2019年2月5日 07:50
海外に行くと、必ず家電量販店に行く。過去には、買いたいものがあったり、そこが好きだったりするから、という部分があった。でも、今は違うような気がしている。そこから「その国の生活や市場」が見えるからだ。毎回美術館でなく家電量販店に行くことを暗に揶揄されたこともあるが、行かなければわからないことも多い。そして私は、そこでの知見を求められる仕事に就いている。
というわけで、1月のCESの際にも、ラスベガス近郊の家電量販店に行ってみた。といっても、すでにアメリカ市場では、家電量販店そのものが青息吐息で、店舗数も激減している。「唯一生き残った大手」とも言われるBestBuyを訪れた。
「アメリカの家電店には日本製品の存在感がない。日本企業凋落の証拠だ」
こんな風に言われることがある。まあ、たしかにそういう部分があるのは事実なのだが、この話、アメリカの家電量販店の現状とビジネスのあり方、日本の家電メーカーの状況を知らないと、ちょっとズレた話になってしまう。
まず「白物家電」の扱い。冷蔵庫や洗濯機、掃除機といった白物家電について、日本メーカーは過去より、海外ではあまり積極的なビジネスをしていない。特にアメリカ市場では、この10年、日本メーカーの存在感はそもそもない。国によって、文化によって必要とされる機能やデザインが違うので、日本のものを持って行ってもしょうがないからだ。だからアメリカの量販店にあるのは、アメリカ市場にも参入している中国・韓国メーカーの製品だけになる。このジャンルについては「過去から日本メーカーがアメリカで元気だったことはない」というのが正しい。
テレビについても、日本メーカーの製品はあまり置かれなくなっている。たしかにこちらは、15年前なら、日本メーカーが非常に強かった世界だ。今は、BestBuyの場合、ソニーの存在感があるくらいだろうか。あとはサムスン・LG・VIZIOといったところで、やはり日本メーカーは弱い。ずいぶん変わったものだ、と思う。
一方で、これも事情が分かると見方が変わってくる。
アメリカの家電量販店は、「売れている製品を並べる場」ではなくなってきている。言葉は悪いが、家電メーカーが売り場を「買って」商品を並べる場所に近い。BestBuyの場合、価格重視というよりはもう少し上のランクの製品が中心だが、並んでいるメーカーは「BestBuyという場でテレビを大量に売る意欲のあるメーカー」という言い方をした方がいい。テレビ以外だと、キヤノンが広い売り場を確保していたりするのだが、それも「カメラを売る」意欲が高く、BestBuyにお金を払って売り場を維持する努力をしているからだ。
同様の「売り場を買う」行為は日本の家電量販店にもあるものだが、アメリカの場合にはそれがより徹底している。
日本メーカーでソニーの姿しかないのは、他社がアメリカ市場向けには「あまり数を求めるビジネスをしなくなっている」からだ。日本メーカー各社は業績を立て直す中で、利益の小さなテレビビジネスで、「世界的に多量の製品を売る」モデルを止めていった。ソニーも高付加価値型に絞る戦略に切り替えてはいるが、それでも、「世界中に高付加価値モデルを売る」体制にした。韓国メーカーは、そんな中で白物・AV家電両方で多売の体制を崩しておらず、積極的に売り場を確保している。
過去には家電もいろいろあった。DVDプレイヤーやオーディオ機器、ビデオカメラなど、ジャンルも多かった。しかし、今は「店舗で売れる家電」の種類が減り、そこで量産体制を敷く企業の数も減り、その結果として、日本企業は「家電をたくさん売る場に残れなかった」のである。
そして、アメリカでの量販は「通販」優勢で進んでおり、「量販店という売り場」は弱くなっている。弱くなったからこその「ショールーム化」であり「場所売り」、という側面も強い。
なお、テレビ売り場には「TOSHIBA」のテレビもあった。だが、これは我々の知る「東芝のREGZA」ではない。東芝は2015年に、アメリカ市場での「テレビにおけるTOSHIBAブランド」を台湾・Compalに売却している。だから、写真のテレビはあくまで「Compal」の製品だ。しかも、AmazonのFire TV相当の機能を内蔵したコラボモデルになっている。そこに、「TOSHIBA」「Amazon」のブランドはあれど、実際にビジネスをしているCompalの名はない。ちょっと皮肉な状況だ。
ちなみにアメリカでは、店舗による顧客層もかなり違う。BestBuyに買いに来るのは「高付加価値商品を買う層」であり、TargetやWalmartに行く層は「価格重視層」になる。そうした店舗の家電売り場には、ソニーやサムスンの名は見えなくなる。もっと低価格な製品が必要だからだ。過去にはソニーもそうした市場に商品を卸していたが、今はほとんどやっていない。
では、こうした「家電」の姿が家電量販店で目立つのか、というと、もはやそうでもなくなってきている。やはりスマホ・タブレット売り場が広くなってきているのだ。そこでは、携帯電話事業者と並び、アップルやサムスンが大きなテーブルを用意している。
さらに今年は、また新しい潮流が見られた。入り口正面の一番いい場所は、もはやスマホではなくなったのだ。
そこには、AmazonとGoogleのスマートスピーカーを中心とした「スマートホーム関連製品」が並んでいた。ブースの大きさは、AmazonもGoogleもほぼ同じくらい。作りも、並んでいる製品の方向性も似ている。
すでに述べたように、BestBuyの売り場は「売りたい意欲のあるメーカーが売り場に対してお金を払う」ことで成り立っている。すなわち、AmazonとGoogleは「家電量販店の一等地で、スマートホーム製品を積極的に売る」戦いを繰り広げている、ということなのだ。
前号のコラムや今号の対談記事で、「Amazon対Google」の構図がCESでは目立った、という話をお伝えした。だがそれはなにもCES会場だけではない。家電売り場そのものが、まさに戦いの最前線になっているのである。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。
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2019年2月1日 Vol.207 <変化の兆し号>
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01 論壇【小寺】
今回は都合により休載
02 余談【西田】
アメリカ・家電売り場から見える家電の今
03 対談【小寺・西田】
小寺・西田のCES2019総まとめ (3)
04 過去記事【小寺】
カメラで大化けするハイエンドスマホ
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと