麻倉怜士の大閻魔帳

第17回

8KがMIPTVで大盛況! ヨーロッパの“表現8K”と日本の“テクノロジカル8K”

4月、映画の街として名高いフランスのカンヌで、今年も映像番組の国際見本市「MIPTV」が開かれた。毎年春にカンヌの取材に訪れる麻倉怜士氏は、「今年はついにカンヌで8Kが主役に躍り出た」と語る。NHKや関西テレビといった日本勢はもちろん、今年はヨーロッパのプロダクションが本気で8Kに取り組み始めたらしい。日本人とは異なる感性で扱うことで、従来とは全く違う視点による8Kの価値が発掘された、それが今年のハイライトだという。そのココロ、ぜひ存分に語ってもらおう。

世界の高画質番組が集まる国際見本市「MIPTV」

日本以外の4K業界動向がわかる「MIPTV」

麻倉:私は毎年4月に「MIPTV」へ取材に出向く、というのが恒例行事になっています。基本的にはテレビ局やプロダクションが制作した番組を世界中のテレビ局やバイヤーに向けて売り買いする場所なのですが、ソニーがここでコンテンツとテクノロジーの融合をテーマに掲げ、2010年から映像のハイテクセミナーを開催しています。最初は3Dを取り扱っていたセミナーでしたが、近年は4Kに主題が移っています。制作側の高品質化という視点で、私はここを毎回重点的に取材しています。

このイベントの何が凄いかと言うと、日本に居るとなかなか手に入らない国外の他地域における4K業界動向が解るんです。日本の放送業界は世界をリードする存在ということに間違いはありませんが、国内での取材では基本的にドメスティックな情報しか解りません。それがカンヌへ行くと世界中の様々な地域から放送や番組制作の現場にいる人が一堂に会しますから、ワールドワイドな目線で“どう4Kが活用され”、“どんなコンテンツが登場しているか”がよく解る、というワケです。そういう事なので、世界の放送の今を追うならばここカンヌは非常に重要な場所です。

本当は春のMIPTVに加えて、秋の「MIPCOM」でも全く同じ建て付けでセミナーをやっているので、こちらにも行きたいところです。この両方に目を通せば、世界の放送業界における半年ごとの更新具合がよく判るのですが、残念ながら秋は「インターナショナルオーディオショウ」などの業界イベントなどがかなり詰まっているので、なかなか行けていません。

それでも今年は、10月14日から17日までのMIPCOMにも何とか行ってみようかと思っています。これまで何度もかなりタイトなスケジュールを組んだことはあったので、やってやれない挑戦ではなかろう、と。

――実際に行くとなると、凄まじくチャレンジングな秋になりそうですね。徹底して業界の最先端を追い続ける姿勢に脱帽です……

麻倉:それはさておき、今回のMIPTVです。何が凄かったかと言うと、いよいよ8Kが本格的に出てきたんです。この充実ぶりは世界の関係者にとっても大きな衝撃を以て迎えられました。つまり、フォーマットを主導してきたNHKはもちろん、それ以外の海外プロダクションが熱心に8Kを作り始めた、ということ。「より大きなスクリーンでより良いものを作りたい」と思っている人は世界中に必ず居る訳で、こういう人が早い段階から8K制作に取り組み始めたのです。

しかもその内容がなかなか良い。これで8Kが、日本の放送だけに留まらず世界に広がり始めた、と言えるでしょう。これが解ったことが非常に大きいです。

――NHKの孤軍奮闘が世界市場で結実したという事は、大変喜ばしいです。「ようやく世界が日本の最先端に追いついた」という感じなのでしょうか?

麻倉:うーん、「日本に追いついた」とまでは行かないかもしれないですね。しかしながら、世界のコンテンツクリエイターが「8Kの可能性に目覚めた」という事は確実です。これまで世界の業界人の間では、4Kまではリアリティを持って語られてきました。ですが8Kは範疇外、というのが海外の立場でした。何故ならば実際に放送をやっているところがどこにも無かったから。

しかしNHKが実用放送を開始したことで、ここへ来て“8Kは衛星放送で流す”という可能性が出てきました。現実問題として、アプコンで2K/4K/8Kをやろうという構想は実用化されています。こうする事で、エンドユーザーの環境によって2K/4K/8Kが選択できるわけです。

――ネットの映像配信の場合、例えばAmazonの「Prime Video」などでは、4Kまでならばユーザー環境によってフォーマットを自動で切り替えていますね。

麻倉:8Kもそれと同じで、ソニーやシャープなどが民生用8Kテレビを発売したことで、放送以外の活用が拓けてきています。「ならば今から作っておこう」というのが世界における今の流れです。

という事で、MIPTVで先進映像技術の展示をする意義を、MIPTV幹部のTed Baracos(テッド・バラコ)さんに聞きました。その答えは明快。つまり「新映像技術はコンテンツを求めている。コンテンツなしのフォーマットはありえない」という事。これは逆も然りで、コンテンツも常に新しい映像技術を求めています。

テレビはその典型例で、歴史を辿ればモノクロ映像から始まってカラー化、ワイド化、HD化、4K化と進化してきました。そうした技術の改革に従って新たなコンテンツも提案され、映像表現という文化が発展してきています。この様に技術とコンテンツの間には非常に深い関係がある、なのでコンテンツ見本市の中に先端技術を取り扱うセッションを置くのは極めて有意義です。

