トピック

PC/ネットワークオーディオ新時代? 「NA-11S1」の裏側

PCからのノイズを徹底的にカット。戦略価格の狙い

NA-11S1

 マランツが2月下旬から発売を開始した「NA-11S1」(346,500円)は、DLNA対応のネットワークプレーヤーとUSB DAC機能を搭載した、デジタルプレーヤーのフラッグシップモデルだ。

 名前や外観だけを見ると、以前インタビュー記事をお届けした、USB DAC搭載SACDプレーヤー最上位「SA-11S3」(504,000円)から、ディスクドライブを外し、ネットワーク再生機能を追加したモデルに見える。だが、その中身は、PCオーディオやネットワークプレーヤーの究極を目指し、“ここまでやるか”と言いたくなるこだわりを徹底したモデルになっている。

 1月に行なわれた製品発表会で、短時間試聴したが、それだけでもUSB DAC/ネットワークプレーヤーの新しい時代の到来を予感させる実力が感じられた。

 その中身はどうなっているのか? これまでのUSB DAC/ネットワークプレーヤーと何が違うのか? SA-11S3の時にも詳細を教えてくれた、マランツ音質担当マネージャー 澤田龍一氏に今回も話を伺った(以下敬称略)。

60周年記念モデルをUSB DAC/ネットワークプレーヤーにした意味

 まずはおさらいも兼ねて、概要を振り返ろう。NA-11S1は、'53年に創業した同社の60周年記念モデルと位置付けられ、「USB DAC/ネットワークオーディオプレーヤーの決定版」をテーマに開発されている。

 ちなみにマランツは、創業から約30年となる'80年代初頭(当時はPhilips傘下)、CDプレーヤーの開発にいち早く取り組み、2010年にはUSB DAC/ネットワークプレーヤーのハイファイ専用機「NA7004」を発売するなど、デジタルオーディオに積極的。「創業60周年となる2013年に、デジタルデータ・オーディオのフラッグシップモデルを発売できるのは、マランツらしいチャレンジ精神の象徴だと考えている」(ディーアンドエムホールディングス 国内営業本部 国内マーケティンググループ 髙山健一マネージャー)という。なお、記念モデルではあるが、台数限定ではない。

NA-11S1
背面

 ネットワークプレーヤー機能はDLNA 1.5に準拠し、フォーマットはMP3/WMA/AAC/WAV/FLAC/ALAC(Apple Lossless Audio Codec)に対応。WAVとFLACは24bit/192kHzまでの再生をサポートする。

 USB DAC機能はDSDの再生にも対応。ASIOドライバによるネイティブ再生と、DoP(DSD Audio over PCM Frames)をサポート。サポートされるのは2.8MHzまでのファイルだが、実際には5.6MHzのDSDも再生できる(詳細は後述)。もちろんUSB DACでもPCMの24bit/192kHzまでをサポート済み……と、最近のUSB DAC/ネットワークプレーヤーとしては不足の無いスペックを備えている。また、同軸/光デジタル入力も備えているので、単体DACとしても利用可能だ。アナログ出力はアンバランス/バランス、ヘッドホン出力も備えている。

 では、同じようなスペックを持つ他の製品と中身も同じなのかと言うと、中身は非常にユニークな製品となっている。

 マランツでハイエンド機器をはじめ、様々な製品の音質比較・検討を行なっている澤田氏は、「こんなこと言って良いのかわかりませんが」と前置きしつつ、これまで聴いてきたUSB DACやネットワークプレーヤーの音質について、「本当の意味で満足した事は無かった」という。

マランツ音質担当マネージャー 澤田龍一氏

澤田氏(以下敬称略):もちろんPCオーディオ等の“ハイレゾの良さ”は感じられます。例えば、CDのカッチリとした輪郭のある音と異なり、ハイレゾは輪郭がスッと柔らかく、空間表現も巧み……などの利点ですね。それはわかるのですが、違和感を感じる部分もありました。具体的には、表現が平板で、抑揚が少なく、SACDなどと比べると肌触りが違う……そのような違和感を多かれ少なかれ、今まで感じてきました。

――その原因はどこにあるのでしょうか?

