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USBもOK。新時代SACDプレーヤー「SA-11S3」の裏側

50万のお買い得機。ネットワーク版「NA-11S1」間近

SA-11S3

 PCオーディオの注目度が高まる中、その勢いはハイエンドオーディオにも及んでいる。ディーアンドエムホールディングスのマランツから、7月より発売されているSACDプレーヤー「SA-11S3」も、その1モデルだ。

 マランツより7月から発売されているSACDプレーヤー「SA-11S3」(504,000円)は、SACDプレーヤーのハイエンドとして意欲的な新技術が投入されたピュアオーディオファン注目のモデルであると同時に、USB DAC機能やヘッドフォンアンプも内蔵するなど、オーディオ業界の新しいトレンドも取り入れた見所の多いモデルになっている。

 今回、ディーアンドエムホールディングスCE エンジニアリング設計本部のマランツ音質担当マネージャーである澤田龍一氏に、そのこだわりポイントを伺うと共に、同社試聴室で音質も体験した。



上位機種に搭載予定だった技術がSA-11S3に

SA-11S3

 「SA-11S3」の話をする前に、ここまでの流れを紹介したい。型番に「S3」とあるので一目瞭然だが、2004年の「SA-11S1」、2007年の「SA-11S2」に続く、SA-11シリーズの3代目のモデルとなる。ちなみに、同価格帯のプリメインアンプ「PM-11」も、同じ時期に「PM-11S3」(451,500円)が発売されている。

 そのため、型番だけだと、「SA-11S3」は「SA-11S2」のブラッシュアップモデルに見える。しかし、澤田氏によれば「S1やS2と共通している部分はほとんど無い」という。

澤田氏(以下敬称略):同じところは外装程度です。エンジン(ドライブメカ)、DAC、アナログ回路、デジタルフィルタ、電源など、全部違います。本来ならば「SA-10」などの名前をつけるのが妥当なくらいです。ヨーロッパの方がモデル名継続にこだわったのでS3という型番にしたのですが、中身としては別物に進化しました。

マランツ音質担当マネージャーである澤田龍一氏

 我々の製品開発は、製品のプランが決まり、商品企画が通ってから開発に着手するのではなく、音に関わる部分の研究は、製品計画と関係無く日々行なっています。例えば、パーツサプライヤーから新しく届いた部品をテストしたり、長年考えたアイデアをサプライヤーと共に形にしていったりと、そういう事をしています。

 そうして培った技術を製品に投入して行くのですが、新しい技術やパーツの場合、コストがかかる事が多いので、おのずと高価なモデルから投入していく事になります。それが成功すれば、その技術を量産できるようにして、下のモデルに降ろしていく……という流れですね。

 「SA-11S3」の特徴は、そうした技術やパーツの中で、「SA-7クラスの製品でないとコスト的に入れられないな」、「これを入れるならSA-7の後継だろう」と考えていた技術を投入した事です。

SA-7S1

 澤田氏の言う「SA-7」は、2007年のフラッグシップSACDプレーヤー「SA-7S1」(735,000円/生産完了)だ。504,000円の「SA-11S3」と比べると、ワンランク上のモデルと言える。現在、SA-7に相当する価格帯の製品が無いため、立ち位置としては同じ“フラッグシッププレーヤー”だが、本来はワンランク上のモデルに投入される予定のものが、「SA-11S3」に投入された事になる。それは何故だろうか?

澤田:「SA-7S1」は、発売の翌年になっても強い製品で、1,000台くらいのバックオーダーが入っていました。しかし、デコーダなど、幾つかのキーパーツがパーツメーカーの方で生産終了になってしまい、作れなくなってしまいました。半年ほど、色々な部品を探したり、代替案も模索しましたが、「もう再設計した後継機のSA-7S2を作るしかない」という話になりました。

 しかし、リーマンショックなどの時代の変化があり、そして東日本大震災がありました。宮古に我々の工場があり、幸い直接津波は届いてはいませんが、幾つかの設備が壊れました。また、周囲にあった協力外注も被害を受けました。そこで保管していたSA-7の金型が流されたり、塩に浸かってしまったりして、そこから作り直さなければならなかったのです。

 福島県の白河工場も被害を受け、レギュラーモデルすら継続生産するのが難しい中で、(SA-7S2のような)高額な最上位の新規モデルを作るよりも、SA-11番もモデルチェンジの時期になっていましたので、こちらの更新が先だろうという話になり、SA-7S2に使おうと考えていたものを、全部ではないですが、幾つか入れる事ができたというわけです。



音を追求し、あえて旧型のDACを採用

 SACDプレーヤーである「SA-11S3」の心臓部と言えるのが、ドライブエンジン(ドライブメカ)だ。マランツのSACDプレーヤーにおける、メカ部分の変遷は以下のようになっているという。

【SACDのドライブエンジン】
第1世代第2世代第3世代第4世代第5世代第6世代
シャープ製フィリップス製マランツ製
(ソニー)
D&M製マランツ製
(パイオニア)
D&M製
SA-1
SA-14
SA-12S1SA8260
SA-17S1
SA8400
SA-15S1
SA-13S1
SA-11S1
SA-11S2
SA-7S1
SA8003/4
SA-15S2
SA-13S2
SA-11S3

澤田:2世代目のSA-12S1に搭載しているフィリップス製のエンジンは、初のSACDマルチチャンネル対応のもので、他に対応しているエンジンがありませんでした。3世代目のエンジンは、ソニーのピックアップを使い、マランツがその他の電気回路を設計したもの。第4世代はD&M共通エンジンとして、デノンと我々が開発したものです。SA-11S1やS2ではこれをベースにしたものを使っています。第5世代はパイオニアのピックアップを、そしてSA-11S3ではD&Mのエンジンを使っています。

 現時点では、ソニーが作らなくなってしまったので、SACD専用のエンジンは、ティアック(エソテリック)とD&Mしか残っていないんです。その他ですと、Blu-ray用でSACDが再生できるエンジンを持ってきて、ソフトウェア上で処理してSACDプレーヤーに使うという方法もあります。

――SA-11S3に搭載されたエンジンは、「SA-7S1」用に開発された「SACDM-1」から、「SACDM-2」という名前に変わっていますね。

前モデルSA-11S2に搭載されている「SACDM-1」。もともとはSA-7S1用に開発されたものだ
こちらがSA-11S3に搭載されている「SACDM-2」。見た目は無骨だ

澤田:剛性を高めるため、スチールシャーシとアルミダイキャストトレー、厚さ10mmのアルミブロックベースなどを使っているのが特徴です。

――高級モデルのドライブメカの見た目としては、けっこう“無骨”ですよね

澤田:商品企画の方から、立派なカバーで覆って(ロゴなどをつけて)「SACDM-2を名乗りたい」という要望もあったのですが、SA-11S3の筐体には、あまり大きなカバーは入らないんです。そこに入るようなカバーを色々と試したのですが、その結果、カバーが無い方が一番音が良かったんです(笑)。見た目は無骨になりますが、音を優先して、カバーは無しにしようと決めました。

 もう1つの特徴として、2chのプレーヤーなのですが、マルチチャンネル層を読む事ができます。マルチの音楽は2chにダウンミックスして再生できます。昔の録音をSACD化したものなどに多いのですが、シングル層とマルチ層で入っている曲が違う作品があるので、ダウンミックスした音は正しいのかという話もありますが、マルチ対応のプレーヤーを引っ張りだして来なくても、“とりあえず聴ける”のが便利です。

――読み取った信号をアナログ変換するDACは、バーブラウンの「DSD1792A」ですが、これも興味深いチョイスですね。

上からバーブラウンの「DSD1792A」、デジタルフィルタ「PEC777f3」

澤田:バーブラウンには既に32bit/192kHz対応の「DSD1795」が存在します。しかし、あえて旧式となる24bit/192kHzタイプの「DSD1792A」を使っています。理由は、アナログに変換した後での出力電流値が一番大きいためです。

