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52年前のアンプも復活!“末永く使う”視点で探るオーディオの魅力。ラックスマン修理現場に潜入

 PCMの96kHz、192kHzや、DSDの2.8、5.6MHzなど、新しいハイレゾファイルに対応するため、頻繁に新製品が登場するUSB DAC。次々と新顔が登場するポータブルヘッドフォンアンプなど、昨今のオーディオ市場は、トレンドの波に乗って、新製品のライフサイクルスピードが昔よりも速くなったと感じている人は多いだろう。

 個人的には、カメラ業界で銀塩からデジタルカメラにシフトした時のスピードアップと似た雰囲気を感じている。デジタルカメラでは、次々と新製品が登場するあまり、奮発して高級モデルを買っても、すぐに陳腐化してしまうのでは? と不安になり、なかなか思い切った買い物ができないという声もあった。最近のオーディオ機器に関しても、もしかしたら、そんな印象を抱いている人がいるかもしれない。

ラックスマンのサービスセンター。真空管プリメイン「SQ38FD」(1970年)がまさに修理されている

 音楽は年齢に関わらず楽しめるものなので、オーディオも腰を据えて、長いスパンでゆったり楽しむ趣味だ。新しいトレンドや技術を取り入れた新製品はもちろん重要だが、それを手持ちの古い機器と組み合わせて好みの音を追求するのが単品コンポの醍醐味であるし、新しいモデルを買わなくても、アクセサリやセッティングなどの使いこなしで不満を解消しようと工夫するのも楽しいものだ。

 最新機種を追うばかりでなく、お金を貯めて、かつて憧れていた名機を入手。修理しながら末永く楽しむというのもまた、オーディオの素敵な楽しみ方の1つと言えるだろう。

 そこで、いつもとは少し趣向を変え、特定の新製品ではなく、“アフターサービス”や“製品を末永く使う”という視点からオーディオ機器を見てみたい。それに携わってきた人が“オーディオ”をどうとらえているのかも気になるところ。お話を伺うのは、ラックスマンの土井和幸社長と、営業部CS課の井村慎課長。土井社長は、サービス部門の出身。そして、井村課長は現在のサービス部門担当。2人のお話からは、老舗のオーディオメーカーならではのこだわりと共に、人生を共に歩む機器としての、オーディオの別の魅力が見えてくる。

アンプの中身が見たくてラックスマンに入社

ラックスマンの土井和幸社長

 先程“老舗のオーディオメーカー”とサラッと書いたが、ラックスマンの前身となる錦水堂ラジオ部の創設は、なんと1925年。日本のラジオ放送がスタートした年だ。ラジオ受信機の研究を重ねて商品化、トランスなどのオーディオパーツも手掛けるようになり、その後、ステレオ・プリメインアンプの代表作「SQ-5A」(1961年)や、木製のキャビネットとアルミ削り出しのフロントパネル、真空管を使ったプリメイン「SQ-38」(1964年)など、アンプをメインに展開。現在ではさらにCDプレーヤー、アナログレコードプレーヤー、そしてUSB DACなどと、様々なオーディオ機器を手がけているのは御存知の通りだ。

 最新のデジタルオーディオも手掛ける一方で、真空管アンプもラインナップし、新製品も精力的に投入しているのが特徴だ。ユニークなのは、真空管アンプの開発をしているのが、開発部ではなく“社長自ら”という点。「昔から機械いじりが大好きで」と笑う土井和幸社長だ。

土井社長(以下敬称略):生まれは北海道で、幼稚園の頃から時計を分解しているような子供でした。オーディオに本格的にのめり込んだのは中学生の頃。雪の多い北海道ですから、夏は陸上部、冬はアマチュア無線クラブに入っていました。そこでオーディオに興味を持ちました。

 もちろん当時はアンプも自作です。スピーカーも良いものは使えませんでしたから、満足のいく音はしませんでしたね。高校生の頃か、電機店にラックスマンのアンプを梱包した緑色の箱がありましてね、その箱に妙に惹かれました。

 良い音がしない自分のアンプと較べ、メーカー製のアンプの中はどうなっているんだろう? 中を見てみたい。そう思って、ラックスマンに入社しようと考えました。面接の時に志望動機を聞かれたので、「アンプの中が見たいんです。(アンプの中が見られる)サービス部門以外には入りません」と答えました。その時、電電公社(日本電信電話公社:現在のNTTグループ)の内定はもらっていたので、強気でしたね(笑)。

−当時、オーディオメーカーに就職希望をする学生は多かったのですか?