澤田:いろいろ考えたのですが、プレーヤーの電源周りだとか、DACだとか、アナログ回路とか、そういった基本的なところに問題があるとは思えませんでした。にも関わらず違和感を感じるのは、接続相手、つまりPCであったり、NASやルータの影響だと考えました。

 我々はこれまでのオーディオ機器の開発で、ノイズ源になるものを、電気的なノイズだけでなく、機械的なノイズも含め、再生音に加わってほしくない要素を注意深く取り除いて開発をしてきました。そういうハイエンドの感覚からすると、PCやルータが持つノイズレベルというのは、三桁くらい上なんですよ。“多少多い”というレベルではなく、オーディオ機器からすれば“冗談ではない”と言いたくなるレベルです。問題はやはりそこにあるのではと、以前から思っていました。

 そこで今回、NA-11S1というUSB DAC/ネットワークプレーヤーのハイエンドモデルを開発するにあたり、コストをかけて、“根本的な解決”にアプローチできるグレードのモデルですので、今まで暖めてきたアイデアを試してみる事にしました。そのアイデアは、“ノイズの徹底的なエリミネート(除去)とフィルタリング”です。その結果、やはり“予想は正しかった”という事です。

音に悪いものは、全て切り離す

 澤田氏の言う通り、PCはノイズのカタマリだ。それゆえ、接続するPCオーディオ機器では、PCから流入してくるノイズへの対策は、多くの機器で行なわれている。だがNA-11S1の場合、その“徹底具合”が凄い。

 NA-11S1は、大きくわけて3つのデジタル入力を設けている。1つはPCとUSB接続するUSB-B、ネットワーク再生用のEthernet入力、CDプレーヤーなどのオーディオ機器と接続する同軸/光デジタル入力だ。

Ethernetの接続端子。内部で絶縁されている

 同軸/光デジタル入力は、接続相手がオーディオ機器が多いため、PCを相手にしたような特別なノイズ対策をする必要は無い。AV機器等の比較的ノイズの多いものが相手の場合は光接続にすれば良い。そしてネットワークも、接続先がPCではないため「思いもよらない動きをして想定外のノイズが来るような事はない」(澤田氏)という。

 さらに澤田氏は、自ら分解したEthernetの接続端子の内部を見せてくれた。よく見ると、内部にコイルが2つ搭載されているのがわかる。これにより、端子部分で1次と2次が絶縁(アイソレート)されており、PCとのUSB接続と比べてノイズは低いそうだ。「USB DACと比べ、ネットワークオーディオの方が音が良いという話の1つの理由は、これだと思います」(澤田氏)。

 残る問題はUSB DAC用のUSB B端子だ。ここもEthernet端子のように、一番手っ取り早いのは、USB Bのラインを丸ごと絶縁してしまう事だが、USBの場合、例えばUSB Audio Class 2.0のHi-Speedモードでは480Mbpsもの高速転送となり、「それを通すことができるほど高速なアイソレータは存在しない」(澤田氏)という。

 そこでNA-11S1では、USB Bから入力された信号をレシーバICで受けた後、そこから出て来るデータライン、コントロール信号、クロックなどの合計18回路の、NA-11S1のメイン基板に繋がる部分を全て絶縁。直流的に繋がらないようにしてしまったという。

 そのために使われたのが、医用機器などに使われる高速なアナログデバイセズのデジタルアイソレータ。伝送スピードの違い等で様々な種類があるそうだが、それを信号ラインの性格に合わせて最適に配置。最終的に8個のアイソレータを使い、18回路を絶縁した。

NA-11S1の内部
中央左にあるのがUSB Bから信号を受けたレシーバIC。その下に5個並んでいる黒いものがデジタルアイソレータだ

 これだけでは終わらない。なんとPCからのアースも同様に切ってしまっている。つまり、USB Bと接続したレシーバICの基板は、NA-11S1本体の基板とアースまで繋がっていないのだ。だが、「アース的に浮いた状態にしておくと、静電試験をした時などに壊れてしまう」(澤田氏)という。そこで、USB Bのレシーバー回路は、USB B端子に何も接続していない時は、NA11-S1本体にアースを落としている。しかし、PCの接続を検知すると、それを切り離し、USB Bレシーバー回路のアースはPC側に繋ぐようになっている。

 まとめると、PCと接続している時には、USB Bの入力インターフェイス部は、信号ラインとアースの両方が、NA-11S1のメイン基板やシャーシと完全に分離している。これにより、PCからのノイズの回り込みだけでなく、グラウンド電位の変動までを排除。さらに、DSPやUSBコントローラICそれぞれの電源ラインにも、デカップリングコンデンサを挿入するという対策の徹底ぶりだ。

 簡単に言えば「音質に悪影響のあるものとは、とにかく全部切り離してしまおう」という考えを、ある意味“力技”で実現したと言える。理屈は単純だが、実際にやるのは大変で、レシーバICの近くに、デジタルアイソレータがズラリと並ぶという、壮観な基板となっている。

 その結果、音はどうなるのか?