他の国際ショーと比較すると、ラスベガスのCESやNAB、ベルリンのIFAなどは基本的にテクノロジーショーです。これらはテレビやカメラといったハードウェアが主役なので、番組コンテンツは基本的にありません。ここがMIPTVとの大きな違いと言えます。もちろんそれはそれで成立します。ですがMIPTVにおける4Kセミナーは “テクノロジーとコンテンツは一体となり、互いのために無くてはならない”という提案をするのが重要な役割なのです。

MIPTV幹部のTed Baracos氏。映像文化は表現欲が新技術を生み、新技術が新たな表現を切り拓く。MIPTVというコンテンツ主体のショーで関連テクノロジーの最先端を語ることの重要性を力説した

「8Kとはこんなに凄いものか!」と、世界の制作側が“体験”

麻倉:それではセミナーの内容を具体的にお話しましょう。まずは毎年恒例、放送衛星運営企業であるフランス・Eutelsat(ユーテルサット)の調査報告による、世界における4Kの広がりについて。同社は欧州2位の放送通信衛星ホルダーとして番組伝送に力を入れており、特に4K伝送は早い時期から携わっています。このセッションでは同社が扱う衛星はもちろん、他社の放送衛星なども含めた世界の動向が毎回冒頭に発表されています。これが今年は衝撃的な数字になっていたんです。

4Kチャンネルの総数を半年のスパンで見ると、2017年は99chでした。これが翌2018年3月には125ch、同年秋には149ch、翌2019年3月には155chという様に、もの凄い勢いで増加していました。内訳を見ると、衛星放送を経由したSTBに対する有料放送が69ch、インターネット経由の4K放送が93ch、韓国の4K地上デジタル放送が2chです。

世界計155chのうち、最大の地域はヨーロッパの76ch、次いでロシアや中国、アメリカ、そして日本という状況でした。その理由として、ヨーロッパは多地域・多言語な事が挙げられます。そのため例えばスポーツやショッピングといった同じ様な内容の放送局でも、国・地域・言語などによって細分化され、チャンネル数が増えている、という訳です。加えてヨーロッパでは、4Kテレビの普及が急激に進んでいます。こういった事からヨーロッパで4Kチャンネルが増えているのです。

――2016年は30chほどだった事を考えると、まるでカンブリア爆発ですね。

麻倉:世界的にこれだけ伸びている要因としては、まず視聴者側に4Kテレビが増えてきた事が挙げられます。先述の通りヨーロッパが顕著ですが、コンシューマーの環境が整いパイが増えた事で、制作側も熱心に取り組み始めました。そして何よりも、ある程度放送機材の普及が進んだことで、4K制作のコストが下がったのが大きいです。それに、マスターが4Kならば後から2Kにダウンコンバートでというユニバーサル性もある。なのでプロダクションにしてみると「だったら最初から4Kで撮ろう」となるのです。

ヨーロッパ各国の4K放送で使用される放送衛星の使用状況。フランス・Eutelsatの報告より
Eutelsatの次に登壇した英IHSMarkitの調査では、4K・8Kテレビの価格推移と予測が披露された。同社では、2023年には75型8K液晶テレビが2,000ドル(およそ22万円)以下になると見ている

麻倉:実は8KもREDをはじめとしたカメラなどが増えていて、今まさにこの段階に入りました。まず8Kで撮っておけば、今は4Kや2Kで出すとしても、将来的に放送環境が整えば8Kで出せる。なので今のうちから8Kで撮っておけば、番組もプロダクションもバリューが出るだろう、と。

というわけで、ついにMIPTVに8Kが出てきました。ソニーのセミナーは70人ほどの会場で、ワンセッションが20分前後。これが15セッションほどあり、朝から晩まで合計8時間ほどひっきりなしにやっています。8Kは二日目の午後セッションを全部使いました。この8Kセミナーには会場に200人ほどが詰めかけて、立ち席連発、セミナー始まって以来の大入り満員状態でした。

これ程8Kが人気を博した要因として、先述したNHKの8K本格始動という実例が大きいでしょう。昨年までと違い、プロダクションやメディアの関係者として、これは最先端として見ておくべき注目情報なのです。これに加えて今回はMIPTV事務局が8Kセミナーに関する公式リリースを出しました。実は個々のセッションに公式リリースを打つのは、MIPTVでは初のことです。

NHKは4年ほど前からカンヌへ来ていて、8K関連のセミナーはこれまでもやっていました。ではこれまでと何が違うかと言うと、会場のディスプレイが初めてリアル8Kになったんです。昨年まではあくまで“4Kセミナー”だったので、ディスプレイも4Kプロジェクターの「VPL-VW5000」しかありませんでした。そのため8Kコンテンツを取り上げる際には4Kにダウンコンして出していました。

対してソニーが今回持ち込んだのは、98型の8Kブラビア「Z9G」。セミナー初のリアル8Kを観ることが出来たのも、大きな人気の理由でしょう。このソニーのテレビがもの凄くキレイでした。今年1月のCESで発表されたばかりの本機は、映像エンジン「X1 Ultimate」を中心に、かなり細分化されたローカルディミング、高コントラスト化、VA液晶ながらも広い視野角を確保するなど、元々の画質がハイレベルなハード。その上で上映されるリアル8Kのコンテンツが良かったのです。