土井:当時のラックスマンは倍率高かったんですよ、何十倍という数値で。あ、今でも難しいですよ? (笑) 当時、'70年代はオーディオの全盛期で、就職希望者も沢山いました。当時は趣味と言えば、オーディオ、カメラ、無線が人気でした。

−ラックスマンに入社されて、希望通りサービス部門に配属になったんですね。実際にアンプを開けられる事になったわけですが、開けてみていかがでしたか?

土井:「SQ38FD」や「MQ36」などの真空管アンプですが、中を見ると、配線が単線なんですね。今の製品はみんな太い撚り線ですが、その細い単線を、タコ糸のようなもので縛って固定してあり、全体の配線がスッキリしていて凄く綺麗でした。「ああ、こういう風にやらないと、良い音はしないんだな」と思いましたね。

1970年の「SQ38FD」
1966年の「MQ36」
SQ38FDの内部配線
スイッチ部分

土井:でも、実際のところ、そんなにじっくり見ている暇はありませんでした。「早く修理せんかい!」と怒られてね(笑)。毎日同じモデルを修理しました。わからないところは先輩に聞けば教えてくれましたが、基本的には自分で回路図を見て、自分で修理する。コッソリ先輩の手元を見ながら学んでいきました。

 当時の修理用回路図は、電圧も何も書かれていないんですよ。今のようにコピーではなく、青焼きで、白くなってしまって細部はよく見えませんでした。何ボルトが来ているのかもわからないので、全部自分でテスターで計測して覚えるしかないんです。3年位、毎日修理とオーバーホールをして、回路図を暗記していきました。

 ですから、お客様のところまで出張修理に行っても回路図なんて広げないんです。ある時、そのお宅に、同じ時間に大手家電メーカーさんがテレビの修理に来たんですが、あちらは回路図を広げ、マニュアルを見ながら修理しているんですよ。こちらは何も無くて、はんだゴテとテスターだけ。お客さんに「ラックスさん、修理は大丈夫ですか? ちゃんとできますか?」と心配されてたので、「ラックスの社員は回路図は全部頭に入ってます!」と、大手家電メーカーさんを横目に言い放ちましたよ(笑)。

 当時はカーナビは無く、携帯電話も無いので、修理そのものよりも、お客様の家を見つけるのがまず難題でしたね。何丁目何番地と書いてあって、辿り着いたけれど一方通行で入れずグルグル回ったり。一日に何件も回らなければならないので、素早く修理する必要もありました。

 そういった事もあり、社内で何でも修理できるようにならないと、出張修理には行かせてもらえませんでした。社内では大きな測定器を使って修理をしますが、それを社外に持っていけませんから。ハンダごてとテスターとヘッドフォンだけで直せるようになる必要があったんです。

−まるで包丁一本で渡り歩く職人みたいですね。

土井:そうですね。各モデルの回路図が頭に入っているというのも、もともとオーディオが好きで、気になって自分で調べていくという積み重ねによるものです。ですから、単なるサラリーマン仕事として入った人はまったくダメで、オーディオが好きで入った人でないと、続かない仕事です。ラックスマンにいるのは、皆、趣味でもオーディオを自作するようなマニアばかりですから、そういう人でないと回路図の暗記などはできないと思います。

 土井社長が、現在サービス部門を担当する井村氏に「回路図、頭に入ってるでしょ?」と聞くと、静かに頷く井村氏。今でもラックスマンのサービス部門では“回路図の暗記”が当たり前のようだ。

52年前のアンプも修理可能

−機器によっても異なると思いますが、壊れやすい部分などはある程度決まってくるものでしょうか?

土井:真空管アンプであれば真空管、半導体であれば半導体が壊れます。スイッチも、ボリュームはガリが起きてと、……まあ、時間が経てばどこも壊れますよ(笑)。真空管アンプは真空管そのものが壊れる前に、ソケットが壊れますね。

−沢山修理をこなしていくと、筐体を開ける前からどこが壊れているのか、わかったりするのでしょうか?