 「世界が変わりました」と澤田氏は笑う。

部分的にはSA-11S3のグレードを超えるパーツも投入

 デジタルアイソレータで絶縁した後に続く処理にもこだわりがある。データはデジタルオーディオインターフェースレシーバ(DIR)へと入っていくが、その性能も追求したという。

澤田:DIRにおいて、PLLで音声データの叩きなおしをしているので、そこでジッタレベルが変わります。そのため、DIRの性能がジッタレベルに効いてくるのです。NA-11S1では、非常に優秀なDIRを使っていまして、実はSA-11S3のDIRよりグレードが上なんです(笑)。SA-11S3もUSB DACを備えていますが、基本はディスクプレーヤーです。NA-11S1の場合は外部入力が全てですので、そこで性能が決まるのであれば、一番性能の良いパーツを使おうと考えました。

 DIRから、データはデジタルフィルタを通り、DACに入っていくわけだが、このあたりで使われているパーツについてはSA-11S3のインタビュー記事を参照して欲しい。簡単に振り返ると、ウルトラロージッタータイプの水晶(水晶発振器)を採用。DACは音質にこだわり、あえて最新ではない電流出力型のバーブラウン「DSD1792A」を採用している。

 だが、SA-11S3と大きく違う部分もある。それはクロックだ。SA-11S3は33MHzのクロックを搭載し、そこから44.1kHzと48kHz系列、両方のクロックを作り出している。ディスクプレーヤーであるため、どちらかと言えば44.1kHz系列に有利なクロックだ。

 しかし、再生する音楽ファイルの種類が多様なNA-11S1では、44.1kHz系と48kHz系のどちらも重要であるため、それぞれに個別のクロックとして、24.576MHzと、22.5792MHzのクロックを搭載している。SA-11S3よりも低価格なNA-11S1だが、このようにリッチな構成になっている部分もあるわけだ。USB B入力だけでなく、ほとんどSA-11S3とは“別物”と考えた方が良いだろう。

――そういえば、DSDの再生において、製品スペックとしては2.8MHzまでの対応となっていますが、5.6MHzのデータも、再生できるとお伺いしましたが。

5.6MHzのDSDを再生しているところ。サポートはしていないので“2.8MHz以上”という表示になっている

澤田:先ほど申し上げたように、搭載しているDACが最新のものというわけではなく、音にこだわってチョイスしたため、このDACが作られた時に、5.6MHzのDSDファイルなど、音源として無かったんです。ですので、デバイスメーカー側が、正式にサポートしていないため、2.8MHzまでのサポートとなっています。ただ、5.6MHzのデータも、今まで再生できなかったファイルというのはありませんね。

――なるほど、正式にサポートはしていないけれど、再生できるので、5.6MHzのDSDを再生すると、“2.8MHz以上”という表示になるんですね(笑)。

 DSDの再生と言うと、foobar2000など、再生ソフトによっては、設定が難しくてユーザーがチャレンジしにくいという面もあります。例えば、マランツ純正のプレーヤーソフトなどを用意する予定などはありますか?

髙山:現時点で具体的な計画があるわけではありません。しかし、仰るとおり、音の良いフリーの再生ソフトなどもありますが、特にDSDなどの再生設定は難しい部分もありますので、そのあたりを解消できるような、再生ソフトも前向きに検討したいと考えています。

再生時には使わないスイッチング電源

 DAC以降のアナログステージは、SA-11S3と同じフルバランス・ディファレンシャル構成の回路を採用。独自の高速アンプモジュールのHDAMと、HDAM-SA2を使い、全てをディスクリート回路で構成している。バランス出力のHOTとCOLDを音質劣化無しに反転させるデジタル位相反転機能も備えている。

NA-11S1のアナログステージ

 このあたりの特徴も、以前のインタビューを参照していただきたいが、澤田氏によれば、このアナログステージにもNA-11S1ならではの工夫が施されているという。

澤田:SA-11S3の場合は、SACD/CDをハイレベルに再生するため、それに合わせたアナログ回路設定になっています。SA-11S3全体のノイズフロアは低いので、それに合わせて、できるだけシャープで、音の丸め込みをしない、スキっと音が出せるパーツを選定しました。例えば金属皮膜系のハイスピードローノイズ抵抗や、積層マイカなどです。

 NA-11S1は、ノイズフロアを自分で管理しにくい相手と接続するモデルですので、そのあたりは柔らかいガードに変更しました。具体的には、要所の抵抗を変更したり、積層マイカを音質対策用のフィルムコンデンサに変更するなどです。私のフィーリングでは、“聴きやすいサウンド”になっています。

