小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第928回
売り切れ御免! 3.6万円のラックスマン真空管アンプキットでラックストーンを楽しむ
2020年2月12日 08:15
瞬殺の真空管アンプ
現代はまさにデジタルオーディオ全盛の時代であり、生まれたときからCDがあったという人も珍しくないわけだが、その一方で、アナログ方式のオーディオに強いこだわりを持つ人も少なくない。それは必ずしも、我々のようなオジサン世代が懐古趣味で、ということではないようだ。
筆者は1963年生まれだが、子供の頃の「ステレオ」は当然のように真空管式だった。アンプもふくめ電子回路にICが広く使われるようになったのは、1970年代に入ってからだったと思う。筆者ぐらいの年齢でも、昔は当たり前だった真空管の音がどうだったかはっきりとは覚えていないし、それが「良いもの」という記憶もない。
あえて真空管で、というアンプはそれからも長く存在したが、高級すぎて一般人には手が届かなかった。真空管の良さを多くの人が知るようになったのは、ELEKITのようなメーカーが頑張って廉価なキットを販売し始めてからではないだろうか。この連載でも、過去ELEKITのアンプキットは何度かご紹介したことがある。
ラックスマンといえば、高級アンプメーカーという印象が強い会社だ。真空管アンプのラインナップも数多い。そのラックスマン製のオリジナル真空管アンプ「LXV-OT7」が付録で付いてくるとして発売されたムックが、ONTOMO MOOK Stereo編「朗音! 真空管アンプの愉悦」であった。2018年12月発売で、15,000円だったが、発売数日で完売となった。
そんなに人気ならばということで、2019年春にムックの付録ではなくオンラインショップで単体発売されたのが、上位モデルにあたる「LXV-OT7 mkII」(35,000円)である。ところがこちらも1週間で完売。2019年7月に追加販売するも、こちらも発売開始8時間で完売した。
そしてもうこれで本当に最後の追加販売が2020年1月15日から開始された。価格は36,000円。ところがこれも1日で完売してしまった。今回は運良く、この最終販売のうちの1台を入手することができた。
そもそもラックスマンの真空管プリメインアンプの新品が3万円台で買えること自体があり得ない話なのだが、音楽之友社とのコラボで生まれたこのアンプ、いったいどんな音がするのだろうか。早速試してみよう。
ほぼ完成品の中身
まずはキットの中身から見ていこう。パーツとしては完成基板が1枚と真空管、シャーシ、ACアダプタのほか、ボリュームツマミやスイッチなどのパーツがコンパクトにまとまっている。
初代LXV-OT7との違いはいくつかあるが、大きなポイントは電解コンデンサがルビコン製からラックスマンのオリジナルコンデンサに変更されたところだろう。ここは音のカラーにかなり影響する部分だ。
ボリュームも16型から27型へ大型化されている。そのほか抵抗も理研のカーボン抵抗に変更されるなど、細かいところでアップグレードしている。とはいえ、基板は組み立て済みでハンダ付けなどが必要ない。
真空管はスロバキアJJの「ECC802S」が付属する。初代は中国製12AU7だった。12AU7(ECC82)は現在でもギターアンプで使われているところから、比較的いろんなメーカーのものが入手しやすい真空管だ。通販などで取り寄せて、差し替えて楽しむのも面白いだろう。
簡単な組み立て
では早速組み立ててみよう。組み立てとは言っても、基板は完成しているので、やることはほとんどはネジ留めである。
まずは底部シャーシに基板を固定する。穴の位置は基板の左右どちらでもはまるのだが、一箇所だけ金属スペーサーの部分がある。そこと基板のアース部分が合うような向きで固定する。
先に背面パネルを仮にネジ留めしておく。シャーシ穴にはネジ溝がなく、ネジによって溝を切っていく「タッピングネジ」だ。結構力がいるので、丈夫なドライバーが必要である。
仮止めした背面パネルとICの間に銅製の放熱板を挟み込んで、ネジ留めする。電子工作っぽい工程はここぐらいである。
次にフロントパネルを仮止めして、スイッチやボリュームノブを取り付ける。
あとは真空管をソケットに差し込んだら、あとは天板を合わせてネジを本締めすればほぼ完成だ。
写真付きの説明書もあるので、組み立て自体は難しくはない。ただ、ネジ留めがかなり硬いので、注意点はそこだけだろう。配線をチェックし、ACアダプタを接続して電源を入れてみると、真空管がオレンジに光る。
これは真空管自体が光っているわけではなく、ソケットの下にライトアップ用のLEDライトが仕込まれているからだ。12AU7(ECC82)はカソードがそれほど光らないタイプの真空管なので、ライトがないとつまらない外観であるのは確かだ。
繊細でツヤのあるラックストーン
では早速聴いてみよう。スピーカーは、2017年に発売されたONTOMO MOOK「これならできる特選スピーカーユニット フォステクス編」に付属していた8cmフルレンジユニットと、同じくフォステックスが販売しているエンクロージャ「P800-E」のセットである。実は部屋の片付けをしていたら、以前購入していた手つかずのスピーカーユニットが出てきたので、早速鳴るように仕上げてみた次第だ。
ラックスマンの特徴は、派手さはないものの、女性ボーカルのつややかさが気持ちの良い「ラックストーン」と呼ばれる独特のサウンドにある。今回はコアーズやフリートウッド・マックなど女性ボーカルを中心に聴いてみた。
低域は控えめながら、芯のあるキックも楽しめる、分離感の良いサウンドだ。女性ボーカルの高域の伸びも素晴らしいが、アルト音域の低めの声も、ゾクッとする表現力がある。
シンバル類の高域は、鋭くエッジが立った感じがなく、ナチュラルだ。アコースティックギターのカッティングなども、実に聴き応えがある。超時間聴いても疲れないという点では、まさしくラックストーンのエッセンスが詰まっていると言える。また音量の大小であまり音の印象が変わらないのは、設計とパーツの組み合わせの良さが出ている部分であろう。
総論
以前から気にはなっていたプリメインアンプだが、非常に入手難なので諦めていたところだった。すかさず手配してくれた編集部GJ! である。
真空管プリメインアンプのキットで、35,000円前後という製品は、探せば他にもないことはない。だが名門ラックスマンの設計・製造となると、普通はこの値段では手に入らない。瞬間蒸発も頷ける。
組み立てキットである必要がどこまであるのか、と言われれば返答に困るところではあるが、それで価格が下がるのであれば十分な理由になるだろう。また自分で組み立てていれば、あとで改造したりする際にもバラす手順がわかっているので、無茶して壊す心配もない。もっとも改造するほど知識がある方なら、無理矢理バラしたりはしないだろうが。
いずれにしても、置き場所に困らない小型真空管アンプというのは、意外にありそうでなかったジャンルではないだろうか。デジタルオーディオ全盛の時代だからこそ、ハイレゾ配信からDAC→真空管アンプと繋いで鳴らす、というのも満足度が高い。出力は3W+3W(8Ω)、5W+5W(4Ω)なのでそれほど大きくないが、再生周波数特性は10Hz~120kHzまである。低域が欲しいなら、間にサブウーファを挟んでもいいだろう。
これで最終ロットということのようだが、このジャンルに市場性があることは確認できたと思う。あとは多くのメーカーがここに参入してくれるのを期待したいところだ。