小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

「残らない文化」の大切さ

実は、数年前から後悔していることがある。過去に録画したテレビ番組から、CMをカットしていたことだ。

「ああそうそう、私も最近そう思う」

そんな人に、このところ立て続けに会うことがあった。やっぱりそうなのか、という気持ちだ。

過去に我々は「テレビにおけるCMは無駄で邪魔なものであり、アーカイブして残す映画やドラマ、アニメは、パッケージソフトのごとく、夾雑物のない状態にすべきだ」と思っていた。しかし今になって思えば、それはちょっともったいなかった。CMというその当時の風俗を描いた情報は、わざわざそれだけを残す人は少ない。録画としてアーカイブの中に残っていれば、それはそれで大切な思い出になったはずなのだ。

デジタル録画以降、不要ならば消さずにスキップすればいい……という技術的要因の影響はある。だが、こういう気持ちになったのは、自分が年齢を重ねたせいかもしれない。YouTubeやニコニコ動画などで「昔のテレビCM」を見た時の楽しさ・なつかしさという感情が、あきらかに昔より増している。

CMカットをすべきだったかはともかく、世の中には「残らない文化」がたくさんある。歴史上の資料や映像を見ても、「残す余裕があった人々」のものが中心になっている。個人の生活などは、たまたま残っていた貴重な資料に基づくものが少なくない。

現代を見回しても、「これは残らないだろう」というものは非常に多い。アニメやコミックなど、ポップカルチャーの素材は散逸が激しい。ドラマなども「ヒット作」は顧みられるが、そうでないものは消えていく。テレビCMはアーカイブされない。ゲームは「ハードウエア」の寿命で、完全動作するのが難しいものが出始めている。

本やレコードのようなものと異なり、初期のコンピュータ・ソフトウエアはハードと一体でしか残せないのだが、コンデンサーや基板の経年劣化により、1980年代あたりの機器はかなり動作が怪しい状態である。あんなに街中にあった「ゲームセンターのゲーム」も、元のまま実働状態にあるものは数少ない。必死にメンテナンスしている人々がいるゲームセンターや、保存活動に従事する個人がいて、ようやく残っているような状態である。

現在の「ネットワークサービス」はもっと残せない。1980年代から90年代の「掲示板」の雰囲気を再検証するのは難しい。それどころか、2000年代前後の「2ちゃんねる全盛期」ですら、失われつつある。ネットワークゲームは日々アップデートするので「初期の形」は記憶とアップデートログの中にしかない。閉鎖的だった頃のmixiの文化を正確に描ける人は、どれだけいるだろうか?

すべてを残すのはそもそも不可能だ。だが、未来の人々のために、我々がどんな生活をしていたかを残したい、というのは誰もが感じていることのはずだ。

そのためにやらなくてはいけないことはいくつもある。DRMの閉鎖性の解決はその最たるものだし、ソフトウエアとして残せないもの(ゲームの動作など)は映像で残すことも考えなくていけない。物理物については、文化財として残すことを公的に補助する動きも必要だ。権利者が見つからないコンテンツの扱いは、ようやく文化庁で裁定制度が定められたところだが、それも「ビジネスにするための方法論」というレベルである。

NPOとしての活動だが、庵野秀明監督を初めとした有志は、「特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)」という団体を立ち上げ、散逸するアニメや特撮の中間制作物や資料を残す活動を始めている。ゲームやコンピュータソフトウエアについても、似たものが必要ではないか、と筆者は思う。

・特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)

人によって残したいと思う文化は違うだろう。アニメやゲームが嫌いな人には、こうしたことはまったく興味がない。残そうと思ってないかも知れない。だが同時に、アニメファンでも現代アートに興味がなければ、現代アートに対する公的な支援には興味が持てないはずだ。

こうした話はあくまで鏡合わせの存在で、本来「どんな内容であるか」に関係しないはずだ。多くの人々が愛したもの、残すべき質を備えたものは未来に残るべきだ、ということに変わりはない。

過去のものをビジネスにすると同時に、その仕組みを使って「過去のもの、いまのものを残す」ことはできないだろうか。

大量のコンテンツを消費し、その消費方法を伝える仕事をしているだけに、そこが気になってしょうがない。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年5月11日 Vol.172 <追いついて来る現実号>

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01 論壇【小寺】
「Oculus Go」に思うコンテンツの未来
02 余談【西田】
「残らない文化」の大切さ
03 対談【小寺】
フリーライターコヤマタカヒロさんに聞く、「正しい病の倒れ方」(5)
04 過去記事【小寺】
4K放送は録画禁止も検討!? すれ違う思惑
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41