 DACには電流出力型と電圧出力型があります。原理的には電流出力ですが、そのままでは使えないので、多くのDACは、ICの中に電圧変換するIVを持っています。ただ、ICの中のIVはあまり性能が良くありません。また、音を比べてみると、電流出力型の方が勢いというか、“エナジー”があるんですね。

 DACから電流出力をしても、そのあとのIVをよほど工夫しないと、電流出力の良さを生かせないんですが、逆にそこをキチンとやれば、音は一番リアリティがあるなと感じました。「DSD1792A」を選んだのは、現在存在する電流出力型DACの中で、一番出力電流許容量が大きいからです。テストしてみると、やはり大きい方が、音がアナログで、力強いんです。ただ、パーツの価格は32bitモデルと比べると、24bitモデルの方が3倍するんですが(笑)

――デジタルフィルタも別になっているんですね。

澤田:新規に開発した「PEC777f3」を使っています。先ほどのDACの中にもデジタルフィルタが入っていますが、マランツは昔からオリジナルのアルゴリズムを作っており、今回もモトローラのDSPを使い、独自のアルゴリズムで処理をしています。SA-7S1に使われている「PEC777f2」から変わったところは、SA-7はディスクが再生できれば良いので44.1kHzのみの対応でしたが、SA-11S3はUSB DAC機能があるので、32~192kHzまで対応の幅を広げています。

 フィルタの種類は、プリエコーもアフターエコーも無いシンプルなものと、プリエコーは無いけれど、アフターエコーは残っているものの2つを、リモコン切り替えられます。どちらもスローロールオフタイプです。また、各社がやっているようなデータ補完は一切やっていません。これは、マランツのフィロソフィーですね。

――内部では大きなアナログ回路も目を引きますね。

HDAMをメインに構成された、フルバランスのオーディオ回路を採用している

澤田:ここにDACがあり、先程お話したIVが1段目に、2段目に帯域外フィルタ、3段目が送り出しで、フルディスクリートのHDAM型回路になっています。右と左でバランス構成ですので、4回路が並んでいる格好になっています。

 この部分、ほとんどのメーカーさんはオペアンプを使っています。我々がディスクリートにこだわるのは、回路スピードが全然違うからです。例えばオペアンプは、汎用型でスルーレートが約5V/μsec、高速型でも50V/μsecなどです。しかし、我々のHDAM SA-2ですと、それが200V/μsecとケタ違い。これに意味があるかないかという議論もあるのですが、我々はもともとアンプメーカーですから、こだわっている部分です。



ウルトラロージッタの水晶が音質を大きく向上

澤田:水晶(水晶発振器)も音質向上に大きく寄与しました。近年、マランツも含め、オーディオ業界では水晶の周波数精度を追いかけてきました。しかし、結局のところは機械に入った時点で、データを叩きなおしてしまうので、あまり関係ないんじゃないかとも言われています。そこで、近年注目されているのがジッタ、つまりゆらぎですね。周波数の他の成分、発振周波数が正確に合っているかではなく、それに対して余計な夾雑物が無いかどうか、ゆらぎがないかどうかが音に影響しているのではと考えられています。

 水晶のパーツを手掛けるメーカーさんもそこに注目し、ウルトラロージッタータイプのクリスタルを開発しています。サンプル品をテストしたところ、どれも驚異的にジッタレベルが低かった。SA-7には、標準品よりも2割ロージッタなパーツを使いましたが、SA-11S3に使っているのもは1/10という驚異的なものです。

 開発時、SA-11S2の水晶を載せ替えてテストしたところ、スペックや測定は何も変わらなのに、分解能が大幅に向上して驚きました。各メーカーさんの水晶も試しましたが、どれも凄く良かった。そして、面白い事に少しずつキャラクターが違うんです(笑)。一番マッチした日本電波工業さんのものを採用しました。あまりに良いので、試聴室のリファレンスプレーヤー(SA-7)の水晶も交換したほどです(笑)。

 SA-7のオーナーさんに向けて、クリスタル交換グレードアップキャンペーンなどやりたいところですが、パーツが2mm角くらいで、手で半田付けするのが難しく、保証したままのグレードアップは困難です。水晶がこんなに進化したのは、やはり携帯電話のおかげですね。あれに載せるために、高精度で小型なものが出て来ています。