土井社長

土井:「たぶんあそこだろうな」というのは、音だけでわかるようになります。電話でお客様に「どんな音が出ていますか?」と聞くんです。その時に、バリバリ、ザーザー、ガリガリと、ノイズの音だけで検討がつくようになりました。多い時で、私は月に100台、修理が速い人は200台くらいこなしていましたからね。

 修理の達人も沢山いましたよ。御存知の通り、真空管は熱いものですが、そのまま素手で引き抜く人もいました(笑)。ガラスの先端を持てばそれほど熱くない、プレートの近くを持つと熱いとかコツがあるようですが、私は素手で抜くのは慣れなかったです(笑)。

 面白い事に、ラックスマンのサービス部門では、指が太い人の方が器用という傾向がありました。細い人の方が器用なイメージがあるでしょう? 逆なんです。機器の中にネジが落ちた時なども、上手くとれるのは太い人なんです。私も指が太い方ですが、真空管を素手で抜く人も、月に200台修理する人も、私の二倍くらい太かったですよ(笑)。

−修理に運び込まれる機器の中で、特に強敵というか、修理が難しかった製品はありますか?

土井:特にこの製品というのは無いですね。あえて言えば、アンプを自作するキットも販売していたので、キットの修理は強敵でしたね。お客様が作ったものを修理するわけですから、そもそもキチンと完成しているのかわからない状態から直さねばなりません。

 ケースを開けたらまず蜘蛛の巣のようなグチャグチャな配線があって(笑)、普通は抵抗パーツの足を短く切ってハンダ付けしますが、切らずに長い足のまま取り付けられていて、しかもハンダ付けではなくボンド付けというのもありました。ケース開けたら基板が全部ボンドで黄色いんですよ。思わず「これ、音出ていましたか!?」って聞いたら、「初めは出ていましたよ」と(笑)。ボンドでも最初は接点が繋がっていますが、だんだん電気が通らなくなるんです。もうこうなると、全部ハンダ付けからやり直し、キットの作り直しですよね。お客様から「もうこのキットはあげます。新しいのを買います」と言われたこともあります。

 お客様の家で印象深かったのは、出張修理に出始めの頃、つい「古いモデルを使うのはやめて、新しいモデルを買った方が良いのでは?」という事を言ったことがありました。そうしたら、押入れに歴代モデルがキチンと仕舞ってあって、「ちゃんと全部持っているよ!」と怒られましてね。それから「新しいのを買ってください」と絶対言わないようになりました。

 新しいモデルが出たら欲しくなるものですが、その時に下取りに出さず、全部買い増していくというお客様が、ラックスマンのユーザーには多かったですね。

 当時のオーディオ機器は、サラリーマンがお金を貯めてやっと買った宝物ですから。そう簡単に売らないんですよ。同じ製品を、1年で3回修理した不運なお客様がいらして、3回分ですから計3週間ほどお預かりする事になり、その間は使えないわけですが、そうしたら修理期間中に「私の青春(音楽が聴けなかった時間)を返してください」と言われた事がありました。その時は「申し訳ございません」としか言えませんでしたね。ですから修理が完了したら、ピカピカにして持って行きましたよ。

 土井社長の話から伝わってくるのは、オーディオに対する想いの強さだ。それは憧れのモデルを買ったユーザーだけの話ではない。それを開発したり、修理するメーカー側の人達ももれなくオーディオマニアであり、だからこそユーザーの気持ちもよく分かる。大切なものだからこそ、例えそれが古いモデルであっても可能な限り修理し、再び音が出せるようにする。ユーザーとメーカーを含めた、オーディオ業界全体の熱意のようなものを感じるエピソードだ。

修理可能なモデルの一覧表

 驚くべきは、こうした修理体制が、オーディオブーム全盛期の昔話ではなく、現在進行形のサービスとして継続されている事だ。

 メーカーや製品ジャンルによっても異なるが、一般的な家電製品の場合、修理用の部品保有期間は8年。それよりも古いモデルの場合、部品を破棄してしまうため、修理が困難になる。だが、ラックスマンで修理可能なラインナップの一覧表を見ると、実にその数600モデル以上。一番古いモデルは管球プリメインの「SQ5B」、発売は1962年(昭和37年)、実に52年前だ。半世紀以上前のモデルであっても、部品がストックされ、修理が可能なのだ。ちなみにSQ5Bの発売当時の価格は35,000円、当時の大卒初任給は18,000円程度だ。