まずはソニーの高画質デモでお馴染みの“リオのカーニバル”から。ブラジル最大のTVチャンネル「Globo(グローボ)」が、ソニーの3板式8Kカメラ「UHC-8300」を使って撮影し、内容も昨年の最新版に。これにまずみんなが驚きました。スパンコールきらめく派手な衣装と、黒人の肌のコントラストや盛り上がりなど、非常にきらびやかで8KとHDRの魅力が詰まっている映像です。その凄まじさたるや、「こんな絵は見たこと無い!」と、視た瞬間に来場者から歓声が沸き起こるほど。来場者はリアルな8Kの実態を知らないからこその驚きであり、ブラビアの良さも相まって「8Kとはこんなに凄いものか!」という事を、世界の制作側が身をもって“体験”したのです。

その8Kセッションですが、NHKは当然として、それ以外にも今回はアメリカ/イタリア/フランス/日本の8社がプレゼンテーションしています。内容は全体的に自然科学が非常に多く、次いでアートで、これに加えてドラマを8Kで撮る動きが出てきました。NHKも自然科学モノが多いですが、ノーベル文学賞を受賞して一躍世間に知られるようになったカズオ・イシグロのドラマを既に放送しています。こちらは秋のMIPCOMで本格的に出す予定です。日本からは関西テレビがドキュメンタリー、WOWOWがドラマを8Kで撮影していました。

4K・8Kセッションのタイムスケジュール。今回は2日目の午後に、4時間弱にもおよぶ8Kセッションが集中的に組まれていた
ソニーの高画質デモでお馴染み、リオのカーニバルの2018年最新版。ブラジルのGloboによって撮影されたネイティブ8K映像が、今後は8Kのリファレンスとして各地で見られるようになる
8Kフォーマットは解像度のみならず、画質の5大要素が大きく広がったことが特筆点。BT.2020の次となる8K向け規格「BT.2100」は、HDRを用いた輝度拡張が盛り込まれている

「8Kはドキュメンタリーに最適」

麻倉:それではここからは各セッションの内容をお話しましょう。まずはロサンゼルスに本拠地を置く、K2 Studioです。IMAX向けなど、大画面映像の自然科学モノを主に取り扱っているプロダクションで、今回は火山ドキュメンタリー「Volcanoes」と、オーストラリアの飼育員がロサンゼルスの専門機関で生態系保護を学ぶ「Sea Lions」を持ち込みました。

同社は既に70タイトルの8K番組を創っており、これからも年に3~4タイトルを制作する予定とのこと。曰く、圧倒的な臨場感が得られる8Kはドキュメンタリーに最適としています。対象物の描き方の質感にこだわってゆくと、細部まで描ける8Kならば例えば「歴史がある」、「古びている」といった質感で、伝えたいメッセージ出てくる。これは従来の4Kまでには無い表現手法です。

同社はIMAX作品を手がけているので、アナログならばフィルム、デジタルならば8Kで撮影する流れになっているそうです。今は“大画面=8K”が常識化しており、同社プレジデントでプロデューサーのMark Kresser(マーク・クレッサー)さんは「私はもう8K以外は作らない」と言っていました。

セッションは3日開かれており、各日午前と午後に1回ずつ、合計6回やっています。その一コマに登場したK2は2日目午後の8Kセッション以外に、4Kのセッションでも同じコンテンツを出しています。この時は8Kコンテンツをダウンコンしたものを披露していました。この様に4Kと8Kの両セミナーに同じコンテンツを出しているプロダクションは他にもいくつかありましたが、彼らにとって4Kが“今の主戦場”で、8Kは“その先の展望”なのです。

プロダクションは常に最新技術を求めています。映像における技術革新とは精細化による情報が増え、加えて最近はHDRで光の量が増えてることを言います。この2つの要素で1画素の情報量と総画素数の掛け算が発生し、映像の情報量が飛躍的に増えました。この恩恵を最も受けるのがこうした自然科学のジャンルであり、例えばVolcanoesならば火山の噴火口の壮大さが実に不気味にされていました。

――本物が持っている圧倒的な存在感にどこまで迫るか、映像表現が常に追い求め続けてきたテーマのひとつですね。是非8Kを活用してもらい、まだ見たことのない世界を我々に見せてもらいたいです。

火山のダイナミックな活動を8Kで生々しく捉えたドキュメンタリー作品「Volcanoes」。赤黒いマグマが不気味さを盛り立てる、原色の世界が広がる。

“差別化手段としての8K”

麻倉:次はサンフランシスコのプロダクション、Golden Gate 3D」が撮った「VENICE IN VENICE」です。これも8Kと4Kの両セッションで見ることが出来ました。その差は歴然で、もう圧倒的。「8Kによる元々の情報量はこうだった、これを4Kにダウンコンするとこうなる」という事が凄く判る一例でした。プロは画質こそ命なので、これを日常的に感じていると当然8Kを選びます。もちろんクライアントも、より良い画質を選びます。4Kはみんながやっている“今の常識”なので、今4Kをやっても埋没してしまうのです。

そういった意味で、ここでは“差別化手段としての8K”を感じました。今のテレビ表示は4Kかもしれませんが、8Kで創っていれば将来対応もできるし、クライアントに対するアピールポイントにもなります。数年前と違い、今はエンドユーザーがそれを求める時代になってきたのです。

そのGolden Gate 3D、これまでキューバやエルサレムなどを題材にした作品を制作しており、BBCやナショナル・ジオグラフィックなどに納入してきた実績があります。今回のVENICE IN VENICEはソニーとサムスンへ売り込んだようで、よくよく思い返せば私も昨年ソニーが渋谷でやった8Kイベントで観た記憶があります。

内容としては、ヴェネツィアの街が見せるディテールと言うか、まるで油絵のようなテクスチャを持った濃密な色のマジックが凄く出ていました。赤茶色の屋根や夕日に映える黄金海の色など、遠景も素晴らしいです。作品中には街のアイコン的存在であるゴンドラに乗っているかのような動きのシーンもあり、目の周りの景色が真に迫ってきます。ネットリした海の感じは日本とはちょっと違い、そこの水の粘性感や細かい波の生っぽさを感じさせます。ここでもHDRが凄く効いており、光の再現力や煌めき感、階調感などがたいへんよく出ていました。

本タイトルは先述の通り4Kダウンコンもやっていました。元々の画質水準は高いですが、比べると差がはっきり。8Kが持っている細かい部分への気配りや階調感、動きなどが、4Kでは少々フラットになっています。こういった細部が訴えてくる生命力こそが、8Kと4Kで違うのです。そのため同社も、今や8Kオンリーで撮影しているという事でした。

――ヴェネツィアは昨年夏に一緒に訪れましたよね。先生には実際の風景の記憶があると思いますが、それと比べて本作品はどうでしたか?

麻倉:良い質問ですね。例えば壁の細かな表情、凹凸感などに、8Kのディテールが表れていました。特に大きな波とその側の小さな波の砕け散る様、ゆらぎのディテールに宿る生命感などは現地でも感じたもの。現地の体験では目だけでなく、太陽の光や風があり、ゴンドラに乗ると穏やかな美風が頬を撫でます。メインストリートにあたる大運河では波の音と共にゴンドラが大きく揺れますが、小路に入るともの凄く静かになり、しんと静まり返るのが印象的でした。

ゴンドラは動力がエンジンではなくゴンドリエの手漕ぎなので、宇宙遊泳の様に無音でゆらりと舟が進みます。本作の8K版では、そういう事を体感する事が出来ました。4Kは「こういう絵だな」という事をビジュアルで見ているだけ。ですが8Kになると、音と絵の没入感から、風の音や体がスイングする感覚、アドリア海の太陽による火照りなど、共感覚の如く五感の記憶を喚起させます。これが8Kの大きな違いです。言うなれば4Kは、窓の外から客観的に映像を見ている感じ。その風景の中にはおらず、リアリティはあれど五感のうち二感だけです。対して8Kは、音と映像で五感が刺激されるのです。

――画質を極める事で視覚から共感覚を発生させる、これは8Kの大きな意義ですね。

水の都として世界的に知られるイタリア・ヴェネツィアを8Kで描いた「VENICE IN VENICE」。昨年にヴェネツィアを訪れたばかりの麻倉氏は、精緻な8K映像からアドリア海の風や潮の香りが呼び起こされたという。この様な共感覚は人間の認識限界を超えた8K映像の大きな価値だ
ヴェネツィアはかつて地中海を征した、ヴェネツィア共和国の面影を色濃く残す街。現地語で“カッレ”と呼ばれる小路のいたるところで、マスクやグラスといった伝統工芸品を目にすることができる、アートに囲まれた街でもある

麻倉:フランスの自然科学専門プロダクション、Saint Thomas Productionsは2009年から4K制作に取り掛かっている、最古参の一角とも言うべき先進プロダクションです。私が以前手がけたJ:COMの4K番組「世界の4Kレビュー」で、このプロダクションの番組を紹介した事もありました。

この時に取り上げたのは、当時のMIPTVで買い付けた番組。世界の最先端4Kが集まっていたので、ここで観て購入したんです。空撮あり、水中ありと、当時としては4Kで自然科学モノをキッチリと撮影している番組でした。それ故に8Kにも興味津々で、早速制作した、ということです。

フランスの「Saint Thomas Productions」は、自然モノ映像を手がけてきた専門プロダクション。8K化によってより豊かな色彩や精緻な姿を捉えることが期待できる

同社プレジデントのBertrand Loyer(ベルラン・ロワイヤー)さんがセッションで曰く「金と時間がもの凄くかかる。特に時間。16分のレンダリングに1日必要で、全尺のレンダリングには16日を要した」。これは(出始めの)4Kの時も同じようなことを言っていました。ストレージとバックアップ、編集、レンダリングといった点は、新フォーマットが出ると必ず話題に上がる要素です。コレは当然で、出始めの頃は従来環境でその4倍にあたる情報量を処理する訳なので、あらゆる作業量が4倍になります。ですがこういった問題は、年月が経つごとに技術が進歩して解決してゆくものです。

プレジデントのBertrand Loyer氏。高精細な8K映像は確かに魅力的としながら、同時に作業量が従来と比べて跳ね上がることは悩みのタネだとした

これは8Kも同じ。4Kシステムで8Kをやる大変さは、どのプロダクションも抱えている問題です。スペインのとあるプロダクションにストレージ問題を聞いたところ、当初はLTOという高速テープメディアを試したのですが、頭出しが大変すぎて実用には耐えなかったそうです。そのため今では運用とは別に、バックアップ用HDDサーバーを2系統用意しているそうな。これが現時点における8Kの共通問題です。

他社と比べるとSaint Thomasはまだ初期段階で、「8Kお試し中」。これからがんばりますという感じでした。

宇宙で撮影した凄まじいHDR映像

麻倉:NASA(アメリカ航空宇宙局)の活動・アクティビティを広く伝える放送局、NASA TV UHDは、現在すべての映像を8Kで撮影し、衛星放送やOTTで4K番組を放送しています。ここも4Kと8Kで同じクリップだったので、フォーマットの違いによる差がよく判りました。

宇宙船から外に向かって撮影した固定カメラの映像では、宇宙船の機体表面の細かさや、太陽光の反射、窓にかかるブラインドの質感などが凄く違っていたし、宇宙船内から地球を見た映像では、地上の細かい模様の文(アヤ)、海の綺麗さ、白い雲の輝きなどが、8Kでは生き生きと出ていました。

また、HDRの効果も絶大です。地球と違って宇宙には大気がないので、太陽からの光が空気でフィルタリングされずそのままカメラへ入ってきます。そのため光の量と質の取り込みが違い、HDRが加わることによって光の情報量が大きく変わるのです。ここが8Kでは効いており、NASA TV はHDRを最も活用していたと感じました。空気の無い空間でのHDR効果は凄まじいし、これはNASAにしかできないコンテンツでしょう。

アポロ計画でハッセルブラッドのスチルカメラを使うなど、NASAは画像・映像で宇宙の姿を捉える事に熱心な団体として知られる。ISS(国際宇宙ステーション)や宇宙船などから地球を眺めるという映像は、宇宙を活動フィールドとするNASAでないとなかなか出てこない

8K×アートの表現力が凄い

麻倉:今回特に驚いたのは、アートにおける8Kの表現力。これは抜群に凄いです。フランス・ルーブル美術館など、この分野はNHKでもよくやっていますが、この辺がNHKとヨーロッパの放送局とで最も違うところでしょう。同じ西洋絵画を題材にしても、“米を食べている制作者”と“ワインを飲みながらビフテキを食べている制作者”では、表現性が驚くほど違う。そこに大きな衝撃を受けました。

そういった事を感じさせてくれたのが、イタリア「Magnitudo Film」制作の8K美術館番組です。同社は2013年から4K制作を開始。8K番組は7作品を制作し、今はすべて8K制作へ移行しています。テレビ局などへ売る場合、今は4Kへダウンコンしているとのこと。

今回披露したのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯を描いたドキュメンタリー「Leonardo Cinquecento」。他の美術番組にも言えますが、日本の同じジャンルと比べて、絵の構成や番組構成が違います。絵を撮るのはもちろん、作品解説で出てくる専門家の専門性が高いのです。

日本の、特に民放の番組だと、スタジオにゲストを招いてあーだこーだ言いながら「すごいなー」というところに終始するのが基本スタイルです。対してこちらはたいへん本格的。作品が何を訴えているかを、まず絵を見せて視聴者に鑑賞させ、次に専門家が出てきて鑑賞ポイントを解説します。専門家は大学教授や学芸員などが、学術的な目の付け方で説明。絵の本質が解説によってまず耳から入ります。

ここで映される絵が、ものすごく油絵・テンペラ絵調なんです。これはグレーディングによって調子が大きく変わる部分ですが、絵の濃密さ、こってりした感じがよく表現されていました。フォーカス的には若干甘いですが、絵の質感が訴えてくる深さや濃さ、奥行き感が、絵画技術による遠近感に留まらず、素材の遠近感も出ていて、これがとても絵画的なのですね。若干ソフトなタッチで、くっきり描くではなく、包み込む様な優しい感じ、とでも言いましょうか。でも8Kだから、ソフトでありながらシャープ。精細描写力を使って、ソフトに描いています。

ここが違うところで、単に情報が出ていないボケたソフトではなく、人為的にソフトにしているのがとても精細にわかる、“精細なソフト感”なんです。凄く良いカメラで撮ると、フォーカスした人物はちゃんと合焦していて、背景はキレイにボケています。この背景のボケ様がとても精密。ボケには“フォーカスが合った意図的なボケ”と“技術・技量不足の意図しないボケ”という2種類ありますが、これは意図的に出したボケです。そしてこの意図的なボケ演出が、絵の重み・深さ・密度感・存在感を出す。これこそヨーロッパが持っている絵画精神でしょう。8Kによってそれが初めて表現された、そういう番組でした。

――西洋絵画の基礎には遠近法があって、インフォーカスとアウトフォーカスで写実感や立体感を演出します。ボケによって主題を浮き立たせるという考え方は日本画を含む東洋絵画と決定的に違うところです。

麻倉:だから、ボカしている所も意図的にそうしているので、精密に描きこんでいるんですね。それと8Kとの関係はリンクしている感じがします。これはつまり、作品が内包する画家の世界を非常に濃密に出してくるということ。Leonardoは解像感的に凄くシャープという訳ではないですが、深さ方向の感覚・情報がとてもよく出ています。これも4Kではできない、8Kの表現力・描写力であり、魅力でもあります。元々の対象に対して、どの様に肉薄するか。それが単一方向ではなく、様々な手段を取ることが出来る。フォーマットとしての8Kが持っている、そういう懐の深さを感じました。