電源部のトランスにOFC巻き線を採用
ケミコンの端子素材もOFCになっている

 電源部には初の試みとしてトランスにOFC(無酸素銅)の巻線を使っています。リードの引き出しは以前からOFCなのですが、中の巻線もOFCにしたかった。ただ、太さがマチマチで、柔らかいので、巻取り機のテンションを変えながら巻かないと切れてしまう。それを今回トランスメーカーさんがやってくれました。中国製のトロイダルも沢山出てきていますので、こうした難しいパーツをやってくれるのが日本製の特徴ですね。

 コンデンサも新しいものです。アナログ回路用に2個、デジタル用に小さめのが1個ついています。SA-1の時に、エルナーさんと共同開発したものを採用し、それ以降10年間使い続けてきました。その間も、コンデンサメーカーさんと新しいアプローチを試していましたが、なかなか超えられなかった。しかし、近年ニチコンさんがオーディオ用コンデンサに興味を持たれていて、5年かかりくらいで、非常に良い物を作ってくれました。

 中の泊や電解質も特別なものですが、特に大きかったのはコンデンサの足ですね。普通は真鍮に金メッキをかけたもんですが、これはOFCに金メッキをかけています。これが決めてになり、採用に至りました。

 これをアナログ回路用に2個使い、デジタル回路用は従来と同じもので行こうと決めました。しかし、ニチコンさんが「デジタル回路用の小さいものも、同じ仕様で作ってみましょうか?」と言われ、出来上がったものを聴いたところ、それが素晴らしく良くて、慌てて手配していたものを無しにして、エンジニアがクレームを受けたりと大騒ぎでしたが、なんとかギリギリ間に合いました(笑)。

――今回は“銅”が重要みたいですね。

RCA端子も純銅からの削り出しに

澤田:純銅と言えば、RCA端子も純銅のブロックを削って金メッキをかけたものになっています。PM-11S3のスピーカーターミナルも同じですね。

 これは2010年に、B&Wが新しい800 Diamondシリーズを出した時に、ターミナルを従来のWBTから自前のものに変更したんですよね。私はB&Wと仲がいいので、その端子をもらってきて、聴いてみたんですが、良いんですよこれが。

 B&Wに、「パーツサプライヤーの名前を教えて」と言ったんですが、警戒されて断られまして(笑)。それじゃあと、我々が端子をお願いしているベンダーさんに、純銅で作って欲しいと依頼して、今回RCAやスピーカーターミナルに使用しています。

 なぜ巷に銅の端子が無いかというと、柔らかすぎて機械加工しにくいんですね。粘土をむしったような感じになってしまい、叩き上げの社長さんが旋盤を回すと作れるけれど、量産で他の人がやるとできないとか、職人芸で作られているパーツです。

――こうした端子も、銅の方がやはり音質面では良いんでしょうか?

澤田:トランスの巻線もコンデンサの足も、機械加工品は真鍮が多いんです。作りやすいですから。でも、真鍮のスピーカーケーブルって無いですよね? 何故かというと、エッジの立った、キンキンした音になってしまうからです。やはり銅が良いですね。



PC接続時のノイズ流入を回避

――SA-11S3の特徴であるUSB DACとヘッドフォンアンプについても教えてください。

SA-11S3の背面。USB入力も備えている

澤田:基本的なスタンスとして、最高のディスクプレーヤーを作ろうというのが企画の発端です。そのパフォーマンスが第一で、USB DACやヘッドフォンアンプはそれに続く要素です。要望は確かにありますが、音をまとめる私の立場としては、“それらを搭載する事で、いささかも音を害するようであれば搭載しない”と言うつもりでした。しかし、幸いにもそれを回避するやり方が見つかりました。

 一番の問題はノイズですね。PCはオーディオ機器と比べるとノイズジェネレータのようなもので、オーディオ機器と繋いだ瞬間に「勘弁して」という音になってしまいます。そこで、高速フォトカプラ(光を利用して電気信号を伝達する素子)を使い、電気的に絶縁しています。信号のやりとりはしますが、USB部分とは電気的に繋がっていません。これが功を奏して、USB DAC機能を付けた上でも、今までにないパフォーマンスが出せる事が確認できました。