発売は1962年、実に52年前のモデルである「SQ5B」
ラックスマンのサービスルーム。壁にズラッと引き出しが並び、細かなパーツのストックがいつでも取り出せるようになっている。使用頻度の高いものがこの引き出しに入れられているほか、倉庫内は様々なパーツでいっぱいだ
昔のアンプで使われていたスピーカーターミナルのパーツ
真空管のソケットも多数ストックされている。右の写真は、真空管のエージングを進めるマシン。サービス部門で自作したものだという
真空管アンプ用交換部品として新開発されたカップリング用オイルコンデンサ「0.1μF/630V」。より音の良い部品を求めて、パーツ自体を開発してしまう事もある

土井:一部、真空管が既に存在しないモデルは修理できません。他にも、特殊なトランスを使っていたり、CDプレーヤーで、搭載するメカ部の交換パーツが無いという場合も修理は無理です。逆に言えば、主要パーツが無いもの以外であれば、直せます。

1988年のCDプレーヤー「DP-07」も修理に持ち込まれていた。メカ部などの主要パーツがあれば修理可能だ

−古い製品と新しい製品、どちらが修理しやすいのでしょう?

土井:昔の製品の方がシンプルですから、修理はしやすいですね。マイコンが入ってくるものは、それが無くなると修理が難しくなります。また、今の製品はパーツの取り付け1つとっても、トルクレンチで締め付ける強さまでしっかり管理されていますので、昔よりもシビアです。適当に取り付けると音が変わってしまいますので。

−ここまで多数のモデルを修理できる体制を維持するためには、パーツの保持も大変だと思いますが。

土井:製品在庫よりも部品在庫の方が多いですね。倉庫にそれこそ途方も無いほどパーツのストックがあります。それが可能な限り、なんでも直してしまうサービス体制の秘訣です。

井村:部品をどれだけストックしておくかというのも、ノウハウの1つですね。真空管と半導体では故障する率も違いますので、例えば1万台作ったら、部品は何千台分など、サービス独自の係数を使い、モデルの最終生産をする段階で、パーツをまとめて購入しておきます。

 当然ながら、部品を購入し、長期間置いておくにもコストがかかる。ポイントは、そうした長年の修理体制を維持するコストも踏まえて、製品の価格が決められている事だ。さらに土井社長によれば、単に部品を沢山ストックしているだけではなく、製品開発時の部品選びの段階からこだわりがあるという。

土井:ラックスマンの場合は、高価なモデルでも、低価格なモデルでも、しっかりとしたこだわりの部品を使っています。低価格なモデルだから、適当な部品を使うという事はありません。品質が一定の基準以上のものしか使いませんし、すぐに無くなってしまいそうなパーツを使わないというこだわりもあります。真空管1つとっても、変わったパーツはいろいろありますが、恐らく20年後、30年後もあるだろう、市場に残っているだろうというパーツを使うというのも1つのノウハウですね。

 このようにして、半世紀以上前のモデルでも修理できる体制が実現されているわけだが、それゆえの、普通の家電製品では考えられないような事も起きる。

土井:修理が終わっても、お客様が引取にいらっしゃらないので、どうしたのかなと思っていたら、亡くなってしまったというケースもあります。修理済みですが、連絡がつかなくなり、積み上がった製品がかなりの数あります。所有権はもちろんお客様ですので、破棄していただく場合でも、遺族の方とハガキのやりとりをしてという事はありますね。

 また、亡くなったお父さんが押入れなどで眠らせていたアンプを、ネットで型番を検索してみたら、良さそうなものなので、「修理して鳴らしてみたい」という問い合わせもありますね。

 家具や着物などで代々受け継がれていくものはあるが、オーディオ機器もそれと似たところがあるのかもしれない。ただこれも、何十年も前のモデルでも修理できる体制が維持されていなければ、生まれないエピソードでもある。

SQ38の修理風景。木枠はこのように取り外される
修理されたモデルには、リアパネルの隅にシールが貼られる。このモデルは2回修理されたもののようだ
SQ38の内部
プリント基板が使われていない時代のオーディオ機器の内部には、男心にグッとくる独特の魅力がある
完成品ではなく、パーツを販売していた頃のカタログも残っている。初版はなんと大正14年だ