Magnitudo Filmが製作した「Leonardo Cinquecento」。より官能的に、より感性に訴えるよう、絵作りでアートを表現している

麻倉:「イタリアのプロダクションが作るイタリア絵画の分析番組は、やはり一味違う」。被写体が元々持っている魅力に留まらず、イタリア人が作り出す8K画調の魅力がそこに加わり、番組としての価値が重層的になるのです。これがNHKなどの場合だと、番組制作者側の主張をできるだけ抑えて、素材の生成りの良さを出す方向で作り上げます。NHKのドキュメンタリーは報道的で、“伝える”というところに重心を置くためです。対してマグニチュードフィルムは、制作陣が「こういうものを作るぞ!」という事を主張しているのが、出てくる映像の画調から伝わってきます。

Leonardoの場合だと「よりダ・ヴィンチらしくダ・ヴィンチを描き出す」ことに腐心しているのです。それはまるで、8Kでダ・ヴィンチを描いているが如き描写。ここがNHKを中心に作られてきた従来の8K番組とは圧倒的に違う、という発見をしました。おそらくこういう描写は、イタリア人にしか出来ないでしょう。

――さすが、美に対するこういう感覚はとてもイタリア的です。これは絵画芸術に留まらず、色んな所に通じる話だと思います。クルマであれ、家具であれ、革小物であれ、イタリアのものには「こういうものを出したいんだ!」というイタリア人の思想が伝わってくる。これはきっと、イタリアのお国柄なんでしょう。

麻倉:昨年にヴェネツィアへ行った話を先程しましたが、現地に居ると、建物も、人間も、ホテルの部屋も、街の土でさえも、すべてがアートであり、あらゆるとこでアートに囲まれて生活しているという環境があるとわかりました。そうであるならば、日本人が見るダ・ヴィンチはどうしても“日本から見るイタリア”になってしまいます。イタリアの中から見るダ・ヴィンチはまた特別な思いがあるのです。

重要なのは、その特別な思いを、2Kより4K、4Kより8Kが出せるという事。8Kを単に「正確に描写する手段」と捉えるのではなく「自分の中のアーティスティックな部分をより表現できる手段」として活用している。それがマグニチュードフィルムの凄いところです。ダ・ヴィンチの凄さと、イタリアン・8Kの凄さが重なってる、Leonardoからはそんな事を感じました。

――日本のNHKだけが孤軍奮闘していたのでは、決して出てくることが無かった世界ですね。こういう所に多様化の価値が表れるのだと思います。

麻倉:日本から海外へ撮影に向かうと「貴重なものを撮らせてもらえる」といった、変な言い方ですが“観光気分”になりがちです。「秘蔵の品が出てきた、ヤッター!」みたいな感じ。対してこれは“ごく普通に飾ってある”ダ・ヴィンチを題材にしています。イタリアのどこの美術館へ行ってもダ・ヴィンチはさほど苦労せずに見ることが出来るし、海外の美術館ならば、ノーフラッシュでの写真撮影もわりと可能です。元からダ・ヴィンチに親しんでいる人達が、より深く見つめたダ・ヴィンチの姿。日常性の中にあるダ・ヴィンチをさらに深める。そういう映像の感じがしました。

――その意味で言うと、我々日本人はマグニチュードフィルムが見せたイタリアのプロダクションのやり方、被写体に対する向き合い方に学ぶべきところが多数ある様に感じます。

麻倉:その点は私もそう思います。「切り口がこんなに違うか!」という感じで、そこに新たな発見がまだまだありますね。

――おそらく、日本人にも同じ様な事は出来るはずです。日本人にしか出来ない日本の描き方というものはまだまだあるけれど、それを今の日本人が出来ているかと問うと、必ずしもイエスとは言えない。過去のタイトルで言うと、8K研究としてWOWOWが製作した「The WASHOKU 天麩羅」などがこれに当たるでしょう。日本人が見せる食への独特のこだわり方というものは、おそらく日本人でないと理解が出来ないところがある。あの番組は実験的だったのでまだまだ出せる部分はあると思いますが、そういうところに挑戦していたと感じます。

麻倉:とても重要なことですね。そもそも解説員がアーティスティックな雰囲気を醸し出していて、専門家がビジュアルでちゃんと専門家の仕事をしています。決して“刺身のツマ”扱いではない。こういう部分をちゃんとこだわることの大切さを痛感した作品でした。

出演する専門家も、ビジュアルの段階から真摯にアートを追求する姿勢を見せている。単なる物知りな人という大衆迎合的なキャラクターではなく、専門家の職務を存分に発揮しているのが大きな特徴だ

凄まじい感動を引き出す8K×音楽

麻倉:絵画と8Kも凄いと感じましたが、更に凄いのは、音楽とアートです。次に取り上げるのは、フランス・パリに本拠を構える「Paramax Films。ここほど音楽とアートの接点を追求し続けるプロダクションはありません。

このセミナーに同社は過去4回ほど登場しています。最初は4年ほど前のメーター・イスラエル・フィルとカティナ・ブニアティシヴィリのコンビによるリストのコンチェルトを4K撮影したもので、これは私も過去にリポートしました。映像的にはディテールがほとんど無くツルンとしているものの、質感がとてもフィルムっぽかったのを覚えています。同作は翌年にHDR化され、これはUHD BDで出ている。この時の印象は、もうひとつディテールが出きっていない、というものでした。