 ヘッドフォンアンプは、これまでのSA-11やSA-7には搭載していませんでした。これは、出力のアナログ信号の先にヘッドフォンアンプがぶら下がる事で、負荷になるためです。

 そこで、SA-11S3では、ぶら下がるところにリレーを入れて、切り離してしまえるようにしました。もう1つの工夫は、バランス出力を生かしたものです。SA-11S3はバランス出力を備えていますが、実際にバランスが使われる事はあまり多くなく、アンバランス(RCA)を使われる方が多いです。

 そうなると、アンバランスを使っている際、バランスのマイナス側がいつも遊んでいる事になります。しかし、設計者に設計させると、プラス側からヘッドフォンアンプに持っていこうとするんです。そこで、「遊んでいるマイナス側を使え」と変更させ、ヘッドフォンアンプは反転型にしちゃったんです。

 こうすることで、アンバランスを使っている限り、ヘッドフォンアンプが繋がっていようが音には関係ないんです。さらに良い事もあります。バランス回路は、左右でまったく関係していないかと言うとそうではなく、クロスフィードバックと言って、プラスとマイナスの回路のそれぞれのフィードバックを、お互い、反対側にかけているんです。まったくリンクしていないわけではないんです。こうしないと、コモンモードノイズのリダクション効果がうまく出て来ないためです。

 そのため、プラス側のアウトプットに負荷がかかる何かの機器が繋がった状態で、マイナス側に何も繋がっていないのは、良くないんです。何10kΩかの、何らかの負荷がぶらさがっている方が、プラスとマイナスでバランスがとれていいんですよ。精神衛生的に回路をリモコンで切り離す事ができますが、繋いだままでも相応の効果が得られるような仕組みです。



音を聴いてみる

 いつも澤田氏が開発を行なっている、マランツの試聴室で音を聴かせていただいた。

マランツの試聴室で聴かせていただいた

 前モデルとなる「SA-11S2」と「SA-11S3」を、SACDやCDで比較すると、最もわかりやすいのが中高域の解像度だ。例えば「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、11S2でもヴォーカルの口の位置が明瞭に描写されるが、11S3では口の中まで見えるような、フォーカスがビシッと定まったような描写になり、リアリティと聴き取れる情報量が増加する。

 情報量が増えたからといって、カリカリな、輪郭を強調したような音にはなっておらず、高域の響きはあくまでナチュラルで、硬質さや、変な付帯音は感じられない。マランツらしい、押し出しの強さ、パワー感がある。「音に太さがあるのに繊細で優雅」という、相反するはずの要素を内包してみせるところに、ハイエンドプレーヤーの実力が垣間見える。

 音場にも変化があり、特に奥行きが深くなる。「Best OF My Love」や「山下達郎/希望という名の光」で比べると、どちらも豊富な中低域が前に張り出してくるが、その背後のヴォーカルが11S3の方が明瞭であり、前後の位置関係、音像の重なりがよりハッキリ感じられる。奥にある音像も立体的で奥行きがあり、部屋の奥の壁が後ろに下がったような感覚だ。

 低域の描写も違う。切り替えた瞬間は、S2の方が張り出しが強く、S3は大人しく感じるのだが、そのまま聴き続けるとむしろ逆だとわかる。S3の方が低域の沈み込みが深く、重心が深い。S2はそこまで下がらないため、張り出した中低域が目立っていたのだ。S3の低域は、深みと共に情報量も豊富で、「Kenny Barron Trio」から「Fragile」を再生すると、ルーファス・リードのベースが「ズゴーン」と地を這うが、弦の描写が細かい。深くて透明度の高い湖を覗きこんでいるような、ある種の“凄み”を感じさせる低域だ。

