの分野で大騒動が起こりそうだ。特にシネマを意識した本格的なレンズがキヤノンから大量に出るというのも、他社に対して大きなプレッシャーになるだろう。

 


 

■久々のスイッチャー新製品を出すパナソニック

なかなか綺麗なデザインのAV-HS410N

 プロ機におけるパナソニックの立ち位置はすっかりカメラメーカーになってしまっているのだが、久しぶりにスイッチャーの新製品が今年12月に発売される。コンパクトなライブ用スイッチャー「AV-HS410N」だ。

 標準で9入力、オプションボードを追加することで最大13入力に拡張できる。全入力にフレームシンクロナイザーを搭載、アップコンバータ4チャンネル、ビデオプロセス8チャンネルを装備。

 基本的には1M/Eのスイッチャーだが、AUX BUSも4系統あり、AUX1には別途MIXトランジションも使える。M/E列の出力をAUX1に通せば、1.5M/E的な使い方もできそうだ。

 コントロールパネル部に7インチディスプレイを配置し、メニュー操作だけでなく映像のモニタリングも可能にしている。コンパクトスイッチャーのコンパネに映像確認用のモニタを付けたのは「Roland V-1600HD」がその走りだと思われるが、この方向はしばらく続きそうだ。

 モニタのディスプレイが良くできていて、ソースのマルチビュー表示だけでなく、波形モニタやベクタースコープに切り替えることができる。これは他のスイッチャーにはないユニークな機能で、特にプロユースでは重宝されるだろう。

 モニタはタッチスクリーンにはなっていないが、画面下のノブでパラメータを選択し、押し込むと決定というインターフェースになっている。

 パネルの状態を覚えるメモリー機能があり、さらにそのメモリー状態同士をなめらかにトランジションする、いわゆるエフェクトディゾルブも搭載。この手の小型スイッチャーには珍しい機能だ。

静止画ファイルのうちアルファチャンネルが付いているものがリストでわかる

 内部にビデオメモリー領域を2系統持っており、各20秒まで記録できるほか、静止画のフレームストアも2系統装備している。静止画はSDカード経由で持ち込むことができ、アルファチャンネル付きのファイルはちゃんとメニュー画面のリスト表示でわかるという念の入れようだ。

 クロマキーはノンリニア編集システムで定評のあるIMAGICAデジックスの「Primatte」のアルゴリズムをハードウェアで実現しており、オートでもかなり綺麗に抜けるが、細かいパラメータもリアルタイムで調整可能。クロマキー撮影時の確認用としても良さそうだ。

 Ethernet端子も備えており、SDKを使ってプログラムを書けば、スイッチャーから50シリーズのようなリモートカメラの制御も可能。

 価格が税抜き150万円なので、ネットの生放送にはちょっと高いが、テレビ放送用としてはかなり安い。デザインもなかなか綺麗で、現場持ち出し用スイッチャーとしても見栄えがいい。


 


 

■アーカイブどうすんだ話に決着? ソニーの新アーカイブ装置

常時満員のソニーブース

 番組アーカイブは、テレビ局にとって頭の痛い問題である。民放キー局はもうすでにビデオサーバとテープストレージを段階的に組み合わせたシステムを運用しているが、デジタル化が完了した地方局で今後どうするか、なかなか決定版が見えないところである。

 FOR.AのLTO-5を使ったアーカイブシステムもなかなかコストパフォーマンスが高いのだが、やっぱりまだテープなのか、というところに抵抗を感じる部分も少なからずある。

 ソニーが今回参考出品しているのは、新タイプの光学ディスクを使ったアーカイブ装置だ。同種類のディスクを12枚セットで1つのカートリッジに入れて、最大1.5TBの容量にまとめ上げるというシステムである。

 光学ディスクはBlu-rayの技術をベースにした新開発のもので、XD-CAMで使っているプロフェッショナルディスクとも互換性のないものだという。1層から4層までのディスクがあり、どのグレードのディスクを使うかで1カートリッジの容量が変わるということのようだ。


 試作ドライブでは、カートリッジ内のディスクを1枚ずつ取り出してロードする、という動きになっていた。アーカイブインデックスの持たせ方や検索方法などはまだこれからということで、製品として出てくるにはもう少し時間がかかりそうだが、棚管理ができる大容量ディスクとしてはこういう方法も出てきた、ということである。

裸の光ディスク12枚をパッケージ化したカートリッジ参考出展された新ディスクアーカイブ装置のドライブ部

 もう一つソニーで注目の製品は、有機ELパネルを使ったマスターモニターシリーズの新ラインナップ「BVM-F」シリーズである。今年2月にはフラッグシップとなる「BVM-E」シリーズを発表したが、Fシリーズはそれの1ランク下のモデルとなる。

有機ELのマスターモニターも現実的な価格に? BVM-Fシリーズ

 Eシリーズに採用されている有機ELパネルは、視野角を付けたときの色調変化などの基準が非常に厳しく設定されており、まさに選別品しか使われていないために、25インチモデルで241万5千円という高価格であった。

 FシリーズはEシリーズの選別で落ちた物で製品化したもので、視野角を付けたときの特性はEシリーズよりも若干落ちるものの、正面から見たときの映像はほとんど違いがない。それで価格は157万5千円と、100万弱安くなっている。

 ただEシリーズは2Kのモニタリングが可能だが、FシリーズはフルHDまでとなっている。Eシリーズはどちらかと言えばシネマ用途、Fシリーズは放送用途という使い分けになりそうだ。


 



■総論

 Inter BEEもまだ初日なので、小さいところはまだ回りきれていないが、今年は放送に関係ない人が見に来てもかなり面白いものが拾えるイベントとなっている。撮影グッズからネット放送のトンデモシステムまで、映像のワンダーランドと化した感じだ。

 それもやはり、映像機器がコンパクトで安くなり、そしてクオリティも上がったことで様々な可能性が見えてきたということの現われだろう。ハイエンドはフィルムに近づくという宿命があるわけだが、それ以外の映像活用も大きく広がってきている。

 国内メーカーも震災やタイの水害で、製品の製造に影響が出ており、今年は本当に苦しい年であったろう。それでもこれだけのソリューションが出せるわけだから、この底力に敬意を表するとともに、我々も勇気を貰った思いだ。

(2011年 11月 17日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。

[Reported by 小寺信良]