 もう1つは、ハイレゾの高密度なデータを再生する際の工夫です。サンプリング周波数が上がっていくと、理屈の上では周波数レンジが伸びていくわけですが、私の聴感的には“密度が上がっていく”と感じています。音像型になるという意味ではなく、“空間表現が確かになっていく”というイメージです。

 NA-11S1では、そこをサポートしたいと考えました。HDAM回路はSA-11S3と同じですが、通常、他の製品では±12Vで動かすこの回路を、回路を動かせる最高値である±15Vで動作させています。これも高密度データの再生において、音の勢いを出すためです。

――電源トランスもSA-11S3と違うようですね。

澤田:SA-11S3をベースにしていますが、コアサイズをアップさせ、「SA-7S1」(73万5,000円)並になっています。実は、SACD/CDドライブメカが無いにも関わらず、デジタル系が非常にヘビーデューティーなので、消費電力もSA-11S3より上なんです(笑)。

――確かに……。SA-11S3は45Wですが、NA-11S1は50Wで、5W高いですね。

澤田:トランスが大きい理由はもう1つあります。実はスイッチング電源も搭載しているんです。何のためかと言うと、ネットワークスタンバイ機能のためなんです(機器の電源をOFFにしていても、DLNAのネットワーク接続を維持して電源ON時に素早くNASなどにアクセスする機能。約5秒でアクセスできるという)。

 通常のレギュレータから、ネットワーク機能の電源もとると、待機時の消費電力が高くなり過ぎてしまい、省電力基準に収まらなくなってしまいます。そこで、スタンバイ時には効率のいいスイッチング電源を使ってネットワーク接続を維持して、本体の電源が入ると、スイッチング電源を停止し、アナログ電源に切り替わるようになっています。この結果、待機時消費電力は0.4W(通常スタンバイ)、3W(ネットワークスタンバイ)になっています。

――つまり、素早く接続できる利便性を高めるためだけに、スイッチング電源を搭載しているというわけですね。音楽を聴く時は使わないのに……。

澤田:最初に設計した時は、スイッチング電源でネットワークオーディオ機能の電源もまかなっていたのです。しかし、音を聴いてみると、霞がかかってしまって。(スイッチング電源を)止めると、霞の向こうが見えるんですよ(笑)。

電源トランス
トランスの手前に見えるのがスイッチング電源部分

音はどのように変わるのか

 こうした特徴を簡単にまとめると、「PCオーディオ/ネットワークオーディオの音質面での悪い要素を、とにかく全部排除したプレーヤー」と言えるだろう。澤田氏も、「現時点で考えうる対策を、全てやってみたかった」と、振り返る。

澤田氏

澤田:一度、PCレベルのノイズから開放したら、違ったものが見えてくるのではないかと思っていました。ハイスピードな伝送に対処するためには、ここまで大掛かりな事をしなければなりませんでしたが、やってみた価値はあったと思います。

――澤田さんが聴かれてみて、SACDなどのディスクプレーヤーと、USB DAC/ネットワークオーディオの音の違いは、どんなところにあると思われますか?

澤田:“揺らぎが無い”ところですね。ディスクも、決して音楽に合わせて音が揺らいでいるわけではないのですが、定位の安定感が、USB DAC/ネットワークオーディオではビシッと定位し、いささかも揺らぎがない。ディスクオーディオの場合、微妙な揺らぎが感じられるのです。でも、それがアナログライクで、心地良い面でもあるのですが(笑)。

 また、この揺らぎが、音楽の表現に奥行きを出しているように思います。画像でもそうだと思いますが、動いているから前後感がわかるというのがありますよね。真正面から見ると平面的だけれど、オフセットで見ると奥行きがわかる……それと似ていると思います。

 ファイルベースのデジタルオーディオの場合、揺らぎが無いのですが、(NA-11S1のように)ノイズをエリミネートしない状態では、音が平板に聴こえてしまう。良く言うとソリッド、悪く言うとスタティック(静的)。ダイナミクスが無く、変化に乏しい。しかし、NA-11S1では、ソリッドな所はそのままに、揺らいでいないのに立体感が得られ、奥が見える。“新しい世界”ですね。

――NA-11S1の場合、デジタルオーディオにも、USB DACとネットワークオーディオの2種類がありますが、音質的にはどちらの方が有利なのでしょう?