PCオーディオのお供チェック

 持ち込んだPCで、USBの音(WASAPI接続)も体験してみると印象が変わる。SACD/CDは音楽性豊かな、エネルギー感のある、良い意味で“アナログっぽい”音だったが、USBは非常にスッキリとしたサウンドになる。PCオーディオらしい、むき出しのサウンドだ。

 ただ、24bit/96kHzなどの情報量の多いファイルを再生していくと、データが持つ響きや繊細さがにじみ出てくるため、味わいも深くなっていく。旨みの多いSACD/CDのサウンドを体験した後だと、少し素っ気ない感じもしてしまうが、1台で傾向の違うハイクオリティサウンドが楽しめるプレーヤーと言うこともできるだろう。

 なお、フィルタの違いも体験してみたが、標準のフィルタ1に対して、フィルタ2は響きの豊かさや音の温かさがアップしたような、滑らかで、よりアナログっぽい音になる。好みにもよると思うが、女性ヴォーカルや弦楽器など、響きの豊かさ、芳醇さが欲しい時はフィルタ2の方が良いかなと感じた。

フィルタはリモコンから切り替えられる



ネットワークプレーヤーも開発中

澤田:もし、次のチャンスがあって、「SA-7S2」が作れるとしたら、部品の供給などの問題で、恐らく100万円ではできないと思います。そういう意味では、今回のSA-11S3は、“価値ある50万円”だと思っています。

 大きな問題はエンジン(ドライブメカ)ですね。先ほどお話したように手掛けるメーカーが減っており、例えば現行機種の「SA-13S2」(262,500円)、「SA-15S2」(157,500円)用のドライブは既に購入不可能で、我々が買い置きしている部品が尽きれば終わってしまいます。

――やはり今後はネットワークプレーヤーへという流れでしょうか?

澤田:個人的には、チャンネルが切り替わるように、ディスクプレーヤーからネットワークプレーヤーに切り替わるとは思っていません。ディスクプレーヤーの進化した格好がネットワークプレーヤーだと言う人もいますが、私は“パッケージメディア”か、“ストリーミング”かだと考えています。

 パッケージメディアは、音楽制作者がある規格、約束事の中で作った作品です。しかし、ストリーミングですとデータになってしまいますよね。データですと、サーバーはどうするんだ、伝送は、何で受けるんだと様々でで、受け取り側でいくらでも変わってしまう。データだから何も変わらないという人もいますが、受け方が音が変わるのは皆が知っています。標準が無いんですよね。

 将来のパッケージメディアがディスクなのか、個体メモリになるのかはわかりませんが、“パッケージメディアとデータ”という位置付けはずっと存在すると思います。

 月額で音楽データを好きなだけダウンロードできるというサービスもありますが、音楽評家やマニアの方などとお話すると、「気軽に沢山ダウンロードできるようになって、シンフォニーを最初から最後までキチンと聴かなくなった」、「真ん中のいいところだけを聴いてしまう」という話が多いです。パッケージで買ってくると、嫌でもキチンと聴くじゃないですか(笑)。凄い高級ワインのボトルと、それが蛇口をひねればいくらでも出てくるというのはちょっと違うんじゃないかと思いますね。裾野が大きく拡がり、音楽に触れるチャンスが多くなるのは良い事なのですが、“どこにプレミアムを設けるか?”はややこしいことになっていくように思えます。

既にこの部屋で、NA-11S3の開発が進んでいるという

 ただ、それはそれとして、マランツなりの、ストリーミングオーディオにも結論を出したいと思って、今ネットワークプレーヤーもまさい作っているところです。海外のイベントでは既に予告もしていますが、「NA-11S1」というモデルです。

――型番から考えると、SA-11S3と同じグレードのネットワークプレーヤーでしょうか?

澤田:そうですね。ただ、価格としては少し安くなるかもしれません。SA-11S3の基本的な部分をそのまま使っていますが、エンジンが無いぶん、試作機の段階でSA-11S3を超えている部分もいくつか見えています。いいですよー、このまま完成できれば(笑)。まだ山場は残っていますが、今の予定では来年の2月頃には完成させたいと思っています。これは新しい世界です。

――そちらも今から非常に楽しみです。本日はありがとうございました。

(山崎健太郎)