未来のモデルに活かすノウハウ。長く使うための、ピュアオーディオ機器の価格

 古いモデルの修理には、単に製品の再利用という面だけでなく、技術の継承、そして未来のモデルに活かすという側面もあるという。

営業部CS課の井村慎課長

井村:古いモデルを修理する事で、当時の考え方や、工夫などを知る事ができます。何度か修理に持ち込まれたモデルの場合は、“修理の癖”から、「以前はあの人が修理したんだな」という事までわかりますね。

土井:修理の現場では、よく壊れる箇所などのノウハウも蓄積されますので、設計のところに行って「ここはこうした方が良いのでは?」という提案もずいぶんしました。昔はレバースイッチなどからガリ(ノイズ)が出ましたが、そうした経験を踏まえ、今ではスイッチには信号が来ない設計になっています。そういう意味ではサービスマンが設計をやるのがいいかもしれませんね(笑)。

 土井社長の言う“サービスマンが設計をやるのが一番”が、実践される機会が訪れる。2004年に、11年ぶりに開発された真空管セパレートアンプ「CL-88」と「MQ-88」だ。独創的なデザインも話題となったので覚えている人も多いと思うが、開発を担当したのは土井社長。ラックスマンのような規模の会社で、社長自らが製品を手掛けるというのも珍しい話だ。

土井社長が手がけた真空管セパレートアンプ「CL-88」、「MQ-88」
好評を受け、以来真空管アンプはコンスタントに新製品が登場している。最新モデル「LX-32u」は、EL84×8本によるパラレルプッシュプル構成のプリメインアンプ。もちろん土井社長が手がけたモデルだ

土井:当時、ラインナップを増やしていこうと考え、真空管というデバイスがラックスマンの1つのキーなので、再び真空管のオーディオを作ろうという話になりました。しかし、開発部隊は他の開発で忙しく、スケジュールも先まで決まっているので、真空管の製品を挟み込む余地が無い。そこで私が作る事になりました。開発を通さない製品は初めてでした。

 しかし、最終的に販売する前には、開発の部長が試作機の音を聴いて、「これはおかしい」とダメ出しをしてもらいました。その時は社長ではなく、1人の設計エンジニアになって、「どうですかこの試作機は」とやっていました。

−やりにくくは無かったですか? (笑)

土井:私はぜんぜんやりにくくは無かったです。相手はどう思っていたかは知りませんが(笑)。

 おかげさまで好評でして、今後も続けていこうと思っています。私はもうそろそろ卒業して、次は井村にやってもらおうと思っています。さっそく開発にとりかかっていますので、来年にご期待ください。ラックスマンの真空管設計は、開発部門ではなく、サービス部門が引き継いでいきます(笑)。真空管は部品点数が少なく、シンプルな分、逆にノウハウが非常に重要ですから。

 土井社長の話を聞き、サービス部門で実際に修理をしている現場を見て感じるのは、自信を持って作った製品を長く使って欲しいという“姿勢”だ。パソコンやスマートフォン、デジカメなど、デジタル機器が身の回りに溢れる時代だが、50年とはいかないまでも、10年後、修理してまで自分が使い続けている機器がこの中に幾つあるだろうかと見回してみるとやや愕然とする。

 もちろん、処理速度やセキュリティなどの面で、時間が経過すると実用に耐えなくなるデジタル機器と、音楽を再生する機器を同列に語るのは乱暴だが、逆に言えばオーディオという比較的シンプルな機器は、すぐに陳腐化せず、長年愛用する事も可能なものだ。また、長年愛用してもらうためのサポート体制を維持し続けるという事は、“それだけ長い間愛用してもらえる製品を作っているんだ”という自信の現れに他ならない。

 低価格化が進むデジタル機器と比べると、ピュアオーディオ機器には総じて高価なイメージがある。だが、やみくもに高値がついているわけではなく、壊れにくい品質の良いパーツを選び、修理用のパーツを長年大量に保持し、技術ノウハウを継承してユーザーをバックアップする事にも当然大きなコストがかかる。そうしたコストも織り込まれた価格という側面も見逃せない。めまぐるしい時代だからこそ、もしかしたら、自分の子供や、その子供まで使ってくれるかもしれない製品を手に入れるというのも、逆に新鮮で面白い。音の善し悪しやスペックだけでなく、“末永く使えるかどうか”も、オーディオ機器選びで注目したいポイントと言えるだろう。

 (協力:ラックスマン)

(山崎健太郎)