今回披露したのは「Music Hole」という仮題が付けられた、8Kによるミシェル・ルグラン追悼作品。これが素晴らしく感動的でした。日本にも造詣の深いリオ出身のブラジル人歌手・Ed Motta(エヂ・モッタ)を捉えた新作で、セーヌ川上に浮かべた船からギター1本で「風のささやき」を歌う様が非常にエモーショナルです。フィルムタッチで、鮮明なだけでなく質感がある。画面から歌心と、セーヌの風、波の揺れなどが出てくる、心揺さぶられる8K映像です。そこに音楽が付くことで、映像だけのエモーションに留まらないパワーが加わりました。

歌というのは人の心によく突き刺さるもので、しかも本作は哀愁漂う「風のささやき」を“ミシェル・ルグラン追悼”という意味合いを込めて歌うわけです。表現・感情のレイヤーが多く、それが8Kで一体化することで凄まじい感動を引き出していました。

「ロシュフォールの恋人たち」などで知られるミシェル・ルグランの追悼として、ブラジル人歌手・Ed Motta氏が名作を歌った「Music Hole」。セーヌ川に船を浮かべてライブを披露するという、かなり挑戦的な8K収録に挑んでいる

同社はもうひとつ「マルタ・ジャズフェスティバル」という作品も披露しました。光と汗の饗宴という感じで、こいつも凄い。全身全霊で汗かきながら演奏している様が実にリアル。「玉のような汗」という言葉通り、毛穴から吹き出した汗の雫が表面張力で丸くなっていて、光を湛えている。スリリングな臨場感、そこから出てくる爆発的な音の輝き感。絵が輝いていているだけでなく、8K映像が付くことで音が輝いている。そういうところが凄く生々しかったです。

更に、ベルギーのブラックコメディーとして2020年に劇場リリースする8K映画も披露されました。こちらのタイトルも「Music Hole」。同社は本当に面白くて、制作する作品をワンジャンルに限らないんです。ライブ音楽が得意で、4Kからずっとクラシックやジャズはやっていましたが、歌謡曲、ダークコメディなどまでも8K撮影に挑むというチャレンジ精神を見せています。4Kで映像表現の楽しさに目覚め、8Kで多彩な語り口がより増えたのでしょう、4Kののっぺりした感じとはまた違い、精細な中にも味わいがある画調だと感じました。

その場の感情を伝えるにはより細かい情報が必要で、それをどの様に使うか。マルタ・ジャズフェスティバルはパンフォーカスで、全体的にカリッとしていますが、ミシェル・ルグランのMusic Holeは結構ボケを使っています。人物を立体的に見せているだけでなく、バックをきれいにボカし、光を当てることで人物の立体感を影で表現する。そんな感じで8Kの持つ表現性を最大限活用していました。ボケまで表現、影まで表現です。影も潰れずうまい具合に階調があり、ハイライト部分との対比が出来ていました。

シチリア島の南に浮かぶマルタ島で開かれれるマルタ国際ジャズフェスティバルの8K映像も披露。玉のような汗をかきながら、パッション全開でパフォーマンスを繰り広げる様子が、カリッとした8Kらしい映像で繰り広げられた

麻倉:ここまで欧米勢を中心に話をしてきましたが、では日本勢はどうかと言うと、8Kの雄であるNHKが披露したタイトルは、「2時間でまわるヴェルサイユ宮殿」、「マイ・フェア・レディ」(10秒ほどの短縮クリップ)、「大相撲初場所」を紹介。すべてBS8Kで放送済みのものでした。WOWOWはアメリカの人気ドラマをリメイクした「連続ドラマW コールドケース2 ~真実の扉~」を8Kで披露。これも非常にこってりとした画調に仕上がっています。関西テレビ「つくるということ」は、織物職人を題材にしたドキュメンタリー作品を持ってきました。

これらは日本的と言うか、8K的と言うか。非常にわかりやすいです。HDRが輝き、ピークが立って鮮明。8Kのショールームのようでした。

――今回のMIPTVが刺激になって、日本でも新たな表現に挑戦してくるプロダクションが表れると良いですね。是非、日本人にしか表現できない8Kを追求してもらいたいです。

関西テレビが披露した8Kの映像。「8Kらしい」クッキリハッキリの、判りやすい画調が特徴的
WOWOWは人気タイトル「連続ドラマW コールドケース2 ~真実の扉~」の8K製作に挑戦。ドラマにおける8K製作・展開は今後重要な研究テーマとなるだろう
世界に先駆けて8Kの実用放送を展開しているNHKは、大相撲初場所などの8Kを持ち込んだ。力士の筋肉やまわしの質感はもちろん、行事や観客の表情、土俵際の俵までもがリアルによく視える。

ヨーロッパ勢が見せた“表現8K”と日本的な“テクノロジカル8K”

麻倉:視点を少し移しましょう。これらの8K番組を見たソニーのZ9Gの話です。リオのカーニバルなどは、色、コントラスト、精細感など、映像の5大要素をフル活用しており、8Kが持つ可能性を全て引き出していました。それはまるで、クオリティにかかる性能を全部使い切らないと、フォーマットの良さを伝えられないという感じ。ですが、性能を使い切ると各要素の威力が全体では平均化されてしまい、まるでフォーマットの宣伝みたいになってしまいます。