澤田:クオリティ的には同等ですね。ただし、レシーバが、USB BにはTIの最新のものを、Ethernetは従来からあるBridgeCoのレシーバを使っているので、デバイスのキャラクターの違いは若干あると思います。

実際に聴いてみる

 ではその実力を体験してみよう。いつも澤田氏が開発を行なっている、マランツの試聴室で音を聴かせていただいた。

マランツの試聴室で実際に音を聴いてみた
まずはUSB DACのサウンドをチェック

 まず、USB DACの音を聴くため、AudirvanaをインストールしたMacBook Airと接続した。

 2月に恵比寿のショールームで行なわれた製品発表時に一度聴いているが、その時に強く感じたのは「音場の広がりが、よくわからなくなるほど広い」という印象。今回の試聴でもそれは同じだ。通常のオーディオ機器では“ここまで音が広がっている”という境界線と言うか、透明な壁を感じ、その位置で音場が広い、狭いと言っているのだが、NA-11S1の場合、そうした制約や壁が一切感じられず、どこまでも広がるソースの音と、試聴室の空間が融け合う。そのため、どこまでが音場なのかもはやわからなくなり、試聴室全体がサウンドステージになったような感覚だ。

 「Eagles/Hotel California」(24bit/192kHz、FLAC)を聴きながら、最初は音場に意識を奪われていたが、落ち着いてくると、アコースティック・ギターやパーカッションの音色が、実に表情豊かで、弦の響きもしなやかに描かれているのがわかる。非常にアナログライクな質感だ。WAVやFLACファイルを再生しても、DSDファイルを聴いているような“しっとり感”があると言えば伝わるだろうか。

 5.6MHzのDSDファイルで、「モーツァルト:MOZART Violin Concerto no. 4 in D major KV 218 - Allegro」を聴いても、ストリングスの表現が瑞々しく、USB DACにありがちなカリカリに音のエッジを立たせたり、カサついた描写になるようなことは一切ない。

 では解像度が低くてナローな音かと言われると、そうではなく、しなやかな描写でありながら、オーケストラの楽器の定位、Eaglesのギターの動きは明瞭。「Suara/雪の魔法」(24bit/96kHz/WAV)のヴォーカルの定位や、口の開閉描写の細かさなどは眼を見張るものがある。しなやかさと、クッキリ感、従来であれば相反する2つの要素が、自然に両立できているのに驚かされる。

 NASからのネットワーク再生に切り替えても、大枠で印象は変わらない。だが、細かく聴き比べると、若干ネットワーク再生の方が描写がナローと言うほどではないのだが、ややソフトで、音場も若干縮まる印象がある。好みのレベルだが、個人的には、ハイレゾファイルの情報量や質感を前のめりで楽しむには、USB DACのサウンドの方がハッキリしていて好みだ。ネットワーク再生は、夜寝る前などにまったり聴く時に良さそうだ。

 いずれにせよ、PCオーディオやネットワークオーディオが、また1つ新しいステージに上がったと感じさせるサウンドと言えるだろう。

ネットワーク再生時は、タブレットにインストールしたアプリ「Marantz Remote App」から制御や楽曲選択を行なう。楽曲選択UIの動きはスムーズでストレスは無い
ジャケット表示に対応したデータは、アプリにジャケットも表示される

まとめ

 NA-11S1の価格は346,500円と、決して安価ではない。だが、SACDプレーヤーのフラッグシップ「SA-11S3」が504,000円であり、USB DAC/ネットワークプレーヤーのフラッグシップとして、それと肩を並べる存在である事を考えると、346,500円という価格は、かなり戦略的なものと言える。

 さらに、“ここまでやるか”と言いたくなるほどのノイズ対策や、各パーツのこだわりなどを聞いた後では、むしろお買い得なモデルにも思えてくるから不思議だ。実際、澤田氏も「本来ならば50万くらいしてもおかしくない」と笑う。逆に言えば、この価格設定が、60周年記念モデルとして、同社がこの製品にかける意気込みや、新しいデジタルファイルプレーヤー時代の「マランツの音はこれだ」という同社の“自信の表れ”と見ることもできるだろう。

 一人のユーザーとしては、いつか、もう少し下のモデルでもこの音を……と、今後のモデルにも期待したいところだが、あのズラリと並んだデジタルアイソレータ群を見ると「これはそう簡単にコストダウンするのは難しそう」と感じてしまう。そうつぶやいたところ、「でも、これ聴いちゃったら……ねぇ?」と、澤田氏が意味深な一言も。NA-11S1は、それに続くモデルにも期待を抱かせてくれるフラッグシップと言えそうだ。

(協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

(山崎健太郎)