対してヨーロッパ勢は引き算志向。メリハリを付けて使うところと使わないところをはっきりとさせています。8Kでもあえてボカしたり、黒を沈めてみたり。情報量が全て出れば良いというのではなく、あえて引くことで、作品のコンセプトを明快に打ち出すタイトルが多かったように感じます。こういった引き算が上手いのが、ヨーロッパ勢が見せた“表現8K”。8Kをそのまま8Kとして使わずに、表現の道具としてアーティスティックに使っていました。日本的な“テクノロジカル8K”とは違うところです。日本勢の映像は、日本の中で見ると違和感は無いですが、世界の舞台で並べてみると“日本”を感じた、というところです。

ソニーが持ち込んだ、1月のCESで発表されたばかりの8Kブラビア「Z9G」。出すべきところは出す、落とすべきところは落とすという事を、コンテンツの意図に沿って高度にこなす表現力が大きな魅力。ニッポンのテレビ、ここにあり

そういう意味で、ソニーのテレビは素晴らしい表現力を持っています。すべてをギラギラと出すのではなく、表現として落としたところはちゃんと落としたように出す。基本的にはそのまま生成りに出していますが、元々の“生成り力”がものすごくあって表現性が高いので、日本的なフルパワーもちゃんと出すし、ヨーロッパ的な一点集中もメリハリを付けてうまく出していました。この意味でソニーの8Kブラビアで見たということ自体、8Kの可能性をすごく感じたポイントでした。

――8Kというフォーマットの出現は、絵筆と絵の具の種類が増えたという事だと思っています。大切なのは、多彩な道具を使って画家が何を表現したいかという事。絵の具が増えたからと言ってすべてを使う必要は無いし、その取捨選択が人間的な仕事です。そのかわりに使うと決めた場所は徹底的に使い分け、使い切る。そこに8Kの高精細・大情報量の意味があるのだと、僕は考えています。

麻倉:4Kまでは人間の眼の限界に達していなかったから、すべてを使い切らないと凄さが出ないというところは確かにありました。でも8Kは人間の限界を超えたリッチな情報量を持っていて、人類はその使い分けが出来るようになったのです。それを表現力のある意欲的な人達に渡してみると、こういう事が出来るぞ、と。

NHKだけが8Kをやっていたのでは、出てくるものはずっとNHK的な8Kだけだったでしょう。これもひとつの選択です。それで言うと、今まで我々はNHKが作った8Kだけを見ていたので「8Kはそういうもの」だと思っていた訳です。そこへ今回、ぜんぜん違う考えを持った人達の8Kを見たことで「8Kというのはここまで表現できて個性的になれるのか!」、「こんなにも違って感動的なのか!」というところがとても見えました。NHK以外の8Kの可能性が見えた。ここが今回の取材の本質です。

これまでNHK的な取り組みしかなかったのが、世界が独自で8Kに取り組むと、NHKの使っていなかった部分が引き出されてきた。それによって8Kの持つ可能性が見出された。マグニチュードフィルムなどはダ・ヴィンチの絵を細密的にやっているのではなく、映像作品の要素・被写体として全体的に捉えている。その捉え方が全然違っていて、イタリアの空気感の中で捉えてみると、やっぱりそれがダ・ヴィンチを理解するには最もふさわしいのではないか、と納得できるわけです。別に細かいところまで見るのではなく、トータルでの感動が実際に凄くあった。これからは、単にハッキリクッキリ臨場感豊かに出る、というだけではない世界が広がりそうな予感がします。映像文化にとって、これはとても大きな意義です。

NHKの「2時間でまわるヴェルサイユ宮殿」と……
Magnitudo Filmの「Leonardo cinquecento」の比較。どちらもアートを題材としながら、視点もアングルも画調も大きく異なる。この違いは、今後の8K文化を大きく拡げる貴重な財産になるだろう

麻倉:ではコレをどう伝えるか。伝送という要素も、放送における大きな問題です。そもそも放送は日本だけで、BBCですら8K放送はやっていません。可能性としてはEutelsatのようなところの衛星放送があるでしょう。4K帯域を4つまとめれば、データ容量的に8Kは出せます。あとはセットトップボックスの問題だけですが、日本で既に実績があるのでそこはさほど大きな問題にはならないでしょう。

現実的なソリューションとしては、フランスの探検家SNSアプリ「The explorers」による配信が面白いです。これは画像と映像のシェアリングサービスを展開しており、映像は4K/8Kまで対応しています。しかも何と日本語も対応済み。

従来はプロダクションが放送局などのディストリビューターへ番組を売ってたのですが、これならば自分でディストーションできます。サーバーは自前で用意する必要がありますが、これならば自分が放送局になれるというわけです。

――安定して8Kを出せるサーバーとなると、相応の回線能力が求められますから、個人だと8K配信は結構ハードルが高そうですね。

麻倉:それでも放送局を通す必要がないというのは、なかなか画期的です。こんな感じで、ネットを通じた広がりがどんどん出てくると期待したいです。

探検家SNS「The explorers」は、4K・8Kの映像配信に対応。ジャンル故に自然映像が多いが、同じ仕組みはより幅広く展開することが出来るだろう。自前でサーバーを用意することで、従来放送局が担ってきた配信をプロダクションが直接手がけられるようになる

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透